そして出会い

「う……。」

 不意に悪寒が背筋を走り、シーズが身を震わせてうめいた。

「どうした、気分が悪いのか?」

 ロイがシーズの顔を覗き込む。シーズの顔は蒼ざめていて、恐怖の色に染まっていた。体をくの字に曲げて震えている、ただ事ではない。ロイはシーズの肩をつかんで激しく揺さぶった。

「おい、大丈夫か?しっかりしろ!」

 シーズはこみ上げてくる恐怖に震えながらも、言葉を吐いた。

「違うの、いるの。近くに、怖い…。凄く怖い何かが……。」

 そう言い、シーズは両腕で自分の体を抱きしめた。シーズの様子は尋常ではない、ロイはシーズを気遣いながらもあたりの気配を注意深く探る。

―――どこだ?近くって、この付近ではないのか―――

 すぐそこに潜んでいるかもしれない"クリーチャー"に気取られないよう、慎重に場所を移動しながら辺りをくまなく探す。村はもう破壊され尽くされていて、残骸だらけだ。隠そうと思えば身を隠せるような場所はどこにでもある。でも、それは相手にとっても同じだ、知能を持ったものが相手ならば尚更だ。

 暫くして、何かが蠢くような、嫌な気配を近くに感じた、シーズを見やるとさっきよりも顔色が酷くなっている。このままではまずいと、ロイはシーズを気配のするほうから離れた、出来るだけ安全な場所に移動させ、気配のするほうに向かった。

 そこは広場だったのだろうか、少し開けた場所になっていた。昼時に集まっていた人たちの無残な死体があちこちに倒れている。


 そしてその向こうには。


 遂にロイは見つけた。この惨劇の元凶、"クリーチャー"の群れを。


「三、四、五。五体か、かなりきついな…。」

 物陰に隠れながら、ロイはうめいてそっと斧の柄に手を伸ばす。仲間は呼べない、呼べばクリーチャーは必ずこちらに気づくだろう、どこにあの二人がいるか分からないが、来るまでにクリーチャー五体を相手に無事にいられる確信は無い。クリーチャーの群れに気づかれないよう、気配を押さえながら斧を構えた状態で、ロイは一気に群れに向かって駆け出した。

「シッ!!」

 ロイは気合とともに、下段に構えた斧を一閃した。斧はこちらに気づいていないクリーチャーの一体を脇から肩にかけて見事に両断する。


ズンッ


 両断された体はバランスを崩し、そのまま倒れて二度と動かなくなる。クリーチャー達は不意を討たれ、一瞬の間動きが止まる。ロイはその隙に振り上げられた斧をもう一閃させる。今度は隣にいたクリーチャーの胸を薙ぐ、斧を振り切った勢いでロイはそのまま後ろに飛び去る。

 胸を薙がれたクリーチャーはそれが致命傷だったらしく、暫くしてから倒れた。さすがにクリーチャー達も状況を察知し、ロイを敵と見なした様だ。残った三体がロイを囲むようにして対峙する。

「不意打ちで二体か。くっ!」

 うめき、斧を構えなおす。不意打ちで二体を仕留めたとはいえ、残るは三体。事態が好転したとはとても言えない。どうやってこの状況を切り抜ければいいだろう?考えているうちにクリーチャーのほうが先に動き出した。一体が鋭い爪を振り下ろす、ロイは一歩下がり、それをやり過ごす。すぐに斧を一閃し、振り下ろされた腕を切断する。今度は後ろにいたクリーチャーがロイを捕まえようと腕を突き出してくる、身をかがめるように躱し、そのクリーチャーの背後にまわる。そしてがら空きの背中に斧を振り下ろす。

「ギィィィァァアアアッッ!」

 背中に傷を受けてクリーチャーが咆哮する、痛みに思わず尻尾を振り回す。視界の外から来た思わぬ攻撃にロイは避けることが出来なかった。尻尾がロイの腹を捉え、振りぬかれる。そのまま体は中に舞い、吹き飛ばされる。

「うぐっ!?」

 地面に叩きつけられ、衝撃が走る。全身走る痛みを堪え、それでもすぐに立ち上がる。顔を上げると腕を切断されたクリーチャーがこっちに向かって突進してきていた。そのまま喰らおうとしているのか、口をいっぱいに開いて突き出してくる。ロイは斧を三度構え直しクリーチャーに向かって飛び出す。

クリーチャーがその顎を閉じようとしたとき、ロイはその体を少し左に避け、すれ違いざまに斧を思い切り振りぬく!クリーチャーは顎から上を失い、彷徨うように歩いてからそのまま突っ伏した。

「これで!後、二体!」

 油断無く、残る二体がいた辺りを振り向くと、そこにクリーチャーは既にいなかった。

「!?」

 隙を疲れたかと思い、焦って辺りをくまなく探すが、生きたクリーチャーの姿も気配も無い。近くにいないことを何度も確認して視線を元に戻すとクリーチャーの死体が三体、自分が倒したのとは別に、背中に傷を負ったクリーチャーの、左肩から胸にかけて無残に喰い千切られた死体があった。

「…なんだ、これは?」

 その屍骸を調べると、このクリーチャー特有の喰い散らかし方そのものだった。たった一回食い千切っただけで興味を無くす、そして次の獲物を探しに行く…。恐らくこの傷を負ったクリーチャーのほうが簡単に喰らえると判断したのだろう、同じ種族同士でも平気で喰らうとは。どうやらロイのことは諦めて、別のとこに移動したみたいだ。

「ロイ…。」

 ふと弱々しい声が聞こえてきた、シーズだ。ロイが振り向くと、顔を蒼ざめさせたままのシーズがよろめきながら歩いてきた。ロイは慌てて駆け寄ってシーズを抱きとめる。

「おい、平気か!」

 ロイが声をかけるが、シーズはそれに構わず口を開いた。

「クリーチャーが、あっちの方へ…。」

 シーズが指差した方角には、村を挟んで森があった。



 少年の時間は凍っていた、自分はどうしてここまでついていないのだろうか?こんなにも簡単に怪物に見つかってしまうなんて、なんてついていないのだろう?いや、もしかしたらついているのかもしれない。このまま殺されてしまえば…。

 そんな甘い誘惑が頭をよぎる、でもそれは一瞬のことだった。

―――嫌だ、まだ死にたくない、死にたくない!―――

 そして、少年の時は動き出した。

「うわぁぁぁぁぁああああああっっ!」

 少年はあらん限りの声で叫び、一目散に逃げ出した。少年は森の中をがむしゃらに走った、方向なんか気にせずに、ただひたすらに。本来なら直ぐにつかまってしまうのだろうが、森の中ゆえ、怪物の巨体を生い茂った木が邪魔をしてなかなか追いつくことが出来ない。それでもこの怪物は追うことをやめようとしない。まるでやっと見つけた敵のように、執拗に追いかけて来る。少年は思った、果たしてこれほど恐怖を味わったことがあるだろうか?突然現れた恐怖にここまで追い詰められたことはあっただろうか?

 ふと足を何かにとられる。つたに絡まったのだ。勢いをそのままに、派手に転がる。もたついている暇は無い、早く逃げないと!そう思った矢先、怪物がついに追いついてきた。慌てて立とうとしたが、それは叶わなかった。転んだ拍子に右足をくじいてしまったのだ、これでは逃げるどころか足を引きずって歩くぐらいがやっとだ。

立ち上がることすら出来ずに、腰を地面につけたまま後ずさる。後ろに何かがあたった、木だ…。もう逃げることは出来ない、そのまま喰われてしまうのだろうか?

 この怪物は獲物が怖がるのを面白がったりはしない、この怪物にとってはただの食料だ。そんなことをして貴重な食事を損なってしまうことを嫌う。邪魔をする木をなぎ払い、そして怪物の全身が現れる。そのまま少年に向かって口を広げて走り出す。

 少年の視界が、怪物の口でいっぱいになる。

 ―――もう駄目だ―――

 そう思ったとき、怪物の首に何かが巻きついた。

「え?」

 少年が呟くと同時に。


 ズシャャァッッ!!


 怪物の口から何かが生えてきた、鋭利な何かが。ピチャッ、少年の顔に生暖かい液体が飛び散る。ぬぐって見ると紅い血だった、恐らくはこの怪物の…。


 ―――間に合ったか?―――

 ―――もう大丈夫よ―――


 少年の意識が闇に吸い込まれる時、そんな声が頭に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る