過去の記憶
五人は、砂漠の中を黙々と歩いていた。
砂漠、そこは砂に埋め尽くされた死の世界。生のバランスの狂った場所。普通の生き物が生きていくには残酷な程に極端な状況を作り出す世界。昼間の強すぎる陽射しの下、ロイ、ベット、クシー、シーズとランダの五人はひたすら歩いていた。
「おい、さすがにちょっと休まないか?このままだとこいつらがくたばっちまう。」
ベットが後ろを振り返って言った。そこには流す汗ももう無いのか、ただ息を切らしているランダと、歩くのもやっとの状態のシーズがいた。
「ああ、そう思って俺もさっきから休める所を探しているんだが……。」
ロイもベットの意見に頷いて辺りを見回している。砂が小高く山になっていて、影が出来ていそうな場所を探すが、辺りは見事なまでに見通しが良く、影が出来ていそうな所が無かった。
「ねえ、あれ見て。」
クシーは何かを見つけた様で、遠くを指をさしている。その先に視線を移すと遥か遠くに、よく注意していないと見落としてしまいそうなほどの小さな影が何とか確認できた。それを暫くの間、ベットが目を細めて眺めてから口を開く。
「とりあえずあそこまで行ってみよう。影が動いているようには見えないから、もしかしたら小屋か何かかもしれない。」
「そうだな。」
ロイもそれに頷き、ランダとシーズの方を振り返る。
「まだ歩けるか?」
「うん、なんとか。」
「はあ、はぁ……。」
ランダは顔を上げて答えるが、シーズは俯いたまま肩で息をしているだけで返事をしなかった。さすがに砂漠のような苛酷な環境の中では、体力の差が出たみたいだ。そんなシーズの姿を暫く見つめていたランダが、ロイに向かって口を開いた。
「シーズは俺が負ぶっていくよ。」
そして、シーズの前まで歩いていく。シーズの前にかがみこみ、顔を覗きこむ。
「大丈夫?俺につかまって。」
そう言うとランダは背をシーズに向けて促す。
「う、うん……。」
今までならランダの事に対して強く反発していたシーズだが、それほど体力を消耗しているのか素直に従ってランダの背に負ぶさる。その一連のランダの行動を見ていたロイ達は少しばかり呆然としていた。
「あいつ、あんな性格だったか?」
「シーズに良い格好を見せたいんだろう。」
「成長したって言ってあげたら?」
ロイ、ベット、クシーは思い思いの感想を口にする。そしてシーズを背負ったランダがロイ達に追いつく。
「さあ、行こうよ?」
意外としっかりとした足取りで歩くランダ。それに続いて一行は遥か向こうに見える影を目指して歩き出した。
影が大きくなるにつれて、その形ははっきりとしてきていた。それは、木で出来た小屋のようだった。砂漠の真中に何故木の小屋があるのか謎だが、恐らく誰かが資材を運んできて建てたのであろう、意外としっかりとした造りのようだった。
「こんな所に小屋があるなんて。」
クシーが呟きをもらした。ロイとベットが小屋の周りを一通り調べて戻ってくる。
「出来てから結構経ってるるな。これは……。」
小屋を見上げて言うベット。ベットの言ったように、この小屋は昨日今日出来た物ではなく、随分と年数の経ったものであった。
「ちょうど良い、ここで休ませよう。」
たいした大きさではないが、一休みするには充分な場所である。周りの安全を再び確認してから五人は小屋の中に入った。
小屋の中は閑散としていた。目立ってあるものは木で作られたベッドが一つと、テーブル、椅子が一つずつのみ。部屋の中へ光を取り入れる為のものであろう窓には、砂が入ってこないよう板がはめられている。
「もう、降ろして。」
シーズが顔を赤くして言った。さすがに同じ年頃のランダにずっと背負われているのは恥ずかしいみたいだ。
「あ、ごめん。」
ランダは全く気にしていなかったのか、軽く謝ってからシーズを丁寧に降ろした。シーズはランダから降りると、少しふらついてから壁にもたれるようにして立つ。それでもつらいのか、すぐにしゃがみ込んでしまった。
「この様子じゃ暫く寝かせた方がいいな、その間は休憩だ。」
その様子を見てロイは言うと、シーズをベッドに寝かせて部屋の中を調べ始める。ランダが他の二人を見ると、クシーとベットも同じようにして部屋の様子を調べていた。シーズはベッドの上に寝かされて、すでに寝息をたて始めた。
「変な小屋だな。」
ベットが調べるのを止めて口を開く。
「結構経ってるが、そこまで長く人が使っていたわけでもなさそうだな。」
部屋の中を一通り見回してロイが呟く。その言葉にクシーが反応する。
「そうみたいね、置いてあるものが極端に少なすぎるわ。食物を保存しておく場所すらないみたい、そのまま置いていたのかしら?」
「この小屋、詳しく調べた方がいいかもな。」
三人は一回顔を見合わせてから、再び小屋の中を調べ始める。ランダはその様子を眺めていたが、自分とは関係も無さそうなのと、自分自身もかなり疲れていたのとで、小屋に一つだけある椅子に腰をかけシーズの様子を眺めることにした。
「……。」
シーズは辛そうな表情をしているが、穏やかな寝息をたてて寝ていた。聞いたところによるとシーズは十歳程度だという。背の丈はランダの目の高さ位だ。もし同じ年だとすると、かなり小さいことになる。その小さい身体で、ロイたちと同じ旅路の殆どを自分の足で歩いてきているのだ。それだけでもランダにとっては驚きなのだが、ロイとベットに聞いた話によるとシーズは助けられるまでの記憶を一切なくしているらしい。
もし自分に過去の記憶というものが無かったらどうなっているだろう、と考える。恐らくそれは酷く頼りない今を生きていかなければならないもの。自分が何者か分からず、自分が頼るべきものを見つけられず、世界を自分一人きりと錯覚してしまうだろう。母親を、村の皆を無残に殺されてしまったことを考えずに済むのは楽なのかもしれない。だが、そもそも母親が、村に住んでいたことを知らないという事になってしまうのだ。つらいこと共に、大切なことも一緒に失ってしまう。自分の存在というものが酷く不確かなものに変わってしまう―――。
ランダは思わず身を震わせた。自分はそんなものに絶えられない。三ヶ月、村がクリーチャーに襲われて、母親が殺されて、自分が独りになって、ロイやシーズたちと一緒に生きるようになってそれだけの時間が流れた。その間、何回も母親が殺される夢を見てうなされた、自分がクリーチャーに喰い殺される夢を見て夜中に目が覚めた。ベットやアシュレイに訓練してもらって、ある程度剣を扱えるようになったとはいえ、本当にクリーチャーと渡り合えるか不安だった。毎日が悲しいこと、つらいことだらけで本当に苦しかった。
「それでも、過去が無いのって辛過ぎるよ。」
小さく呟く。シーズは先程と比べると、かなり穏やかな寝顔をしていた。ランダはシーズに対して同情すると共に、とても穏やかな感情を抱いていた。
―――もし砂漠で、小さな小屋を見つけたら―――
そんな言葉をふと思い出す、もう随分前のことだ。ロイが今のように旅をしていなかった時。一人で、いや二人で生活をしていた時のこと。ある時、彼女はそんなことを言った。
―――そこを探して、ある物が―――
一瞬だけ真剣な眼差しで言った後、ふざけた調子で言った。
―――そこに、本当にそこに小屋があればだけどね―――
ロイは、一見して何も無いと分かりそうな小屋を調べた。外から見た限りでは、隠す場所は中にしか無さそうだ。もしそれが、見つけて欲しいものならば。
「どこだ……。」
ロイは思わず呻いた。もし『ここ』が『そこ』であるのならば、何かがあるはずだ。どんなものかも分からないが、彼女が言うことに嘘は無いと信じている。
―――今の貴方には必要ないかもしれないけど―――
―――でも、今の俺には必要なものなんだろ?
ロイは心の中で語りかけると、再び部屋の中を探し出した。
クシーが黄ばんだ紙を手に持ちながら、呟いた。
「なにかしら?」
テーブルの上の紙を何とはなしに手に取って、初めて気がついた。紙自体は何でもない、走り書きがしてあるただのメモだ。問題は、その下。メモが置いてあったその下にちょうど隠れるように、テーブルに無数の傷が掘り込まれていた。ただ考えなしに刻んだんではない、規則性のある傷。だが、クシーにそれが何であるかは読み取ることは出来なかった。
「ねぇ、これ…何かしら?」
自分では処理しきれないと判断してロイとベットを呼び寄せる。
「この傷、何だと思う?私には、ただの傷のようには思えないのよ。」
ベットがその傷を眺めるが、首をかしげる。
「俺には分からないな、もしかしたら何かの暗号かも。」
ロイは、その傷を見て呆然としていた。それは、ロイのよく知っている人物の文字にそっくりだった。大人の癖に、酷く汚い字しか書けない。そんな彼女の、リンフィスの文字だった。
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