拭い切れないもの
爆心地、とでも言えばいいのだろうか。ランダが爆弾を使ったと思われるその場所は、大きなクレーターが出来ていた。
「やだ…何これ?」
思わずクシーが両手で口を覆う。
「酷いな。」
巨大なクレーターを眺め、ロイも呻く。
「クソ!やっぱりあの爆弾の威力だ。」
ベットが毒づくが、当たるものも無く、怒りの方向が定まらないでいる。
「こんな状況で、あの子達は無事なの?」
クシーは不安を隠せずに、ベットに問う。
「俺の忠告どおり敵に投げつけて直ぐに逃げたのなら。死んでいないと、思う。」
「無事、とは言わないのね?」
余りにも消極的なベットの言い方に、クシーが冷たく言い返す。
「これだけの威力なら、無事でいられる方が奇跡かもな。」
辺りを見回してロイが呟く。
「とりあえず、二人を探しましょう!」
クシーはロイとベットに対してそう言うと、クレーターの方へ早足で歩きだす。
ロイとベットもそれに続いた。
「いた…!!」
ランダとシーズの二人は、クレーターからかなり離れた所に倒れていた。クシーはその場所へと駆け出す。
倒れている二人に近づくと、ゆっくりであるが呼吸をしているのが分かった。見たところ、大きな怪我もしていないようだ。
「奇跡か。ある所にはあるもんだな。」
ベットはため息をつきながら呟いた。何かを羨むような、複雑な顔つきで。
「おい、大丈夫か?」
「シーズの方は大丈夫みたい。大した怪我も無いみたいだし……。」
そしてシーズから離れると、クシーはランダを抱え起こし二、三度頬を張った。
「ぅ…ん?」
一度きつく目をつぶってから、ランダは目を開いた。ゆっくりと辺りを見回す。
少しの間ぼおっとしていたが、突然何かに気付いたように跳ね起きた。
「シーズは?クリーチャーはどうなったの?」
ランダは辺りを警戒して見回しいたが、その異変に気が付いたのだろう、ベットのほうに向き直った。
「これ、何?一体何が起きたの?」
徹底的といわんばかりに破壊し尽くされたその周囲、街並みにかなりの動揺を覚えているようだった。
「お前がしたんだよ……。」
その一言の後、暫くの間沈黙が支配した。
「え?」
ランダがベットを見上げると、ベットはこれまで見せたことの無いような冷たい目をしてランダを見下していた。
その視線だけで、ランダは竦み上がった。まるでクリーチャーと鉢合わせた時のような―――いや、それ以上の恐怖をその視線から感じていた。
「お前、あの『爆弾』を使ったろ…?」
恐ろしく、静かな声音。
「なんでこんな所にいる?外れで待っていろと言ったろ?」
まるで、時が凍りついたかのようだった。
「それが、なんでここにいる?そして何故、『爆弾』を使った?あれは『どうしようもない時』に使えといったはずだ、それが何故街の中で、こんなところでその『爆弾』を使った?」
静かに、ゆっくりと。しかし、他の者に全く意見を許さない強制力を持ったかのような言葉。その言葉の意味が恐怖と共に、ランダの頭に染み込んできた。
「ぼ…、お、俺だって戦いたかったんだ!これがあれば、クリーチャーを倒せるかもしれないって…何を悪いことしたって言うのさ?クリーチャーを倒せたんだ。倒したんだ!」
必死で恐怖を否定しようとしている。虚勢を張っている。ランダの顔は完全に蒼ざめ、足はがくがくと震えていた。自分がやってしまったことを思い出し、気付いたのだ。
いや、気付いていた。
ランダは爆弾を使った後、すぐに目を覚ました。シーズの無事を確認してから辺りを見回して気付いたのだ。自分のしてしまったことを。そして、その恐怖により再び気を失ったのだ。それを思い出した、ベットの視線と、自分の内から沸きあがる恐怖。それらに必死に抵抗している。
押しつぶされながら抵抗している。自分の罪を認めているから、何をしたか知っているから、それでもそれが本当に起きたことなのか確かめたかったから。
「戦いたかったんだ…」
最後に一言だけ呟くと、ランダは泣き出した。その様子をロイとクシーは黙って見つめている。ベットはランダの目の前まで来ると、平手で思い切りランダの頬を打った。
「お前…とんでもないことをしたんだよ。街の中で使ってはいけないものを使ったんだよ。クリーチャーを殺せるかもしれない?ああ、殺せるさ。一体じゃない、それこそ何十体も一辺にだ。しかもそれは、死体として残らないほどに吹き飛ぶんだよ。わかるか?その威力が。」
勢いで、ランダは体ごと飛ばされていた。それにも構わずベットは続ける。
「お前、人がいたか分かるか?確認したか?お前は運良く助かったかもしれないが、もし巻き込まれた人がいたらどうなる?確実に死んでるぞ?」
飛ばされてそのまま倒れているランダの元へ歩み寄り、胸座を掴んで無理矢理起こす。
「お前のしたことはクリーチャーとかわらない、人間を虐殺したことになるんだよ!」
そう言うと、ランダを放り投げた。そのまま地面に叩きつけられ、むせ返るランダ。言葉がでるはずも無かった。
「ちょっと、いくらなんでもやりすぎ。」
クシーがこれ以上は見かねて、止めに入ろうとした時だった。
「おい、子供に対してお前はなんて事をしているんだ?」
その突然の声にロイ、ベット、クシーは慌てて振り返る。そこには、一人の男が立っていた。
「それに、何だだこの有様は?一体、どんなクリーチャーが来たってんだ。」
辺りを見回しながら、男は近づいてきた。その男は中肉中背で、少しきつそうな顔つきをしている。
皮製の胴鎧を身に付け、左手には抜き身の両手剣が握られていた。
「ベット、もう一人旅は止めたのか?」
男はベットの前まで歩くと、口を開いた。
「こんな時にここに来るとはな。もしかして、お前達がクリーチャーを退治したのか?」
「アシュレイ。お前、今まで何処に居たんだ?街の中の人の気配は完全に消えていたのに……。」
ベットがそう呼んだ男、アシュレイはベットの話を聞き、暗い表情になった。
「そうか、街の戦闘要員は全滅したか。」
持っていた両手剣を地面に突き刺し、倒れて呻いていたランダの所まで歩いていき、助け起こす。そしてランダを抱えてベットの方へ戻ってくる。
「てことはやっぱり、お前達が倒したんだろう。一体どんな化け物だったんだよ?俺は突然現れたとか、凄い群れで襲ってきたことくらいしか聞かされていないんだ。」
「『リザード・マン』だ。」
ベットは小さい声で、素早く答えた。アシュレイにしか聞こえない程度の声で。
「!?」
その答えに、アシュレイは声を失う。顔が引きつっていた。
「どういうことだよ?アレは普通、集団で行動しないはずだろ?しかも『突然』現れたって言ってたぞ?奴等がどうやって、気配を感じさせずに現れることができるんだよ。」
アシュレイはベットに向かってまくし立てる、但し小さい声で。
「分からない、俺達が着いた時には街は既に襲われていたからな。」
たったの一言で質問に対する答えを返すと、自分の用件を付き返す。
「それよりも、だ。それこそ、お前は何処から現れた?さっきも言ったが、街の中に人の気配は一切しなかった。」
それを改めて聞かれて、アシュレイは思い出したかのように答えた。
「ああ、こういう時の為に作った避難所だよ。非戦闘員の女子供や、戦う能力を持っていない人間を確実に守る場所が必要だったんでな。」
そして、周りを見回しながら言った。
「クリーチャーが相手じゃ、建物の中に隠れていても安全とはいえないからな。非戦闘員と、それを護衛する人間はそこに隠れているんだ。避難している途中で、突然凄い振動がしたたと思ったら途端に静かになる。何があったかと思って俺が偵察に出て来たんだが……。」
そこで、アシュレイは話を止めてベットに向き直る。事情を説明してくれといわんばかりに。
「クリーチャーと戦って、生き残ったのはお前達だけなんだろう?俺も一通り街の中を歩いたが、みんなくたばっていたよ。」
そこで、初めてベット以外のロイ、クシーの方へと顔を向けた。
「あんたらも、知っているんだろう?何でこんな有様になったのかを?」
「住民は無事なのか?俺としてはそれが知りたい。」
ロイが一言だけ言った。
「ああ、後でその場所へ連れて行ってやるよ。行けば分かる。」
「分かった。俺たちが教えられることを話そう。ま、詳しいことはベットが知っているよ。」
ロイは苦笑しながら自分で知っていることを話し出した。
「なるほどな。」
ベットが話し終わった後、アシュレイは自分で納得した。ロイ、クシー、ベットはそれぞれの状況で見たものをアシュレイに話した。ランダとクシーは今は寝ている。ランダはあの後、そのまま気を失った。シーズの方は一回目を覚ましたが、すぐに眠りについた。今は規則的な息が聞こえてきている。
「つまりは、あの振動はお前の例の『爆弾』だったわけだ?」
「そういうことだ。こいつが、まさか街中で使うとは思わなかったんでな。すまん…」
寝ているランダを見てから謝る、ベットは何時に無く真面目な素振りだった。
「いや、クリーチャーを一掃してくれただけも有難い。さっきも言った通り住民は皆、非難済みだったからな。それに、ここはクリーチャーに襲われるのはこれが初めてじゃないんだ、復興するのも早いさ。」
爆弾を使ったせいで大きなクレーターが出来てしまったのにも、アシュレイは特に気にとめていないようだ。
「だから、こいつを責める必要は無いぜ?子供にはきつすぎるぞ?お前の性格…」
ランダを軽く叩いて少し笑ってから、また顔を引き締める。実際、クリーチャーと戦った街の人間は全滅してしまっているのだ。正直言って笑える気になれるはずがない。
「じゃあ、無事を確かめに行くか。」
アシュレイは立ち上がると、三人に向かって言った。
「着いて来いよ。もちろん、その子供二人も一緒にだ。」
シーズが再び目を覚ますと、そこは薄暗い空間の中だった。体には、薄汚れた布が掛けられていた。辺りは閑散とし、とても静かだった。どこかで水の滴っている音が響いている。
―――寒い
体を震わせ、布を手繰り寄せる。自分は今までどうしていたのだろう?ロイ達と一緒にいたのではなかったか?そんな疑問を持ちつつ辺りを見回すが、そこに人の気配は無い。自分は、ロイ達と旅をしていたのではなかったか?一番確かである事実を確かめようとする。だが、定かではない記憶が思い出すことを拒絶を示す。
そう、シーズは思い出すことが出来ない。ある時期から、以前のことを思い出すことが出来ないのだ。それだけではない、時々、今のように現在のことでさえ思い出せない時もある。まるで、今が夢の中のように。いや、今までが夢であったかのように。
夢から覚めた直後は、今が現実か夢の世界なのか判断できない。まどろんだ意識では判断が出来ない。全てを思い出すことの許されない中で、シーズは今が夢か、今までが夢か判断が出来なかった。
―――恐い
布でその身体を覆い、震える。自分は今、独りなのだ。それを実感する。
ふと、ある光景が思い浮かぶ。すさんだ空気、薄汚れた部屋、透明なガラスの中。その光景がフラッシュバックした時、ある感覚を覚えた。
それは、当たり前だったもの、今は忘れていたもの。
―――孤独、絶望、そして身に染み付いた恐怖。
「キャァァァァァアッッッッ!!!」
シーズは一人しかいないその空間で、金切り声を上げた。
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