16.感覚統合 - 色のない英語

 大学に入ってからは、教養科目は乗り切ったけれど、論文になるとカラフルすぎてお手上げ状態だったわ。なんて言えばいいかな。例えるなら、色がランダムにぐちゃぐちゃ塗られた英語を読むこと考えてみて。辟易しちゃうでしょ?

 このサングラス、アーレンレンズが手に入ってからは、英語の色も抑制できるようになったわ。英語の眩しさに苦痛を感じる必要がなくなったの。

 でもそれはそれで大変な困難だった。だって今度は「色のない英語」を勉強し直さなきゃいけなかったんだもの。同じようで全く違うものだわ。どう説明すればいいかしら。

 うーん。

 今この道、半分はアスファルト、半分は赤褐色のゴムチップ敷で、ツツジの新緑がまぶしいわね。右手に浅い沼が見える。空は綺麗に晴れて、弱い風にポプラの葉が揺れてる。

 それじゃあ立ち止まって。目を閉じて。

 そのままちょっと待ってね。

 ……。

 はい! 

 じゃあ目を閉じたまま、こっちに歩いてきてくれるかしら? 

 大丈夫。私はまっすぐ前よ。子供やランナーが来ないかちゃんと見ているから。ゴムチップ歩道だから転んでも平気なはず。

 はい、どうぞ。

 ……。

 はい、ゴール。お疲れ様。目を開いて。

 どうだった? 危険が無いかは私が見ていたから、ただ真っ直ぐ歩くだけよ。でもあなた本当に? 妙な違和感がなかったかしら。

 足の裏から得る道の感覚、風を受ける皮膚感覚、聴覚、進んだことを感知する筋肉の感覚。ただ視覚が欠けただけじゃない。それらを統合する方法が全然違っていた気がしない?

 極端な例に落とし込んじゃったけれど、私にとって「色のない英語」って、そういうことだと思うの。私自身の頭の中にある英語を読むための処理機構を、丸ごと組み替えなきゃならないのよ。色を使わない方法に。

 ふふ。耐えられなかった。私は英語を投げ出して、大学院への進学を諦めたわ。


 さて、水辺を一周したわね。んー、気持ち良かった。お腹も落ち着いたし、そろそろ公園から出ましょうか。


 色って、感覚って、本当に不思議よね。例えばほら、あれ見て。

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