陸ノ九、やはり重課金は裏切らない。お布施の力は無限大だな!

 一方そのころ。

「むうう、一世一代の名場面を目にすること能わぬとは横井一磨、一生の不覚」

 一磨は、頭を抱えていた。

「どうすれば良いのだ。おっ、そうだ」

 ぽんと手を打つ。

「困った時の佐七頼み。えっと、『からっくりニンジャなんでも相談しる。あのよにいるのですが、霊感がなくんあんいも見えません。まえるようにな?にはどうすればいいえすか?』、と」


 絡繰党忍法、伝声板の術で使っていたカマボコ板を取り出して、何も見えておらぬくせに素早く指で画面を叩く。ピロリンと音が鳴った。

「お蘭。読み上げてくれぬか」


「えー、なになに?」

 お蘭は喉をチョップしながら変な声で読み上げる。

「ワレワレハカラクリトウニンジャナリチョウオンパせんさあぷりヲだうんろーどシナサレ。ふむ、何ともはや、あやしげな呪文でござりますな」

「おお、なるほど。盲点であった。さすがは佐七」


 手元で何やらポチポチとやる。カマボコ板が白く光り出した。周囲の状況が、寸分違わずに映し出される。ザラリとして解像感の荒い映像は、現実と乖離した白と黒の世界だ。


 一磨は歓声をあげた。お蘭にカマボコ板を見せびらかす。

「すごい! 見える、見えるぞお蘭。さすがは最新機種。一ヶ月分の扶持を注ぎ込んだだけのことはある。やはり重課金は裏切らない。お布施の力は無限大だな!」

「たいして霊感もないのに、謎の板と呪文ひとつでいきなり異界の景色が見えるようになる妖術とか、妖刀使いより、よほどいかがわしゅうござりまする」


 疑わしげな目つきのお蘭を尻目に、一磨はカマボコ板をおくねに向けた。心配そうなおくねと猫娘の顔が、ぎゅうぎゅうと画面いっぱいに寄って表示される。


 ピ、と音が鳴った。あやかし認識機能が反応。カマボコ板に白い文字が浮かび上がる。

「クモのあやかし。ネコのあやかし」

「えっすごい何それ」

 お蘭が顔を寄せる。ピッ、と反応。今度はピンクの文字。

「ニンジャのあやかし」

「ムッキー! 失敬な! お蘭は! あやかしじゃないでありますーーーっ!!!!」


 などと無駄に外野だけでガヤガヤしたあと。


「それにしても、さっきまでは触ったら連れて逝かれるとか危険が危ないとかって散々っぱら言ってたのに、何で御桜兵之進は平気なのでござりましょうや?」

 お蘭は首を傾げた。曲げた指を顎にちょこんと当て思案投げ首。困惑顔で考え込む。


(僕も詳しくはないけど、恋町さんが言うには《墨切》の異能で、《し》って言うわざがあって)

 綺乃はろくろを回す形の手をふわふわさせた。

(なんかこう、表面の、人の部分を消して? 中の鬼だけを? 斬る業らしいんだけど)

「なんかこう、すっごい、雲を掴むような? さっぱり要領を得ない情報をありがとうでござりまする」

 あからさまに嫌味な嘆息をつき、お蘭は横目で綺乃を見やる。


 一磨は不穏な眼差しをカマボコ板へと落とした。

「いや、拙者も確かに昼間、この眼で見た。確か兵之進の……ではなくて、えっと、綺乃どのの頭をぶった斬っ……ではなくて、その、おつむをおちょん切りあそばされた時の話でごじゃそうろう……だとすると」

 板越しに見える景色を、指先で広げて拡大する。白衣の背中が映し出された。

 横に一文字、赤い警告が添えられている。

 鬼。

 眉間に、険しい皺が刻まれた。

「あまり、うかうかとはしておれんはずだが」


 背後から声がする。白衣の鬼は、ふっと力を抜いて笑った。

 表情を改める。

「腐っても同心だな。あの野郎、ロクでもないことにだけはやたらと目端が利きやがる」


 真紅の目線を恋町へと移す。

「あと何時なんどきぐらい、鬼化……実体を消した状態でいられる?」

 今度は下手に言いくるめられぬよう、直接、尋ねた。


 恋町は寝転がったまま大儀そうに答えた。

「さあて、どうだか。四半刻、保つか保たねェか……が、その前に夜が明けちまう。夜が明ければ、二度と黄泉帰よみがえれん。それに」

 最後まで言わず、言いよどむ。言えない理由は分かっていた。

 火車を倒せば綺乃自身の魂が傷つく。

 それを解決する方法が、おそらく一つしかないことも。


「分かってる」

 火車の中心、水繭の中で膝を抱いて浮かぶヒトガタの成れの果てを、決意の視線で射抜く。

 匂口においぐち冴える妖刀から漂い出る陽炎が、光を透かして虹色にくゆり立った。


「全て片付けるさ」

 白衣の鬼は、気づかぬふりをして編み笠を目深に引き下げた。紅殻ベンガラの色に染まる眼元がふたたび、隠れる。


(兄様)

 歩み出す背中を、綺乃が呼び止める。

 白衣の鬼は振り返らない。前を向いたまま、歩き続ける。

「心配せずとも良い。たかが火の車だ。必ず、助け出してやる」


 綺乃は吹っ切れた声で笑った。かぶりを振る。

(また、同じことをおっしゃる。兄様はいつもそう。今も昔も変わってませんね。覚えておいでですか)

「何をだ」

(昔、僕があやかしに祟られて病に伏せっていたとき。兄様は、僕を案じるあまり、兄様と僕の名を取り替えてやると仰せになった)


 もし。

 綺乃の身に何かあるようだったら。

 俺の名前とお前の名前を取り替えてやる。

 俺が綺乃になってやる。

 どうせ同じ顔だ。


 幼き日の、まるでゆりかごのような過去の記憶に、綺乃は愛おしくほほえんだ。

(僕は、果報者かほうものです。兄様はいつも、僕のことをいちばんに考えてくださった。大切に思って、優しくしてくださった。ご自分のことを後回しにしてでも、何より僕のことをいちばんに心配してくださった)

 綺乃は写し絵の中で立ち上がった。

(僕は、兄様の優しさに甘えてばかりでした)


 度重なる攻撃を受けたせいで、絵はすでに半ば燃え、半ば破れている。描かれた綺乃の姿も泥に汚れ、すすけて。今にも消えてしまいそうだった。


「それは違う」

 白衣の鬼はかぶりを振る。

(いいえ。今だって、こんなところに閉じ込められたまま、兄様や恋町さんの足を引っ張ってばかり。結局、何の力にもなれない。これでは死道不覚悟と言われても致し方ありません。だから)


 綺乃は顔をあげた。

 まっすぐに。目をそらさずに。

 白衣の背中を、憧憬の眼差しでまぶしく見つめる。

(だから、もう、これからは)


「ンァァッハァァァァア!!?? 何、感動の最終回! みたいなお涙頂戴のセリフ垂れ流してんダヨォオオオオオオ!!! 誰がそんなメデタシメデタシみたいな終わり方させてやるもんかェェェェ!!!」

 炎を吐き散らす鬼の顔面が、視界を埋め尽くした。顔ごと回転しながら突進、頭突き。いっぱいに広げた両手を、塵手水ちりちょうずの仕草で、激しく打ち合わせる。

 掌から吹き出した炎が、白衣の鬼を包み込んだ。

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