第249話 …実は、志郎のことなんだけど…

「いや~、実に有意義な時間でした!」

「本当だよ高宮君!このような時間は非常に有意義だよ!」

「こうやって意見をぶつけ合って、一つのものを作り出していく…その工程のなんと楽しいことか!」


ひとしきり、楽しすぎて子供のように純粋な笑顔を浮かべながら繰り広げていたブレインストーミングが区切りを迎え…

まるでスポーツでいい汗を流したアスリートのようなすっきりとしたさわやかな笑顔を、翔羽、幸介、誠一の三人共浮かべている。


議題は、『涼羽の手料理のよさをいかにして世の中に知ってもらうか』というもの。


幸介と誠一が思いつくままに話し合っていたところに翔羽まで加わり、ああでもないこうでもないとわいわいしながらも、具体性をもった一つの案としてそれが形作られていくこととなった。


しかもそれを、他でもない涼羽の手料理を食べながら、涼羽と羽月の『尊い』と『可愛らしい』が天元突破しているやりとりを見ながらできたことで、三人にとっては非常に幸せで楽しい、本当に有意義な時間だったと断言してしまっている。


「お父さんとおじいちゃん達…お兄ちゃんのお料理がほんとに大好きなんだね」


三人の盛り上がりっぷりをそばでずっと見ていた羽月が、ついぽつりと漏らしてしまう。

自分にとってなくてはならない、最愛の兄である涼羽の手料理が、社会でもやり手とされる三人に仕事として立案がされるほど評価されていることが、羽月はとても嬉しくてその幼さの色濃い美少女顔に満面の笑みを浮かべている。


「もお……お父さんもおじいちゃん達も……あんなの、恥ずかしすぎるよ…」


羽月がぽつりとそんな一言を漏らした、ちょうどそのタイミングで、後片付けと洗い物をしていた涼羽がリビングに戻ってくる。

普段から自虐に近いほどに自己評価が低く、謙虚で褒められることが苦手なため…

翔羽、幸介、誠一が驚くほどに自分の手料理を絶賛してくれて、しかもそれを元に商売まで考え始めるなんて思ってもみなかったため、三人のブレインストーミングを目の当たりにしている間中、ずっとその童顔な美少女顔を恥じらいに染めてしまっていた。


そのことを思い返すだけでも恥ずかしくなってしまうのか、今でもその顔から恥じらいの色が消えないでいる。


「えへへ♡お兄ちゃん♡」


涼羽がリビングに姿を現したその瞬間に、羽月は心底嬉しそうな表情を浮かべて、涼羽の小柄で華奢な身体にべったりと抱き着き、ぺったんこだが柔らかで母性に満ち溢れているその胸に顔を埋めて、すりすりしてしまう。


「羽月…今日はおじいちゃん達も来てるんだから…」

「や~…お兄ちゃんに甘えるの、妹のわたしだけの特権なの~」


今日は来客として幸介と誠一が来ている為、少したしなめるように羽月に言葉をかけるのだが、当の羽月は兄に甘えるのは自分だけの特権であり、絶対になくてはならないものだと、甘えるのをやめない。


もっとも、涼羽も言葉ではそんなことを言っていても、行動では可愛らしく甘えてくれる妹、羽月の小さな身体を優しく包み込むように抱きしめ、その頭を壊れ物を扱うかのように優しく撫でているのだが。


「ああ…私達はなんと幸せなんだ…」

「そうじゃのう…こんなにも尊く、可愛いに満ち溢れた光景を目の当たりにできるんじゃからのう…」

「涼羽…羽月…お前達が可愛すぎて、お父さんどうにかなっちゃいそうだよ…」


まるで周囲にその幸せをおすそ分けするかのような、涼羽と羽月の母と娘のようなやりとりを目の当たりにして、翔羽、幸介、誠一の三人は普段の日常で疲れた心を癒し、汚れた心を洗い流してもらえているかのような幸福感を感じることができている。

それぞれの顔にも、デレデレと緩みすぎて締まりのない、だらしない表情が浮かんでしまっている。


「あ…ねえ、お父さんとおじいちゃん達…」

「?どうした?涼羽?」

「?なんだい?涼羽君?」

「?何かな?涼羽君?」

「そろそろ、いいかな?俺が、相談したいこと…なんだけど」

「!そうだそうだ!それそれ!」

「!うむ!他ならぬ涼羽君の相談事!」

「!大船に乗った気でまかせなさい!わしが涼羽君の困りごとを解決するからのう!」


妹の羽月にべったりと抱き着かれて甘えられている中、涼羽はこの日の主旨である、自分の相談事について、三人に話そうとする。

それを聞いた途端、翔羽、幸介、誠一の三人の顔が引き締まる。

同時に、可愛くて健気でいつも助けられていて…

それでいてまるで自分達を頼ってくれない涼羽の力になってあげられる…

そのことが心底喜びになっていることが一目で分かるような笑顔を浮かべ、力強い反応を見せる。


食事を終え、奇麗に片付いたテーブルを再び全員で囲う形になり…

三人は、涼羽の相談事を一言一句聞き漏らさないように真剣な表情で、涼羽に視線を向ける。

羽月は、涼羽にべったりとしながらも涼羽の相談事に興味があるのか、そばでじっと聞く姿勢を整えている。


「…実は、志郎のことなんだけど…」

「?志郎君?」

「?志郎君が、どうかしたのかな?」

「?志郎君に、何かあったのかい?」


場も整い、涼羽は意を決して、自分の内に秘めた思いを、相談事として言葉にしていく。

その相談事が、志郎に関することと聞いて、翔羽、幸介、誠一の三人は少し呆気にとられたような表情を浮かべてしまう。


しかし、涼羽がぽつりぽつりと、志郎の現状を話していくごとに三人の表情がより真剣なものへと変わっていく。


志郎のいる孤児院に、孤児がどんどん増えていて、その影響で経営がどんどん圧迫されていること。

孤児院の経営に、秋月保育園の園長である秋月 祥吾も懸命に支援を続けているが、それでも非常に苦しくなっていること。

その経営を少しでも助けようとして、志郎自身が非常に高負荷な肉体労働に、時間を許す限り勤しんでいること。

しかも、少しでもお金を浮かせるために食事を抜いてまで、孤児院の経営の足しにしようとしていたこと。

さらには、孤児院の孤児達の面倒を年長である志郎が見ていて、非常に多忙かつ高負荷な毎日を過ごしていること。


自分に、志郎のために何ができるのか。

自分は、志郎のために何をしてあげたらいいのか。

どうしたら、志郎のいる孤児院の経営を助けられるのか。


助けたいのに、どうしたらいいのかが分からない…

そんなもどかしさを感じさせる涼羽の表情。


そんな涼羽からの相談を一通り聞き終えた翔羽、幸介、誠一の三人は…

神妙ではありながらも、納得がいったという表情を浮かべている。


「涼羽…お前は本当に、本当に優しい子だなあ…」

「涼羽君…君はどこまでも心の奇麗な子だね…」

「涼羽君…本当に天使のような子じゃな…」


自分のことではなく、親友である志郎のことで、ここまで真剣に考えて、悩んで…

それでも答えが出なくて、父親や祖父代わりである翔羽達に相談してくれたということ。

前からそう思ってはいたのだが、今この場で改めて涼羽がどれほど自分よりも人のために動くことができる人間なのかを、実感することができ…

話を聞いた三人は、そんな涼羽が自分達を頼って相談してくれたことを、誇りにさえ思うようになっている。


「しかし…志郎君がそこまでの状況になっているとは…」

「うむ…その上…孤児院の存続まで危ういとは…」

「わしにとっては志郎君も恩人中の恩人じゃからのう!その志郎君が苦しんだり、困ったりしているのなら、何が何でも助けるぞい!」


そして、志郎の状況を聞かされて、三人の表情が真剣になっていく。

翔羽にとって、志郎は最愛の息子である涼羽のかけがえのない親友であり、同時に今後を担うであろう未来ある若者。

謙虚で真っすぐで、素直で好感が持てることもあり、助けてあげないと、という使命感が満ち溢れてくる。


幸介にとって、志郎は翔羽と同様に涼羽の大切な親友であり、非常に期待の持てる未来ある若者。

涼羽から聞かされただけでも、人間業ではないと思えるほどの超高負荷な労働に耐えているばかりでなく、自らの骨身を削るような真似をしてまで孤児院のために尽くしている、などと聞かされて、青春真っ只中の高校生にそこまでのものを背負わせるなどということ、絶対にあってはならないし、志郎がそこまで犠牲になることなど、あってはならないと、凄味が増していく。


そして、誠一にとって志郎は涼羽と同様に社運を賭けた、企画倒れ寸前だったキャンペーンを救ってくれただけでなく、世界さえ巻き込むほどの大ヒットにまで導いてくれた恩人と呼べる存在。

その恩人がそこまでの状況に陥っているなどと聞かされて黙っていられるような人間ではなく、すでにどうしたら志郎の孤児院を助けてあげられるかを、考え始めている。


「わしは志郎君の孤児院に金銭的な支援をすることに依存はないし、志郎君の名前を出せば、社内でも満場一致で可決するという確信はある!」


誠一が最もストレートな救済措置を口にする。

誠一の会社でも、涼羽と志郎はこの世に舞い降りてきてくれた救世主のような存在として扱われているため、その志郎を助けるためのものだとすれば、役員会議でも満場一致での可決はまず間違いなく見込める。


「だが誠一、もちろんそれが一番手っ取り早いだろうが…一度ならそうだとしても、今後恒久的に、何の見返りもなしに、となると、さすがに社内は何とかなったとしても、株主総会で顰蹙を買うことになるのでは、ないか?」

「!むう…」


そこに意を呈するのは、誠一の親友である幸介。

誠一が口にしたのは、今後の回収を期待した融資ではなく、単なる善意からの寄付のようなもの。

いくら社にとっての恩人とはいえ、そんな寄付を今後恒久的に続けるとなると、いつまでも社内はともかく、社外の関係者達まで黙らせることは不可能だし、何よりその関係者達を誠一個人の善意に巻き込むわけにはいかない。


そこを突かれた誠一自身もそれはそうだと納得したようで、苦い顔をする。


「それでしたら、志郎君にもっと割のいい、肉体的負荷の少ない仕事を提供するのはどうでしょう?いくらなんでも、今涼羽から聞いた内容の労働を今後も継続して、というのはあまりに酷ですし…」


今度は翔羽から意見が飛び出す。

志郎にこちらから、もっと実入りのいい仕事を、という声が。

翔羽も現在志郎がしている仕事の内容はあまりにも酷だと思っているし、一般の高校生として、もっと自分の人生を謳歌してほしいと思っている。

涼羽から、志郎の生い立ちやこれまでの人生を一通り聞いており、そんな志郎を不憫に思う気持ちも強いからだ。


「確かに…志郎君ならこちらからいくらでも任せられる仕事はあるとは思うのだが…」

「?何か、問題でも?」

「それでは、結局は志郎君一人に負担がかかることに変わりはない、と思ってしまってね…」

「!…」

「そうじゃな…まだ高校生である志郎君にばかり、そのような重い荷物を背負わせるようなことは、できればさせたくはないのう…」

「そうでした…私としたことが…」


翔羽の意見に、幸介から異を唱えられる。

やはり、翔羽の意見では、あくまで志郎の仕事による実入りで孤児院を支える、という前提のもとに成り立ってしまっているから。

その幸介の意見に、誠一も同調する声をあげる。

翔羽も、ついつい志郎一人に全てを背負わせるような意見になってしまっていたことに気づき、納得する。


涼羽と志郎には、例のキャンペーンのモデルとしての対価が、一介の高校生には大きすぎるほどに支払われているのだが…

この孤児院の経営状況で、志郎がそれを出し惜しみするとは到底思えない。

おそらく、それらを全て孤児院の経営にあてた上での、今の状況なのだろう。

でなければ、いくら実入りが多少いいとはいえ、そこまで過酷な労働をする必要がないし、逆にそこまでの労働をしてでも孤児院を支えようとする子が、自分の収入を出し惜しみするとは思えないから。


「…あの…」


そうして、社会人組である三人が意見交換をし合っていたところに、涼羽からのおずおずとした声があがる。


「?涼羽?」

「?どうしたんだね?涼羽君?」

「?何か、あるんかのう?」


そんな涼羽の声に気づいた三人が、それぞれの反応を返す。


「…それなら、志郎一人に全てを背負わせるようなことにならず、志郎の孤児院にお金が定期的に、継続的に入るようになれば、いいんだよね?」

「そうじゃな…それが一番理想なんじゃが…」

「何か…思いついたことでもあるのかい?」

「涼羽、何かあるのか?」

「それなら――――」


そこから、涼羽が思いついたことをぽつりぽつりと、言葉にしていく。


どうすれば志郎が今の過酷な労働から解放されるのか。

どうすれば志郎の孤児院が存続できるのか。

どうすれば今後も経営を維持できるのか。


それらの問題に対する一つの解…

涼羽なりの解を、三人に聞かせていく。


「――――ていうのが、俺が思いついたことなんだけど…どう、かな?」


思いつきの全てを言葉にして、三人に問いかけの声を響かせる涼羽。

涼羽自身にとっては、本当にただの思いつき。

これができる保証もなければ、できたとしてもそれを継続できる保証もない。

ましてや、事前に確認が必要な事項もあるので、まずはそこからになる。


だが、涼羽の意見を聞いていた三人の反応は――――


「いい…いいじゃないか!涼羽!」

「うむ!確かに事前調査は必要だが…それならどこか一つに負担が偏ることもない!」

「それにこれが実現すれば、その孤児院が本当の意味で存続できるようになる!ええのう!」


――――実現は十分に可能で、今後の孤児院の糧になると得心できたのか、それぞれ満面の笑みを浮かべての肯定。


「あ、でも今の孤児院がどんな場所で、どんな建物なのかを…」

「もちろんそれは事前に調べるし、調べれば済むこと!」

「もしかしたら、改装とか、建て替えとか必要になるかも…」

「それなら会社から、今後の展望が見込める融資として出せる!大丈夫じゃ!」

「今の状況だと、それをやれる人が…」

「それこそ会社からの人材派遣という形で補うことはできる!そうですよね?専務、丹波社長?」

「もちろんじゃ!それも回収可能な融資とすれば大丈夫!」

「うむ!それに、今後の人材育成も視野に入れておけば…」

「!そうじゃ!まさに今後を担う人材を…」

「ですよね!あとはここをこうすれば…」


案を出した涼羽自身が、考慮が足りないと思った点を自ら上げていくが、それらに対して三人がしっかりと意見を述べ、より涼羽の案を具体的なものにしていく。

涼羽が出した素案を土台に、経験豊富な三人がしっかりと穴を埋めるように肉付けをしていく。

それが楽しいのか、三人は競い合うかのように意見を交換していく。


そんな三人をうならせる案を出したのは涼羽自身だが…

その案をよりしっかりとした現実的なものにしていくのは、翔羽、幸介、誠一の三人。


涼羽の志郎を助けたいという、純粋な思いから始まった相談事。

翔羽、幸介、誠一の三人は、粗削りながらもしっかりとした案を出せる涼羽の企画能力に驚嘆を隠せず、改めて涼羽の能力の高さを実感することとなる。


「…ありがとう、お父さん、幸介おじいちゃん、誠一おじいちゃん」


涼羽は、志郎を助けるという思いから浮かんだ案を即座に現実的なものにしてくれた三人が本当に凄いと改めて実感し…

そして、志郎を助けるという目的のためにここまで親身に、真剣に相談に乗ってくれた三人に、目いっぱいの感謝の気持ちを伝えるので、あった。

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