3-3 女帝の真意 Ⅱ

 舞台上に現れたルーファ、半年前に魔王アゼルによって打ちのめされたとされるノエル。加えて、現代の『聖女』エーティアの登場。


 三人の姿を見た者達の胸に去来するのは、幼い頃に耳にした英雄譚。

 かつても『勇者』が現れた時、たった数名で魔王ジヴォーグへと立ち向かうべくパーティーを催したと語り継がれているが、これはまるで、まさにかつての物語で描かれた英雄譚の序章のようだ、と参加者達は密かに胸を踊らせていた。


 三人の少女と呼べる、新たな英雄の誕生。

 後世に語り継がれるであろう場面に、天の使いであるルーファに対する期待は必然的に高まり、誰もが魔王討伐――平和への願いを胸にする。


 そんな中にあって、舞台上に佇み、教皇マルレーナに紹介された側のルーファ。彼女は、目の前で喜びを露わにする人々の姿を眺めながらも、表情を一切動かそうともせず、ただただ苛立ちを感じていた。

 ずいぶんと気楽なものだ――と思わずにはいられなかった。

 マルレーナらに言った通り、ルーファは決して「人々を救う為にやってきた」などという、都合の良い存在ではない。

 神々の計画――『魔王計画』によって生み出されたアゼルを介し、くだらない争いを続ける人族らに共通の敵を生み出させ、抑止力として人族を纏めようとした。

 その結果として、暴走しつつあるアゼルを止める為にやってきたに過ぎないというのに、誰も彼も自分達を救ってくれるのだとでも言わんばかりに安堵している。


 つい一言釘を刺したくなるような気分であったが、ふとルーファは自らに向けられる、多くの者とは異なる類の視線に気が付き、そちらを見やる。


 視線の先、壁の花になるような位置に佇むイザベラと、その従者アイラ。

 二人から向けられた視線は安堵や希望でもなければ、かと言って値踏みするような不躾なものでもなかった。

 興味は持ってこそいるようではあるのだが、そこに縋るつもりもなく、ただただ観察しているように見える。


 ――エルセラバルドの女帝、イザベラだったかな。


 アゼルを派遣するにあたり、この世界の名のある者達はルーファも調べていた。

 齢十三にして女帝となり、それ以降、エルセラバルド帝国内に繁栄を齎せ、魔導工学技術――魔法の力と科学の力を兼ね備える、新たな分野を推し進めてきた。

 その発想も然ることながら、名のある貴族であろうが新興貴族であろうが、重用できる者は重用し、必要ないと判断すればあっさりと切ってみせる苛烈さ。そして、周辺国を呑み込み、帝国の領土を広げてきた手腕。

 平和な時代であったからこそイザベラは狂王と揶揄されてきたが、魔王が登場した今、イザベラが推し進めてきた魔導工学技術は人族を支えている事もあって、この一年で評判をひっくり返しつつある。


 そんなイザベラから向けられる視線は、紛れもなく「話がある」とでも言いたげなもの。誘うような視線を受けたルーファはイザベラに向けて僅かに、小さく頷いて応えてみせた。


「……ほう、気が付いたらしいな」


 ルーファの頷きを見て、イザベラは薄く笑った。


「視線だけで、ですか?」


「心を読めるなどという事はないであろうが、どうやら意図を察してくれたようだな。有象無象のおべっかより、妾の視線の方が天使には気になったらしい」


「陛下の視線は独特な粘り気がありそうですしね」


「粘り気……くくっ、違いない。――それにしても、若いな」


 神の使いとして姿を現したルーファを見て、イザベラは改めて思う。


「若い、ですか?」


「アイラよ。神のいる世界――神界に、肉体は存在していると思うか?」


「肉体……いえ、必要はないかと思いますが」


 神と呼ばれるような存在。

 もしも肉体を有していたとしても、それはきっと不老不死と呼ばれるような超常の存在であろうが、そもそも肉体の必要性があるとは、アイラも思えなかった。


「だろうな。であるのなら、あの身体はこの世界に顕現する為に誂えられた容器、とでも言うべき代物であるはずだ。それにしては、ずいぶんと未熟だとは思わないか?」


 イザベラに言われて、改めてアイラは壇上のルーファを見やる。

 ノエルやエーティアも若いが、ルーファの見た目も年の頃で十代後半程度といったところ。確かに身長の成長は止まった頃だろうが、未だ早熟とも言える。

 確かに身体能力が最も秀でている時期ではあるのかもしれないが、まだどこか幼さを伴っているとも言えた。


「もう数年――それこそあと五年程も経てば、大人として出来上がる頃であろうよ。だと言うのに、それよりも僅かに下の年代の肉体を有する。その理由はなんだろうな」


「理由がある、と?」


「さてな。こちらの世界で肉体を成熟させる事に意味があるのか、或いはあの姿が最も適しているのか。まぁそれは当人にでも訊けば良い。アイラ、会場の近くの個室を借りるよう、手配を」


「畏まりました」


 他愛もない話を切り上げて、一人残されたイザベラはじっとルーファらを眺めていた。


 時間は進み、各国の重鎮らとの挨拶回り。パーティーと形容されているその実、これは品評会のようなものだろう、とルーファは周囲の者らを見ながら小さく嘆息した。

 向けられる視線、語りかけられる言葉のそれらは、いかに自分達が甘い蜜を吸おうとしているのかが手に取るように分かる。それらに対してルーファは薄い笑みすら浮かべようとはせず、ただただ淡々と頷いてみせるのみに留めていた。

 そういった社交は、『聖女』であるエーティアを介して行うようにとマルレーナから釘を刺され、エーティアはずいぶんと忙しそうに周囲の者らとの会話に答えているが、さすがに神の使いともなるルーファを相手に政治的なやり取りをしても意味はないと察したのか、徐々にルーファに声をかける者達も少なくなってきた。

 ノエルはそういった難しい話は理解できないため、そういった場からは離れ、ルーファもそれを口実に多少離れた場所を位置取れている。


「ねぇ、るーるー! これ美味しいよ!」


「そうかい? ならボクも貰おうかな」


 この一ヶ月で仲良くなったのは、何もノエルとエーティアの二人ばかりではない。かつての姉――シルヴィとロザリーを重ねるかのようにルーファに懐いてくるノエルは、ここ最近ではルーファに何かと物を教えたがる。

 姉のように慕いつつも、妹でもできたかのように色々な物事を教えられるというのは、ノエルにとっては珍しい相手だ。彼女の懐きぶりにしばらくは慣れなかったが、ここ最近ではルーファも適度に対応を覚えつつあった。


 ノエルに言われ、置かれている食事を手に取ろうとしたところで、ルーファの眼前に皿に盛られた料理が差し出された。


「――神の使いでも、食事は必要なのだな」


 皿を手渡してきたのは、狂王――『鮮血女帝レッド・エンプレス』イザベラ。

 遂に動いたのかと周囲の者達が注目し、声を潜める中、ルーファは手渡された皿を受け取りながらイザベラへと視線を向けた。


「この身体は基本が〈普人族ヒューマン〉のそれと変わらないからね」


「なるほど。まぁその辺りも含めて、少し話がしたい。時間をもらえるか?」


「……いいよ。ボクも少し、キミが気になっていたからね」


 ルーファの答えに周囲はざわめいた。

 マルレーナやエーティアを介してのみしか質問に応じようともしなかったルーファが、イザベラとの対談に素直に応じたというのも驚きではあったが、まさか神の使いがイザベラに興味を持っているとも思っていなかった、というのもある。


「ほう、それは光栄だ。興味がなければ応じてもらえないと思っていたが、これは好都合かな」


「興味がない相手と話す必要はないと思うけど?」


 言下に「普通なら応じるつもりはないのだろう?」とイザベラが問いかければ、ルーファも軽い物言いで答えてみせる。「では自分とも」などと言われてしまっては困るルーファにとってみれば、イザベラが周囲に釘を刺すように告げてきたこの言葉は、ありがたい配慮でもあった。


「るーるー、わたしも行こうか?」


「いや、ボクだけでいいよ。その方が都合も良さそうだからね。ノエルは後で美味しかったものを教えてくれると助かるかな」


「ん、わかった」


 イザベラが何故、自分と話したがっているのかまでは分からないが、少なくともノエルが興味を抱くような話ではないだろう事はルーファにも予想できた。


 ノエルを置いて進んだ先。

 パーティー会場の近くには、貴族らが小休止できるようにと設けられた個室があり、その一室の前に佇むアルマによって中へと促される。

 中は簡素な造りで、対面式に置かれたソファーとテーブルが置かれているだけの小さな部屋であった。


 イザベラが腰掛け、その向かい側へとルーファも腰を下ろす。


「それで、ボクに話があるみたいだけど?」


「話が早くて助かるな。妾がいくら〈アルヴァ〉のおかげで『人族同盟』の中では評価されていると言っても、さすがに神の使いと二人きりの時間が長いとなると面倒が多くなりそうだ」


 そこまで言って、イザベラは切れ長の瞳に剣呑な光を宿してルーファを見つめた。


「早速だが――『魔王』は神の駒、であろう?」


 この問いかけには、ルーファも思わず僅かに目を見開いた。

 どこかで見抜いている者もいない事はないだろうが、それを神の使いという立場である自分に向けてくるような者がいるとは思いもしなかった、というのが本音である。

 何せ魔王とは世界共通の敵であり、それを神の駒と言うなど、最大の侮辱に当たる可能性もあるのだから。神の怒りを買う可能性と、荒唐無稽とも取れる発想。


 普通ならば、わざわざそれらを口にしようなどと思う者は、いない。


 僅かな間を置いて、さらにイザベラは続けた。


「おかしいと思っていたのだよ。魔族とは本来、勇者が持つ加護に太刀打ちできぬ存在であろう? 圧倒的な力があったとされる初代魔王ジヴォーグの力が如何程であったかは分からぬが、それでも今代の魔王相手に、加護は一切通じておらぬようではないか。それはつまり、今回の魔王と初代魔王は明確に異なる存在である証左とも言えよう」


 エルセラバルド帝国軍とリッツバード王国軍の小競り合いにやってきた、『本物の勇者』と魔王アゼル。その戦いの様は、エルセラバルド帝国軍とて若き〈黒竜〉ヴェクターによってしっかりと確認しているような暇はなかった。

 しかし、その場を眺めていたのは、何も正規軍ばかりではない。

 イザベラはあの戦場に、諜報部隊を隠れさせ、情報を持ち帰るようにと命じていたのである。


 半年前の戦いの中、『本物の勇者』が持つ加護が、一切魔王アゼルに対して効果を発揮していないという報告をしっかりと受けていたのだ。


「で、あるのなら、だ。今の『魔王』は、そもそも『歪み』とやらから生まれたのではなく、“正当な手段を用いて生みだされた『魔王』である”という仮説に行き当たるのもおかしな話ではなかろう? ならば、あのような者を生み出せる者ともなれば、必然的に限られるであろう」


「……だからこそ、“神によって生み出された駒”、だと?」


「少なくとも、妾は十中八九はそうではないかと睨んでおる。だからこそ、神の使いなどと呼ばれる貴殿のような存在が出張ってきたのではないか? 元々『魔王』としての存在を知らしめ、同時に神の手によって討伐させるつもりだったのか。或いは、魔王アゼルが『魔王』の役割を越えた動きをした結果、神々が動く事になったのかは定かではないが、な」


 ――ずいぶんと頭がキレる。それに、豪胆だ。

 それが、ルーファがイザベラに対して抱いた率直な感想であった。

 ただの推測と切って捨ててしまえば、話はここで終わるだろう。しかしルーファは、その答えをはぐらかす事もせずに、ゆっくりと口を開いた。


「……それで?」


「なに、そう構えてくれるな。正直に言ってしまえば、妾にとって『魔王』が神の使いとしてやって来たかどうかなど、


「……どうでもいい?」


「うむ。神の粛清と考えれば、それが天災であろうが『魔王』であろうがそう大差ない、と妾は考えておる。むしろ、こうして妾の前に神の使いである貴殿が現れてくれたのだから、いっそこれは妾にとっては喜ばしい事だ。そういう意味では感謝を捧げても良い」


 何が言いたいのかと訝しげに見つめてくるルーファを見て、イザベラは小さく笑った。


「して、神の使い――『勇者』よ。妾と取引しないか?」



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