伍ノ十、外道の鬼
また、思い出す。
懐かしい、寂しい、苦い、遠い昔が、二重にぶれた景色となって今と重なる。
(子ぉとろ子とろ)
もの悲しい笑い声が響く。
手毬で遊ぶ子供らの声だ。
(あのこがほしい)
決して自分の名が呼ばれることはないとわかっていて。
子どもたちが嬉々としてはしゃぐ声を。あまりにも楽しそうで、騒がしい、微笑ましいはずの声を。
いつも同じ部屋の、同じ天井の、同じ木目模様だけを、ただ、ただ、やるせなく。寄る辺なく見上げて、墓場に打ち捨てられる骨同然の身で聞いていた。
どうして、自分だけ。
みんなと一緒に遊べないの。
(それは)
どうして、兄様だけ。
同じ、顔の、双子なのに、病気じゃないの。
(おまえが)
天井から赤く光る爪が伸びた。眼前に迫る。突き刺さる。
(鬼だからさ)
目の前が、真っ赤に染まる。カラカラ、カラカラと、赤い風車が回る。
カラリ、カラカラ、いざない渡るは
百を、語るにゃ数足りぬ。
九十九に足らぬは、あと、ひとつ。
あと、ひとつ。
ふるべにふるふる、
綺乃の姿を取った鬼乃は、血の色にすきとおる眼を薄くほそめた。
胸の奥がひどくざわざわとする。
もしかしたら、本当は。ずっと前から。
たぶん、生まれる前から。
屍人だったのかもしれない。一族に伝わるあやかしの刀で、代々、鬼を斬っているうちにいつの間にかその血が一族の中にひっそりと混じり、人であって人でないものを生み出してしまったのかもしれない。本当はとっくに死んでいたにもかかわらず、兄と一緒に間違ってこの世へ生まれ出て、自分が鬼だと知りもせぬまま育ってしまったのかもしれない。
だから。
どれほど光あふれる《あちら側》に恋い焦がれても、決してかなわぬ。叶わぬがゆえに、いつしか生を忌み、死を望み、永遠の黄昏に身も心も紛らわせるようになって。
外道の鬼に、堕ちる。
「また逢えた……ああ、鬼乃姫さま……!」
秀清は、百の眼から滂沱の感涙を垂れ流して、両手を結び合わせた。
膝をつき、懐の紙入れを取り出す。
「ああ、ああ、早く描かねば!」
震える手で紙を抜き出そうとしては、無様に取り落とす。
そのたびに、秀清は、哀れなほど動揺して這いつくばった。濡れてしわになった紙を拾い集め、矢立から筆を抜いて、ぶるぶると震える手で朱墨を含ませる。吐血じみた墨が落ちた。
「今、今、今すぐ、御身の姿を不肖秀清の手で永遠に……ああ、何という麗しさか。尊い、あまりにも神々しい……!」
「秀清。兄弟子として、貴様に最期の慈悲をくれてやる。刀を取れ」
背後に、閻魔の如き黒い闇をまといつけた恋町が立った。霧に紛れたその
ただ、ぎらり、と。目に見えぬ刃が漆黒の閃光を放つ。
「うるさい! 手前は鬼乃姫さまを描くのに忙しいのだ……邪魔を、するなぁぁぁっ!!」
狂乱の百鬼眼がつりあがる。自らの筆で、自分自身を朱の鬼へと《
顔が、包帯を解くかのように裂けた。
片方の腕だけが、醜い腐腫のごとく膨れ上がり、ごつごつとおぞましい血管の這い回る巨大な筆となる。
「フハハハァァァ筆は! 剣よりも! 強しですよ
朱色の墨が炎を描き出した。巨大な筆の先端に、血の色の鬼火が燃え上がる。
「ギャァハハハァァァどいつもこいつも所詮は紙屑だァァァ燃えろ燃えろ燃えろォォウヒャビャヒャア!!!」
炎をまとった筆が、地面に荒々しい一文字を描いた。朱墨が吹き飛ぶ。巨岩にヒビが入った。
裂け目から溶岩が噴き出す。漏出する溶岩が、業火の流星となって、頭上から降り注いだ。
灼熱の奔流は一瞬で冷え固まって石の杭となった。続けざまに地面へと突き立つ。火の粉がザラザラと散りこぼれる。
地響きが伝わる。煙が上がった。
恋町は、妖刀《墨切》を手に身構えた。流れ落ちる溶岩を前に、黒い霧を激しくなびかせる。
「兵之進、綺乃は任せる。こいつは」
一瞬、秀清の成れの果てを見つめる眼に、ゆらぐ炎が映り込んだ。言葉に詰まる。
「……俺が狩る」
「分かった。綺乃、助けに来たぞ。立て。こっちへ来い!」
兵之進は、骨の檻へと駆け寄った。
半分に断ち割られた檻は、ぐらぐらと激しく揺れていた。今にも綺乃を振り落としそうだ。
「おおっと、近寄らせませんヨォォォォォ!!!」
けたたましい奇声を放って、秀清は筆を振り回す。
溶岩が矢継ぎ早に降り注ぐなか、恋町と二手に分かれ、兵之進は走った。眼前に落ちる火山弾を、ジグザグに避けて走る。油断すれば溶岩の餌食。石の杭の餌食だ。
飛び散る溶岩に衣の裾が焼けた。かろうじて飛び退く。苦い煙が上がった。髪の毛が焦げた匂いを放つ。
「くそッ!」
熱波と石杭の落下に阻まれ、骨の籠にどうしても近づけない。
「綺乃、すぐに助ける! だから、あきらめるな! 綺乃!」
「よし、我ら絡繰党も全力で助太刀つかまつるぞ! 良いかお蘭! 今だ! 変身!」
一磨が高らかに叫ぶ。ぴかぁっ! と光った。
「絡繰忍法! 合体!
「一磨様、さすがにそれは無理でござり……って、なぜか合体してるでござりまするーーーっ!!」
「降ってくる杭を迎撃だ!! 撃てーーッ!」
一磨が、ちびお蘭を両肩に担いだ。軽々と肩車する。残る一人のちびお蘭が、ちいさいあやかしの二人を抱っこして、一磨の背中にしがみつく。
両肩のちびお蘭は、ピンク色にきらめく砲身を手に、声をそろえて叫んだ。
「
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます