それは徘徊する
「な、何だよこれ。」
村の中は酷い有様だった。家という家は殆どが破壊され、見るも無残な姿をさらしている。それと同じ様に、無残な姿をさらされた死体の山が築かれている。
あちこちで火が出てる。でも消す人間はいない。恐らく、もうこの村に生きている人間はいないだろう。
「これって…?」
背の高い、少し冷たい雰囲気を漂わせた女がただの肉塊となった死体を見てつぶやいた。女は肩にボウを、腰にナイフとムチを下げている。随分と軽装だ。皮手袋を同じく腰に挟んでいるが、あまり使っていないようだ。女が死体をもう少し詳しく調べようとしゃがんだとき、声がした。
「おい、クシー。ここら辺には奴等はいないだろう?さっさと行こうぜ。」
向こうから細身の男の声だった、どうやらここには目的となるものはいないらしい。細身の男はいかにも人のよさそうな顔つきをしている。でも、男の瞳は悲しみに染まっていた。何かに絶望したかのように悲しい色に。
男のほうの装備は腰に剣を差し、手にはランスを持っている。あと、剣を差しているのと逆の腰に皮袋を下げている、消して小さいとはいえない、微妙にごつごつしている。クシーと呼ばれた女性は死体を調べるのをやめて立ち上がった。
「そのようね、ベット。行きましょう…。」
また別の場所で、もう一組の男女は廃墟と化した村の中をひたすら調べて回っていた。生きている人を探して、少しでも情報が無いかを探していた。
男のほうは背も高く、体格もがっちりとしている。かなり軽量化をしている皮鎧に身を包んでいる。いかにも野性味がにじみ出ている顔つき、長い冒険生活がそうしてきたのか、目は油断無く辺りを警戒している。この男、面白いことに腰には剣、背中には戦斧を下げている。パワーとスピード、戦い方の根本から違う武器を使い分けるのは困難なのにだ。人はどうしても使い慣れているほうの癖が出てしまう。その時にそういうものを使っていると、致命的なミスを招いてしまうことになる。だから大抵の場合、自分が出来るだけ先頭スタイルを変えずに済む様、複数の武器を持つ場合でも同じ系統の武器を持ち合わせるのだ。
もう一人は幼さの残る少女だ、不安そうな表情で辺りを見回している。少女は白いローブを着ている、特に物々しい装備はしていない。首にネックレスのようなもの、腰にはメイスを下げ、手には杖を持っている。男と比べて冒険者のようにはどうしても見えない。男の子供にしては男は若すぎる。
「……。」
少女が顔を蒼ざめさせて辺りを見ている、凄惨な光景をみて耐えられないようだ。声を発しようとしても声にならないらしい。口を開けたまま、喋ろうとしているのが分かる。
「チッ、クリーチャーの奴等め…。」
男のほうが吐き捨てた。と。
「ロイ?」
少女は男に声をかけた。いや、男があまりにも忌々しそうに呟いたので名前を呼んだだけなのだが。すると、ロイと呼ばれた男が振り返った。
「どうした、シーズ?何かあったのか?」
「ううん。ただ、ロイがすごく怖かったから…。」
少女、シーズがつぶやくように言った。するとロイが。
「大丈夫だ。いつもの俺だよ、安心しろ。」
シーズの頭を撫でながら言った。やさしく頭をなでられ、どうやらシーズは安心したようだ、ロイを見上げて微笑んだ。
「どうやらここに生きている人はいないみたいだな、別の場所に行ってみるか。」
ロイはそう言い、早足で歩き出した。シーズも遅れないように少し小走りになりながら、必死にロイの横を離れないよう着いて行く。二人は火のくすぶって異臭を放つその場所を離れた。
「ん?」
それに気づいたのは日が翳り始めた頃だった。クシーは僅かに気配が動いたのを背後に感じた。振り返ってみると向こうには森が見える。ちょうど自分達が入ってきた丘とは反対のほうになる。
「どうした、何かいたのか?」
廃墟となった村の中を見て回っていたベットが、村とは違う所を気にしているクシーに訊ねる。
「うん、森のほうに何かいるみたい。」
そういって森のほうへ向かって歩き出す。次いでベットも向かう。そして森が直ぐ目の前に差し掛かった時、それは出てきた。
「ィィギギィィィッ!!」
耳障りな音を立てながらその生き物、彼らが"クリーチャー"と呼んでいたものが、村を襲った"魔物"が突然飛び出してきた。
「出てきたか!」
「行くわよ!」
二人がいっせいに構えを取る。ベットはランスを、クシーはボウを構えて動き出す。
「クシー、援護を頼む!」
ベットがランスを構えたままクリーチャーに向かって走り出す。それに合わせてクシーがボウの照準をクリーチャーに合わせる。クリーチャーが真っ先に攻撃を仕掛けた、筋肉質で、人外の長さの手を向かってくるベットに向かって振り下ろす。鋭い爪がベットに襲い掛かる。ベットは勢いを殺さず、ランスを軸にして攻撃を左によける。それと同時にクシーが矢を放つ。矢はクリーチャーが振り下ろした左腕に突き刺さった。
「ィィィァァァァグァアア!!」
刺さった拍子にクリーチャーが体制を崩し叫ぶ。
「よし!」
クシーが呟く。間をあけずに次の矢を装填して狙いを定める。ベットは刺さったことで出来た隙を突いてランスを繰り出す。ランスが今度は腹を貫く。ベットはその勢いのまま。ランスをクリーチャーごと右に振り払った。
クリーチャーが森のほうへ吹き飛ぶ、そして動かなくなる。一秒、二秒……。
「ん?…やけにあっけないな、やったのか?」
構えを保ったままのベットが、少し拍子抜けしたように呟く。
「油断しないで!いまとどめをさすわ。」
そう言ってクシーが狙いを定めて矢を放った。だが、矢がとどめをさすことは無かった。矢をクリーチャーが払いのけたのだ。クリーチャーはそのまま後ろへ跳んで森の中へ逃げ込んだ。
「やばい、逃げられる!」
「追うわよ!」
二人は走り出す、森の中へ。
ぁぁぁぁ…
その声が聞こえたのはその時だった。
「声?まさか人が!?」
クシーは焦った。人が森の中にいたのだとしたら、今のは間違いなくクリーチャーに遭遇した悲鳴なのだろう。急がねば、手負いが危険なのはどんな生物にも共通することだ。
「急ぐわよ!のんびりしてたら…。」
クシーはその先を言わなかった。いや、言えなかったのかも知れない。とにかくそれだけを言うと声の聞こえたほうへ、クリーチャーの消えたほうへとまた走り出した。
「間に合うか!?」
ベットも焦りを感じつつ、クシーの後を追った。
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