0-3 賽が投げられた日
夢魔族の長でもあり、魔王の巫女。
そして同時に、エニスとレナンの姉でもあるネフェリアの声に、ようやくエニスとレナンが「し、失礼致します!」と強張った声をあげて歩き出す。
そんな二人の動きにベルファータもまたようやく我に返り、二人に追従して中へと進んでいく。
立場も種族も違った三人であったが、胸に抱いた感想は一様であった。
進めば進むほどに、アゼルに近づけば近づくほどに、すぐにでも頭を垂れてしまいたくなるような重圧を感じる。
たかが数十メートル程度の歩みすら、まだ先があるのかと蜃気楼の先を眺めているかのように遠く思えてならなかった。
無言で見つめている魔王の視線は、一体何を思い、何を感じているのかと考えるだけで、底知れない恐怖を感じる。
やがて玉座の前にある数段の階段の前でぴたりと足を止めると、エニスとレナンは即座に片膝を突いて頭を垂れ、下半身が蜘蛛であるベルファータも四対の歩脚を広げ、頭を垂れた。
重苦しい沈黙の中、魔王の言葉を待つ三人。
そんな三人を見下ろして、当のアゼルは――顔を引き攣らせていた。
(ちょっと待ってくれ……。頭を下げるとかそういうのって、ネフェリアだけの崇拝が原因じゃないのか……。というかこの場合、また頭をあげてくれとか言わなきゃいけないのか? ネフェリアも何か言ってやって――って、なんでドヤ顔してんの)
アゼルが心の声を押し殺し、困惑のままにネフェリアを見れば、そこにはまさしく「ドヤ顔」のネフェリアの姿が目に映る。
虎の威を借る狐、とまでは言わないが、ネフェリアの浮かべるその得意気な表情はネフェリアの功績に依るものではないのだが、崇拝する主が認められたのは嬉しいのである。
使い物にならなくなったネフェリアを放って、アゼルは沈黙を破った。
「ネフェリアにも言ったけど、そうやって畏まれるのは苦手なんだ。顔をあげてくれないかな?」
「へ、陛下……! そのようなお言葉は……!」
「気を遣う必要はないだろ? 魔族は俺にとっても家族みたいなものだからね」
「……そう言われては、何も言い返せなくなってしまうではありませんか……。はぁ。あなた達、顔をあげて」
不本意ではあるものの、ネフェリアもアゼルの言葉は嬉しいものであったのか、諦念めいたため息を吐いて三人へと顔をあげるように促した。
姉であるネフェリアの態度から、それは決して出方を見極めるようなものではなく本心であると察したエニスとレナンはゆっくりと顔をあげ、ベルファータもまたそれに倣うようにアゼルを見やる。
決して軽んじるつもりはないが、ベルファータがアゼルに抱いた印象は、優しげな青年といったものであった。
ネフェリアにそれぞれを紹介され、興奮混じりに喜びを告げるレナンとエニスを眺めて苦笑する姿は、最初に感じていた魔王の風格とはどこかかけ離れているようにすら思えてならない。
良く言えば親しみの持てる、悪く言えばどこか頼りないといった印象ではあるものの、決してマイナスの評価を抱く理由にはならなかった。
そうして心の中でアゼルの評価を纏めていると、ふとアゼルの視線がベルファータへと向けられた。
「――ベルファータ。意外、とでも言いたそうだね?」
アゼルにそう声をかけられ、心の中を見透かされて指摘されたような気がして、ベルファータは目を丸くする。
咎めるような声ではなく、ただ単純に見破られただけのものであると感じたベルファータは答えに窮した。
ここまでの会話やその流れから、魔王――アゼルは少々の事で目くじらを立てて暴れるような性格をしていないという点は確かに窺える。
だが、この圧倒的なまでの強者の気配や、物言いだけは柔らかいもののどこか感情が篭もっていないようにも聞こえる口調は、下手な言葉を口にした途端に牙を剥いてきそうな、そんな危うさのようなものがアゼルには介在しているように思えてならなかった。
僅かな逡巡から、すっとベルファータは深く深呼吸すると、ようやく自分らしさを取り戻したのか、嫌な汗を感じながらも、何かを決意したかのような表情でアゼルを見つめ、口を開く。
「――意外、と言えば意外かもしれませぬ。何より意外と思ったのは、夢魔族ともあろう者が、陛下の気易い態度を見て嘆息して受け入れるという姿を見た点について、ではありますが」
不遜な物言いでネフェリアをちらりと見つめながら、ベルファータは内心では恐怖しつつも藪を突くように言葉を発する。
無礼、不遜。
まさに自分がやっていることはそれなのだとベルファータは理解している。このような態度では消されても文句など言えるはずもない。
もしも自分を消すというなら、アゼルの人となりを察するに、自分の束ねてきた子らについては助命を願えば受け入れてくれるだろうと確信するには十分だ。
そこまで覚悟して問いかけた言葉はしかし、予想外の反応によって返答されることとなった。
一瞬にして怒気に魔力を膨れさせるネフェリアと、目の前にいたレナンとエニスの変化は顕著であったが、アゼルはいっそくすりと小さく笑ってみせたのだ。
ベルファータは思わず目を瞠った。
「そう言わないでもらいたい。ネフェリアには俺がそういうヤツだってことで、無理を言って納得してもらってるからね。気にしなくていいよ。ネフェリア、それにそっちの二人もね。ベルファータ――キミが俺の出方を見極めようと敢えて挑発するような物言いをするのも、分からなくはないからね」
「……して、その御心はどのような判断を?」
「別にいいんじゃない?」
「……は?」
「ネフェリアは納得しないかもしれないけれど、突然現れた魔王に対して、何も疑わずに恭順を示す者ばかりじゃないって事ぐらい想像はつくからね。命を賭けてまで器を知ろうとする気概を買う、と偉そうな事を口にしたいわけじゃないけど、それだけ一族を大事に思っているのだということは伝わったからね」
ネフェリアが言う通り、魔王として魔族を従える――謂わば『存在の格』とやらがあるのはアゼルも理解したが、それはアゼルの身体を作った神によって与えられたもの。決してアゼル自身を見て判断しているとは思えなかった。
アゼル自身、ネフェリアに不信感を抱いているわけではないのだが、少なくとも盲目的に全てが従うような真似をされるのは御免被りたいところである。
ベルファータにとっては軽々しい態度に思えるかもしれないが、アゼルにとってみれば、ベルファータの判断はそういう意味では好ましいものであったのだ。
だからこそ、アゼルは笑みを浮かべながら続けた。
「逆に聞かせてもらいたい。ベルファータ、キミは俺に恭順を示すかい? 一応言っておくけれど、もしも恭順の意を示さないとしても、俺はキミ達を襲うような真似はしないし、ネフェリア達にもそれをさせるつもりはない」
「様子見でも構わない、と?」
「あぁ、もちろん。アラクネの長であるキミにも背負うものがあるのだから、慎重であることを責めるつもりはない。ただし――」
アゼルが一度言葉を区切ると同時に、その場には息苦しい程の重圧が支配し、アゼルの瞳に冷たく鋭い光が宿った。
「――敵対するというのなら、潰す事になる」
ベルファータだけではない。ネフェリアも、レナンもエニスも、アゼルが放つ重圧があくまでも力の片鱗であると理解しつつも、その片鱗を僅かに向けられただけで息が止まり、身体がガクガクと震わせていた。
アゼルは思う。
自分は確かに魔王であるのだ、と。
ならば、不穏分子を放っておくつもりなどない。
実行するだけの力を自分が持っていると理解している。
その力を振るわずに魔族を味方につけ、世界を相手にするのであれば、多少の脅しも手持ちのカードの一つでしかないと。
同時に、確信する。
自分は確かに元日本人であったのかもしれないが、今の自分はどこまでも――魔王アゼルなのだと。
恐怖に縛り付けられ、鋭利な死神の鎌が喉元を撫ぜているような重圧を感じて言葉を失った四人に気づかず、アゼルは続けた。
「こんな口調だし、まだまだ何もしていないからね。こんな言葉を口にしたところで、なんの説得力もないかもしれない。けれどね、ベルファータ。俺は苛烈ではないけれど、甘くもないんだ。邪魔をするのなら、敵対するというのなら、それを排除する事に一切の躊躇はない」
――だから、これだけは答えてもらおうか。
アゼルは滔々と続けた。
「
発露する魔力の重圧を向けられて、ベルファータの意識は僅かに遠のいた。
甘かったのだ。
アゼルという魔王を見た目と物言いの柔らかさから、あれだけの力の片鱗を見せつけられてもなお、心のどこかで侮ってしまったのだ。
ちらりと見れば、決して「魔王」以外には靡かぬはずの夢魔族でさえ、狂おしい程に陶酔したように頬を紅潮させ、熱を帯びた視線と恐怖による呪縛に酔い痴れている姿が見えた。
それは常人にとってみれば、異様な――異質な光景。
だが、夢魔族の想いはベルファータにも理解できた。
なぜなら、圧倒的な恐怖に曝されてなお、ベルファータはこの空気に自分もまた溺れつつある事をはっきりと知覚していたからだ。
「――我らは、魔王様の敵とはなりえません」
心情的にも、実力的にも敵になどなりえないだろう。
そんな僅かな自嘲めいた言葉であったが、それを聞いたアゼルは柔らかな笑みを浮かべた。
「そう、なら歓迎するよ。これからよろしく」
霧散した重圧に安堵を覚えつつ、こうしてベルファータが率いるアラクネはアゼルの軍門に降った。
◆ ◆ ◆
「――赫空の向こうに広がる夜空には、光る宝石のような星が広がる、でしたねぇ」
その言葉は、かつて耳にした母の教えであった。
魔王城の崩れかけた城壁の上、夜空を見上げていたネフェリアへと声をかけた、ネフェリアの妹であるレナンは、ネフェリアと並ぶように横に立つと、共に肩を並べて夜空を見上げた。
「先代魔王様が身罷られた戦いで生まれた、魔力の渦が作り上げた赤雲に包まれた赫空。代々伝わっていた、青い空や夕焼け、夜空を生きている間に見られることになるとはね」
「こういう言い方をするのも如何なものかと思いますけど、主なきままに亡くなられてきた先達とは違い、私達はツイてますねぇ」
「そんな言い方……いえ、そうかもしれないわね」
ふふふと微笑を湛えるレナンの言葉は、今までのネフェリアならばお説教が始まるような台詞である。それを許容するだけでも大きな変化だとレナンは思う。
「ふふふ、リア姉様がこうして雑談に興じてくれるのは、いつぶりでしょうかねぇ」
「そう、だったかしら」
「巫女を継いでからというものの、リア姉様は姉である前に私たちの長であろうと肩肘張ってましたからぁ。エニスも喜んでましたよ~。リア姉様の笑顔を見れて」
夢魔族――墓守にして巫女たる存在は謂わば、魔族の中で最も魔王に近い存在だ。
そんな一族を統べる立場に立つというのは、肩肘を張るのも当然である。
ましてネフェリアは生来より生真面目な性格をしていただけに、常に張り詰めているかのような危うさがあった。
それがアゼルの登場と共に、いつもの苦しみを抱えた寂しそうな顔で独りを過ごすネフェリアが、憑物が取れたかのように穏やかな表情を浮かべて空を見上げていたのだ。
レナンにとってみれば、その点だけでもアゼルには返しきれない恩義を感じていた。
いくら魔王崇拝の強い夢魔族であっても、巫女であるネフェリアに比べればレナンやエニスの熱意はまだ冷めている方だ。
存在しない、いつ現れるか分からない魔王よりも、目の前にいる姉の心を心配していたというのが本音であった。
「伝承としてしか残っていなかった、魔王が擁する魔族の時代の幕開け。この森も、そんな時代のように町を築き、様々な種の魔族が謳歌する時代が始まるのかしら」
「それもそう遠くない未来の話になりそうですねぇ。同時に、この地にも『人族同盟』が攻め入ってくることになるのかもしれないですけど」
良くも悪くも、赫空は外界から魔大陸への侵入を防ぐ役割を果たしていたのだ。
それが消えたとなれば、資源を奪い合う人族たちがこの未開の地を制覇しようと挙兵する可能性は、当然ながらに大きくなる。
「外に出ている者達との連絡を密にする必要があるわね。魔王様降臨の報せはすでに流しているのでしょう?」
「ふふふ、当然ですよ~。何せ私は、夢魔族の〈翼〉を与る立場にあるんですから、抜かりはありませんよ~。〈角〉のエニスも張り切ってますしねぇ」
レナンが言う〈翼〉とは諜報を担当する者であり、〈角〉は暗殺などの実働部隊である。この二つを擁し、その頂点にいる巫女が魔王の側近となり支える。それが夢魔族だ。
謂わば、魔王の懐刀のような一族というのが夢魔族の本質。
本懐を遂げるのはやはり、魔王あっての一族なのである。
「エニスたちも張り切るのは構わないけれど、せめて魔王城を傷つけるような真似はしないようにしてもらわないとね」
アゼルが現れたおかげか、ネフェリアがくすりと笑ってそんな軽口を叩く姿を見て、レナンは微笑を深めた。
◆ ◆ ◆
魔大陸を覆うように広がる海は、不思議な濃霧が現れ、奇妙な泣き声か呻き声にも聞こえるような不気味な音が鳴り響き、それを聞いた者は二度と陸に帰って来れないなどという噂が流れ、周辺に住まう者達からは『霧啼きの海』と呼ばれて恐れられている。
しかし、かつての勇者が竜に乗って海を越えたとされており、魔大陸がその先にあるという話は有名だ。
これまで幾度となく、遠目に見えるだけの魔大陸へと続く安全な航路の開発と銘打って調査団が組まれてきたが、その尽くが失敗に終わっていた。
それでも、アディストリア大陸から『霧啼きの海』へと入る手前の小島には、魔大陸の異変を察知できるようにと監視塔が設けられ、今もなお人の出入りがある。
アディストリア大陸の南部に広がる、レアルノ王国。港から船で五日もかけて渡ってくる必要がある小島――通称『左遷詰め所』。
ここに飛ばされたからには出世は有り得ず、老いるまでずっと取り残されるなどという逸話を残したこの地では、今日もやる気のなさそうな男達が、塔の上から日がな一日、何も変わらない日々を過ごしていた。
「はぁ。俺の人生はこれから先、まさにあの魔大陸のようだぜ」
見張り台から遠方に見える黒い一帯を眺め、そう呟いたのはグリッドという三十も間近の普人族の男であった。
貴族の三男坊である上官が、市井の女性を乱暴しようとするところを殴って止めたという、英雄的行動を行った結果、そのまま左遷されてここへとやって来たグリッド。
彼は赫空によって包まれた魔大陸が、自らの将来の展望を示しているのだと皮肉った。
「なーにムサい顔しておいて詩人みてぇなこと言ってやがる」
「テメェにゃ言われたかねぇよ、ジェクター」
後方からからかうような物言いで話しかけてきた同僚の言葉に、グリッドは手で追い払うような素振りをしながら言い返す。
グリッドと同じぐらいの年齢といった男――ジェクターは、ひひひと悪戯小僧がそのまま大人になったような笑い声をあげながら、グリッドの後ろにあった椅子へと腰掛けた。
「しっかし、補給船はまだかねぇ。この島にゃ潤いが足りねぇぜ、潤いがよ」
「つい三日前に来たばかりじゃねぇか」
十五日に一度しかやって来ない、アディストリア大陸からの物資補給船は、グリッドとジェクターを含む左遷詰め所の面々にとっては、唯一の娯楽と言っても過言ではない。
見張り塔と詰め所があり、あとはただ海岸から続く道があるだけで、村として機能すらしていない上に、男性しかいないのだ。色々と発散できるものはこの島にはない。愚痴りたくなる気持ちも分からなくはないが、それはこの島にいる誰もが同じである。
「しっかしまぁ、あの魔大陸に何か変化があるなんて、あり得んのか?」
「さぁな。それでも放っておくわけにもいかねぇんだろ」
「税金の無駄遣い、ここに極まれりだぜ。腐った老いぼれ貴族の後生大事に貯め込んだ金から出てるってんなら、ちったあ気も晴れるってもんだけどよ」
「言い過ぎだぞ、ジェクター」
「ひひひ、誰の耳があるかも分からないってか? こんな孤島で?」
グリッドもジェクターの言い分には言い返すこともできず、一つため息を吐いた。
「話を戻すが――ここにきて数十年経ってるのに、何も起きてねぇって、
「ハッ、笑えねぇ。手柄をあげてここから抜け出すなんて真似だってできねぇぜ」
確かにジェクターの言う通り、グリッドにとっても笑えないのだ。
市井の女性に乱暴しておきながら、生まれた家が違うだけで許される者。そんな男を殴っただけで、生まれた家が違うだけでこんな島に追いやられたグリッド。
たかが生まれた家の違いで変わる処罰の違いに憤りこそしたものの、それがこの世の中であり、抗えない現実であると心のどこかで納得していた。
そういう世界で、そういう国なのだと。
グリッドは納得して、この『左遷詰め所』への配属を言い渡された時に、受け入れてしまった。
「……俺ぁ、いつから、こんな考え方に染まっちまったんだろうなぁ」
一人ぼやく声は、遠くに聞こえる波と吹き抜ける風の音に浚われて消えていく。
退屈とは酷だ。
考えなくても良いようなことまで考えるだけの時間が生まれ、いつしか坩堝にはまる。
ただがむしゃらに上の言う事を聞いていればいいだけの日々が、どれだけ幸せだったのか。忙殺されてきた日々の中で見失い、問題を起こさないようにと自分の中で噛み殺してきた本音が、今になって溢れてすらいるような気がして、グリッドの心情は複雑なものであった。
腰程の高さの塀に腰をもたれかけ、グリッドがジェクターへと振り返り――そのまま首を傾げた。
「……おい、どうしたんだ?」
「ぐ、グリッド、あれだ! 見てみろ!」
「ハッ、テメェのそれは俺にゃ通用しねぇよ。懐かしい手を使いやがって――」
「マジだっつの!」
鬼気迫るジェクターの言葉も、日頃の行いが尾を引いて説得力に欠けている。それでも騙されてやるかと折れたグリッドが振り返る。
見渡す限りに広がる海の向こう、魔大陸があるとされる真っ黒な空間から、眩い光が漏れ出ていた。
それはまさに、アゼルが魔王としてこの世界へと降臨した際に赫空を突き破った光の柱であった。
当然ながらその事実を知らないグリッドとジェクターの二人は困惑していた。
闇に包まれたままの魔大陸。見えているのに辿り着けない地。不変の大地が変化を見せたのだから。
「おいおい……! こりゃ、本国に連絡しねぇとマズいんじゃねぇか……?」
「あ、あぁ。ジェクター、すぐに爺さんを呼んでアレが何なのか、心当たりがあるか確認してきてくれ!」
「おう!」
左遷詰め所に突如として訪れた異変。
その異変を遠目で見つめながら、グリッドは――笑った。
「俺の人生の未来を表すような闇に光明が見えた、ってか。おいおい、魔大陸ってのは不吉だが――俺にとっちゃ願ったりだぜ……!」
確信めいた、不変の日々の終わりは唐突に訪れた。
数日と経たぬ内に、レアルノ王国の上層部へと知れ渡ることとなる。
未開の大地は資源の溢れる宝島にさえ見え、レアルノ王国は魔大陸の異変に対して緘口令を敷き、数十年と諦めていた魔大陸へと船出する決意を固めた。
――――そう、彼らは忘れていたのだ。
あの大陸はかつて勇者と魔王が世界の覇権を奪い合うかのように戦った地であり、たかが一国の利益のみで対処すべき地ではなかったということを。
こうして、魔大陸でも、その外でも。
魔王――アゼルの降臨によって、賽は投げられた。
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