遺志

「で、これは何なんだ?」

 中に入っていた布にくるまれたものを取り出してベットが言う。

「取り敢えず、中を見てみましょう。」

 クシーが布を解く。そうして出てきたのは、銀色の短い棒だった。

「これは……鉄?」

 持ってる感触に対して明らかに違和感を感じたのか、棒を持っている方の腕を上下させながらその重さを確かめる仕草をする。

「すごく軽いんだけど。」

 その棒は、少しくすんだ銀色をしていた。つまりは金属独特の色をしているのだが、重さがとても金属とは思えない軽さだった。まるで木で出来ているかのようだ。しかしその感触は、ひんやりとしていて金属のものだ。それが一体何でできているのか、とても想像出来るものではなかった。

「わざわざ隠されていたくらいの物だから、何か有りそうだけどな。」

 ベットはクシーの持っている棒に、顔を近づけて眺める。棒の先端に当たる部分には半透明の石が嵌め込まれている。青色をした石、さらにその奥にあるものを覗こうとしてみるが、流石にそこまで見てとることは出来なかった。


 ロイは、依然としてその奇妙な手紙を眺めていた。



 ―――紙に書かれた、何かの記号の羅列を見て、ロイは傍らに座ってお茶を飲んでいるリンフィスに尋ねた。

「なあ、なんでこんなに字が汚いんだよ?」

 お茶の入ったカップを下において、リンフィスは少し考える素振りを見せる。

「だって、自分で書くことなんてなかったし。読むことが出来れば充分じゃない。」

 それがさも当然、とばかりに答えた。ロイはその答えに暫し呆然とする。

「おいおいおい、読んでも書かないってまた…。まあ、実際に何かを書くなんて数えるくらいしかないけどな。」

 町と町との距離がかなり離れていること。それに伴い、町の間の一般の人間の交流が皆無に等しいことがあって、手紙というものは、その場を急に離れなくてはならなくなった時に書く置手紙くらいしか書くことは無い。町の中にいる限り、伝えるということはその人間に直接会うか、それが無理なら他の人間に伝言を頼めばいいから、その置手紙というものもまず書かれることは無い。極稀に特殊な理由から旅をしている人間が手紙を持ってくることがあるが、それぐらいだ。手紙といっても完全に一方的なもので、それをやり取りするなんてことはまず無い。結果、手紙というものはその存在自体が貴重で見ることは無く、文字を読む機会はあれど、普通に暮らしていく上での自分から文字を書くという場面は、まず無かった。

 しかし、だからこそ人類の最も優れた文明の一つである文字というものを伝える為に、文字の読み書きは確実に次の世代へと教え込まれていた。

「でも、これは酷すぎるだろ、既に文字の原型をとどめてないと思うんだが?」

 そのロイの眺める紙に書いてある文字は、象形文字の方がまだ読めると言いたくなるらいの代物だった。。

「いいじゃない、貴方なら読めるんだから。」


 その時のリンフィスの笑顔は、今でも鮮明に覚えている―――。



 ロイは、懐かしむようにその彼女の名前を口にする。既にこの世には居ない彼女の名前を。

「…リンフィス。」

 ここにかかれている文字は、およそリンフィスのものとは掛け離れている。しかし、最後に書かれている彼女のフルネーム、そしてロイの直感が、彼女自身の遺した手紙だと告げていた。


「なあロイ、こいつは一体なんなんだ?」

 手紙と一緒に入っていた棒を持ってベットが振り返って尋ねる。クシーもそれにならってロイの方へと振り返る。今までずっと調べていたのだが、それの正体が掴めなかったのだ。そこでベットとクシーはテーブルの傷、そしてこの不気味な手紙に心当たりがありそうなロイに意見を求めたのだ。

「ああ、そうだな。」

 ロイは手紙から静かに顔を上げて、ベットとクシーに向き直る。

「その杖の名前は『灰塵の杖』、クリーチャーに対して強力な武器になるみたいだ。」

 それまでの想いを頭から振り払って、ロイは今現在のことを処理し始める。今は感傷に浸っている場合ではない。ベットが持っているものは、自然の摂理を完全に無視している生命、クリーチャーに対して有効な武器だという。

「これが、そうなのか。」

 ベットは疑わしそうにその『灰塵の杖』という名前の物体を眺める。材質は不明、一見鉄か何かで出来ているように見えるのに、嘘のように軽い。杖と言う名前の割には短く、その長さは大昔、聖職者が使っていたメイスと呼ばれている武器と同じくらいだ。シーズもメイスを持っているが、実際に武器としては全く役に立たない。女性でも扱えるように作ってあるものの、鈍器として殴るもので接近戦の時にしかつかえない上、リーチをほんの少ししか伸ばさないそれは、決して戦闘を有利に運んでくれるようなものではない。シーズがメイスを持っているのも、お守り程度としてだ。

「これ、シーズのメイスとどう違うんだ?」

 メイスもこの杖も、見かけは鉄のようなもので出来ている。最も、メイスは正真正銘鉄で作られているのだが、見た感じではどちらも変わらない。唯一、シーズの所持しているメイスと違うと言える部分は、その先端についている青色をした半透明の石だけだ。

「この石に何かあるのかしら?」

 その先端の石を覗き込むように、クシーがベットの肩越しにまわり込んで眺める。ロイも手紙に書かれていた、その『灰塵の杖』を見る。

「ほらよ。」

 ベットは自分たちはもう調べる所は無いと、ロイに投げてよこす。ロイが受け取ると、見た目より遥に軽いその物体に驚く。

「これが……。」

 ロイが見ても、変哲の無いただの棒にしか見えない。何かあるとしたらやはり、先端の石くらいなのだが。

「こいつを使うには、『感情の石』とか言うものが必要らしいんだ。」

 手紙に書いてあった単語を思いだして、ロイが口を開く。

「『感情の石』?」

 ベットとクシーは口を揃えて聞き返す。初めて聞くその単語に、少なからず違和感を覚えて。

「何、それ?宝石かなんかなの?」

「聞いたこと無いぞ、そんな石。しかも、随分とおかしな名前だな。」

 二人は、それぞれに疑問を口にする。そして、今まで訳がわからなくてただ様子を眺めていただけのランダが口を挟んできた。

「それ、聞いたことがある。」

 その声に三人が振り返る。その先には移動したベッドの上に腰をかけたシーズ、そしてそれに向かい合うようにして置いてある椅子に座ったままのランダが、ロイ達の方に顔を向けていた。

「何時だったか、何処でだったか忘れたけど、聞いたことがある。『感情の石』、他にもフィリングストンとか呼ばれているみたいで、何でもヒトの感情をそのまま力に変えてしまうとか言ってた。とても不思議で、とても謎な石。誰からか、聞いたんだ。」

 昔の記憶を掘り出すようにして、ゆっくりと話すランダ。ランダはそれを何処で、何時、誰から聞いたのか、思い出そうとしているようだった。

「何で……。」

 シーズはランダに向かって話しかけて、すぐに口を閉ざした。そして、そのシーズの呟きにも近い言葉に、気付いたものは誰もいなかった。

「『感情の石』か、それがないとこれは使えないのか?」

 ベットが結論を求めるようにしてロイに問う。それにロイは頷いた。

「ああ、どうやらそうみたいだ。その石が仮にあったとしても、どのようにして使うかが全く分からないけどな。」

 ロイが苦笑しながら話す。

「そんな存在自体、あやふやな石が無いと使えないって……。それじゃあこれが役に立つことは無いだろうな。」

 ロイの手にある棒を見て、ベットは言った。クシーもがっかりした様子で口を開く。

「残念ね、有効な武器になると言うから期待しちゃった。」

 だが、ロイにはまだ引っかかるものがあった。その不思議な石を持っているという少女、孤独な少女。それは一体誰なのだろうか、と。

「そうだ、シーズ。これを持ってろ。」

「え?」

 ロイはシーズの前まで行き、『灰塵の杖』を手渡す。それに少し戸惑うシーズ。

「これは、使えないがとても危険なものだ。シーズだったら、間違った使い方もしないだろう?お守り代わりだ、受け取ってくれるか?」


―――自分の直感が訴えかけている、孤独な少女、悲しいほどに孤独な少女とは、もしかしたら。


「うん。」

 少し考えた後、シーズはそれを胸に抱えた。


「よし、それじゃあ飯にするか。もう、陽が暮れてしまったみたいだしな。」

 ベットは外の様子を軽く見た後、もう待ちきれないと言わんばかりの声で言った。

 窓の外は日が落ち、すっかり夜になっていた。

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