語る者と語られる物

 突然した声のほうを振り返ると、何時の間にかランダの目の前にはローブを着込んだ老人が立っていた。今はもうくすんでしまっているそのローブは、元は白かったのだろう、相当長い間着ているようだ。

「おぬしは何故、此処におる?」

 その老人はクリーチャーに襲われている街の方を見やったまま尋ねてきた。

「おぬしは何故こんな危険なところに、しかもそのようなモノを連れてこんなところにおれるのか?」

 ランダには老人の言っていることが良く分からなかった。


―――危険なところ?こんなところに何故いられるって?一体何を言っているんだ?


 そこでハタと、老人がこっちを向いた。何かに気づいたかのような素振りで、三度たずねてきた。

「主は、何故そのモノを連れておる?」

 今度の質問は、さらに訳がわからなかった。


―――何故って?シーズが此処にいることを聞いているのか?


「……。」

 ランダは黙っていた、答え様が無い質問ばかりで、どう答えたら良いのかさっぱり分からなかったからだ。そもそも、この老人は一体何者なのか?今更ながら、疑問が浮かぶ。この老人こそ、何故襲われている村の近くの森にわざわざ姿を表す必要があるのか、まさに不可思議なことであった。

「あ、あんたは何なんだよ?あんたこそ、なんで此処にいるんだ?あんたは誰なんだよ!」

 その老人に不気味さを感じてか、精一杯強がった態度を取る。もっとも、ランダが無理に強がっているのはハタから見れば、誰でも分かりそうなほど一目瞭然ではあったが。

「何者とな?フッ、質問を質問で返すとは、礼儀のなっておらん奴よのう…。」

 老人はランダを鼻で笑い、話を続けてきた。

「まあいい、答えてやってやるわ。」

 今まで街のほうを向いていた体を完全にランダの方へ向けてから、老人は喋り出した。

「少し昔話をしてやろうかの。しかと聞くがよい。」




 周りで戦っていた街の人間が全員倒れても、ベットは戦いつづけていた。体中のあちこちに軽いとはとても言えない傷を幾つも負い、それでも戦っていた。

「クソッ!!いい加減くたばれ!」

 ベットの前にはクリーチャーが一体、残っていた。さすがにベットの息は上がり、肩で息をしている。ランスを扱う動きにも、もはや冴えが無い。一方、クリーチャーの方はといえば、全く動きが鈍っていない。最初のほうはベットの方が押していたが、体力ではクリーチャーに勝てるはずが無い。ただでさえ、これまで数え切れないほどのクリーチャーを相手にしてきたのだ。もう体力も限界が近づいてきていた、早くケリをつけないとこちらが確実にやられてしまう。

 ふと、ベットが一瞬だけ構えを解く。いや、構え直したという所か。

「一気にカタをつけてやるぜ…。」

 ランスを両手に持ち、低い姿勢を保ったまま駆け出す、クリーチャーもそれにあわせるようにして動き出す。動きはクリーチャーの方が早い、ベットとクリーチャーの距離が一気にまる。最初に仕掛けたのはクリーチャーのほうだった、左腕を下のほうからすくい上げるように振り上げ、右側からは尻尾を振るってくる。ベットは両手に持っていたランスを地面に突き刺すと、それを軸にして上へと飛び上がった!

 しかし次の瞬間、ベットの握っているランスを残った右腕でクリーチャーが掴み取った。


 ナイフと鞭を組み合わせて戦って善戦していたクシーだが、疲れの色を隠せないでいた。

「いい加減にしてよ!まったくもう…。」

 さすがにクリーチャーの数も減ってきて、あと少しと分かるほどにまでなったが、クシーがサポートして戦っていたはず街の人間たちは、もう誰も戦っていない。みんな既に倒れてしまっている。生きているかどうかは確かめないと分からないが、今はそんな余裕は無い。もはや、クシーが一人でクリーチャーたちと戦っているのだ。

「クッ、やはりこれじゃあ完全に仕留められない…!?」

 鞭を手元に戻し、その先にくくり付けているナイフを掴む。荒く息を吐きながら、次の動作のために構えを取り直す。

「行くわよ!!」

 気合を入れなおして、再び動き出す。出来るだけクリーチャーとの間合いをあけ、こちらだけの射程範囲に持ち込もうとするが、クリーチャーの動きが速く、なかなか間合いを取ることが出来ない。

「やはりこっちが一人だけだと…!!」

 クシーが苦し紛れに鞭を振るう、その先のナイフは一体のクリーチャーの心臓めがけて飛んでいき、手前で弾かれた。そして、鞭の部分を引っ掛けるようにしてクリーチャーが振り払った。

「しまっ!?」

 強く引っ張られた弾みで、手から鞭が離れた。




 ―――それははるか昔のこと、今とは比べ物にならないくらい世の中が裕福だったころ。人は働かずして生きていくことが出来た時代。

 全てのものは自分でしなくても何でも出来たそうだ、一体どういう仕組みかはよく分からんが、鉄の人形が身の回りの世話をやったそうでな。本当に人間は何もしなくて良かった、生活するために仕事なんて無かったのだよ。自分たちが生きるためにする仕事が無くなってしまった人間たちは、自分たちの娯楽のためにしかする仕事が無かった。いや、娯楽のためにしか仕事をしようとしなかった。自分が楽しめることにしか、もはや働く意欲が無かったということじゃな。なんとも悲しいことか、人間が生きるために働かずして、何のために働けというのか?今のこの状況からはとても想像がつかんのう。なんとも堕落しきっていたということじゃな。

 人は世の中の殆どの謎を解き明かしてしまい、暇を持て余していた。仕事も、身の回りのことも自分でやることは無い、文字通り何もすることが無かったのじゃ。だから人は分からないものを作り出すことにした。世の中で一番分からないもの、それは生き物じゃ。生き物は何をするか分からない、でも地上、空、海底の生物までも全て解明してしまった人間にとって、これ以上に調べる生物はもういない。そこで新しい生き物を創ろうとしたのじゃ。

 自分たちの知らない生き物を創り、そして調べる。なんとも救いようの無い研究を始めたのじゃ。その研究は世界規模でやられた、世界のあちこちで生物研究所なるものが作られた。生物配合、遺伝子操作、放射線照射による突然変異…あらゆる手段を使って自分たちの知らない存在を創り出そうとした。そして作り出された、人の手によって新しい生物が。これで人にとって、またしばらくは退屈をしないですむ。作り出した生物の研究をして飽きたらまた作り出せば良いのじゃからな…。

 だがな、神というものがやはりおるのか、ついに罰が下った。次々に災いが起こったのじゃ。それは人間の発展しすぎた文明を破壊し尽くすのに十分すぎるほどだった。あらゆる火山の噴火、大地震、巨大隕石の落下、この星の北と南も入れ替わり、環境がが激変した。被害はもちろん人間だけにはとどまらず、他の生き物たちにも及んだ。地上の生物の殆どは死滅してしまった。それが、『無の時代』の始まりじゃ…全てのものが破壊され、無に還る、そんな時代が始まったのじゃよ。

 だが、災いというのはそれだけでは無かった。生物研究所、世界のいたるところにあったそれにも異変が起きたのじゃ。『核』というものを使った施設や、それを使った『ミサイル』という物があった。それが、さらなる災いをもたらしたのじゃ。『核』というものには、途方も無いエネルギーがあってな、それが開放されてしまったのじゃ。強すぎるエネルギーというのは、どの生物にとっても毒にしかならん、自然災害からかろうじて生き残ったものでも、その許容を超えるエネルギーを浴びたせいでその命を落としていった…だが、それに耐えたものもいた。何とか生き延びて、残ったわずかな生命は少しずつその数を取り戻そうとしていた。しかしな、それだけではなかったのじゃよ、生き残っていた生物は…。

 生物研究所にいた生物じゃ、その生物は『核』の膨大なエネルギーを吸収してしまったのじゃ。そして、また新しい生物へと変化した。それは、人間たちが想像し得なかった生き物たちじゃった。人間のしていた研究の、ある意味最高の結果だったじゃろうな…その生物たちはそれまでの生き物というものを超えていた。まるで、初めて生物が生まれた時のように異様なものばかりだったのじゃよ。まあ、その性質はさまざまで、まったくおとなしいものもいれば、非常に獰猛で、殺戮を好むようなものまでいた。中には、何も外部から栄養を摂取しなくてもずっと生きていられるような独立した生態系を持つ不可思議な生き物までいたそうじゃ。

 その生き物たちは、『無の時代』を耐えた、人間も含めて他の生物たちももちろん耐えたが、生き残ってる数が圧倒的に違った。そしてその生き物たちが、新しい世界の頂点に立つことになったのじゃよ。それまで、人間が支配してきたその世界を今度はその生物たちが支配するようになった。人間の言う『闇の時代』のはじまりじゃ。そう、人間にとってのな―――


「『創られしもの』の悲劇の物語じゃ。」

 そう言って老人は話を締めくくった。

「それが何なんだよ!それに、全然答えになってないじゃないか!」

 ランダは老人の話を聞いていたが、それが質問の答えとなっていないことに腹を立てる。

「ふむ。変な昔話を知っている単なる老いぼれじゃよ、人畜無害のな。」

 老人はそう言ったら踵を返し、立ち去り始める。ランダは何もすることが出来ず、ただじっと見ているだけだった。

「清算する時が来たのじゃ。全てのな。」


 最後に一言だけ残して、老人は完全に姿を消した。

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