2。口裂け女
わたしの友人の話しをしようと思う。
彼女はとても臆病な性格をしていた。同性のわたしでも見とれてしまうくらい可愛らしい容姿なのに、そのせいでいつまでたっても彼氏ができないのだ。その儚げな佇まいにあこがれる男の人は大勢居たんだけど。
わたしは今日も夕暮れ時の町をぶらぶら散歩していたが、疎遠になっていた彼女が電柱の陰から姿を現した時にはちょっとだけ驚いた。
なんでって、そのとき彼女は顔半分を隠すような大きなマスクをつけていたから。
同時に、近頃は顔を隠すのがはやってるのかな、なんて冗談半分に考えてもいたのだけど。
「あの、ひさしぶり」
「あ、ああ。うん」
「まだ、続けてるんだね、散歩」
「ん? うんまあ」
たどたどしいしゃべりかたは、なんだかさらに舌足らずになっているように感じられる。声がくぐもっているからかもしれない。立ち止まって、座る場所はここには無いので、土塀に背中を持たせかけて彼女の隣。
彼女には恋人ができたのだそうだ。めでたい話しなので、わたしは素直に喜んだ。彼女を大事にしてくれるような人ならいいのだが。
友人は、予想に反して黙りこくっていた。
「どうしたの」
「あ、あのね」
泣き出しそうな声だった。
「……」
彼女は、なんどかわたしを見て、それから小さく頭を振った。何か葛藤しているようだったけれど、無理に聞き出すのはよくなさそうだ。
「彼、目が、見えないの。でね、あの、今度手術するんだって。目が見えるようになる手術」
「そう。いいじゃない。きっと綺麗な彼女を見たら惚れ直すよ。もっと自信持てばいいのに」
彼女は、両手で顔を覆い、小さくうなずいた。
一週間後、やはり散歩をしていると同じ場所で彼女に会った。マスクはしていなかった。笑っているように見えたのは大きく裂けた口元で、よく聞く都市伝説のそれよりも、顎の崩れかたが酷かったように思う。
手に持った裁断鋏の先はなんだか赤っぽく濡れていたのを覚えている。それで、お腹を刺されたことも。次に気がついたのは病院だったから、当然彼女との会話は一言も無かった。
だから、あの口がどうしたのかも、わたしは知らないまま。
「あなたも鋏なの……」
看護士さんの言葉が気にかかった。
「鋏、がどうかしたんですか?」
「いいえ。うちで視力回復の手術を受けた患者さんがいたんだけどね。その人」
眉をひそめて、そこから先を打ち切ってしまう。だいたい事情が飲み込めたので、わたしはやっぱり無理に聞き出そうとはしなかった。ただ、彼女は臆病なままだったんだろうなあ、と悲しくなった。
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