5。猿夢
わたしの話しをしようと思う。
本格的に天涯孤独になったのは中学生のころ。わたしは事故で両親をなくした。旅行の帰りだったと思う。車通りの少ない山沿いの道で、自家用車はコンクリートの壁に当たって大破していたらしい。
運転席のお父さんは頭が潰れ、助手席のお母さんはひしゃげた道路標識で上半身が縦に引き裂かれていた。後部座席で眠りこけていたわたしだけが奇跡的に助かったのだ。だから原因ももちろんわからない。たぶん、その頃から今のような淡泊な性格になったんだと、思う。事情を知っている人は否応なく同情をあらわに接してくるので、わたしはできるだけこのことを人に言わないようにしている。
それ以来、車に乗ることはなんとなく避けるようになっていて、未だに免許も持っていないのだけれど。わりと、徒歩でどうにかなるものだ。
顔を上げると、部屋はすっかり暗くなっていた。夕方の赤い光が、窓をすり抜けて狭い室内を染めている。カーテンを閉めて電気をつけると、わたしはアルバムを持って立ち上がる。こんなものを片づけの途中で見つけるとよくないなあ。あんまり整理の進まなかった押入を眺めて小さくため息する。
またしまい込むのも名残惜しく感じて、もう一度ひっくりかえしてみる。裏表紙に見つけた、鉛筆で刻み込むように「去る夢」という書き込み。よほど先端を押しつけて書いたのか、「る」の文字さえ角が目立つ。自分には覚えのない文字だった。
――すりおろし。次はすりおろしになります。
ちかちかと目が痛む。何の言葉だっけ。すりおろし。去る夢? 額を押さえ込み、机上にうずくまるようになる。ぶら下がった女の子とか、牛のマスクとか、足下に転がった指とかぐしゃぐしゃの顎を思い出した。そうだ。あの踏切の甲高い音に覚えがある。
「……っっはぁー……」
深呼吸。物騒な回想を振り払う。変なものばかり見すぎて疲れているのだろう。あの牛のマスクの青年が言ったことを気にし過ぎるのだ。
さっさとごはんの支度をしなければ。
くらくらする頭を支えて顔を上げたわたしの目の前に、
「ぇっ」
猿の顔があった。ニホンザルとチンパンジーを足して二で割った感じの。それが、ちょこと頭に車掌さんの帽子を乗せている。
「いやですよォー、お客さん、居眠りは困ります」
お猿の車掌さん(?)はそう言って歯茎をむき出しに笑い顔みたいなものを作る。肩に置かれた手が離れるのを眺め、それから、わたしはぐるりと周りを見回した。
電車の中である。
心臓がばくばくなっている。
勢い、身を乗り出して後ろの座席を確認すると、先ほど回想した事故の時と同じ惨状で、おとうさんとおかあさんがすわってる。
「それでは、次はすりおろし。すりおろしです――」
車掌さんの声と一緒に、身を乗り出したままのわたしの背後からぶぅぅん、と低いモーターのような音がする。背中がきゅっと引き締まる。
なま暖かい風が髪の毛を少しだけ巻き上げた。近づいてくる。わたしは自分をすりおろす機械を一度見たことがある。
心臓がばくばくなっている。
わたしは振り返ることができない。
うつしよのための五つの悪夢 高久 @tkhsaa
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