第15話 初笑ひして千葉県へ帰りけり  加藤静夫

初笑ひして千葉県へ帰りけり  加藤静夫




正月なので正月らしい作品を紹介したい。




これは何ともユニークな作品である。これ以上ないくらい明るく、朗らかで一見すると全く毒のない作品である。




こういうあっけらかんとした句を作るのは見た目以上に大変だ。第一読者にはそもそも「関係がない」ことを俳句にするのだから、それを作品に仕立て上げるためには相当の力量が問われるのは言うまでもないことだ。




私は先に「一見すると毒がない」という書き方をしたが、それはもちろん「よくよく見ればちゃんと毒が盛られている」、即ち、「作者の巧妙な罠が仕掛けられている」と言いたかったのだ。




それでは、どこが罠か。それはもちろん「初笑ひ」と「千葉県」の取り合わせの妙に尽きるだろう。




この二者には一見したところ相関関係がなさそうである。しかしそこにもし全く繋がりが存在しなかったのでは、この句は作品として成立していないことになる。しかしこの句には人を引き付ける魅力がある。つまり「初笑ひ」と「千葉県」とが見えない場所で見事に交響しているのだ。この「千葉県」はただ漠然と置かれた県名ではなく、精密な計算により弾き出された、この作品に唯一の「正解」としてここに置かれているのだ。




なぜ「千葉県」が「初笑ひ」と響き合うか。「作者の自宅が千葉県にあったから」というのは最も根も葉もない想像である。それでは単なる日記になってしまい、響き合う要素が全くない。




そこで考えてみると、「千葉県」とは何かと「新年」と関わりが深い場所である。例えば初詣で有名な成田山新勝寺は千葉県成田市にあるし、九十九里浜の犬吠埼は、本州で最も早く初日の出を拝める場所である。また浦安市には東京ディズニーリゾートがあり、「初笑ひ」とのイメージもぴったりである。




しかし、それらの情報は実はどうでもよいのだ。それよりも何よりも、千葉県の形そのものが、まるで人の笑顔を横から見たように見えるではないか。それが眼目なのである。




まさに掲句では、「千葉県」以外の取り合わせは全く考えられない必然だったのである。




以前このページで、「加藤静夫作品ならこれ、というものがある」というようなことを書かせてもらったように記憶しているが、実は今回ご紹介したこの作品がそれであった。




皆様にも楽しんで頂けたら何よりである。


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