過去は未来を束縛する
束の間の息抜き
「よし。止め!」
キーエリィウスの街外れ、瓦礫の残る小さな広場にベットとランダが向かい合っていた。大きくは無いが通る声でベットが声を掛けると、ランダは構えていた木刀を下ろした。
「今日はこれで終わりだ。後は好きにして良いぞ。」
かなり気だるい声で言って、自分自身は既に横になって寝ようとしている。
「あ、あのさ…ベット?」
地面に適当に横になって寝ようとしているベットに向かって、ランダが控えめに話し掛ける。
「何だ?」
「シーズは何処に居るか分かる?」
少しの間考える素振りを見せた後、ベットは答えた。
「知らん。」
「ベットに聞いた俺が悪かったよ。」
半ば予想していたのか、早々に諦めそのまま街の方へと歩き出す。
「そうだ、ランダ。」
立ち去ろうとしたランダに向かって、ベットが声を掛ける。
「ん?」
「今の時間だったら、食堂に行ってみろ。面白いものが見れるぞ。」
「??」
ベットが言っていることが何だか分からず、ランダは首をかしげたまま立ち去った。その姿を見送った後、ベットは目を閉じて本格的に寝ようと目を閉じる。そんなベットに影がさした、面倒くさそうに目蓋を開けるとアシュレイが傍らに立っていた。
「なんだよ……。」
ぶっきらぼうにベットが口を開く。
「ランダ、随分と成長したな。」
「あ?まだまだだよ、ガキの癖に背伸びしやがって。」
ベットは少しばかり顔をしかめて答える。
「そうか?お前も充分背伸びしていただろう?」
「俺の時は、その必要があったからだ。それに、年が全然違うだろう?」
自分の時とは状況が違うと言わんばかりに切り返すベット、それにアシュレイは苦笑する。
「そうか?余り変わらないような気もするが……。ところで、気は変わらないか?」
「無理な話だ。」
アシュレイが話を変えたところで、ベットは起き上がる。
「お前、街の復旧でもしながら暫く暮らしていたら、俺の気が変わると思ってロイの怪我が治るまで此処にいろって言ったんだろうがなぁ。三カ月だが、気は変わっていない。もし一年ここにいたとしても、変わることはない。ロイの怪我もいい加減に治ってるんだぞ?今俺たちが此処に居る理由は、はっきり言ってもう無いんだ。」
ベットの言葉を聞いて、アシュレイは少しばかりがっかりした様子で話だす。
「そうか。で、いつ出るんだ?」
「そうだな、明後日位になるんじゃないか?ランダの剣術授業も明日で終わりにするつもりだしな。」
それを聞いて、アシュレイが笑いだす。
「お前、失礼な奴だとよく言われないか?」
いきなり笑われて、憮然とした表情で言うと、アシュレイは笑いながら答えた。
「ははは…全然、言われたこと無いよ。結局はランダの剣の先生をするの、結構やる気だったんじゃないか。」
「途中で投げ出すのが嫌なだけだ。中途半端で終わるのもな。」
ベットは短く答えると、立ち上がって街の方へと歩き出す。
「何だ、もう行くのか?」
「ここは居心地が悪いからな……。」
アシュレイを軽く睨んでから、ベットは立ち去った。
「こんにちは……。」
あまり大きいとは言えない声で挨拶をしながら、ランダは躊躇いつつ食堂に入った。
陽が傾いてその日の殆どの仕事が一段落しているこの時間、食堂は仕事が終わって腹をすかしている人間で一杯になっていた。一人しか居ない給仕も忙しそうに駆け回っている。
「いらっしゃいませ~♪」
ランダが入ってきたのに気付いて、奥から給仕が小走りで駆けてくる。
「…あ。」
その給仕が、間の抜けた声を出す。
「?」
その声につられてランダは給仕を見上げる。
「…あ。」
ランダも間抜けな声を上げた。ランダの目の前にいたのは、普段からは想像できないほど可愛い格好をした、エプロンを掛けたクシーだった。
「~~~!」
恥ずかしいのか、クシーは顔を見る見る真っ赤に染める。ランダは始めて見るクシーのその姿に、ただ呆然と見入っていた。
「あれ?クシー…?」
思い出したかのように、声を掛けるランダ。
「あ、あんた…何でこんな所にいるのよ!!」
ランダと同じ視線になるようかがみこんで、クシーは小声ながらもランダに向かって怒鳴る。
「え?え~と、ベットが今ここに来れば面白いものが見られるって……。」
ちらちらとクシーの姿を盗み見ながら、俯きつつ答えるランダ。その様子にますます顔を赤くするクシー。自分でどんな格好をしているのか、その自覚はあるらしい。
「あんの馬鹿…!!」
拳を握り、こめかみに血管を浮かせている。迂闊なことを言えば、ランダもただでは済みそうではない。
「あぁ…でも、可愛いよ?」
気が動転して、ランダが口走った言葉はそんなものだった。
「あ、あんたは!」
クシーの恥ずかしさも最高潮に達し、ランダの顔を鷲掴みにするとものすごい握力で締め付けてきた。
「うぐ!?」
ギリギリとランダの頭を容赦なく圧迫するその力は、男顔負けのものだった。
「とっとと失せなさい…」
微笑みながらも怒りを押し殺したような、静かだけどドスの効いた声。ランダはその言葉に無言でコクコクと首を振ると、ようやく開放される。
「そ、それじゃ…!」
そして、ランダは一目散に食堂を去っていった。
「まったく…」
クシーは溜息をつくと、頭を軽く振って火照った顔を冷まそうとする。
「おーい!クシーちゃん、油売ってないで仕事、仕事!」
「あ、ハイ~♪」
店主らしき人に声を掛けられると、一瞬のうちに営業スマイルになって仕事に戻るクシーであった。
思わず飛び出してきたランダだが、特にすることがあったわけではないので街の中をふらつくことになってしまう。そしてランダは、ふとあることに気付いて呟いた。
「なんで俺が外に出なくちゃいけないんだ?」
街の診療所、そこにロイとシーズはいた。
「もう大丈夫のようだね。」
結構年老いたその医者は、ロイの右腕の具合を見てそう診断した。
「そうか、有り難う。」
ロイは礼を言うと、自分の右腕を軽く動かしてみる。
「君、治りきらないうちから随分使っていただろう?」
ビク!と、ロイの背中が動いたような気がした。
「隠していても分かるよ?それのせいで治りが遅くなったようなものなんだからね。」
その医者はジト目でロイを見ている。言いたいことがかなりあるようだ。
「いやぁ、リハビリですよ。使わないと筋肉が落ちるから…」
苦笑いを浮かべながらロイは言い訳をするが、医者の方は聞く耳を持たないようだった。
「分かっているのかい?無理なリハビリをするってのはだね―――」
医者にこってりと絞られるロイを他所にして、シーズは診療所の別の場所で怪我人の手当ての手伝いをしていた。
「はい、これで大丈夫です。」
「シーズちゃん、有り難う♪」
簡単な手当てなら既にお手の物なのか、かなり手馴れたものだ。
「いいねえ、ここには華が無かったからシーズちゃんにはずっと此処に居て欲しいなぁ…」
華というには幼すぎる少女を相手に、盛り上がる男の患者共。
「どうだ、後十年したら俺の嫁になんねぇか?」
「おいおい、唾つけるには早すぎだろう?」
下品な笑い声を上げながらシーズを囲んでる男達、シーズはそれ以上はその雰囲気についていけないのか、そそくさとその場を後にした。
「そろそろ、此処を出ようと思うんだが…みんなはどう思う?」
その日の夜、食事の後にロイはそう切り出した。
「いいと思うぜ、そろそろ頃合だしな。お前の腕もようやく治ったみたいだしな。」
ベットはそう言って、賛成する。
「私も良いと思うわ。もういい加減、あそこで働くのも嫌だし。」
クシーはランダをチラッと見た後、ベットを思い切り睨みつける。殺気を感じたのか、それに合わせてベットは身をすくませている。
「俺は、別に何時でも良いよ。」
「私も。」
ランダとシーズもそれぞれ答える。
「分かった、明日すぐは無理だろうから明後日には出ようかと思う。仕度は済ませておいてくれ。」
ロイは言うだけ言うと、さっさと部屋を出て行こうとする。
「俺はもう寝る、今日は疲れた。」
心底疲れたというような表情で、溜息をつきながらロイは部屋を出て行った。
「ロイね、今日先生にたくさん怒られてたみたいなの……。」
シーズは、ロイが出た後にそっと付け加えた。
「お前、随分とランダに対して円くなったじゃないか。」
ランダとシーズも寝て、ベットは二人だけになってからクシーに尋ねた。
「だってあの子、最初の頃はうじうじしているだけだったじゃない。自分だけが不幸だ!みたいな感じで。前まで何もしようとしてなかった。シーズなんか、以前の記憶が無いにもかかわらずあれだけ頑張っているってのによ?悲劇の中にあるのはあの子だけじゃない、私だって……。」
「おい!」
ベットが厳しい声になる。クシーはそれにハッとする。
「ごめんなさい。でも、最近は変わってきたみたい。何かやることが見つかったのかしら?生きる目的とか。」
「ん。…ま、そんなもんじゃないか?」
ベットは、剣の練習をするランダの姿を想像して頷く。クリーチャー襲撃の次の日、ランダはベットとアシュレイに対して、戦い方を教えて欲しいと突然頼んできた。そんなに断る理由も無く、ランダ自身が真剣だったのとで承諾したのだが、ランダは実際に良くやっていた。三ヶ月たった今ではそれなりに上達し、剣ならばそこそこ戦えるようにはなっているだろう。それも、人間相手ならばの話だが。
「あいつは、自分なりにやることを見つけたんだろうな。戦うことか、守ることか。」
そう言ってから、ベットは苦笑した。自分も同じようなことを今している。自分を取り戻すこと、自分を探し出すことを。
ベットが笑っていると、クシーは不機嫌な顔をしてベットの方を睨みだす。
「ベット?あなた、ランダに食堂に行くように言った?」
「悪かったか?」
あくまでベットはそっけなく答える。
「私がその時間にいるのを知っていて?」
「そうじゃないと行けとは言わないよ。」
「そう、わざと。」
「冷たい印象しかもってないだろうランダに、可愛い姿を見てもらえて良かったろ?」
そして、静かになる。
ゴスッ
ベットの頭を重い衝撃が走る。
「良い分けないでしょ!?」
クシーの怒りは何時冷めることなく、時間は過ぎる。
間もなくキーエリィウスで過ごす、平和な時間は終わろうとしていた。
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