遺されたモノ
―――いいじゃない、貴方には読めるでしょ?
字が汚いとロイが文句を言うと、リンフィスは笑いながら言い返した。
―――もし砂の海の中で、砂漠の中で小さな小屋を見つけたら、探して欲しい物があるの…
ある時、思い出したかのようにリンフィスは言った。のんびりとした暮らしの中、その時のリンフィスの言葉が異様に浮いていた。平和な時の中にいるはずなのに、その言葉の持つ違和感を見逃せずにいた。
そこまで一目散に走ってきて、勢いよく扉を開いた。そこには、剣やら鎧やらで物々しい武装をした二人の男達に囲まれて、一人の女性、リンフィスが佇んでいた。
「ロイ!?」
リンフィスが扉の開いた音で気付いたのか、ロイのほうを振り返って叫ぶ。
「リンフィス、無事か?」
リンフィスの姿を確認できて少しは安心したのか、ロイの切迫した表情が少しだけ、ほんの少しだけ和らぐ。だが、それとは反対にリンフィスの表情はロイの姿を確認すると、みるみる蒼ざめていった。
「ロイ、逃げて!」
リンフィスが警告を発する、その声はかなり切羽詰っている。
「待ってろ、こいつらは俺が追い返す。今助けてやるからな!」
ロイは血にまみれた剣を構えると、リンフィスを囲んでいる男達に駆け出す。男達もロイがいるのに気付いていておかしくない筈なのだが、リンフィスとの間合いをじりじりと詰めているだけだ。彼らはロイが部屋の中に入ってから一度も、ロイを一瞥すらしていなかった。
「舐めてるのかよっ!」
息を吐き出しながら彼らのうちの一人、一番近い者に剣を振るう。
「止めて!こいつらは人間じゃあ…!!」
牽制の為の剣が鎧を叩く前に止まる、ロイが故意に止めた訳ではなかった。
「…こいつらは化け物、クリーチャーなの!」
視線を落とすと、ロイの振るった剣を人には見られないような器官、節足が数本で押さえ込んでいた。
「何だよ、これ。」
視線を元に戻すと、目の前の男がようやく振り返った。
人間ではなかった。肌の色が黒いと思っていたが、肌は紺色だった。人間の色では考えられないような、深い紺色。目は昆虫のような複眼。額に位置するところに短い触覚が二本、生えていた。鼻は無く、それがあるべき場所に一対の穴が空いている。口からは、やはり人間のものではない牙が上下に飛び出している。頭には一応髪が生えているように見えたが、それは一本一本が生きているように微かに蠢いていた。
身体にいたってはさらに酷かった。異常に筋肉の隆起したその両腕には、間接が三つあった。手には指が四本しかなく、その全てに鉤爪が生えている。鎧の隙間、ちょうど腰のあたりからは後ろに向かって節足が四対出ており、ロイの攻撃の手を防いでいた。それから下はどうなっているのか分からない、間合いが近すぎてロイは観察出来なかった。だが、やはり人間とはかけ離れた異常なことになっているに違いない。
「無茶苦茶だ。」
ロイは思わず呻いた。そう、確かに無茶苦茶だった。その生き物は、生き物でありながらあらゆる生き物とかけ離れていた。一個一個の全然違う生き物のパーツを人間にくっつけていったような、敢えて言えばそんな感じだった。そのかろうじて人型を保っているような生き物が、鎧をきて、剣を持ってリンフィスを取り囲んでいたのだ。
「じジ、ジャマもノ?」
それが発した音は、人の言葉でいえばそんな感じの音だった。
「ロイ、早く逃げて!!」
再びリンフィスの発した声が、合図になった。リンフィスの声で我に返ったロイと、その『怪物』が同時に動く。剣を抑えていた『怪物』はそれを引き込みながら振り返りざまに剣を振るう。ロイはあっさりと掴んでいた剣を手放して後ろへと跳んだ。その怪物は剣に興味が無いらしく、すぐに投げ捨てる。
「くそっ!」
ロイは剣の代わりに使える武器を探す。手に取れる範囲で、有効な武器でないとこちらがやられてしまう。ちょうど入り口のすぐ脇に斧がたてかけてあった。それは樵が使うような物ではなく、確実に人を殺すことを目的とした、物々しい戦斧であった。少なくとも朝出る時にこんなものは無かった、そもそもこの家の中に斧なんて物は無かったはずだ。だが、そんなことを考えている暇は無い。咄嗟にそれに手を伸ばして視線を戻すと、怪物の一体が既に目前に迫ってきていた。
「シッ!!」
鋭く呼吸を吐きながら手にとった斧を一閃する。ギリギリだった、両手で構える暇は無く、斧を右手だけで降り抜く。その怪物の、いや、リンフィスがクリーチャーといっていたモノの突き出してきた腕を切断する。切断された腕がそのままロイの頬を切り裂いていく。振り抜いた勢いで斧に引っ張られるようにして、ロイは素早く間を取り直す。そして次の瞬間、世界が凍りついた。
「逃げて……。」
そこには、もう一体のクリーチャーによって腹を貫かれ、口と腹から血を滴らせながら必死にロイに警告を発し続けるリンフィスの姿があった。
リンフィスを貫いていたのはロイが奪われた剣だった。リンフィスの腹の中から姿を現したその刀身は、リンフィスの血に
次にある記憶は、傷ついた体を必死になって引きずってリンフィスを抱き抱え、泣き叫んでいた―――
「ロイ、これがなんなのか分かるのか?」
テーブルの傷をじっと眺めているロイに、ベットが訊ねる。
「ああ、とりあえずこんなんでも人の文字だ。れっきとしたな。」
ロイは今まで眺めていた文字を読む。文字としてかかれているそれの意味を読み取る為に。
「『全ての生き物を殺し得るこの道具を、この下に保管する。』」
どう見てもただの傷にしか見えないものを、ロイは口に出して読み上げた。
「この下?」
クシーが疑問の声を上げる。不思議がって下を覗くが、テーブルの下には何も無い。「床の下って事か…」
ベットが呟く。
「探すぞ。」
ロイが静かに言うと、ベットもクシーも何も言わずに床を調べ始めた。
小屋はさしたる広さではない、床を調べるのもそんなたいした作業ではなかった。ベッドの下に隠れるようにして床の一部が取れるようになっていた。だが、それはベッドをどかさなければ取ることが出来そうに無かった。シーズはまだ寝ていたので、ロイ達はシーズが起きてからその床下を調べることにした。
「ん……。」
強かった陽射しも無くなり、暗くなってきた頃、シーズが目を覚ました。シーズは寝ぼけているのか、目を軽くこすりながらきょろきょろと辺りを見回していたが、自分をロイ、ベット、クシー、ランダと全員が見ているのに気が付き、がばっと勢いよく起き上がる。
「え…な、に?」
自分の寝顔と、起きる姿をずっと見られていたと言う恥ずかしさからか、シーズは顔を真っ赤にして戸惑っている。
「どう?少しは疲れ、とれた?」
ランダがそっと尋ねる。それに対し、少し訝しげな表情をするシーズ。
「いくらか楽になったけど、何?」
どうやらまだ、ランダに対してはあたりがきついようだ。その質問には、ランダではなくロイが答えた。
「ちょっとな、調べものがあるんだ。それにはこのベッドを退かさなくちゃならん。それでシーズが起きるのを待っていたんだ。」
ロイが軽く説明をすると、シーズは急にかしこまる。
「え?あ…ごめんなさい。」
シーズは慌てて起きると、ベッドから転げ落ちそうになる。それをランダが素早く支えた。
「危ないよ?」
「あ…」
両肩を支えられ、向き合うような格好になってシーズはランダと顔が間近に接近していた。
「だ、大丈夫!」
すぐに体制を立て直すと、さっとランダから離れる。その一部始終を見て、ベットは一人で忍び笑いをこぼしていた。
「じゃあ、これを退かしましょう。」
狭い小屋の中にあるこの丈夫な木製のベッドは、実に小屋の内面積の大半を占有している。例え二人でやっと持てたとしても、他のものが邪魔でとても動かせない。それ故、ベッドの全員で移動作業をしなければならなかった。
「何て重さだよ。」
ベッドを移動し終えた時には、ロイもベットも肩で息をしていた。そしてベッドがあった所には、そこを取り繕うようにして木の蓋がしてあった。
「……。」
ロイはそこに歩み寄ると、静かに蓋を開ける。中に入っていたのは白い布に包れた短めの棒と、一枚の紙だった。その中に入っていた紙をベットが手に取る。ロイはそれを迷惑そうに睨むが、当のベットはそんなことおかまいなしだった。そして、それを目にして愕然としていた。
「何だよ、これ。」
「どうしたの?」
クシーがその紙を覗き込む。
「何、この手紙?不気味……。」
そこには誰が見ようと綺麗な文字で、規則正しく、一寸の狂いも無く綺麗に並べられた文章が書かれていた。
「一体何だって言うんだよ?」
固まっているクシーとベットから紙を奪うようにして取ると、書かれているものに目をやる。さすがにロイも書かれている文字の異常なほどの一律性に驚くが、その書かれている内容の方を優先させた。
―――私は、灰塵の杖を此処に遺していく。これが必要になる時、貴方はこれを探し出して使うことになるでしょう。これは強い意志を持たなくては使えない。そして、感情の石が無いと動くことも無いでしょう。それを持っているのは一人の少女、悲しいほど孤独な少女。私が覚えているのはただそれだけ。でも、それを探さないとこれは使えない。
これはクリーチャーに対して唯一有効な武器となるでしょう。でも、危険極まりない物ともなるでしょう。ただ、これが必要無くなった時、これを破壊してください。これは、今あってはいけない物だから。存在し続けてはならない物だから。だから、これを跡形の残らないよう壊して下さい。
最後に、私は貴方に何を伝えたのでしょう?残された、開放された僅かな間、私は何をしていたのでしょう?願わくば、それを知りたかった。
未だ見ぬ、私が巡り会った人へ
リンフィス=フェルナンデ―――
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