1-8 夜明けの大陸
魔王城の移築を兼ねた改良計画とでも言うべき、アゼルを発起人としたこの計画はヴェクターとの戦いの翌日からすでに動き始めていた。
ネフェリアら夢魔の一族が陣頭指揮を執り、高所での作業はベルファータら
そんな様子を、城の尖塔上部の縁に腰掛け足をぷらぷらと揺らしながら、サリュはぼーっと眺めていた。
快晴の空の下で高い場所にいる物憂げな少女と言えば画になりそうなものであるが、いかんせん居場所が居場所である。とは言え、アゼルがこの姿を見れば、サリュらしさが十二分に表れていると苦笑を浮かべるであろうが、それはさて置き。
「……つまんなぁい」
せっかくアゼルという愛しき主人を手に入れたというのに、命を刈り取らせてもらえない。それ以外の物事にはあまり興味を示せないサリュは、まさにこの数日を退屈に塗り潰された気分で過ごしていた。
ヴェクターとの戦いは、満足しても良いものであった。
アゼルがヴェクターに塩を送るようにサリュの奇襲に助言を投げるといった不満要素もあるにはあったが、アゼルの膨大な魔力を流し込まれ、強烈な一撃を放つというのはサリュにとっての破壊衝動とでも言うべき欲求が大いに満たされてくれたものであった。
人化した姿はまだ十歳前後といった少女の姿であるサリュだが、ついつい回想するだけで妖艶さすら思わせるような恍惚とした表情を浮かべてしまう程に、サリュにとっては強い快楽を覚えたようである。
だが、この数日アゼルは城の建築に世界情勢の情報の収集をと、ネフェリア率いる夢魔族を通して頭に叩き込んでいるため、戦闘訓練といったものを一切していない。もっとも、そもそも相手になる存在がいないと言うのが実情と言うべきだろうが、それはさて置き。
アゼルの力はヴェクターとの戦いを見物していた多くの魔族に知れ渡り、それは水面に波紋が広がるように、ありとあらゆる魔族達へと伝わりつつある。
この数日で合流し、魔王アゼル率いる傘下に加わった部族はそれなりの数に及んでこそいるものの、未だに魔大陸全域の魔族がアゼルに従うと意を決しているわけではないようだ。
今も遠巻きに魔王城を見つめる者の気配に気付きつつも、サリュはそんな無粋な真似をしてくる輩ですら、無闇に斬り捨てたりはしないようにと釘を差されてしまっているため、鬱憤は溜まる一方である。頬を膨らませて不機嫌さを表に出しつつも、何もできない歯痒さに顔を顰めていた。
「こんな所におったのか、サリュ殿」
ふと、何者かに陽光を遮られながらかけられた声に、サリュは特に驚く様子もなく声の主を見上げた。
尖塔の上部から陽光の逆光によって顔はしっかりと見えないものの、その声はこの数日で何度となく聞いた事のある声だ。サリュも特に剣呑な空気も出さずに、声の主を一瞥するなり再び視線を戻して嘆息した。
「なぁに、ゾルディア」
「陛下がサリュ殿を探しておられた。どうやら、身体がなまってしまわぬように軽く訓練をなさるおつもりのようだ。早く戻らねば、他の武器で間に合わせてしまうやもしれぬぞ」
「それはダメ。アゼルはわたしの相棒だもの、他の武器なんて許さないわ。――ありがと、ゾルディア」
短く感謝を告げて、サリュが具現化していた少女の身体を黒い霧と変えて、アゼルがいるであろう執務室へと空を渡っていく姿を見送りつつ、ゾルディアは尖塔の上から魔王城を見下ろしながらも、かつての栄光と屈辱に思いを馳せた。
魔王ジヴォーグ亡き後、力ある者は次代の魔王は自分だと名乗り、時には人族に攻め入っては討ち取られ、そうして徐々に数を減らした。
良くも悪くも実力主義といった面が強く出る魔族は、それぞれの長所や短所といったものを補い合うという感覚は持たない。水棲の魔族は当然のように自らの縄張りを築き上げ、森を好む魔族は魔大陸の奥深くへと姿を消し、
圧倒的な力を持った、魔族を率いる魔王を討ち倒した神の尖兵――勇者と、それに続けとばかりにハイエナのように魔族を討ち滅ぼそうと集まってきた人族。
最期の瞬間まで同胞を守ろうと命を懸けた友が、赫空の下に立ったまま息を引き取った姿に慟哭したのも、まるで昨日の事のような気さえする。何もかもが、悪い方向へと転がるかのような、以来続いてきたつい数日前まで――それこそ暗黒の時代とでも言うべき永い時。
しかし数日前、空が割れ、ジヴォーグが生きていた頃のように再び青空がこの大地を包み、陽光が照らしたあの日から、新たな時代の脈動というものを感じていた。
――今代の魔王は本物だ。
先日のヴェクターとの戦いによって、自らの胸の内に感じていた新たな時代の息吹を確信へと変えたゾルディアは、今ではアゼルの下で各魔族との橋渡し役を自ら買って出た。そういった者達を呼び戻し、再び魔族の栄光を取り戻すという夢が、今のゾルディアの原動力となっていると言っても過言ではない。
「――さて、我にもできる事をせねば、な」
どこか空虚な、諦念にも似た生きながらにして腐るような日々とは全く異なる、まさに晴天の空のような明るい気持ちに、ゾルディアはふっと僅かに弾んだ様子で呟いて、空へと飛び上がった。
ゾルディアが向かったのは、まさに先述された通りに魔大陸の海へと続く地下水路を持った巨大な湖を縄張りとする海魔の一族――セイレーンの元だ。魔大陸の外は〈霧啼きの海〉と呼ばれる、陽光さえもを遮る程の深く暗い霧が広がっているため、セイレーンはこの場所をあまり離れようとはしない。
そのため、この場所へとやってくれば、必ずセイレーンがいるだろうと踏んでいたのだが――――湖畔へと着地したゾルディアは、予想外の光景に思わず眉を動かした。
「……どうなっているのだ?」
屈強な船乗りを海の底へと誘う、蠱惑的な歌声も聴こえてこない。まさに静寂を湛えた湖の光景には、些事には動じないゾルディアをして声を漏らす程度には珍しい光景であった。
住処を移動したというわけでもないだろうと推察できる程度にまだ新しい魔獣の骨が転がっている。まるで何かが起こって、総出でその確認を取りに急遽家を空けたような、慌ただしくこの場を後にしたような有様ではあるのだが、かと言って争いの形跡があるようにも見受けられない。
ふと、湖畔へと歩み寄っていくゾルディアの気配に気が付いたのか、湖から一人のセイレーンが顔を出し、ゾルディアの元へと近づいてきた。
「これはこれは、ゾルディア卿ではありませんか」
濡れて纏まった金色の髪をそのまま後ろへと流し、成熟されたばかりの色香を纏う、セイレーンの次代の長――アメレイア。妖艶さを醸し出す笑みに鈴を転がすような美しい音色の声で挨拶をしてみせると、ゆっくりとゾルディアの立つ湖畔へと近づいて行く。
「急な訪問ですまぬ。――して、何かあったのか?」
「あら、ゾルディア卿ですらご存知なかったとは、驚きました」
素直に驚いた様子で目を丸くするアメレイアは、思わず口を突いて出た言葉が侮りの一言に聞こえかねない物言いであった事に気付くなり「申し訳ありません」とゆったりと頭を下げてから、事の発端を切り出した。
「赫空が割れたあの翌日から、この湖はこの有様なのです」
「何か困り事でも?」
「フフッ、そうですわね。困り事と言えば困り事、でしょうか。ゾルディア卿、魔大陸の外を、ご覧になられましたか?」
「魔大陸の外? 深い霧が出ているのではないか?」
「えぇ、その通りでございました。ですが、赫空が割れたあの日以来、どうにも〈霧啼きの海〉はすっかり晴れてしまったようでして……」
アメレイア曰く。
魔族であるセイレーンもまた食事は必要不可欠というわけではないが、狭い環境に生きる彼女達にとって、魚や魔獣を食するのは一種の趣味として定着している節がある。いくらこの湖は地下の水路を通して海とは繋がっているとは言え、やはり海から迷い込むのを待っているばかりでは到底足りない。そのため、彼女らは時折海まで魚を漁りに向かうのである。
「――赫空が割れ、空に海が広がるように青が広がって、ほんの一日程経った頃でしょうか。若い娘が外の海へと魚を取りに行ったのです」
深い霧に陽光が遮られ、分厚い霧の中は光が乱反射したかのように真っ白に染まる。魔大陸の外はこの〈霧啼きの海〉によって守られる形となったが故に、魔王不在のこの三〇〇年、散り散りになったままでも外からの侵入を防げていた。
――しかし今、これまで続いた静寂は破られようとしているのではないか。
ゾルディアはそう思わずにはいられなかった。
魔王アゼル。
初代魔王ジヴォーグと同等――否、それ以上の力すら持っている魔王と、かつて崇めた王と同質の力を内包しているサリュ。
二人がこの世界に姿を現した途端、まるで世界が、神がその存在を世界に知らしめようとしているかのように、魔大陸を覆っていた赫空が割れ、〈霧啼きの海〉が晴れたのだ。
「……世界は、陛下を待っていた、とでも言うつもりか……?」
誰に問うでもない馬鹿げた自問自答。しかしゾルディアは一笑に付してしまう事はできなかった。魔王、延いては魔族の存在は、神々にとっても頭痛の種と呼ぶべき存在である事をゾルディアは理解している。だからこその、勇者が生まれたのだから。
「時に、セイレーンは〈霧啼きの海〉なき今、海を住処にしているのか?」
「いえ、そうではありません。海はあまりに広く、未知が溢れております。とは言え、私達も興味がない訳ではありませんので……」
要するに、興味を持ったセイレーン達が挙って海へと出てみたりと、自由に過ごせる居場所が増えたからこそ少々羽根を伸ばしている、といったところのようで、ゾルディアはふっと小さく笑みを零した。
「アメレイア。今代の陛下の噂は聞いているか?」
「いえ、詳しい事は。水の精霊から新たな魔王が誕生した、とは聞いておりますが、久しくそのような話は耳にしておりませんでしたので、少しは驚いたものです。ですが……」
この三〇〇年の間に、一体何度、魔王が生まれ、討たれただろうか。
それを思うと、アメレイアが精霊の言葉を素直に鵜呑みするはずもないのは道理である。
故にゾルディアは、告げる。
「ふむ。ならば、こう言えばどうであろうか。――我が、今代の陛下は真の魔王であると認めておる」
先代にして初代、最強にして最恐の魔王であったジヴォーグの右腕ゾルディアが放つ言葉の意味。ただこれだけの短い言葉であって、これ程までの魔王としての器の証明は他にないだろう。アメレイアは思わず口元に手を当てながら、目を丸くした。
「……本物――で、あると?」
「その通りだ。今代の魔王陛下は、かつてのジヴォーグ様に勝る絶対的な力を持つ、真なる魔王陛下であらせられる。恐らく、我程度では片手間に消されかねない程に、あの御方は圧倒的だ――」
ヴェクターとの戦いの中で、ゾルディアは驚愕しつつも冷静にアゼルの力を見極めようとして――挫折を味わった。
大地からは山の頂きは見えない。ましてやその頂きに分厚い雲がかかっていれば、全容を掴む事さえままならない。
それが、ゾルディアから見たアゼルという存在だった。
妄信など、魔族には存在しない。ただただ純粋に、力があれば敬意を払われ、なければ淘汰される。もしもアゼルが形だけの魔王であったなら、早晩アゼルの命は他の魔族にあっさりと刈り取られていてもおかしくはない。
だが――すでにアゼルを魔王として、夢魔族が認め、サリュが慕っている。あの〈道化〉の名が相応しいアラバドでさえ、悲願であった本物の魔王の登場には柄にもなく本気で笑顔を浮かべていた。子を守るためならば何が相手であろうと牙を突き立てるであろう
ランが率いる獣魔族も、ガダの率いる鬼の一族も。そして、ヴェクターとの戦いに魅せられた魔族が、今や魔王城に自らの意志によって集結しつつあるのだ。
渦巻く憎悪をそのまま具現化したような存在であったジヴォーグは、自らが生み出した魔族を仲間としてではなく、あくまでも手駒に過ぎない存在のように扱ったものであった。それでも付き従ったのは、やはりジヴォーグこそが魔族の父であり、圧倒的な力を有する魔王であったからだ。
だが、アゼルは違う。
己の力に酔い痴れるでもなく、偉ぶらず、驕らず、私利私欲の為だけに魔族を支配しようとするでもない。
ヴェクターとの戦いを終えた後、ネフェリアに連れられて魔王城へとやってきたゾルディアは、対峙したアゼルに言われたのだ。
――「先代魔王がどんな存在だったのかは、リリイからも聞いている。だから予め言っておくが、俺はジヴォーグとは違う。魔族を無理矢理従属させる気もなければ、世界を掌握したいわけでもない。目的についてはいずれ語るつもりだが、ともあれ仲間になると言うのであれば守りもしよう。だが、敵対するなら潰す」と。
絶対的な力を持つアゼルだからこそ許される、単純明快な、それでいて冷淡とも云える在り方。そんな己の在り方を貫く姿には、いっそカリスマ性すら感じさせるだけの魅力が垣間見えた。
「――アメレイアよ。ようやくだ。ようやく、魔大陸を覆っていた永い夜が明けたのだ。本物の王が帰還し、空が晴れ、海が開いた。我ら魔族の時代が今一度始まろうとしている」
かつて、支えるべき主を勇者という名の化物によって奪われた悪夢を、二度と繰り返すつもりはない。その為ならば、ゾルディアは手段を選ぶつもりはない。
アゼルは己の下に降る者を待つつもりのようだが、待ちの姿勢ばかりでは増長する魔族だって出てくる可能性もある。そう考えて、ゾルディアは魔族を統一するべく、こうして着実に交渉に当たりながら、魔族を徐々に集めようとしているのであった。
一方、身体が持つポテンシャルがなまるような事などないはずのアゼルは、建設中の城とは反対側にあたる、リリイの庭園近くで立っていた。
「アゼル、他の武器なんて持ってないよね?」
「当たり前だ。お前以外を使うつもりはないからな」
空からやってきた黒い瘴気が人の形を成し、姿を見せたサリュがアゼルの一言に花開いた笑みを浮かべて嬉しそうに駆け寄り、抱きついた。あまり構ってやれなかったと思う節はあるのか、アゼルもそんなサリュの頭を軽く撫でてやると、しばらくはやりたいようにやらせると、「始めるぞ」と短く告げてサリュを大鎌の姿へと変えさせた。
手に馴染む大鎌を振るい、誰を相手にするでもない型の稽古。つい先日ヴェクターとの戦いの際に培った戦闘時の扱い方は、すでにアゼルの身体に染み付いているようで、アゼルは舞うように大鎌を振るいながら、想像上のヴェクターを相手にイメージを膨らませていく。
魔力を大鎌へと流し込めば、歓喜に沸いたように赤黒い魔力が立ち込め、振るった大鎌の軌跡を彩る。アゼルの身体能力と動きの華麗さに、庭園の水樹からアゼルの訓練する様を眺めていたリリイも、思わず見惚れてしまうような幻想的な光景が広がっていた。
その最中であっても、アゼルは真剣に身体を動かしつつも、改めてこの数日で得た情報を頭の中で整理していた。
魔王城の建設に慌ただしい日々を送るネフェリアらとは裏腹に、アゼルは謂わばお勉強に時間を費やしているが、夢魔族の〈翼〉と呼ばれる者達が集めてきた情報によれば、やはり世界はアゼルがこの世界に喚ばれた際に耳にした通り、国家間の戦争や小競り合いが続いているようだ。
魔王としてこの世界に生み出された己の存在を知らしめるには、やはり大きな事件が必要になるだろう。その手段として一番手っ取り早いのは、やはり近隣諸国に魔族の軍勢を率いて攻め入り国を滅ぼしてしまうような、苛烈な手段が好ましいだろう、というのがアゼルの見解であった。
しかし、思わぬ所からそれを禁じられてしまったのである。
《――前にも言ったけれど、国を滅ぼすのは、あまり良くはないかな。支配するならまだしも、滅ぼすともなれば、神々だって許容できなくなってしまうかもしれないよ》
アゼルの思考を覗き込んででもいたのか、もう一人――否、一柱の共犯者である亜神。かの少女から突如として改めて告げられたその言葉に、アゼルは思わず動きを止めると、一つ嘆息した。
「覗いていたのか?」
《おっと、気を悪くしたかな?》
「いいや、構わない。それにしても面倒だな。魔王を知らしめるのなら、それぐらいの事件を引き起こしてしまった方が手っ取り早いと思うんだが」
《ふふふ、ボクのアゼルはなかなか苛烈だね。でも、魔王とは云ってもキミは神の使者でもあるんだ。あまり世界を乱し過ぎるのは、神々の意思に反する可能性があるからね》
「なら、どうすればいいんだ――ルーファ」
《……ふふふっ! うん、いいね、名前があるっていうのは。そう、ボクはルーファ。ちゃんと約束を守ってくれて嬉しいよ、アゼル》
稽古が終わったと判断して、再び人の姿へと戻ったサリュの頭を労いの意味も込めて撫でながら、アゼルは亜神の少女――ルーファとの約束を思い出していた。
サリュの存在を改変した際、ルーファがアゼルに一つのお願いをした。それは、名もなき亜神である自分にも、アゼルが相応しいと思う名前を与えてくれといったものであった。
アゼルがアザゼルという堕天使から名を取ったように、サリュには命を刈り取るサリエルの名を。そうなれば、神々によって創られた亜神とも言うべき存在は、やはりルシファーに行き当たる。美男子とは裏を返せば中性的とも取れるため、どこか少年のような口調であり、神々によって創られた神に次ぐ存在という出自も相俟って、ルシファーから取ったルーファという名は亜神の少女には相応しいと思えるものであった。
もっとも、男性的な名前のイメージが強いため、サリュと同様に少々手を加えたような名前にはなったのだが、ともあれルーファはこの名を気に入っているらしく、その名で呼ぶ度にころころと笑って嬉しそうに笑うため、名付けたアゼルとしては少々気恥ずかしいような気分になったりもする。
《――心配はいらないよ。世界はすでに、キミという予定された混沌の主を送り込んだその瞬間から、徐々に動いているのだから》
――ほら、ご覧よ。
ルーファに言われてふと周囲に視線を送れば、ちょうど空からゾルディアがこちらへと向かって飛んできている姿がアゼルの目に映った。
家族の時間とでも言うべきルーファとアゼルと自分の時間を邪魔されたのが気に障ったのか、すっと目を細めたサリュの頭を撫でて落ち着かせながら、目の前に着地したゾルディアが胸元に手を置いて膝をつく姿に、また一つ嘆息した。
「ゾルディア、そういうのはよしてくれと言ったはずだ。俺は別に敬われたいなんて思っちゃいない」
「陛下はそれで良くとも、他の者に示しがつきません」
「ここにいるのは俺とサリュだけだ、気にするな。いいから立て。――それで、何かあったのか?」
基本的には夜になるまで、ゾルディアもまた個人行動をさせている。報告するべき事態がなければ、わざわざ自分に律儀に情報を渡す必要はないとアゼルは言っているのだが、毎晩ゾルディアは魔大陸に棲まう何処其処の魔族を傘下に加えただのと報告してくるのだ。
そんなゾルディアが、まだ陽も高い内からアゼルの元へとやってきた。何か理由があるのだろうと察したアゼルが問いかけると、ゾルディアは言われた通りに立ち上がり、こくりと頷いた。
「――魔大陸の外より、巨大な船が数隻こちらへ向かっております。偵察に協力してくれたセイレーンの情報から察するに、恐らくはこの大陸を侵略しにきたものかと思われます」
ルーファが得意げに笑いながら、「ほらね?」と口にする声を耳にしながら、アゼルは――獰猛な笑みを浮かべた。
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