壱ノ十二、莫逆のちんちんかもかも
「ほえっ?」
ピンクの猫耳くノ一、自称『一磨の許嫁』こと
一磨は物々しく説明した。
「双子だから見間違うのも致し方ない。こっちは兄の兵之進だ。挨拶せい、お蘭」
丸い目が、ぱちくりとした。おこそ頭巾の下から、ピンク色の前髪がぴこんとはみ出して揺れる。
「何とぉーー!? これはしたり! 何と何と、一磨様としっぽりぬっぽり
「それほどでもないです」
「これまた失礼をば!」
一磨の手から離れ、
と、目にも留まらぬ摺り足で、土下座したままあっという間に後退。
片膝をついて平伏のうえ、深々とこうべを垂れる。
「さようならばこれにて御免、失礼仕りまするーーーーっ!!」
「はい、お早々さまで」
猫耳くノ一のお蘭は、招き猫の真似などにゃんにゃんとしつつ、その場で後ろ宙返りする。覆面帯の端が完璧な円を描いた。
姿がかき消える。後には、一陣の風が吹きすぎるばかり。
兵之進は、ちらと横目で一磨を見やった。何も言わないうちに、一磨は顔を赤くして力説し始める。
「あれは違う。違うぞ! たしかにあれは拙者の許嫁だが正確には許嫁などというちゃんとしたものではなくてだな、つまり、たっ……ただの遠い親戚だ。何度も縁談を断っておるのだが、あの通り、まるで人の話を聞いておらん」
「……まだ何も言ってませんが。へー? ふうーん? そうなんだー? 武士ならば責任を取らねばなー?」
「違ああーーう! そもそも拙者には綺乃どのという想い人がだな!」
「往生際が悪いですよ」
「ぁぁぁぁ!」
「そんなことより。
そうそうからかってばかりもいられない。
「むむむむ!」
一磨は、額に脂汗を滲ませた。どうやら、口を滑らせたことに気づいたらしい。
「たしかに。逆に大変なことをしてしまった。綺乃どのが危ない」
「いや、さすがに、子どもたちが居る手前、指南所の先生は襲わないでしょう。大丈夫ですよ……たぶん?」
「いや、やはり心配だ。拙者のせいで綺乃どのにご迷惑はかけられん。ここは戻った方が」
兵之進は横を向いてぼそりと独りごちた。
「でも綺乃さんに勝てる人間なんて、この世に一人か二人ぐらいしか……」
そこまで言いかけて、一磨の青い顔に気づく。急いで言い直した。
「大丈夫ですって。うちには、番犬がわりのはちもいますし」
空気の匂いが変わった。東の空はまだほのかに明るいというのに、北の空ときたら、まるで雲の底に手が届きそうに薄暗い。
雲だか霧だか分からない濃い色のもやが、鬱蒼と茂る雑木の高台にこぼれかかっていた。坂の向こうはもう、雨に違いない。
空が揺れる。地鳴りが聞こえた。
重たい雨粒の音が屋根を打つ。
今度は本物の雨だ。いきなり強く吹降り始める。
風が、雨足をざあっと横殴りに引き連れてやってきた。
「あっやばい。もう降り出してきちゃった。急がないとびしょ濡れになりますよ」
兵之進は一磨を急っついた。
「傘ならおぬしが持っておるではないか」
「えっ一磨と相合傘とか不公平すぎて嫌です。どう考えても僕が尻相撲で押し出される側じゃないですか」
「良いから差してみろ」
それもそうだとばかりに、気を使いながら破れ傘を丁寧に開いてみる。
べろりと傘紙が破れた。あっかんべーの穴越しに互いの目が合う。実に気まずい。
そんなことやってる間に、どんどん雨が強くなってくる。
道のそこかしこで泥水が溜まり始めた。ドウドウと轟く川の音がした。どこかの堰がが切れて、水があふれたのかもしれない。
空も、川も、雨風も咆哮をあげている。
「こいつはたまらん。どこかで雨宿りせねば。急ごう」
手で庇を作りながら一磨が先を示す。
あちこちから、戸窓を閉め立てる音がした。兵之進は一磨と目配せをし、走り出す。
濡れた草履が水たまりを踏んづける。泥飛沫がびしゃりと跳ねた。
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