惨劇の中の遭遇
「うっわぁ、ひっでぇな…。」
「手遅れ、だったのか?」
四人が村に辿りついた時にはそこには死の臭いが充満していた。
「まだ生きている人がいるかもしれないわ、探してみましょう。」
慎重にあたりを見回しながら背の高い女性が冷静に言った。それに答えたのは体格のいい大男だった。
「よし、じゃあ二手に別れよう、ベットとクシーは"クリーチャー"がそこら辺に隠れてないかに重点をおいて探してくれ。俺とシーズは生き残りがいないかを見て回る。」
「分かった。シーズ、ロイから離れないようにな。」
背は高いが、大男とは違いいくらか細身の男がまだ幼さの残る少女に言った。
「うん。」
シーズと呼ばれた少女は静かにそう答えると、大男と一緒に村の中に入っていった。
「さあ、俺たちも行こうか?」
残った二人も瓦礫と死体の山となった村の中へと入っていった。
その村は東を丘に、他は森に囲まれていた。
その森に入って直ぐのところに一人の少年が隠れていた。いや、ただうずくまっているだけなのかも知れない。その少年は顔を蒼白にし、ただ震えているだけだった。
「あぁ…、あ、あぁ……。」
言葉をしゃべろうとしているのか、ただうめいているだけなのか、恐怖に引きつった顔はその答えが後者であろうことを物語っていた。
少年はついさっきまで普通に暮らしていた。いつもと変わらない、退屈な、それでいて平和で、なんでもない日常。この日もいつもと変わらないはずだった、ただ流されるだけの日常になるはずだった。
それをつい今までしていたのだ。あの"怪物"が現れるでは…。
母親は自分の中で一番最初に失われた。
見張り役の男が襲われていた頃、村の中でも異変が起きていた。見張りを襲った以外の怪物が村の中に侵入し、次々と村人たちを襲っている。
時はちょうど昼時、買い物をしている女や昼食のために休憩している男たちを手当たり次第襲い始めたのだ。襲われた村人は喰われる。怪物は喰い散らかしている。逃げ惑う村人を捕まえ、忌々しい牙のついたその大きな口で獲物に喰らいつく。獲物が死んでしまうと興味を無くし別の獲物を探す。とても趣味の悪い行動を繰り返す。
のどかだった村の日常は、一瞬にして地獄絵図に変わり果てた。
その時、少年は家にいた。テーブルにつき、昼食が出来上がるのを待っている。もうすぐ昼なのだ。母親は台所で食事の支度をしていた。
「なんか外が騒がしいわね…。」
外の異変に気づき、母親が首をかしげながらつぶやく。それを聞いた少年は答える。
「外に出ないほうがいいかもね、また獣が出たのかもしれないよ?」
「そうねぇ、この間も"ケルベロス"が現れて大変だったものね。」
"ケルベロス"と呼ばれるものは双頭の狼である。神話のものとは違い三つ首ではないが、そう呼ばれている。ただの狼にもう一つ頭をつけただけの、獣。ただ、頭が二つある分良く食べる。人間も餌の対象で、常に気をつけていないとたとえ町でも群れに襲われたら壊滅してしまう。
「ちょっと外を見てくるよ!」
少年は言うが早いが、外に出ようとする。
「こら、やめなさい!」
母親が言ったその時。
―――バキャァァァッ!!
背後で木が折れる時のような、ものすごい音が響いた。少年はその音に振り返った。母親を黒い影が覆った、一瞬の出来事だった。
「キャアッ……。」
母親のものだろう、悲鳴らしきものは最後まで聞こえることは無かった。黒い影は"ケルベロス"では無かった。人型の、いや人形といっていいのか。どちらかといえば爬虫類を無理やり人型にしたような体型、口には発達して飛び出した牙、頭から尻尾にかけて背中に生えている獣毛、筋肉が非常に発達した手足、まさに怪物だった。
その怪物が突然視界を遮った、少年の世界を遮った、そしてその怪物が今の少年の世界の全てになった。その怪物に気づかれたら殺される、本能がそう警告していた…。
あまりの恐怖のため少年の動きは止まっていた、まるで時が凍てついたように。そして再び時が流れを取り戻したとき、その怪物は既に姿を消していた。どうやら気づかれずにすんだようだった。
しかし、再び少年に"日常"が戻ることは無くなった。
開放された視界の先には母親の影は無かった。いや、母親の"姿"をした影は無かった。少年の世界は今度は赤くなっていた。赤い視界、周りのすべたが赤い。その赤い世界の中心にそれはあった。
上半身の無い、母親だったものがぺたんと床に尻をつき、きれいに座っていた。無残にも腰から上を噛み千切られ、なおきれいに座っていた、まるで生きているときのように、その肉塊が…。
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
少年は叫んでいた、ついさっき起きた出来事を思い出して、悪夢のような一時を夢だと信じたくて、覚めてくれる事を、それは無理だとわかっていても、頭に焼きついてはなれないあの光景を忘れたくて。胸が苦しい、吐き気がする…。
あの後、外に出たらそこはもう少年の知っている光景は無かった。人の気配はまったく感じられなかった、生きている人の気配は。かわりにあるのは半壊・全壊した建物、そこらじゅうに倒れている死体、母親と同じように喰い散らかされた死体が村中にあった。
少年は村の中をさまよった、死体には目をむけず。親しい人間の無残な姿は見たくない、もう…。そんな思いで探した、絶望の中にある希望を、同じように生きて、生き延びてるであろう人間を求めて。だが見つからなかった、倒れている人を調べればいるのかもしれないが恐かった、これ以上絶望するのが。
小さな村だった、少し歩いただけで一週出来るほどの小さな村だった。狩を主にして生計を立てている人たちが集まって出来た村。村中の人が家族のようなものだった、だから一人でもいて欲しかった、いて安心させて欲しかった、せめてもの心の支えになって欲しかったのに…。でも誰もいない、自分しかいない。自分だけ取り残された―――。
途方にくれていたその時。
ズンッ
遠くで何かの音がした。思わずそちらを振り返って、そして少年は再び凍りついた。最初は人の後ろ姿だと思った。しかし…。
人にあんな牙あったろうか?
人はあんなにも大きかったろうか?
人の手足は果たしてあんな形だったろうか?
人は……!!!
次の瞬間に少年は反対のほうへ逃げ出していた。
いったいどれくらい経ったであろうか?随分時間が過ぎたのか、全く時は過ぎていないのか、まだ息は荒い、心臓も激しく鳴っている。
あの"怪物"は今でも村にいるのだろうか?それとも自分を探しているのか?少年が逃げ出す時、"怪物"はちょうどこちらを振り返ったような気がした。でもその時に見られていたら自分はその場で喰われていたのではないだろうか?
では逃げ切れた?いや、そんなことはない。今も自分のことを探し回っているはずだ、どこかで…。
もう、きっと村で生き残っているのは自分しかいない。あの"怪物"にみんな殺された。自分だけが残されて、母親が目の前で殺されて、これからどうして生きていけばいいのか、そもそも明日まで生き延びられるのか?わからない。
あの時に自分も殺されていれば楽だったのではないのか?孤独にならずにすんだのに…。
ガサ!
近くの木が揺れた。何故?ここには鳥はいない、動物は全て逃げ出した後だ。風?いや、風は吹いていない。
顔を上げると、ちょうどそこに、"怪物"が顔をのぞかせたところだった。
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