3-2 女帝の真意 Ⅰ
「『人族同盟』の参加国による、歓迎パーティー、ね」
――そんな事をしている場合なのか。
ルーファはわざわざ呼び出された矢先で告げられた内容を反芻しつつ、大きくため息を零した。
この世界へと顕現して、すでに一ヶ月。
この一ヶ月でやって来た事と言えば、義体として宿った身体から、アゼルと同様にポテンシャルを引き出す事であった。
あとは本格的な実戦の中で、出すべき力をしっかりと出せるのであれば、魔王軍を相手にしようとも、本当の意味で敵となるのは魔王であるアゼル以外にはいないだろう。
ルーファにとって、ようやく旅立ちの準備が――アゼルとの再会を果たす準備が整ったのだから、今すぐにでも魔大陸に向けて魔族を駆逐しつつ旅立つ予定ではあったのだが、準備ができたと告げるルーファに、マルレーナが『真なる勇者』の降臨を発表させてほしいと、そんな提案をしてきたのだ。
分からなくはないのだ。
魔王アゼル率いる魔王軍は、『人族同盟』にとっては絶望を与える存在である。
苛烈に、それでいて計画的にアディストリア大陸内の国々に攻撃を仕掛けてきている魔王軍を相手に、人族は疲弊し、『本物の勇者』が敗れて以来、人族側にとって喜ばしい報せなど一切なかった。
そんな中で、神の使いとしてやってきた『真なる勇者』であるルーファが、『人族同盟』の味方をしているという事実を見せびらかす事に政治的な意味合いを持つ事も、それがこの戦争の終了後、国を立て直す上で必要だという事も、理解はできる。
――しかし、だ。
ルーファにとってみれば、そんな暇をしている暇があるのなら、魔王軍の侵攻を食い止めるべく助力するべきであり、速やかに自分を前線へと送り出す方が、いっそ建設的ではないかと思えてならない。
「パーティーって、なんか面倒だね……」
「そう言わないでくださいませ、ノエルさん。ルーファ様も、そう表情を曇らせたままで顔を出すのだけはご勘弁を」
ルーファの気持ちを代弁したノエルに対して呆れつつも声をあげたのは――現代の『聖女』、エーティア。白金色の波打つ長い髪を揺らしながら、困ったようにルーファへと懇願する。
聖女に相応しい白い法衣に身を包む彼女は、ドレスを着慣れていないルーファとノエルとは異なり、それこそが正装である。そういう意味で、今この場にいる三人の中で、場馴れしている事も考えれば最も自然体でいられるのは彼女であった。
「――それで、本当に二人はついてくるつもりなのかい?」
ルーファが改めて問いかけたのは、これから行われるパーティーに対するもの、ではない。
魔王アゼルを討つべく旅をしながら魔族を討伐していくという、ルーファのこれからの行動に対して、仲間としてついて来るのかと改めて問いかけるものであった。
「わたくしは『聖女』です。神に仕える者として、ルーファ様に同行し、お世話し、共に戦う事に異論などあるはずもありません。もっとも、共に戦うというよりも、補助に徹する事にはなってしまいますが……」
そもそも『聖女』となるには、先天的に光の属性に関する魔法――回復魔法や、不浄なる存在に対する光の魔法――に対する素質と、それらを十全に扱える魔力が求められるのだ。
世界の『歪み』として生み出された魔族などにも有効であるし、そういった意味ではエーティアは魔族にとっては天敵であると言えなくもない。
前線で戦えずとも、補助に徹するという意味では心強いはずの味方と言っても過言ではないだろう。
「わたしも、戦うって決めたから」
この一ヶ月、ルーファという圧倒的な実力者に引き上げられるように鍛え続けてきたノエルもまた、その実力はかつてアゼルと対峙した時に比べても圧倒的に実力が向上している。エーティアもまた、ノエルの回復を請け負ったりと、この一ヶ月はこの三人で行動を共にする事が多かった。
それだけではなく今のノエルとエーティアは、ルーファと共に在るが故に、神々の加護が強化されている節もあった。
それらを鑑みれば、魔族と戦う上で、総合的に判断しても二人の力は大きな力となるのは間違いなかった。
――もっとも、それはルーファ以外の者達にとっては、という注釈がつく事になるが。
「……魔王アゼルは、きっとボクと同等か、下手をすればボクよりも強いはずだよ。ハッキリ言って、キミ達の実力じゃ届かない」
「届かなくとも、その魔王に届くまでの道で露払いできるのならば、わたくし達が動く意味があるというものです」
「うん。わたしも、ルーファが魔王を倒してくれるなら、それでいい」
そこまで言われてしまっては、ルーファには何も言えなかった。
確かに、すでにアゼルは独りではない。
魔王軍はもちろん、アゼルに忠誠を誓う有力な魔族達の存在もあれば、かつての『災厄の魔王』ジヴォーグと同等程度のところまで力を引き上げつつある、『歪み』によって生み出された少女――サリュという存在すら手に入れている。
そういった意味でも、『魔王計画』を実行するべく高位の肉体を与えたという事が、ここにきて裏目に出てしまっていると言っても過言ではない。いくらルーファの肉体が、それを上回る水準で作られた義体であるとは言え、その限界値はアゼルとそう大差ないのだから。
そういう意味でも、二人の実力ならば道を切り開けるかもしれないというのは、正しい判断である。
もちろん、そこに余裕があるかどうかと訊ねられれば、「死に物狂いでどうにか」といったところが関の山であるという非情な現実もあるのだが。
しかし、ルーファとしては、これ以上の無意味な犠牲を減らしたいところでもある。
アゼルを説得し、魔王として残すのであれば、必然的に人族を殺さなければ殺さないだけ都合がいいというのは確かなのだ。もちろん、そういった人族側の思いを汲むという意味でも、ルーファとて魔族側をかなり屠るつもりではあるのだが。
幸か不幸か、人族を攻める魔族は血気盛んな、それこそ殺しを愉しむような危険な者ばかりが集まっている。それらを殺す事に、なんら躊躇する必要などないだろう。
だからこそ、人族を同行させるつもりはなかったのだ。
旗頭となり、人族を率いて戦うぐらいならば、いっそ独りで戦った方が色々と都合が良かったのだから。
そこまで考えて――しかしルーファは魔王の陣営を思い返す。
夢魔族の巫女にして、アゼルの側近でもあるネフェリア。
かの災厄の右腕、悪魔公爵ゾルディアと、牛魔の狂戦士バロム。
その他にも『
どれも魔王アゼルの側近として相応しい実力を持つ者ばかりであり、同時に人族とは隔絶した力を持つとされている者らではあるが――当然ながらに魔王軍はそれだけではない。
獣魔を率いるランと、鬼の一族の長であるガダ。イレイアの側近であるアルマはもちろん、名のある魔族は他にもいる。そして蜘蛛魔族の女王、ヴェルファータも忘れてしまっていい相手ではない。
それら錚々たる顔触れを前にして、一対一ならばともかく、囲まれてしまっては――さすがにルーファとて、容易く切り抜けられるとは言い難いのもまた事実である。
そんな魔王の陣営と渡り合える程の実力者であるのなら、わざわざ無下にする必要もないのではないか。
余程の事でもない限り、同行者を守ってやる事もできる。
さすがに相手がアゼルではそうも言ってはいられないだろうが、それを差し引いても魔族の幹部程度ならば、どうにかなるだろう、とも。
とは言え、少なくとも自分がアゼルと対峙する為にも、相応の実力者――それも人族としては抜きん出ている程度の実力者がいなければ、話にならないというのが本音である。
そういった意味では、ルーファにとってエーティアとノエルの二人というのは、条件的には最低限のラインをクリアしていると言えなくもない。
そう考えてみれば、これは決して悪い話ではなかった。
もしもアゼルが止まらない時、自分が新たな『魔王』となったとして、その時に人族側に英雄がいてくれるのであれば。まして、その英雄を、自分がある程度は守り、育ててしまえたのなら、それはそれで戦いの後で、互いに妥協点を探り易くなるかもしれない、という打算もある。
「……もしも死んでしまう事になっても、構わない、と?」
「構いません。もちろん、その時は魔王を道連れにするつもりですが」
「わたしも、仇さえ討てるなら」
味方がいてくれるのであれば、それに越した事はない。
二人のまっすぐと向けられた視線を受け止めながら、ルーファは困ったように頬を掻いてから一つため息を零した。
「ハッキリ言えば、キミ達はまだまだ力不足だよ」
突き付けられる言葉は、厳しいもの。
言葉を失くして俯くノエルとエーティアの二人には目もくれず、ルーファは「だから――」と続けた。
「ボクについて来ると言うのなら、それ相応の努力をしてもらう事にもなるし、厳しい戦いになる事を覚悟しておいてほしい。それができるというのなら、ボクに否やはないよ」
「そ、それじゃあ……!」
「わたくし達も連れて行っていただけるのですね?」
爛々と瞳を輝かせるノエルとエーティアの視線に、なんとなく気恥ずかしさとでも言うべきか、所在ない気分を味わいながらもルーファが頷けば、二人はわっと声をあげてお互いに手を取り合った。
この一ヶ月の間にずいぶんと仲良くなったものだと感心するルーファが頬を綻ばせていると、待合室の扉がノックされた。
「お待たせ致しました。それでは、ご案内させていただきます」
使用人に呼び出され、三人はパーティー会場へと足を運んだ。
アールスハイド神聖国は、アディストリア大陸内でもリッツバード王国やエルセラバルド帝国などの大国に比べ、領土はそう広くない。
それでも周辺の主要国の中心地に位置しているという立地もあり、また光神教という世界最大宗派の総本山である事も相俟って、周辺国も無視できない存在だ。
そんなアールスハイド神聖国の大聖堂に設けられた会場は、国王の名代として名のある大貴族や、近隣国からは国王自ら出向いてきている。当然ながら、それらに付随して腕利きの護衛などが集まっていた。
続々と会場入りを果たす者達の名を読み上げる係の者が、一人の名を口にした。
「――エルセラバルド帝国より、イザベラ・エル・エルセラバルド皇帝陛下!」
すでに会場にいた者達からはざわめきが生まれ、必然的に入り口から入ってきた艶やかな赤い髪を靡かせたイザベラへ、注目が集まる。
多くの貴族らが驚くのも無理はない。
何せエルセラバルド帝国の女帝イザベラは、今までにこういった催しには名代を参加させるばかりで、本人が自ら足を運ぶような事もなかった。
それは『人族同盟』への参加を表明した時も同じであり、表舞台に自ら足を運ぶ事もない。
美女であるという噂こそ流れてはいるものの、「『
本来ならば美女だと噂されようものなら、必然的に評価は厳しくなる。事前評価の高さに比べてしまうのが、人の性というものではあるのだが――しかしイザベラの容姿に関して言えば、それはなかった。
男好きのする肢体を惜しげもなく晒すような、豊満な胸元を見せつけるような黒いドレス。切れ長の瞳は楽しげに細められており、周囲の者から集まってきた視線には一切臆する様子も見えない。
こうしたパーティーに参加する以上、男性なら女性を、女性なら男性をエスコート役に連れ歩くのが主流であるはずが、イザベラはお供の使用人――アイラを連れているだけであり、護衛すら近くに連れていない。
「これはこれは、イザベラ陛下。ようこそおいでくださりました」
「先代の『聖女』、グロリア殿ではないか。今日は世話になる」
此度のパーティーを仕切る、アールスハイド神聖国枢機卿団の一人。
先代の『聖女』の役割を果たしていた、淡い金色の髪を揺らす女性――グロリア・アナスタシオがイザベラへと声をかければ、イザベラは薄い笑みを貼り付けたままグロリアへと短く挨拶を交わす。
――狂王イザベラ。
その名ばかりが周辺国に知れ渡っているためか、必然的にイザベラとグロリアの周囲には人集りが出来上がり、イザベラの一挙手一投足を見逃すまいと目が向けられる。
それを受け取りながらも、イザベラはちらりと周囲を一瞥するなりくつくつと込み上がる笑いに肩を揺らした。
「いかがなさいました?」
「なに、ずいぶんと無遠慮な目を向けられるものだ、とな。まるで腐肉を漁る野鳥のようだ、とでも言うべきかな。これだから、どうにもこういう場は好かんのだ」
早速とばかりに痛烈な皮肉を口にするイザベラに、周囲の者達は顔を顰め、グロリアもまた思わず笑みを引き攣らせた。
実際のところ、周辺にいるのはイザベラの失言や問題発言を取り沙汰し、国同士での交渉事に使おうとしている者。或いは未だ独身であるイザベラの容姿を見て、あわよくば夫となる男を紹介して帝国の実権を握るか、もしくはおこぼれに与ろうという下心を持つ者ばかりだ。
それらを、獲物が倒れる瞬間を待って空を飛ぶ野鳥のようだと揶揄してみせたイザベラ。その一言に激昂して反論しようにも、そんな真似をしようものならば、逆にイザベラに揚げ足を取られ、攻撃する隙を与えかねない。
思わず言葉を失うグロリアと周囲の者の間に奇妙な沈黙が流れつつある中、助け舟は予想外な人物から齎された。
「陛下、言葉が過ぎます」
「ふむ。すまぬな、グロリア殿。幾分、こういった場は苦手でな。妾に関わって気を悪くする者も多かろう。妾にとっても、相手にとってもそれは面白くなかろう。せいぜい妾には構わぬよう、注意でもしておいてやってくれ」
――それが狙いか。
周囲の者に痛烈に釘を刺しつつも、主催者側である自分を通して、言下に「有象無象を近づいてこさせるな」と釘を刺す為だけの一芝居であったようだとグロリアは悟る。
使用人風情、と称されるはずの従者であるアイラが堂々と諫言を口にし、それを受け止めてみせるのは、これが演技だったからこそできたのだろうとも。
しかしそれは思い違いである。
そもそもイザベラとアイラはこうしたやり取りが常であるのだが、グロリアや周囲の者達はものの見事に騙されてしまったようだ。
現在の『人族同盟』は、エルセラバルドが提供している〈アルヴァ〉にずいぶんと助けられている一面もある。そんな状況で、イザベラの機嫌を損ねる訳にはいかない。
そうした背景も鑑みた上で、そうまで言われてしまっては下手にこの場に引き留める訳にもいかない。
グロリアは内心では盛大にため息を吐きつつも、引き攣った笑みを元の柔らかなものへと戻して、短く答えた。
「畏まりましたわ」
「手間をかける」
シャンパンを手に取るなり、壁の花に徹する――否、いっそ傍観者としてこの場を見届けてやろうとでも言わんばかりにさっさと歩き去っていくイザベラに、グロリアは今度こそ胸の内だけではなく、見えないように思わずため息を零したのであった。
「よろしかったのですか?」
「なに、構わん。妾が会いたいのは『真なる勇者』だけだ。他の有象無象に愛想を振ってやる義理などなかろう」
歯に衣着せず、周囲にまだ人がいるというにも拘らず、堂々と告げるイザベラ。
そんな彼女が見つめる先――舞台の上に、教皇マルレーナが姿を現したのは、それから間もなくの事であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます