それなりの勇気

 街から上がる火と煙は消えていないが、いくらか落ち着いてきていた。しかし、それはクリーチャーが絶えた訳ではなく、燃えるものが無くなったからという感じだった。


「ロイ、大丈夫かな…?」

 謎の老人が去った後、その場はまたランダとシーズの二人きりに戻った。森の切れ目であるここから見る限りでは、街の詳しい様子が見て取れるわけではない。実際、クリーチャーがどのくらいいたかも分からないのだ。ランダにとってはロイ達三人が無事でいるという確信が持てずに、もどかしい心を持て余していた。

「う…ん……?」

 それまでずっと眠っていたシーズが目を覚ました。だが、何故だか様子が変だった。

「う?あ、ああ……。」

 顔色が悪く、体が震えている。一端体を起こしたシーズだったが、自分の体を抱くように両腕を回し、か細い声で喘いでいる。

「…あ…ああ……!!」

「…シーズ?」

「あううぅ…あ、あぁ!」

 ランダの声が聞こえていないのか、ひたすら体を震わせている。つい一日前から一緒に行動するようになったランダにとって、こんな状況は初めてだ。一体何が起きているのか分かるはずも無かった。

「な、何が起きているんだよ?」

 シーズの、普通じゃない様子に見守るしかないランダ。自分だけではどうにもなりそうにないが、ここには他に助けてくれる人もいない。本当にどうしようもなかった。

「…う、ク、クリーチャーが…」

 ふと気が付くと、シーズが必死に立ち上がろうとしているところだった。

「シーズ!駄目だよ、寝てないと。」

 ランダが諌めても、シーズは全く聞こうとしなかった。

「だ、大丈夫…それよりも、クリーチャーが。」

 シーズは何とか自分で立ち上がり、倒れそうになる体を杖で何とか制していた。

「…ロイは?」

 そこで、初めてそこにランダと二人きりだということに気がついたようだった。辺りを見回して、ロイたちがいないことを確認すると、ランダに訊ねた。

「ロイは?ロイは何処に行ったの?」

「ロイ達は、街の方へ行ったよ。」

 辛そうな表情を浮かべながら訊いてくるシーズにランダは答えた。

 ―――こんな時もやっぱりロイなのか―――そう思っていると、シーズはそのままの足で今まだ煙の立ち上っているキーエリィウスの街へ向かおうとしていた。

「何処へ行こうってんだよ!」

「離して!私も街へ行くの!」

 ランダはシーズの肩を掴み、街へ向かおうとするのを抑えようとするが、シーズは言うことを聞こうとしない。

「クリーチャーが、沢山。」

「え?」

「沢山いるの、クリーチャーが。」

 シーズが呟いた、不意のことにランダはその言葉を聞き逃す。

「なんだって?」

「クリーチャーが、街に沢山いるの!ロイに教えないと!」

「そんな事言ったって、危険だよ!それに、そんな体の様子じゃあ…」

 そう言ってシーズが街に行くのを止めようとするが、やはりシーズはそんなことはお構いなしのようだ。

「あなたは、なんでここにいるの!ロイたちが街に行っているのに…!!」

「クリーチャーが街を襲っているからだよ!僕たちがいたって、足手まといになるだけじゃないか!何にも出来ないのに。戦うこと、出来ないのに、いたって……。」

 勢い良く反論しようとしたランダだったが、最後の方は尻すぼみになっていた。本当は自分も街へ行って何かをしたかったが、なにも出来ないということを言われ、ここに残っているのだ。ランダにとって、シーズの言葉は胸に響いた。

「できるもん!戦うこと、できるもん!ロイを、みんなを手伝うんだもん!」

 シーズは、自分の杖を持って言った。この少女は何とも頼りない武器を持ち、その幼い体で戦おうとしているのだ。敵いっこない相手に対して、仲間を助ける為に。

「ロイたちのところに行って、クリーチャーのこと教えるんだもん!」

 シーズの体は震えていた、クリーチャーが恐いのだろう。それに加えて、さっき起きてから顔色が凄く悪い。この状態でなお、ロイたちの下へ行こうとしているのだ、ランダは何も出来ないといわれて、足手まといになるといわれて何も言い返すことが出来なかった。しかし、シーズは戦うことができると言い切った。ランダは戦うなんて事を全く考えていなかった。何か…ただ、それだけしか。


―――戦う?誰が?もしかして僕も戦えるのか…?―――

 その時、ランダの手に触れたものがあった。腰に下げていた皮の袋、その中に入っている自分の拳の半分くらいの大きさのもの―――ベットがランダに渡してくれたものだった。『クリーチャーとか獣に遭遇して、本当にどうしようもなくなったらそれを使うんだ。』ベットのいった言葉が蘇る、その言葉が気に掛かる。どうしようもない時、クリーチャーに出くわしたら、ランダにとってはその時点でどうしようもない時のように思えた。逃げるしか手がない、そのようにしか思えなかったからだ。しかも、逃げるにしても自分達の足ではすぐに追いつかれてしまうだろう。つまり、逃げてなお追い詰められた時に使えということなのか?そのどうしようもない状況を救うことができるほどのものなら、クリーチャーにかなりの効果を出すことができるのかもしれない。これが、武器になるのなら。

「僕にも戦える。」

 ランダは小さく呟いていた。自分にはなかった戦う為の武器、それが実は手元にあった。これなら、自分にも街に行っても足手まといにはなることはない?一緒に戦うことができる?そう考えると、自分も戦うことができるということに、心の高ぶりを感じた。そして、すぐ傍にいる少女を守ることも出来るということに。


 自分の考えから覚めると、シーズは一人で街の方へと歩き出していた。やはり調子が悪いらしく、杖を頼りに危なっかしく歩いている。

「シーズ、危ないよ!」

 ランダは慌ててシーズの前に回りこむ、その体を支えるようにして肩を持つ。

「私、一人でも街へ行く!あなたが止めても行くから!」

 シーズは前に立ちはだかるランダを見上げ、きっと睨みつける。

「いや、止めない。俺も…いや、俺が戦う!俺がシーズの代わりにクリーチャーと戦う。」

 ランダは決心した。シーズを守るということを、自分で戦ってシーズを守って見せるということを。



 ロイの周りには未だクリーチャーが数体残っていた。今ここで戦っているのは既に独りになっていた。

―――独りになってどれくらいか?もう随分と一人で戦っている、一刻ほどか?住民は生きているのか?俺は街を救うことが出来ているのか?―――

 もうロイの体力も限界に近づいてきていた。完全に息が上がっている、意識で全体を把握し、一度に何体ものクリーチャーを常に相手にしてきているのだ。いくら戦闘になれているとはいえ、ロイにとっても限界は来る。それに、先程受けた右腕の傷により、体力をいちぢるしく消耗している。血が足りないのだ―――

「後何体だ?」

 辺りをそれとなく見回し、クリーチャーの数を確認する。前方に三体、後方に二体、右に一体…

「六体か…くそ!」

 何時の間にか下がっていた戦斧を構えなおす、左の握力も、既に限界が近づいている。

「一気に片付けないと…死ぬな。」

 一息、一息だけため息をつく。

「後どれくらい持つ…?」

 自分の体力を確認するように呟く。

「ランダ、シーズ…お前らはこんな道を絶対に選ぶなよ…?」

 ここにはいない、わざと置いてきた二人のことを考える。今まで平和に暮らしていた日常を、クリーチャーによって全て奪われた少年。とある研究所にいた、謎の記憶喪失の少女。その二人のことを思い、自分のことを思い出す。

「俺は、もう戻れない…。」

 ロイは前にいるクリーチャーを見据えると、三度戦斧を構えなおし、最後の力を振り絞るかのように走り出した。

「お前らも地獄行きだ!!」



 ランスを掴んだクリーチャーは、それを自分の方へ勢い良くひきつけ、右腕を前に突き出す。ランスの持ち主、ベットを一突きするように。


 ズ…


 それはあっけないほど間の抜けた音だった。血飛沫が飛び散る。飛び散った血は地面にすぐさま染み込んでいく、まるで乾いた地面のその渇きを癒すかのように。

 クリーチャーの後頭部から刃が生えていた。それはもとから生えていたかのように違和感がなく、自然だった。だが、そこから流れ出る血が不自然だった。


 ズシ…


 重い音を響かせてクリーチャーは倒れた。口から、こう頭部にかけて剣が貫通していた。全くそりのない、細身の両刃刀だった。そして、それを手にしているのは…

「俺は剣も扱えるんだよ、槍しか使わないとでも思ったか?」

 クリーチャーから剣を引き抜き、既に絶命しているクリーチャーに向かって呟いた。ランスをクリーチャーに掴まれてすぐ、ベットはそのランスから手を離し、腰に下げていたもう一つの武器・直刀を抜き、そのままクリーチャーにつきたてたのだった。

「ようやく、ここは片付いたか。」

 辺りを見回す、そこには人間も含めて、死体しか存在しなかった。

「クシー、お前は大丈夫か?」

 ベットは走り出すと、そう呟いた。

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