そして流れ始める

「ここだ。」

 アシュレイは、ロイたちが入った入り口とは反対の位置に当たる街の入り口。正確にはその脇の壁の前に来ていた。

「隠し扉か?」

 ロイが尋ねる。

「ん……。まぁ、そんなもんだ。」

 そう言ってからアシュレイはしゃがみ込み、壁から足元の石を引き抜いた。石の下には、手を引っ掛けることが出来るくらいの、小さめの穴があった。その穴に両手をかけると、アシュレイは思い切り引っ張り上げる。今度は、地面から厚い板が引き剥がされた。板の下には大きな空洞があり、降りる為の階段があった。

「入り口はこれの他にも、いろんな場所に用意している。一つだけだと咄嗟の時に対処できないしな。」

 説明しながら、階段を降り始める。数段降りた所で振り返った。

「ついて来いよ。」


 階段を降りると、少し大きめな空洞になっていた。壁や天井などを見ると、人の手で掘られたもののようだ。ただ、ここは通路のようになっている。

「ここに街の人間は避難している。戦えない者と、それを守る一部の人間だけだけどな。」

 アシュレイが振り返って全員がそこにいるのを確認した。

「そこのガタイのいい兄ちゃんは、ロイっていったか?あんたは取りあえず、きちんとした手当てをして貰った方がいいな。それと、その女の子も静かな所で休ませた方が良い。まずは女の子の方からだな、こっちだ。」

 そう言うとシーズを背負っているベットに向かって目配らせをし、先に進んでいく。

「あんたらはちょっと待っててくれ、すぐに戻ってくる。」

 一度だけ振り返ると、アシュレイは奥の方へと消えていった。

「少しだけ待っててくれ、本当にすぐに終わると思うから。」

 ベットも一言だけ残すと、足早にアシュレイの後を追いかけていった。


「ここなら静かだから物音で目がさめることも無いだろう。ゆっくり眠れるはずだ。」

 薄暗いが、整えられている場所につくと、アシュレイはシーズを寝かせられる場所を確保した。

「そうだな、こいつはゆっくり休ませた方が良い。」

 ベットもそう言い、シーズを横たえると布を掛けてやる。

「お前、もう平気なのか?」

 その動作を見届けてから、アシュレイは尋ねてきた。

「何のことだ?」

 聞かれていることが分からないという風にベットは答える。

「とぼけるな、真面目に聞いているんだぞ?もう、自分を許せるようになったのか?」

 答えないことを許さないと言わんばかりな語気を強めて、アシュレイは聞いてくる。すると、ベットは苦笑しながら話し出した。

「馬鹿言え、そんなこと出来るはず無いだろう?俺を許す?無理な話だよ、多分一生な。」

 苦笑ではなく、その表情は、自分自身に対する嘲りだったのかもしれない。涙を流さずに泣いているような、微妙な表情を浮かべたままベットは言葉を続けた。

「自分の力しか信じられずに、仲間を信じられずに自分勝手にやってきた俺に何を許されると言うんだよ、無理な話だろう?自分の力を過信しすぎて、仲間を見殺しにするような奴の何を許してくれるんだ?」

 ベットは話を止めようとはしない。

「そうだろう?俺は、許してもらえるなんて思っちゃいないさ…誰にもな。」

 ベットは独白を終えると口を閉ざす。しかし、その沈黙を遮るように今度はアシュレイがベットを問いただす。

「でも、それをして欲しくて一人で旅をすることにしたんじゃないか?だが、お前は新しい仲間と旅をしているじゃないか、どういうことなんだよ?」

「……。」

「確かにあの時のお前は、自分の力を信じる余りに仲間を信用しようなんて一切してなかったよ。あの時の事だって、確かにお前のその考えが結果的に仲間を救えなかったことに繋がったことも理解できるが、でもな、それでも救えなかったのは事実なんだぞ?今更生き返ってくるとでも思っているのか?自分の過ちに気付いたって言うのは分かるが、それで自分が許せないっていうのと、誰かに許してもらおうとしているお前は間違っているぞ?」

 ベットは必死に訴えてくるアシュレイの顔を、虚ろ気に見つめ続ける。

「自分が許せないって、お前は一人で考えたいからって旅に出たんだろ?その答えが出たから新しい仲間と一緒に旅をしているんじゃないのか、違うのか?」

「ふっ、ふふふ……。」

 不意にベットが笑い出す。

「ああ、そうだったな。自分でも忘れかけてたよ。自分でゆっくり考えたかったんだ。仲間を全然信用していなかった俺でも、あいつらは…ゼファとユーリィは俺を最後まで信じていてくれた。俺が、自分で一人で解決できると踏んで自分勝手に失敗して招いた最悪の事態だったってのに、あいつらは俺を庇って怪我を負って、俺を信じたまま死んでいって…情けねえよ、やっぱ俺は。」

 自嘲気味な笑みをまた浮かべ、顔を上げる。

「でもな、旅をしていて少し分かったんだ。一人で旅をしていて、雇われ兵士みたいなことをしていたんだがな、そこで出会ったのがあのロイなんだ。あいつといっしょに行動するようになって、何かが変わったんだ。俺は自分自身を許すことは出来ない、そしてこれからも無理だと思う。でも、少しなら分かった。力を信じること、許す許さないじゃなくて、仲間を信じることが大切なんだということがな。今は無理だが、いつか俺にも信じることが出来るようになるかも知れない、仲間と言うものを。」

 ゆっくりと、しかしながら自分の言葉をかみ締めるようにして一言一言を話すベットを静かに見つめているアシュレイ。ベットの話が終わってからも暫くの間黙っていたが、やがて立ち上がって口を開く。

「分かった、お前なりの道が見つかったんだな。それでお前が取り戻せるってのなら良いんじゃないか?あいつらと一緒に旅を続けろ。」

 ベットに近づいてさらに話し掛ける。

「ただその前に、一つ頼み事がある。」


 ベットとアシュレイがおくに行ってからロイ、クシー、ランダの三人は何もすることが無くただひまな時間を過ごしていた。すぐに戻ると言っていたので勝手にうろつく必要も無い、でもすることがあるという訳でもないので、手持ち無沙汰のまま待ち時間を過ごすことになった。

「悪い、少し遅くなったかな?」

 それなりの時間がたってからアシュレイとベットがやっと戻ってくる。

「遅い。」

 クシーは苛立ちを隠さずに刺のある口調で言う。

「悪かった。さあ、街の人たちが居る所まで行こう。」

 アシュレイはそれだけ言うと、また先頭に立ってさっさと歩き出した。


「そうだ、あんたらに頼みがある。」

 後ろも振り返らずに、歩きながらアシュレイは話を始めた。

「ロイ、だったよな?あんたの怪我が治るまで、この街に居てくんねぇか?見たところ、あんたの怪我はとても軽いものとは言えない、腕も折れてるみたいだしな。その怪我が治るまでの間で良いんだ、街を戻すのに力を貸してくれないか?」

 突然のアシュレイの申し出に、少なからず驚くロイとクシー。ベットは特に反応を見せずにただ歩いている。

「どういうことだ?」

 どういうことか分けがわからないと言う風にロイが尋ねる。

「いくらこの街がクリーチャーが襲ってくるのに慣れているって言ったって、今回のは酷すぎだ。俺が居る限りこんなのは今まで一度も無かった。でも、もう同じことが起きないとは言えないしな。その対策も兼ねて、街の復興を出来るだけ早く済ませたいんだ。その間に少なからずクリーチャーが襲ってくるかもしれない。今は一人でも人手が欲しいんだ、護衛としてでも良いんだ。手伝ってくれないか?」

 アシュレイの話を聞き終って今度はクシーが尋ねる。

「そんなこといったって、実質働けるのは私とベットだけなのよ?」

「それで充分だ。えーと、お嬢さん……?」

「クシーよ。」

「そうそう、クシー。さっきも言ったように、例え一人でも人手が欲しいんだ。見たところ、君もかなり戦い慣れしているようだ。クリーチャーなんかとも結構戦ったことあるんだろう?」

 その問いにクシーは戸惑い、歯切れ悪く答える。

「あるにはあるけど……。」

「その経験が必要なんだ。また新しく戦う為の訓練をしなくてはならない。より確実に街を守るために。他にも仕事になることはいくらでもあるしな。君にも役に立てることは沢山あるんだ。」

 一通り聞き終えると、ロイは暫く考えてから口を開いた。

「分かった。どうせ俺が怪我をしていんだ、それで足を引っ張るのも嫌だしな。治るまでなら居てもいいだろう。」

 その答えに満足したのか、アシュレイは頷いて言った。

「助かる。寝床と食い物の心配はするな、充分に用意させてもらうぜ。て、もう着いたな。ここだ。」

 ここは天井も高く、かなり広いつくりになっていた。中には沢山の人が、街の人たちが避難しているようだった。避難する時にしたのか、怪我の治療を受けている人もいる。

「ロイ、あんたはすぐに怪我を見てもらいな。」

「ああ、そうするよ…」

 アシュレイに言われるでも無くそうするつもりだったか、ロイは医者と思われる人間のところへ迷わず向かっていった。

「ところで、そこの少年。名前なんだっけか?」

 思い出したかのように、今まで一言も口を開いていないランダに向かってアシュレイは尋ねた。

「ランダ。」

 少しの間を置いてからランダが答える。

「お前にも礼を言っておくぞ、有り難うな。」

「えっ?」

 ランダは分けがわからずにアシュレイを見上げた。ベットにあれだけ怒られたというのに、お礼を言われるとはどういうことだろう?

「クリーチャーが全滅したのはお前のお陰なんだろう?危険なものとは言え、お前が行動してくれてなけりゃ、今どうなってたか分からないからな。」

 そう言うと、ランダの頭を乱暴に撫でる。その様子を見ていて、ベットとクシーはそれぞれ全然違う溜息をついた。


 ―――ァァァァッ!


 ロイの手当ても終わり、ようやく一息ついたところだった。遠くから聞こえる人の声に皆耳を傾けた。

「これは……さっきの嬢ちゃんところだな。」

「シーズが?何が起きたんだ?」

「とにかく、急ぎましょう!」

 ベットを先頭にロイ、クシー、ランダはシーズを寝かせている場所に向かって走り出した。アシュレイはついていくそぶりもせずに、その場所から動こうとはしなかった。

「さすがに、こういうのに立ち入っちゃ不味いよな。」

 そして、アシュレイは横になった。



「大丈夫か!」

 ベットたちが着くと、そこには隅に小さくなってただひたすら震えているシーズがいた。まるで何かを恐れるように、例えば暗闇を恐がる幼子の様に、シーズはうずくまっていた。慌てて彼女に駆け寄るが、反応を示さない。

「おい!シーズ……大丈夫か!!」

 まずベットがシーズの肩を掴んで揺するが反応は無い。辺りを見回しても何にも異常は無い。なのに、一体何に怯えているのだろうか。

「シーズ!分からないの?私たちよ。」

 クシーの言葉にも返事が無い。しかし、かすかに口が動いた。

「もう、いや。止めて……。」

 その声は細く、今にも消えてしまいそうなものだった。

「おい、シーズ。しっかりするんだ、俺たちが分からないか?ロイだ。」

 ロイが静かに話し掛ける。そこで、ようやくシーズは反応らしい反応を示した。

「ぁ…う、ロ…ロイ?」

 虚ろな眼差しをロイに向けて送る。

「ああ、そうだ。俺だ、ロイだ。」

 ロイが返事をすると、シーズはいきなりロイに飛びついた。

「ああ、良かった!夢じゃなかった、夢じゃなかった!」

 そして泣き出すシーズ、その行動にさすがにと惑うロイ。

「おい、シーズ……一体どうしたんだ?」

「ヒッ、エッ……。誰も居なかった、恐かったよぉ…今までのことが、ロイが、夢じゃないかって……。」

 泣きながら、断片的なことを話すシーズ。その言いたいことはその場に居る誰もに通じた。

「でも、やっぱりロイなのねぇ。」

 少し悔しそうに呟くクシー。

「しょうがないだろう?刷り込み見たいなもんだよ、シーズが目が覚めたときに目の前に居たのがロイだったんだから。」

 ベットはほっとしたついでに、呆れたように言う。


 ―――僕は、何が出来ただろう?

 ―――僕は、助けることが出来たの?

 ―――守ってあげられたの?

 ―――僕は、守りたい。

 ―――僕は、強くなりたい。


 ロイにしがみついて泣きじゃくるシーズを眺めながら、一つ決心をするランダがそこにはいた。

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