一日目の夜
「ふう、疲れた…。」
そう言うとランダはそのままその場に座りこんだ。朝出発してから少しは休んだものの、ずっと歩き通しだったのだ。普段よく体を動かすといっても限度がある、体がもう疲れきってしまっている。
「男の子なのに、だらしないわよ?」
クシーがランダを見下ろしたまま、彼女は平然と立っていた、冷たく言い放つ。ロイの方を見ると、ロイにくっつくようにしてシーズが立っている。こっちは少し疲れた様子があるが、ランダほど疲れているわけではなさそうだ。ランダは自分より幼いように見える、しかも少女に体力で負けたのにわけも無く悔しさを覚える。クシーもランダの相手をしているわけではなく、荷物から食料を取り出して簡単な食事を作り始めている。ベットは休むまもなく、またどこかへと消えた。おそらく食料の補給をする為に木の実などを取りに行ったのだろう。
「ねぇ、ロイ。手伝えることある?」
シーズは野営の準備をしているロイに向かって話し掛けていた。この少女は健気にも今の自分に出来ることを探して、仕事をしようとしている。自分より幼いであろう少女がああして動いているのに、自分は何をしているのだろう?そう思っているランダに対して、追い討ちをかけるようにしてクシーが話し掛けてくる。
「あなた、男の癖に完全にシーズに負けてるわねぇ。あの娘、まだ10歳か、そこらよ?」
グサッと、胸に鋭いナイフが刺さったような感覚に襲われた。同時に軽いめまいを覚える、ランダの心はクシーの言葉に傷ついた。
―――何もそこまで言わなくても良いじゃないか!
ランダは心の中で毒づきながらも、返す言葉が無いので疲れきった体に鞭を打って皆の手伝いを始めた。
「ロイ、そういえば随分と急いでない?進むペースがかなり速かったけど…。」
食事が大体終わった頃、クシーがロイに話し掛けた。食事の準備をしていたが、シーズは食事を殆どとらずに寝てしまった。ベットは食事を終えてから疲れを少しでもとるためか、早々に横になっている。その様子を見てか、クシーは少し心配そうだ。
「疲れたのならほぐしてやろうか?なんなら、思いっきり揉みほぐしてやろう。」
そういうと、今まで横になっていたベットが身体を起こし、両手をワキワキさせながらクシーに近づく、顔はかなりにやけている。近づいてくるベットに対してクシーは笑みを浮かべながら答えた。
「あら、優しいのねぇ。お礼はあなたの死を持って返させてあげようかしら?」
口調は穏やかで、一応笑ってはいるが、目が笑っていない。冷たい目で、恐ろしい言葉を吐きながら、さりげなくこぶしを鳴らしているクシー。
「ハハハ…冗談さ、忘れてくれ。」
ベットは冷や汗をたらしながら元の位置に戻り、座りなおした。気を取り直してクシーがもう一度ロイに話し掛ける。
「だって、そうでしょ?いつもなら急いでるとはいえ、こんなに無茶な進み方はしないわよね?」
ロイに確認するように問う。そうなのだ、一日中歩いたとはいえ、いくらなんでもそれだけでランダがくたびれるはずは無いのだ。この日は一日、夜になるまで休憩したのは昼食を取るための一回だけだ、しかも本当に昼食を取っただけで、休むまもなく出発してしまった。これではいくらランダに一日中走り回って、遊んでいて少しは体力があるとしても、疲れるなというのが無理だ。自分は大丈夫とはいえ、クシーもあまりの無茶なペースの歩き方に異論があったようだ。それまで黙々と食事をとっていたロイだが、食事が一段落したのか、一息ついてから口を開いた。
「ここから、もう1日ほど歩いたところに街がある。」
そういったが早いが、また食事を再開させる。ロイのあまりにも簡単な説明ともいえないような言葉の意味を図りかねて、クシーは聞きなおす。
「どういうこと?街に何かあるわけ?」
クシーの口調は少しいらだっている、はっきりとしない答えにいらついているようだ。
「俺もそれについては聞きたいな、なんでなんだ?はっきりと言って貰おうか。」
さっきのふざけた調子とは打って変わって、真剣な表情でベットが訊ねてくる。
「俺もこのペースは速すぎると思うぜ?シーズは何も言わないが、疲れきってもう寝ちまってるじゃないか。こいつにはあんなペースで歩きつづけるのは無理だ、このまま行けば倒れちまうぜ?こんな無理な歩き方をする理由を是非聞きたいな。」
声のトーンを落としてベットがロイに話し掛ける。さっきまではふざけてるようにしか見えなかったベットだが、凄い変容ぶりだ。それとも、こっちの方が本当の姿なのか。
ロイはようやく食事を終えたのか、食器を置くと顔を上げ、話し出した。
「クリーチャーだよ。」
その言葉にランダは身を竦ませる、ベットとクシーの表情も一瞬険しくなる。
「考えても見ろ、昨日のクリーチャーの群れ、村にいた五匹だけってのはおかしいだろ?どう見ても他にもっといたはずだ。」
腰を上げると、ロイはそのまま皆の前まで移動すると、振り返った。
「そしてランダ、お前を助けた後、少し調べてみたんだが、あのクリーチャーの足跡らしきものがそこの道沿いに残ってた。」
「って、それじゃあ!」
クシーが声を荒げる、ベットも驚いているようだ。
「ああ、この先の村が危険にさらされているんだ。もう手遅れかもしれんが、出来るだけ急いで確かめたい。」
ロイが告白をする、ランダは昨日の惨事を思い出したのか、顔を真っ白にしている。
「なんでそれを先に言わない?他に手を打てたかもしれないのに。」
ベットの責めるような口調に対して、ロイが答える。
「さすがにあの時に話すことが出来なかった、ランダやシーズの前ではあまり話したくなかったんだ。特にランダに関しては、あの後では刺激をするようなことを避けたかった。」
ランダにとっては、あの惨劇は忘れようにも忘れられないトラウマになるだろう。ましてや、それが起きたのは昨日のことなのだ。心に負った傷はあまりに深いだろう、それにあまり触れないよう、ロイは皆に言わずに目的を果たそうとしていたのだ。そして、シーズにとってもクリーチャーは心の傷だ。昨日の様子を見る限り、何か悪いことでも思い出したかもしれない。悲惨な状況にある幼いこの二人を、これ以上の恐怖にさらしておきたくなかったのだろう、ロイの独断であった。
ロイの言葉が終わってしばらく、静寂が包んだ。
「なんで…?」
ランダが呟く。ロイはランダのそばまで行くと、肩に手を置いて謝った。
「すまない、昨日の今日でこんな話を…。」
「なんで早く言わないのさ!もしかしたらその町が今にでも襲われてるかも知れないんだろ?早くその街に行こうよ!」
その言葉が意外だったのか、ロイがしばし呆然とする。
「嫌だよ?僕は、あんな酷い目に遭う人たちがいるのは!もう嫌なんだ、僕のような目に合う人たちはもう居なくていい、もうたくさんだよ!」
立ってランダは目に涙をためながら必死に訴える、その足はガタガタと震えていた。それほどにその惨劇で失ったものは大きく、心に負った傷も深かった。だが、それ以上に自分と同じような目に遭う人がいるのに耐えられないのも事実だった。
「あの怪物を、やっつけてよ…もう、嫌なんだ。」
そう言ってランダは言葉を止めた。後は言葉にならなかったのかもしれない、ひたすらに泣いてしまいそうなのを我慢してロイを睨み付けるようにして見ている。
「なに…?」
騒ぎのせいか、シーズが目を覚ましたのはその時だった。しばらくきょろきょろと辺りを見回していた彼女だが、ロイとランダの様子に気が付いたのだろう、少し慌てた様子でランダとロイの間に入った。
「ロイをいじめないで!」
二人の間に割って入ると、ランダに向かって怒り出した。
「何でロイをいじめるの?」
シーズの怒った口調に、ランダは自分の怒りにも似た感情すら忘れて、戸惑う。
「え?なんでって、その…。」
「ロイはね、やさしいの!ロイはね、がんばってるんだよ?なんでいじめるの?ランダは何もしてないくせに!」
シーズはロイを庇いながらランダを睨んでいる、シーズに気圧されてランダは何も言えなくなってしまった。しばらく黙っていたが、やがてランダのほうが口を開いた。
「…ゴメン。」
なんとなく理不尽さを感じつつ、しぶしぶと謝る。その言葉に満足したのか、シーズはロイを庇うのを止めた。そんな様子を見ながら、クシーとベットが陰で笑っていたりする。
「俺も黙っていて悪かったと思うよ、これからは皆にきちんと言うことにする。許してくれ。」
ロイも皆に向かって謝る。シーズだけは、何故ロイが謝るのか理解できずに、ロイのほうを振り返って不思議そうにしている。そんなシーズにロイは苦笑しながら頭を撫でてやる。
「俺も悪かったんだよ、だから謝った。」
それでも不思議そうな顔を浮かべているシーズ。ランダがロイを責めているところで目を覚ましたので、何故ロイが悪いのか理解できるはずも無かった。そんなシーズを置いて、小さないざこざは一段落した。
ガサッ!
闇の中から音がしたのは、その時だった。
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