止まり、動き出す運命
突然の音に全員に緊張が走る、ロイは目の前にいたシーズを後ろへ庇いながら辺りの気配を探る。しかし、何処にも気配はしない。周りには何もいない。いや、今までいたはずの他の生き物たちの気配まで消えていた。
「どういうこと!?」
状況の異常に気づいたクシーも、辺りの様子を探り始める。が、やはり何の気配も感じられず、まるで別の世界に迷い込んだような錯覚に陥る。最初に起こった物音以外、それから一切の物音がしない。突然訪れた真の静寂に、ロイ、クシー、ベットは戸惑いを隠せないでいる。
「"閉鎖空間"…?」
ベットが誰知れず呟く、その声はまるで自分自身で確かめるような言葉だった。
「何だよ、これ。」
さすがにランダもこの異常な自体に戸惑う。森全体から全ての気配が消えたのだ、殆ど自然の中で暮らしていたランダにとって、常に何かの気配がする中で暮らしてきたのだ、それが全く無いというのは非常に気味が悪いものだった。
「やだ、気味悪いよ。」
シーズは何が起きているのかわからない様子だ。しかし、周りのただならぬ様子に怯えている。今まで何も起きなかった中で、しかし、シーズが呟いた直後にそれは起こった。
風が吹いているわけではない。周りの木が揺れているわけでもないのに、何かがざわめく音がする。そして、そのざわめきはやがて、ある一種の音として聞こえ始めた。何者かの声に…
…ォ…ド…ァ…ド…
……ルド…ワ…ド…
だが、はっきりと聞き取ることが出来ない、注意していなければ声とすら分からなかったであろう。その声は次第にはっきりとしてきた。
…ゼ、キ…マ…ココ…ニ…
………ウラ…モ…メ…
それでもその言葉を聞き取るのは困難であった。人間が話しているかどうかも怪しかった。擦れていて聞き取りづらい、まるで獣に無理やり言葉を喋らせているような、イメージ。
ウ・ラ・ギ・リ・モ・ノ・メ
その言葉だけはきちんと聞こえた。そして言葉が終わると同時に、ロイたちの中を突風が吹き荒れた。
「何だったんだ、今のは?」
「…。」
辺りは元に戻っていた。それまで一切捉えることが出来なかった森の中の気配が戻っている。虫の鳴き声もきちんと聞こえている。ロイとベット、クシーは用心深く辺りの様子を探っている、まだ近くに何か潜んでいないか警戒しているのだ。
「クソッ!一体なんだったんだ?」
ロイが吐き捨てるように呟く。辺りを探しても何も出てこなかった。近くに何かがいた形跡もなく、虫や他の動物達も何事も無かったの様だった。まるで何も起きなかったかのように。
「ロイ、急いだ方が良くないか?」
ベットが提案をする、心なし顔色が良くない。
「だが、さすがに皆疲れてるだろう?しかもシーズとランダが…」
ロイはシーズとランダのほうに目を配る。今日は自分がペースをあげて歩いていたせいで、二人の体力はもう限界のはずなのだ。
「なんか、凄く悪い予感がするんだ。なんとしてでも次の街へと行く必要がある、それもすぐにだ。」
ベットは一見、落ち着いているような感じだが、かなり焦っていることが見て取れた。いつものベットらしくない、とても不自然な感じだ。
「おい、ベット。本当にどうしたんだ?そこまで急いでどうする?さすがに今日の俺のとった行動も悪かったと思うが、これからさらに急いでも、途中でみんなくたばってしまうぞ?」
ロイがベットを諭す、しかしベットはそれでも下がろうとしない。
「どういうことよ?本当に様子が変よ、ベット?理由を説明して頂戴、あなた何か隠しているでしょう?」
クシーが割って入る。ベットの様子にさすがにおかしいと思ったのだろう、普段の彼の様子からはとても考えられない。ベットは普段こそふざけている感があるが、探索や、戦闘の時などはとても冷めた表情でモノをこなす。その時のギャップはかなりのものだが、けして焦ることはない。今のように焦っている彼を見るのはクシーも、ロイも初めてだった。シーズだって、もちろん見たことが無い。そのシーズはといえば、ただおろおろしているだけだ。
「言って頂戴、一体何があるの?」
「ベット?」
クシーとロイが訊ねる、ベットは重い口を開いた。
「さっきの…。」
ベットが説明を始める。
「さっきのやつ、なんか変な声が聞こえただろう?」
「ああ。」
「ええ。」
ロイとクシーが相槌を打つ、シーズとランダは取り合えずその場に座ることにした。自分達が慌ててもしょうがないことがわかったからだ。取り合えず自体を把握することが大事だと二人とも思ったのだろう、ロイたちと同じくベットの話に耳を傾ける。
「俺には良く分からなかったが、最後だけははっきりと聞き取れた。」
「私もよ、確か『ウラギリモノメ』って…」
ロイとクシーが口々に言う、それを確かめてからベットが続ける。
「ああ、それは俺も聞き取れた。これは恐らく、シーズとランダも聞こえただろう?」
そういって話を二人に振る。
「ああ、聞こえたよ。」
ランダが答える。それからベットはシーズに視線を送る。
「うん、それと『ナゼキサマガココニ』って言ってたの…」
シーズの答えを聞いてから、さらにベットは続けた。
「そう、そしてこうも言っていた。『ヴォルドワード』と、これがなんだか分かるか?」
皆一様に首を振る、誰も聞いたことが無いらしい。
「これは、伝説のクリーチャーの名前だ、『ヴォルドワード』。それは圧倒的な存在で、神として崇めている奴らもいるらしい。そいつの能力はまさに神がかり的なものだとか、とにかく人間が勝てるような相手ではない。」
「その『ヴォルドワード』ってのは?そいつは一体なんなんだ、本当にクリーチャーなのか?」
ロイが訊ねる、それにベットは首をふる。
「分からない。その名前だけはあるが、その存在を確かめたものはいないんだ。でも話だけはある、一匹で2万とも3万とも言われる兵が護る城砦を、一晩で瓦礫と死体の山にしてしまったとかな。もしかしたらクリーチャーに恐怖する人々が作った寓話かもしれない。でもその存在だけは確かに要るはずなんだ。」
「で、そのクリーチャーの名前をさっきの声が確かに言ったと?」
クシーが確かめる、それにベットは頷いた。
「ああ、それは間違いない。それにシーズが言った『何故ここにいる』というのも気になるし、最後に言った『裏切り者め』というのも引っかかる。伝説とも言われる存在のクリーチャーを名指して、"何故ここにいる"とか、"裏切り者"とか言わないだろう?」
皆ベットの話を真剣になって聞いていた、とても聞き流せるような話ではない。他の皆が知らないことを何故、ベットがこんなことを知っているのか?そんなことを疑問にすら思わずに話を聞きつづける。
「もしかしたら、クリーチャー自体が何らかの『社会』や、『組織』を形成しているのかもしれない。それで、二つ以上の派閥に分かれて争いが生じていたら…」
「ちょっと待って?クリーチャーに組織?それでもって派閥に争い?やつらにそんな知能があると思ってるわけ?やつらにあるのは本能のみよ!それも即物的な一次欲求だけ!気の向くままに殺戮を繰り返し、生物を貪る。そんなやつらに社会を形成するほどの知識と理性があるとは思えないわ!」
クシーが語気を荒げて反論する。ベットの言っていることに納得がいかない、そんな感じだ。
「俺も思うんだが、クリーチャーは言葉を喋ることが出来るのか?しかも人間の言葉を…」
ロイも疑問に思ったことを口に出す。
「さっき聞こえてきたのは明らかに人間の言葉だ。恐ろしく聞き取りづらかったが、確かに人間の言葉にしか聞こえなかったしな。それをクリーチャーが言ったと?」
「あれは人間の言葉だが、人間が発音した音じゃなかった。人が音を発せば、それなりの音がする。だが、あれは人の発する音じゃなかった。あれは、言うならば獣か何かの唸り声に近かった…」
「……そんな。」
ベットの言ったことに驚愕するクシー。ロイも少し戸惑っている様子だ。
「聞こえてきた部分だけを整理すると、どうも『ヴォルドワード』が裏切り者になっているらしい。つまり、クリーチャー内に少なくとも派閥が二つはあることになる、一つしかなかったら裏切るも何も無いからな。その一つの派閥と『ヴォルドワード』は敵対していることになる。理由は何故か知らないが、そういう形になったんだろう。そして裏切り者を探しているその派閥が目的の『ヴォルドワード』を発見した、と。」
一端言葉を止める、深呼吸をするかのようにして息をすると、ベットは次の言葉を言った。
「そして発見したからにはその裏切り者を消そうとするだろう、そうそうのことが無い限りはね。シーズの言う通り、やつらは即物的だ。回りくどいやり方はやらないだろうし、面倒なこともしないはずだ。一端裏切ったものをわざわざ説得して元のさやに戻すという考えは無いだろうな。やつらクリーチャーが争えば、ただではすまないだろう、場所も選ばないだろうしな。そこで一番危険なのが、ここから一番近い街。」
そこで皆がはっとする。クリーチャーの被害を一番受けやすいとこに、街があるというのだ。
「この位置からだと、ロイが言ってた村よりも、もっと近いだろう。急げば、恐らくかかっても半日かそこらだ。街の名前はキーエリィウス、長らくクリーチャーからの被害を避けていた街だ。」
「何でそこまで詳しいの?僕なんかそんな近くに街があったことだって知らなかったのに…。」
そう言ったランダの言葉にベットは静かに答えた。
「俺の生まれ育った街なんだよ。」
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