3。ドッペルゲンガー

 散歩のルートは、毎回変えるようにしている。気分という奴だ。どちらにせよ今日はそんなに長く歩けないので、病院の周りをうろつくだけにしようと思う。ちゃんとお医者さんに許可ももらってきた。

 滅多に病院の近くまではこないから、これはこれで新鮮だ。西に夕焼けを眺めながらあちらへ行こうと思い立つ。

 そういえば。鋏の患者さんは死んだというし、わたしはたしかにあの後人死にを間近で経験した。くだんの彼も死んだわけだし。けど、目の前で見るなんてことはなかった。

 目を合わせてはいけないよ、か。彼はどうしてあんなことを行ったのだろう。夕方は夜に分類されるだろうか?

 西のほうへ、行けるだけまっすぐに進んでみると、捜し物をしているふうな様子の男の子がいる。うろうろしながら不安げにあたりを見回しているのがなんだかかわいそうだったので、わたしはついそちらへ足を向けた。

「どうしたの」

 男の子は、びっくりした様子で顔を上げて、こちらを見上げる。泣いていたらしい、目元は真っ赤だった。

「さ、さがしもの」

「そうなの。なにを探してたの? わたしも手伝うよ」

「これくらいの、男の子」

 彼が身振りで示したのは、ちょうど自分と同じくらいの身長であった。たぶん、友達とはぐれてしまったのだろう。もしかしたら、兄弟かもしれない。

 その子が行きそうなところを訪ねてみると、彼は小さく頭を振って、また所在無げに周りを見回し始める。適当に歩き回ってみようか、と提案しかけ、はたと口をつぐむ。相手もこの子を捜しているとしたら、彼がここから動くのはよくないかもしれない。

「どんな子? ちょっと近くを見てきてあげる」

 男の子は、ぱっとうれしそうな顔をして、それから何か考え込むように下を向く。

 わかったことは、探すのは同い年くらいの男の子で、服装も同じ幼稚園の制服だということだけだった。その子は、彼と違って大きなリュックを背負っているらしい。わたしは、彼をひとまずそこに待たせて歩きだした。そこが突き当たりだったので、道なりに右へ。せめて名前でもわかればなあ、と思ったのは、一つ角を曲がったところでだった。

 ひょいと向こうをのぞいてみると、誰もいない。待っててと言ったんだけど、彼もどこか探しに行ってしまったんだろうか。しかたなく前を向き直って、歩き出す。西の空はいよいよ赤みを増して燃えるようだった。わたしは、この時間帯の空を見るのが一番好きなのだ。

 それでも、子供を探すのも忘れない。店じまいを始めた個人商店が並ぶ道を通り抜け、線路に突き当たる。向こう側は繁華街だ。踏切まで歩いていくと、ちょうど遮断機が降りたところだった。赤いランプと、注意を促すこの耳障りな音が、わたしはあまり好きではない。

 手持ちぶさたに、つま先でアスファルトをたたく。ふと左に視線を向けると、茂みからごそごそと先ほどの男の子が出てくるのが見えた。同時に、背中に負った大きなリュックサックも。ということは、あれが探していた子だろうか。

「あ、ねえ」

 ちょうど遮断機の前まで歩いてきた彼に声をかけようとしたわたしの隣を飛び出して、その子に走り寄った影があった。

 素早くその子を線路の中へ突き飛ばす。いやにタイミング良く走り込んできた電車の白と、その鼻先ではじけた赤の色合いは、しばらく忘れられない。

 少し先で急停車する電車。わたしの足下には、飛んできた小さな指が転がっていた。

「お姉ちゃん、ありがと」

 捜し物を依頼してきた男の子は、すっきりした顔でわたしを見上げ、かわいらしい笑顔でそう言った。踵を返して走っていく男の子の背中を見送りながら、わたしはようやく彼が後ろをぴったりとくっついてきてたんだということに思い至った。

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