17.クオリアの逆転 - 共感覚とあなたの世界

 私にとって共感覚は生まれつきのものだった。だからある日まで、世界が他人と違うだなんて疑ったことすらなかったのよ。

 あっち。歩行者用信号あるわね。今は赤。それに異論はない? ないよね。

 でも、本当に私の見ている赤とあなたの赤は同じかしら?

 変な質問よね。きっと同じって答えるかな。

 例えば。例えばの話よ? あなたが生まれつき赤と緑が逆に見える体質だったとする。

 あなたは生まれた時からずっと、血や林檎が私の言う緑に、木や草が私の言う赤に見えている。でもそれをお互いに知るすべはあるかしら?

 二人とも赤信号を見たら「血や林檎と同じ、情熱や強い禁止を表現する色だね」と言うでしょ。頭の中に浮かんでいる、赤いという感覚そのものを比較することはできないから。たとえ真逆だったとしても。

 だからきっと生まれてから今まで疑ったこともないでしょう? 自分の感じている世界が他人と全く違うかも、だなんて。

 私もそうだったわ。すべてに付随している色が、他人にはないなんて、疑いもしなかった。他人の頭の中は覗けないから。言葉は通じていたから。きっと同じ世界に住んでいると信じてた。偶然、あの本を見かけてしまうまでは。

 あの本っていうのは……おっと。信号、青になったね。とりあえず渡ろっか。

 ちなみに、信号は二個でセットだから、私にとっては青信号にも黄の情報が付随しているわ。信号という言葉が黄色とオレンジの混色だから、その情報も微かに感じてる。

 私の青信号とあなたの青信号は、本当に同じと言えるのかしらね。同じだから一緒に道路渡ってるわけだけれど。


 さて、そろそろクリエイターズハウスに戻って休憩しましょうか。

 共感覚が他人にはないと気付いた日の話? そうね、運転しながらお話するわ。

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