第20話 天の川ふと点Pが動きだす 木村良子
天の川ふと点Pが動きだす 木村良子
十年ほど前から、学生による俳句作りが盛んになっているようである。1998年からは「俳句甲子園」という高校生対象の俳句大会も始まり、年々大きな催しになってきているらしい。
若い人が俳句を作ることはいいことだ。季語を学ぶことは日本の歴史、文化、風土を知るのにとても役に立つし、それらを覚えることで漢字の読み書きの能力も上がる。
そして俳句を作るためには季語以外にもたくさんの言葉を知らなければならないから、自ずと読書をする機会が増える。つまりは全体的な教養が身につくということだ。
また若い人が俳句を作ることは、当人たちにとってよいというばかりではない。彼らの生み出す作品は、先行する俳人たちにもしばしば大いなる刺激を与えてくれるのだ。
なぜか。それは当然、若い人々が「何も知らない」からである。
知る、というのは人間を豊かにする一方で、人間を狭くする。知らないうちは、世界は真っ平らにできているとか、宇宙は地球を中心に動いているという自由な発想をできた人間も、いざ真実を知るととたんにそれ以外の発想をあきらめてしまう。
俳句について言えば、より多くの成功例、失敗例を知れば知るほど、「これはいけない」という制御機能が頭の中で働いてしまって、無意識のうちに俳句の幅を狭めて行ってしまう。
ところが、無知である若い人々にはそれがない。だから作り出すほとんどの作品は滅茶滅茶である。取るに足らない、俳句とも呼べない代物ばかりである。
しかしその中に、きらりと光る一石が交じっているのだ。
かく言う私も高校生の時に俳句を始めた一人である。掲句は、1998年の「神奈川大学全国高校生俳句大賞」という大会に投句された作品のひとつ。私もその大会の投句者の一人である。
今当時の冊子を開いて見ても、とても面白い。恐れも既成概念もない若者特有の溌剌とした作品が目白押しである。
蝮草教師の判断がじゃま 野中智也
藪蚊浮く試験前夜のコーヒーに 中島寿太郎
牛蛙あなたを食べてしまおうか 大木剛
これらの人々は、今どこで何をしているのだろう。今でも俳句を作っているのだろうか。
いつかどこかの句会場でお会いすることができれば、嬉しい限りである。
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