肆ノ七、牡丹に桜、紅葉に月夜

「うわあぁぁぁぁぁ!?」


 ひゅるるる。巨大一磨は推進力を失い、姿勢を崩した。あえなく墜落してゆく。

 眼下は見渡す限りの闇の森。

 ぼすん、と。森の樹冠に引っかかって葉っぱを散らし、跳ね返ったあと、地面に激突する。

 盛大にぶっ壊れた。


 ぷすぷすと煙が上がっている。全身バラバラ。とっ散らかった手足から、バネやらゼンマイやら歯車やらがはみ出している。爆発しなかっただけマシだ。ちょんぎれた首が、坂をごろんごろんと転がり落ちていった。


「おい……生きてるか?」

 兵之進は、頭上の残骸をはね退けた。煤だらけの顔を突き出す。頭上の枝に、巨大な鴉が止まっていた。さっそく死体を漁りにきたのか。

「日頃の行いが良いからな」

 恋町が壊れた機体の下から這い出した。肩の土埃を払う。

「五十年分の扶持ふちを前借りして作った拙者の絡繰初号機が……!!」

「パァー」

 号泣する一磨の頭を、一寸童女がヨチヨチと撫でた。


 周辺は鬱蒼とした林だった。ほの赤い霧が漂っている。空には血走った目玉そっくりの月。ときおり、ギョロリと動く様がやけに生々しい。


「たしか非常用の龕灯がんどうがあったはず。ええと、どこに仕舞しもうたかな」


 一磨は、壊れた絡繰武者の残骸に頭を突っ込んだ。部品を掻き分け、跳ね飛ばしながら探す。

 枝に止まった鴉が、側に舞い降りてきた。

 壊れた初号機の腕をさっとくわえ、羽ばたいた。あっという間に飛び去ってしまう。

「あっこら部品を持っていくでない!」

 追いかける間もない。

「ううう、一ヶ月分の食費が……ううう!」

 一磨は、がくりと肩を落とした。

 だが、落ち込んでばかりもいられない。


 廃品の中から見つけ出したガラクタは、一見、龕灯がんどうには見えなかった。黒い棒状の物体の先に、やや広がった笠の部分がある。

 指先でカチリと凸部を押し込む。強烈な白の光条が放たれた。くっきりとした光の円が、前方の闇を丸く切り取って四方八方に突っ走る。


「うおっ、眩しい」

 恋町は一磨の手元を覗き込んだ。手をかざし、光をさえぎる。

 ゆらゆら搖れる巨大な手の影絵が、闇の向こう側の霧に映し出された。

「これは、絡繰忍法、電界発光の術式を応用した龕灯がんどうにござる。……(中略)とはいえ長持ちはしませんので、念のため、松明を作っておいたほうが宜しいかと」

「なるほど分からん」

 光る原理について長々と講釈を垂れていたような気がするが、もちろん右から左の馬耳東風。誰も聞いていない。


 というわけで、松明を作るために、まずは火を起こすことになった。

 その辺に落ちている枯れ木を拾い集め、樹皮をむしって揉み、火打石を打って、切り火を飛ばす。


「なあ、どうせ火ぃ焚くんなら、何ぞ煮て鍋でも食おうや。俺、朝から何も食ってねえんだよ」

 火口ほくちに枯れ枝をくべて、火を大きくする。

 はぜる火の粉を眺めながら、恋町が提案した。あかあかと照らされた表情かおに、灯影ほかげが踊る。

「おお、良いですな良いですな。牡丹に桜、紅葉に月夜と」

 一磨が調子よく相槌を打つ。食い物の話となると、とたんにこれだ。


 兵之進は視線をそらした。暗闇で火を眺めていると、やたらと気ばかりがはやって仕方がない。

 いささか乱暴に、枯れ枝をへし折った。焚き火に投げ込む。

「……呑気なことばかり言いやがって」


 恋町は、片眉を皮肉に吊り上げた。どっかとあぐらを組み、顎をそらして、指先に持った葉っぱ付きの小枝をくるくるとひねる。

「んー? まさか《あやかし喰らい》の兵之進先生ともあろうものが、飛んで火に入る夏の飯一匹狩るのも億劫がるとはねェ? どういう風の吹き回しかなァ?」

「何だと」

 睨み返す。

 恋町はわざとらしく鼻先で笑った。指先の小枝を、ぴん、と跳ね飛ばす。

「ずいぶんと焼きが回っちまったもんだよなァ、ええ、おい?」

 火に落ちた小枝は、みるみる萎びて黒ずんだ。燃え尽きる。

 兵之進は、うすく眼をほそめた。

「……殺る気か?」

 溶け落ちる鉄にも似た、喜悦の赤色が映り込む。


 恋町は、節くれだった指の骨を順繰りに鳴らした。漂う漆黒の影に半身をうずみ紛らわせながら、凄みのある笑みを浮かべる。

「……いつでも受けて立つぜ?」

 火の粉がつむじ風にうねった。煙とともに夜空へ上ってゆく。


 一磨はあくびした。漆黒の鎖襦袢に右肩脱ぎの斬り込み姿。鉢金はちがねの額当てを巻いて、手甲てっこう脛巾はばきに黒たすき。

 由緒正しき討ち入りの姿だ。黒ずくめとはいえ筋骨隆々、まるで忍者っぽくない。

「あのおじちゃんたちは仲良く喧嘩するのに忙しいようだから、拙者らは、大人しゅう留守番でもしとこう。なー? おくね坊?」

「パァーイ」

 どうやら、一寸童女には、おくね、という名がついたらしい。

 肩に乗っかったおくねは、甘えた仕草で一磨の耳にしなだれかかった。下唇にぶら下がったり、鼻の穴に両手を突っ込んでホジホジしたりしながら無心に遊び始める。


 焚き火が、不穏に揺れ動いた。

 うずくまる影が、四方八方に伸びる奇怪な影絵の人形劇となって踊り狂う。


 闇の向こうを、燐火がいくつも横切った。鬼灯ほおずきのように赤い。金唐革きんからかわを思わせる細かい凹凸の光が、チラチラと反射した。

 魚の腐ったような臭いが、ねっとりと吹き寄せてくる。濡れた布であちらこちらを叩くような、ビチャリ、ヌチャリ、という音が、渦を巻いて近づいてくる。

 いつの間に包囲されていたのか。


 兵之進は、腰の妖刀に手を掛けながら立ち上がった。恋町に背を向ける。

耄碌もうろくしてんのはどっちの方か、腕によりをかけて教えてやる必要がありそうだな」

 闇から闇へ、ざわめきの風が吹きすぎる。

「後で吠え面をかくなよ、ひよっ子が」

 隣に並んだ恋町は、両手をだらりと垂らしたまま、しどけなく肩越しに言って寄越す。


「負けた方が……」

「晩飯抜きだ!」

 ほぼ同時に刀を抜き払う。森の奥から、粘液まみれの触手が無数に飛んできた。

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