恐怖の残り香

 気が付くと、ランダは地面にうつ伏せになっていた。体を起こすと、辺りの景色は一変していた。辺り一面には何も無く、ただクリーチャーが最後にいたと思われる辺りが酷くえぐれている。

 すぐ近くにはシーズもうつ伏せになって倒れていた。その他には、何も無かった。



 ―――それは、突然起きた。


 辺りが一瞬光ったかと思うと、叩き付けるかのように風が吹き荒れた。

「ク!?」

 ベットはクシーを庇いつつ、腰を落とし何とか自分の体制を維持しようとする。殴るように襲い掛かってくる暴風は、必死なベットの体をさらおうとする。クシーはベットに庇われながら、未知への恐怖に必死に耐えた。


 その破壊の権化とも思える風は、すぐに止んだ。実際、吹き荒れたのは一瞬の間だったのかもしれない。だが、かなり長い間吹き荒れていたのかとも思えるほど、凄まじい傷痕をその街中に残していた。

「一体何があったの…?」

 事態を全く飲み込めていないクシーが、ベットに訊ねる。

「これは…!?」

 今起きたことに思い当たりがあるのか、ベットの声は緊張し、その顔からは血の気が引いて蒼白になっていた。

「クシー、もう立てるか?」

「ええ、何とか大丈夫……。」

 ベットがクシーに確認すると、クシーは立ち上がりながら答えた。そして、ベットはそれを確認すると、足早に歩き出す。

「急ぐぞ、ついて来い。」

「え?ちょ、ちょっと待ってよ!」

 ベットの後に必死になってついていくクシー、立ち上がれる程度にはなったとはいえ、ベットの足についていくのはつらいみたいだ。ベットは迷うことなく向かっていた。光の発せられた場所へ、風の吹いてきた方向へ、それが起きた場所へ向かって。



「う?うぅ……。」

 ロイは、意識がうっすらと次第に覚醒してくるに従って、その景色を自分の意識の中に取り入れていった。

「え!?」

 そこは一変していた。まるで、巨大な竜巻がそこで発生したかのような、ただその風は一様にある方向から吹いているようだったが、街の至るものがなぎ倒され、吹き飛ばされていた。

「よく助かったな……。」

 自分の凶運に感謝をしつつ、自分の状況を確認する。体は相変わらず重症だ。それはそうだ、意識を失っている間に体が全快しているなら、戦闘中にいくらでも気を失うようにするだろう。この状態では体を動かすのもままならない、助けを静かに待つしかないだろう。もし、自分以外に生存者が居るのならばのことだが。



「すげえ。」

 ランダは呟いていた、クリーチャーに向かって投げたあの玉の威力だろうか、辺り一面が瓦礫の山と化している。首を巡らせてその様子を観察する。そして、不意に目に入ったのだ、ちょうどそれが起きた中心のそれを、えぐれて一段低くなった地面にあるそれを。

 それは、地面にぶちまけられていた。元はなんだったのか全く分からなくなるほど引き裂かれ、そこに残骸を残していた。だが、ランダにはそれがなんなのか分かった。いや、分かってしまった。それは、クリーチャーの残骸だった。ランダが玉を投げつけた、ランダ達を襲おうと行動を起こしていたクリーチャーのなれの果てだった。ことごとくまで引き裂かれたそれは、それぞれが全くの形を成していなく、ただ赤い塊としてしか認識できない。ただ、そう認識できるものも僅かで、殆どはこげて真っ黒く変色し、それが元は本当に生き物の一部だったのかすら、疑わしいものへと変わっていた。

「う…!?」

 ランダは不意に、内からこみ上げてくるものを感じた。これは、教えられずとも知っている感覚。これは、生き物という生き物が、必ず備えている感覚。これは、母親の残骸を見たときに覚えたものと同じ感覚。

「うわぁぁぁあああああっっっ!!!」


―――純粋なる恐怖―――





 ベットは急いで歩いていた。それが起きた場所へと。

「ねぇ?一体どうしたっていうの?」

 クシーはベットに必死に着いて来ながら、問う。

「……。」

 しかし、ベットは無言。まるでクシーが居ないかのようにペースを乱すことなく、黙々と歩いている。

「ベット?」

 何とか横顔を盗み見たその表情は、非常に蒼ざめていた。


 暫く歩いただろうか、二人の視界に一つの人影が入った。まるで、残骸にもたれかかるようにして倒れている。

「ロイ!!」

 人影は倒れているロイだった。二人はロイの姿を確認すると、ロイの元に駆け寄った。

「ロイ、大丈夫?」

 クシーが声を掛ける、その声にロイは意識を取り戻した。

「…う…?」

 ロイは目を僅かに開き、二人の姿を確認しようとする。

「どこにいる…?」

「ここだよ、動けるか?」

 ベットがロイに声をかける。その声でロイは、ベットの方に顔を向けた。

「おお、生きていたか……。」

「勝手に殺すな。お前こそ半死人じゃあないか。」

 ベットは呆れたように言い返す。ロイが無事なのを確認してから、ベットとクシーは応急手当を始める。ロイは、苦笑いを浮かべて話し出した。

「いや、余りにも周りに人がいなくなってな。もしやお前らも…と、危惧していたんだが、平気みたいだったな。」

「おいおい、信用ねぇな。」

 口を動かしながらも、ベットとクシーはロイの手当てを見事にこなしている。そこはさすがに戦いなれをしている。

「右腕、暫く駄目だな。完全に折れてる。」

「そうか、それじゃあ吹っ飛ばされた時にやっちまったんだな。」

 ベットの言葉に、ロイは自分が戦っている間のことを思い出す。謎の突風に吹き飛ばされるまでは、一応動かそうと思えば動いたのだ。

「そうだ、こっちの方で爆発…みたいなもの無かったか?」

 ある程度手当ても済んで、ベットは訊ねる。その口調は、また切羽詰ったものに戻っていた。

「ん?あぁ、一瞬光ったかと思ったら、突然衝撃が来て…とてつもない風だったか?あれは恐ろしかったな。俺も、それに吹き飛ばされたよ。おかげで止めを刺されたようなもんだな。」

 ロイが、また苦笑する。

「やっぱり間違いないな、渡したのが間違いだった。」

 そこで、ベットは苦い表情を浮かべた。

「ねぇ、一体何があったって言うの?ベット、あなた何が起きたか知ってるんでしょう?」

 クシーは、ベットに問い詰める。クシーにはどうもベットが、全てを知った上で行動をしているように見えて仕方が無いのだ。ベットならさっき起きた出来事がなんなのか知っている、クシーの直感がそう言っていた。

「『爆弾』だ。」

「え?」

 聞いたことの無いような単語を言われ、思わず聞き返す。それに気付いたベットは、簡単な説明をしだす。

「あー、つまり…何らかの方法を取って、任意に爆発を起こすことが出来るようにした物のことだ。俺が、ここに来る前ランダに渡したのも、その『爆弾』だ。」

 最後の言葉に、ロイもクシーもハッとする。構わずにベットが続けて話す。

「普段絶対使われてはいけないもの、それが爆弾だ。これは、旧時代の知識から作ることが出来る。威力はそれぞれだが、かなりの破壊力があることには変わらない。例え弱く作ってあるものでも、人の手足なんて軽く吹き飛ばしてしまうんだからな。」

 ベットは、簡単に説明をする。細かいことを説明しても、二人が理解しきれないであろうことと、長々と説明をしている時間もないことからだ。

「ランダに渡したものは、投げつけるだけでその『爆発』を起こすことが出来るようにしてあったものだ。」

「じゃあ、さっきのはもしかして…?」

 ベットの説明を聞いて、顔を蒼ざめさせるクシー。

「ランダ、俺の渡した『爆弾』を使った可能性が高い。」

 ベットはクシーの言葉に頷き、そう言った。

「ちょっと待て、シーズも一緒にいたんだぞ?それじゃあ二人で街まで降りてきて、そいつを使ったってのか?」

「恐らくそうだろうな。」

 ロイの質問に力なく答えるベット、首を振りながら話し始める。

「多分、クリーチャーに対して有効な武器とでも勘違いしたんだろう。ランダが扱えそうな武器なんか無かったし、万が一のことを考えて渡したものだったんだが、迂闊だった。」

「でも、まだランダがその『爆弾』を使ったと決まったわけではないんでしょ?他のことが原因で起きたのかもしれないし。」

 後悔に満ちた顔をしているベットに、クシーが問い掛けた。

「自然現象であそこまでの爆発が起きることは考えられない。それにさっきの爆発は、俺が渡した『爆弾』の威力と、殆ど同じ爆発の規模だったんだ。」

 ベットの言葉は、決定的な一言となった。

「じゃあ、二人はもしかして…?」

 死んだっていうの?―――その言葉は、声にならなかった。皆わかっていたから。

「行けば分かる。ロイ、立てるか?」

 ベットは冷たい反応を返すと、ロイに向かって聞いた。

「無理だな。悪いが、負ぶってくれないか?」

「ああ。」

 ロイはクシーの手を借りてベットに負ぶさる。

「行くぞ。」

 ベットは短くそう言うと、爆発のあったであろう場所へと向かって歩き出す。クシーも、それに続いた。

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