闇に踊る獣の影
皆、黙々と歩いていた。歩くといっても、かなりの早足で。
ロイたちは、ランダとシーズを気遣いながらも、出来る限り早く進むようにしていた。敷かれた道を歩いているとはいえ、森の中を通っている道だ。木の根やら雑草やらで足場が悪くなっているところも少なくない。ロイ、クシー、ベットの三人は慣れているので難なく歩くことが出来る。ランダは慣れているとはいえ、急いで歩くことに体がついていかない。森の中を遊び場にしていただけあって、足場の悪い道を歩くこと自体は平気なのだが、さすがに大人の体力には叶わない。そして、昼間はランダより歩いていたシーズだが、それで体力を使い果たしてしまったらしく、何とか着いて歩いている様子だった。果たして、ロイたち三人の後ろを、ランダとシーズが離されないよう必死になって歩かざるを得なかった。
「ランダ、シーズ。まだ大丈夫か?」
ロイが後ろを気にしてか、声を掛ける。
「俺は大丈夫だけど、シーズが…。」
ランダが後ろを振り向く、そこにはかなり苦しそうに歩いているシーズの姿がある。どんなに必死に歩いても、やはり幼い少女の足では急いでいる大人の足についていくのには無理があるのだろう。次第に足取りが遅くなってきている。
「わ、私も…大丈夫……。」
かなり息を切らしている、声を出すだけでもつらそうだ。それでも、シーズは足手まといになるまいと必死になっている。
「ほ、本当に、大丈夫だから。ロイは気にしないで。」
五人の歩みは止まっていた。ロイたちがシーズを助けてやれたらいいのだが、彼らはいつでも戦闘態勢を取れるよう武器を手にしている。いつクリーチャーに遭遇しても平気なようにだ。街が襲われているかどうかも分からないが、近くに隠れている恐れもある。ついさっき起きた不可思議な出来事も、恐らくクリーチャーの仕業ととってもおかしくないだろう。すぐ近くにクリーチャーが潜んでいる可能性だってあるのだ。シーズを庇っていて突然襲われたら、すぐに対処を出来なくなってしまう。手を貸すことが出来ないのだ。
しかし、シーズは既に限界のようだった。もうこれ以上歩けそうにも無い。それを見ていられなくなって、ランダがシーズの傍にやってくる。
「ほら、負ぶってやるよ。掴まんな。」
シーズの前に軽くしゃがみこむような体制になって、負ぶさるように促す。シーズはそれに従おうとはしない。
「いや!」
「なんでだよ、どう見ても限界じゃないか。無理すんなよ!」
「いや、足手まといになんかならないから!」
ランダも言い返すが、やはり素直に従ってくれない。シーズはランダに反抗する。
「わたし、一人で歩けるもん!大丈夫だもん!」
どうやら、人に頼るのが足手まといになると考えているようだ。無理して歩こうとするが、限界をむかえた体は動いてくれない。歩こうとする意志とは反して体が倒れてしまう。それでも、シーズは必死に歩こうとする。
「歩けるもん、一人出歩けるんだから!誰にも迷惑かけないんだから…。」
独り言を言うように呟きながら、動かない体を必死に動かそうとする。しかし、そこをついてしまった体力は、休まない限り戻ることは無いだろう。
「シーズ、無理をするな。ランダに背負ってもらうんだ。誰もそれで足手まといになるとは言ってないだろう?」
ロイがシーズを諭す、さすがにロイの言うことは聞くのか少しおとなしくなる。
「ほら、シーズ。」
「うん…。」
ようやく折れたのか、おとなしくランダにつかまると、そのまま負ぶさった。
「まだ歩けるのに…。」
しぶしぶ従っただけで、まだごねているシーズ。負ぶっているランダは複雑な気持ちになってしまった。
「ランダ、そういうお前は大丈夫か?結構きついだろう、その上シーズまで背負ったら…。」
ロイがランダに話し掛ける。ここでつらいのはランダとシーズの二人なのだ。今、その二人に無理させて倒れてもらいたくは無い。
「まだ大丈夫。シーズを背負っても、もう少しくらいなら歩けるよ。正直言ってかなり疲れてるけど、後少しなら大丈夫だよ。」
そう言っているランダの顔にも疲労の色がにじみ出ている。ランダもそう長くは歩いていられないみたいだ。
「悪いな、俺達がシーズを背負ってやることが出来なくて。よし、行くぞ!」
そういうとロイが再び進みだす、さっきよりは少しばかり遅いペースで。それでも早いが、ランダがシーズを背負っていても、何とかついていけるくらいだ。歩き出したランダにクシーが近づき、肩をたたいて話し掛けた。
「だらしないだけかと思ったけど、いいとこあるじゃない。少し見直したわよ。」
一言だけ言うと、すぐに前に言ってしまった。
「今まではだらしないだけだったってこと?」
シーズを背負って歩き出そうとしたランダは、ため息を漏らした。
「森を抜けたみたいだな。」
ロイが辺りを見回す、前方では今まで四方を囲んでいた木々が途中で途切れていた。
「森を抜けたら目と鼻の先だ。一端街の方を確認しよう。」
ベットが言う。その声に従い、皆は森を抜けたところで歩みを止める。
「着いたの…?」
ランダが肩で息を切らしながら訊く。シーズを背負ってからそんなに時間は経っていない。だが、元々疲れがかなりたまっていた上、幼いとはいえもう一人分の体重を支えながら歩いてきたのだ。ランダ自身の体力も、もう限界に来ていた。
「着いたが、やっぱり…。」
ベットが呻くように言った。そのベットの見ている先に目をやると、いくつかの火と煙が上がっていた。
「まだよ、奴等が来てからそんなに経っていないみたい。一足違いじゃないかしら?火も煙もまだ勢いが無いわ。」
街の様子を注意深く観察しながらクシーが言う。ロイは自分の装備を確認してからランダたちのほうを振り返った。ランダはシーズを背負ったまま立っている。シーズはランダの背中で眠っている。再び歩き出した時、少ししたらすぐに眠ってしまったのだ。ただでさえ調子が悪そうだったのに、体力の限界まで歩いていたのだ。身体が休息を必要としているのだろう。
「ランダ、お前はここに残ってシーズの様子を見ていてくれ。俺達が戻ってくるまでここを動くんじゃないぞ。」
「ちょっと待ってよ!ここまで来ておいて置いてけぼり?俺も行くよ!」
「駄目だ。」
「何でさ!俺も着いていく、何もしないでいるのは嫌なんだ!」
まさかここで置いていかれるとは思っていなかったランダが反抗する。
「何もしないでいるのが嫌だって、着いてきてお前に何が出来るんだ?」
「う…。」
自分が何も出来ないと核心を突かれたランダは、その言葉に詰まってしまう。ロイがさらに続けた。
「お前が着いてきても何も出来ないんだよ、ランダ。それどころか、今の状況で街の中までついてこられても足手まといだ。もう一つ言うと、俺達三人では、お前とシーズの二人を庇いながら戦うことは出来ない。ここにいてもらったほうが安全なんだ、わかるか?」
「う、うん。」
そこまで言われては引き下がるしかなかった、ランダはしぶしぶと頷く。
「まあ、ここも絶対安全とは言えないがな。ランダ、お前はもしもの時のためにこれを持っておけ。」
ベットがそう言いながら腰にぶら下げている袋を手に取ると、ランダに何かを手渡してきた。一つ一つはそんなに大きくない、ランダの拳の半分くらいの大きさだろうか?それが七個ほど渡された。
「クリーチャーとか獣に遭遇して、本当にどうしようもなくなったらそれを使うんだ。それを相手に向かって投げつけたら、すぐに反対側に走って逃げるんだ。それ以外の時には絶対使うなよ。」
念を押すように確認してくる、それにランダは取り合えず頷く。
「そいつでシーズを護ってやれよ?今、こいつを護ってやれるのはお前だけなんだからな。」
ベットが眠っているシーズの頭を撫でながら呟いた。そして街の方に向き直って歩き出す。
「ロイ、クシー!もう行こうぜ、ぐずぐずしている暇は無いはずだ!」
「ああ。」
「ええ。」
二人は頷くとベットの後に続いて歩き出した。途中でクシーが振り返ってランダに話し掛けた。
「しっかり護ってやるのよ?」
「わかった。」
ランダは力強く頷く。そして、三人の姿を見送った。
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