うつしよのための五つの悪夢

高久

1。くだん

 公園を散歩していたときの話しだ。

「僕はこう見えて有名人でね。こうやって顔を隠していなければいけないんだ」

 彼は開口一番そう言った。

 わたしがじっと見ていたのが気まずかったのかもしれない。他の人は、みんな彼が被った牛のマスクを見てすぐに目をそらすものだから。

 奇怪なのは、その牛のマスクだけだ。線が細くて背の高い、たぶん、青年。着衣を見るに、学生さんの夏服のようだけれど。

「いいえ。こちらこそ、じっと見たりしてごめんなさい」

 彼は、わたしが謝ったのにもただ頭を振って、ベンチに座ったまま、また前を見つめる。そこから見えるものといえば、片田舎特有のそんなに高くないビル群と、手前に横たわる大きな河ばかりだ。なんとなく歩く気が失せて隣に腰を下ろすと、青年はちょっとだけ、首をこちらへ傾けたようだった。

「そのマスク、なんの仮装ですか?」

「あっ」

 訪ねてみると、彼はいやに動揺した様子で、少しだけわたしから離れてしまう。どうやらわたしが思ったほど変な人ではなかったのかも。青年は、手を上げ下げして、しきりにマスクをさわっている。外すかどうしようか迷っている感じにも見えて、話しかけたことをちょっとだけ、申し訳なく感じ始めた頃。

「くだんを、やってみようと思って」

「くだん?」

「知らない? 動物の顔をした子供が、一つだけ予言をするんだよ」

「そうなんですか?」

 青年が言うことには、彼は予知夢を見るらしい。それは事故であったり事件であったり、その日の天気だったり様々だけど。わたしが素直に感心していると、彼は牛の首をくるりとまた河に向けた。夕日に鼻面が赤く光っている様子は、なんだかシュールだ。

 彼は、小さな頃、それである事件を予言した。それがテレビで大きく取りざたされた。わたしもよく知っている事件だったから、ああ、彼か、とだけ思った。確かに有名人だ。予言が当たったのはそれきりで、その後は、どんな事件を予言してもそれははずれてしまったのだ。ものがテロや誘拐といった物騒な事件ばかりだったから、周囲は手のひらを返して彼をうそつき呼ばわりした。

「僕は、たぶん未然にそれらを防いだんだと思うんだ。テレビで予言しなくなってから、また予知夢は当たるようになったからね」

「計画自体がつぶれちゃったんでしょうね。予想されて」

「たぶんね。あ、漫画とかでもあるよねこういう話」

 笑い混じりに答える声。でも、それが先ほどの「くだん」と何の関連があるのか。「僕は」とさらに彼は言う。

「もう、防げない悲劇を見続けるのに疲れたんだ」

「そうですか」

「今日も見た。今一緒にいる君の夢だ」

「へえ。気になります」

 しばらく、青年はだまりこんでしまった。

「いいかい。僕は、一度だけ予言しようと決めた。今日、ここで誰かに会ったら、その人に。ちょうど君に会ったのも何かの縁かもしれないね」

「はい?」

「君は、人が死ぬのをよく見るようになる。けれど、死ぬ人と目を合わせてはいけないよ」

 青年は、それだけ言うと、ベンチから立ち上がった。お尻に根っこでも生えているみたいな未練がましい動きで。

 それだけのことだ。

 翌日の新聞に、河から溺死体が上がったことが書かれていた。市内の男子高校生で、なぜか牛のマスクを被っていた。首のところを接着剤でくっつけていたという。

 余談だけど、くだんは人語で予言して生後一日で死ぬのだそうだ。

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