回想1
「おはよう」「昨日さー」
いつも通りの教室、いつも通りの風景。
そして、
「おはよう…」
騒がしい教室の中に消えていく私の声。
すべてがいつも通り。
静かに自分の席へ座り、本を読む。
誰も私のことを気にもとめない。
いつものことなので何も思わないが、時々ふと心に穴が空いたような虚しさに襲われる。
自分が本当にここに存在しているのか不安になる。
それでも、私は毎日学校へ通った。
誰と話すでもなく、何するでもなく、ひっそりと教室の中で息をする。
今日もいつも通りに過ごしていると、
「おっはよー!」
よく通る元気な声がクラスに響いた。
「おはよー」「今日も元気だな」
クラスのみんなが軽口を叩く。
「うるせー」
その軽口を笑いながらかわす少女。
この少女が私たちの長女、彩香である。
彼女は明るく、気さくでみんなに好かれている。
「おはよう」
次に来たのが三女の美乃里。
美乃里は来てすぐ勉強を教えていることが多い。
教え方が上手く、頭の良い美乃里は友達に教えを乞われることが多いからである。
「あ!美乃里、勉強教えてー」
「お前またかよー」
今日も美乃里は忙しそうだ。
「おはよー」
最後は末っ子の朱莉。
大人しそうに見えて活発な面もあり、誰からも愛される子だ。
「朱莉おはよー」
「ねぇ、昨日さ…」
こうして鬼灯家の4つ子が揃う。
印象の強いほかの姉妹とは違って地味な私はあまり覚えられていないが。
「おはよう」
優しく笑いながら私に話しかけてきたこの子はえみか。
花のように笑うと書いて笑花。
私の唯一の友達である。
「おはよう笑花」
「ねぇ、昨日の宿題難しくなかった?」
他愛のない話をしていると、チャイムが鳴った。
先生が入ってくると教室は静かになる。
こうして朝が終わる。
***
昼休み、ご飯を食べようとカバンの中を漁っているときだった。
「あっ…」
「ん?どうした?」
笑花がカバンの中をのぞき込む。
「え、それって…」
「美乃里のだ。」
私のお弁当に間違えて美乃里の箸が入っていた。
「渡してくるね」
立ち上がる私を不安そうに見つめる笑花に、「大丈夫」と笑うと美乃里の元へ向かった。
「みのりー」
「何?」
声をかけると冷たく返事をする美乃里。
「美乃里の箸が間違えて入ってたみたいなの」
美乃里は私の持っている箸をチラリと見ると、
「あぁ…ありがと。そこに置いといて」
そう言った。
「うん。」
箸を置くと、すぐ笑花の元へ戻った。
笑花は心配そうにしていたが、「大丈夫だったよ」と笑ってみせると安心したような顔になった。
「じゃあ、ご飯食べよ!」
「はいはい」
別にこのままでもいいと思った。
思っていた。
“あれ”さえ無ければ…
***
放課後。私は笑花と一緒に帰ろうとしていた。
「やっぱり帰宅部はいいねー」
そう笑う笑花をみやりながら、私はあることに気づく。
「あ、ノート忘れた…」
「え、まじか。早く取ってこーい」
呆れながら笑う笑花を背に私は走り出した。
教室の前に着き、戸を開けようとした時、中から聞こえた笑い声に私は手を止めた。
中には数人居るようだ。その中に、聞きなれた声があった。
(彩香だ…)
中に入れず立ち往生していると、ある会話が耳に入ってきた。
「彩香は良いよねー」
「何が?」
「姉妹みんな仲いいしさ」
話題は私たち姉妹についてだった。
「そうかー?」
軽口を叩きあって楽しそうな声。
「でもさ、存在感薄い子いなかった?」
「あ…いた、なんて名前だっけ?」
私のことか。名前も覚えられてないのか、と苦笑いした。
これが、大きな転機になるなんて思いもせずに…
「あ!そうそう確かえり「誰それ」
その場が静かになる。
「嘘嘘!冗談だよ、次女のことでしょ?」
「彩香酷い」
そう言って友達と笑う彩香の笑顔がとても冷たく見えた。
気づいた時には走り出していた。
そして、たどり着いた先は屋上だった。
「あはっ…あははははっ」
乾いた笑みが零れる。視界が徐々に霞んでいく。
「それは…無いよ…」
信じられなかった。今までだってずっと耐えてきた。
辛くても笑って、ずっと笑って耐えてきたのに。
『誰それ』
笑いながら言ったその言葉が、耳にまとわりついて離れない。
例え冗談だとしても酷すぎる。
「結局私は、誰にも必要とされないのか…」
屋上の端に立つ。
下を見ると校門の方に笑花が見えた。
そうだ、待っててもらったんだ。悪いことしたな。と思う。
そんなことでと笑われるかもしれない。
けど、もう限界だった。
私にはもう無理だった。
「ごめんなさい」
その声は、誰にも届くことはなく空に消えた。
そして、深い闇が私を包み込んだ。
Vision 秋岸 @Higan1039
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。Visionの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます