4。星を見る少女

 くだんの言ったことは本当なんだろうか。

 だとしたら、わたしはあのとき、死ぬ間際の男の子と目を合わせていなかっただろうか。しばらく思い悩んだことだったけれど、わたしにはその瞬間がどうしても鮮明に思い出せなかった。

 相変わらず、散歩は続けている。でも、夕暮れ時に出歩くのはやめてしまった。さすがに、口の裂けた友人の形相と目の前で電車に跳ねられた男の子の事を思い返すといい気分はしない。

 夜道をぶらぶら散策しながら、わたしは星を見るのが好きになった。街頭の下を歩くたびに、ぐるぐると足下の影が回転する。

 住宅街だった。

 街灯の光は細い道に十分すぎるほど明るく、閑静なアスファルトの道には自分の影ばかりがそうやってゆったりと回転を続けている。

 いいや。何も考えないほうがいい。大体こんな夜に、そんな物騒なことを考えるものじゃないと思った。わたしは改めて上を見上げる。立ち尽くし、薄い雲から月が顔を出すのを眺めていた。

 ふと、視界の左端に人影が見えることに気がつく。

 見ると、アパートのベランダに立って同じように空を見ているらしい人影を見つけた。長い黒髪を三つ編みにしてる、多分、女の子。

 次の日も、彼女はそうして夜空を見ていた。空気が殊更に綺麗で、星の瞬く様子が屋根のまにまに所狭しと散らばっている。熱心にそれを見上げて歩いていたところ、丁度自分があの少女の立つベランダの下を通りかかったのに気がついた。

 ベランダの少女は、向こう側へ視線を落としているようだった。ぽたり、と足元に雫が落ちてくる。

 こんなに星が綺麗なのに、彼女は何を泣いてるんだろう。

「こんばんは」

 思い切って声を掛けてみる。返事は無い。放っておいたほうがいいのかも。通り過ぎざま、少女の顔を覗き込んだわたしはぎくりと止まりそうになった足を叱咤して、早足にその場を逃げ出した。

 なんで気付かなかったのだろう。彼女のつま先がちょっとだけ浮いていたこと、それが少し揺れたところを思い出し、わたしは塀に肩を持たせかけて口元を押さえた。胸にこみ上げてくるものを飲み込むために。ああそんなことより。


 目を合わせた。

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