第248話 わし、涼羽君の手料理なら毎日でも食べたいわい!

「ああ…涼羽が…涼羽がこのお父さんに相談してくれるなんて!!…」

「涼羽君!!この幸介おじいちゃんが、いくらでも相談に乗ってあげるからね!」

「涼羽君!!このわし、誠一おじいちゃんにまかせなさい!!」


志郎の現状を聞いて、思うところがあった涼羽。

アルバイト先である秋月保育園に向かう途中で、ダメもとで連絡を入れたのが…

今、高宮家のリビングでこの世の幸せがいっぺんに来たかのように舞い上がっている三人。


一人は、実の父である高宮 翔羽。

一人は、その翔羽の会社の役員である藤堂 幸介。

一人は、幸介の親友で、かつて涼羽が花嫁モデルをすることとなったキャンペーンを展開している会社の社長である丹波 誠一。


その幼げで庇護欲をそそられる、可愛らしさ満点の容姿とは裏腹に、決して他人に頼ることのない性質である涼羽。

それゆえに、いついかなる時であろうとも涼羽のためなら、なんだってしてあげたいと、常日頃から思っているこの三人なのだが…

翔羽は普段の日常生活で、幸介と誠一はそれぞれの会社の支援要請としてスポット的にお願いしている仕事で、むしろ大いに助けてもらっている状態。


とにかく涼羽の助けになりたくて…

とにかく涼羽に喜んでほしくて…

ついつい涼羽本人に――――




――――何か欲しいものとか、してほしいこととか、ないかな?――――




――――と、定期的に聞いてしまっている三人。


しかし、そんな三人の問いかけに対する涼羽の反応は――――




――――え?……ん~………お父さん(おじいちゃん)が喜んでくれたら、それが一番嬉しい…かな?――――




――――というものになっている。


こんな可愛い顔と声で、本当に嬉しそうな表情を浮かべながらこんなことを言ってくれるのは三人共嬉しすぎてたまらないのだが…

でもそれだと結局涼羽に何もしてあげられていないもどかしさが募ってしまう。


翔羽は長い単身赴任のため、父として長い間そばにいてあげられず、そのせいで涼羽が家のことに従事してしまい、学生らしい楽しみや交流をひたすら犠牲にしてきたことを心底悔やんでいる。

幸介は自分の会社が、涼羽と父、翔羽のつながりを引き裂いてしまうような転勤を命じたこと、そしてそれを止められなかったことを心底悔やんでいる。

加えて、翔羽との仲を非常に良きものにまでしてもらえた恩を少しでも返したくてたまらない。

誠一は社運を賭けたキャンペーンが企画倒れになるところを救ってもらうばかりでなく、世界をも巻き込む大ヒットにまで導いてもらった恩を少しでも返したくてたまらない。


そんなもどかしい日々が続いていたところに、まさかの涼羽からの連絡があり…

しかもその内容が――――




――――お父さん(おじいちゃん)…相談したいことがあるんだけど…今日、大丈夫?…――――




――――というもの。

健気で可愛らしい涼羽から、控えめでしおらしい雰囲気でこんな連絡をもらえたなら…

この三人がそれを拒む理由などあるはずもなく、むしろ『やっとか!!やっときてくれたのか!!』と言わんばかりの勢いで…

非常に多忙であるにも関わらず、その後のスケジュールを全て変更し、涼羽のために時間を作って、この高宮家に集結、という流れになったのだ。


そして、自分の為に非常に多忙な中時間を割いて来てくれる幸介と誠一に、せめてものお礼の意味も込めて、夕食を御馳走しようと思い…

そのまま、高宮家の三人に、幸介と誠一の二人が加わっての夕食となった。


日頃から翔羽の親バカ丸出しの息子自慢の一つである、涼羽の手作り弁当のことを聞かされており、ぜひ一度は食べてみたいと思っていた涼羽の手料理。

その機会までもらえたことで、幸介も誠一もご機嫌そのもの。

もう、可愛い涼羽のためならなんだってしてあげよう、という思いに満ち溢れている。


「お、お父さんもおじいちゃん達も、お腹空いてるでしょ?…だから、先に食べて?ね?」


ちょっと相談したいことがある、と言っただけなのにものすごい食いつきようの三人の勢いに押されながらも、先に食事をしようと促す涼羽。

父、翔羽はもちろんのこと、幸介と誠一にも日頃からお世話になっているという思いに溢れている涼羽なのだから…

三人の、『涼羽のためならなんだってしてやる!!』という思いは今一つ分かっていない状態。


だから、ものすごい勢いの三人に戸惑いを隠しきれないでいる。


ちなみに羽月は、いつものように兄、涼羽のそばで涼羽の作ったご飯を食べられることに幸せを感じており、その童顔な美少女顔にはその幸福感が手に取るように分かるほどの笑顔を浮かべている。


「おお…これが涼羽君の手料理…」

「見てるだけで美味さが伝わってくる…」

「そうでしょう?涼羽の手料理は本当に美味くて、毎日でも飽きないんですよ!」


リビングのテーブルの上…

そこに並ぶ、涼羽の家庭的な手料理の数々。

この日の献立は、麻婆豆腐に唐揚げ、緑多めのサラダに焼きそば、そして温かいご飯と、わかめと豆腐の味噌汁というラインナップ。


どれも嗅いでいるだけで美味さを感じてしまう匂いに、見ているだけで食欲をそそられる綺麗な盛り付け。


その立場上、高級な店での外食の機会もそれなりに多いはずの幸介や誠一だが、そんな高級な外食の機会でも見せることのない、食べたくてたまらないという食欲に満ちた表情を浮かべている。


そんな二人を見て、父である翔羽は心底自慢気に、最愛の息子である涼羽の手料理を賞賛する。


「お、お父さんったら…大げさだよ…」


父の親バカ発言に、涼羽は思わずその可愛らしさ満点の顔を恥じらいに染めて、俯いてしまう。

相変わらず褒められることに慣れていないため、ついついこんな反応になってしまう。


「えへへ…お兄ちゃん可愛すぎ♡」


そんな兄、涼羽が心底可愛くてたまらない妹、羽月が…

涼羽にべったりと抱き着いて、自分だけのものだと言わんばかりに独り占めしてしまう。


「は、羽月…」

「こ~んなに可愛いお兄ちゃんは、わたしだけのお兄ちゃんなの♡」

「は、恥ずかしいよ…」

「だから、誰にもあげないの!わたしだけの、お兄ちゃんなの♡」


妹に可愛いと言われてしまい、ますますその顔を恥じらいに染めてしまう涼羽。

そんな涼羽がどうしようもないほどに可愛くてたまらない羽月。

可愛いの化身ともいうべき兄妹のやりとりに、翔羽と幸介、誠一の三人の頬もデレデレに緩んでしまう。


「ほ、ほら!!早くご飯食べよ!!」


あまりにも恥ずかしすぎて、その恥ずかしさをごまかしたいからか、涼羽から食事を急かす声が飛び出す。


「そうだな!可愛い涼羽をいっぱい堪能できたし、食べるとするか!!」

「うむ!涼羽君の可愛いところをいっぱい見れて幸せになったところで、涼羽君の作ってくれた美味しそうなご飯を頂くとしよう!」

「そうじゃな!可愛い涼羽君が一生懸命作ってくれた美味そうなご飯、頂くとするかのう!」

「えへへ!可愛い可愛いお兄ちゃんが作ってくれたご飯、早く食べたい!!」

「!~~~~~~~~も、もお!!余計なことは言わなくていいから!!」


その場にいる全員から、ひたすら『可愛い』を強調されてしまい、ますます恥ずかしがってツンツンとしてしまう涼羽。

そんな涼羽を見て、羽月も翔羽も幸介も誠一もまた幸せそうなデレデレとした顔を浮かべてしまう。


「「「「「それでは…いただきます」」」」」


もうすでに涼羽が作ってくれた手料理におおいに食欲をそそられていることもあり、全員でいただきますの合唱をした後、すぐにテーブルの上の料理にみんなの手が伸びていく。


「!うむ!これは美味い!」

「!おお!これは店で出してもいい美味さじゃ!」

「そうでしょう、お二人とも!ああ~、美味い!」


普段から高級店に入ることも多く、舌が肥えているはずの幸介と誠一からも、すぐに絶賛の声が飛び出してしまう。

優しいながらもしっかりした味付けで、本当に涼羽が食べる人のことを思って作ってくれたのを、食べたものが喉を通る度に感じてしまう。


翔羽は二人の舌が肥えているのを知っているのもあり、その二人ががつがつと食らいつくかのように涼羽の手料理を食べているのを見て、満面の笑みを浮かべてしまう。

この二人に認められたのなら、お店で出したとしても評判になるだろうと思ってしまっている。


「もう…褒めすぎだよ……でも、美味しく食べてくれて、嬉しいな…」


そんな三人を見て、涼羽はこれでもかと言うほどに褒められていることに恥じらいを感じながらも、自分の作った手料理を本当に美味しそうに食べてくれる姿が嬉しいのか、母性と慈愛に満ち溢れた笑顔を浮かべてしまう。


「お兄ちゃんのお料理、いつ食べても美味しい!!」


妹の羽月も、兄の手料理が大好きで大好きで、とても幸せそうな笑顔を浮かべながら、ぱくぱくと元気よく食べていく。


「ふふ…羽月も美味しいって言ってくれて、よかった」


妹が自分の手料理を本当に美味しそうに食べてくれているのを見て、ますます涼羽の笑顔が優しくふんわりとしたものになっていく。

そして、自分の手料理を本当に美味しそうに、幸せそうに食べるみんなを見ながら、自分自身もしずしずと食べ始める。


「「高宮君!」」

「?なんでしょう?専務に、丹波社長?」

「君は普段から、こんなにも美味しいものを食べさせてもらっているのかね?」

「ええ、私は涼羽の父親ですから」

「な、なんと羨ましい!わし、涼羽君の手料理なら毎日でも食べたいわい!」

「私もだよ誠一!涼羽君の手料理は、今まで食べた高級店のどの料理よりも食べたいと思えてしまう!」


元々、涼羽のその可愛さに心を奪われていた幸介と誠一なのだが…

ここに来て、その胃袋まで掴まれることとなってしまう。

この日初めて涼羽の手料理を口にすることとなった二人だが、予想を遥かに超えて美味だったため、毎日それを食することのできる翔羽についつい、羨ましいと言ってしまう。


「も、もお…幸介おじいちゃんも、誠一おじいちゃんも、大げさなんだから…」


そんな三人の会話を聞いていた涼羽は、自分の手料理を初めて食べた幸介と誠一がすごい勢いで自分の手料理を求めてくれることに嬉しさを感じる反面、翔羽の親バカがうつったかのようにベタ褒めされてついつい恥じらいにその顔を染めてしまう。


「りょ、涼羽君!!」

「!?な、なあに?誠一おじいちゃん?」

「たまにでいいんじゃ!たまにでいいから、またここに涼羽君の手料理、食べに来てもいいかのう?」

「あ!ずるいぞ誠一!涼羽君!私も、たまにでいいから、またここに涼羽君の手料理、食べに来てもいいかな?」


よほど涼羽の手料理に胃袋を掴まれてしまったのか、幸介も誠一も必死な様子でまたここに食べに来てもいいかと、涼羽におねだりをしてしまう。


そんな様子の二人を見て、涼羽は少しの間ぽかんとした表情を浮かべていたが…

そんな表情が、優しさと幸福感に満ち溢れた笑顔に変わる。


「うん、幸介おじいちゃんと、誠一おじいちゃんなら、いいよ」


自分の手料理を美味しく食べてもらえるだけでも嬉しいのに、それをさらに求めてくれるのが本当に嬉しいのか、笑顔で二人のおねだりに首を縦に振ってしまう。


「!う、うひょおおおお~~~~~っ!こんなにも可愛い涼羽君の、こんなにも美味しい手料理をまた食べさせてもらえるとは!!わし、めっちゃ嬉しい!!」

「!なんと!こんなにも可愛い涼羽君に、またこんな美味しい手料理を食べさせてもらえるとは!!私は本当に幸せ者だよ!!」


涼羽が笑顔で二つ返事で、自分達のおねだりを聞いてくれたのがよほど嬉しかったのか…

地は結構オーバーリアクションが多い誠一だけでなく、普段は落ち着いていてそんなことしなさそうな幸介まで、思わず立ち上がってガッツポーズまでキメてしまっている。

自分達なら、と涼羽に言ってもらえたのもその喜びに拍車をかけているようで、本当に子供のように喜んでいる。


「も、もお…おじいちゃん達ったら…」


しきりに『可愛い』を連呼されているのが本当に恥ずかしいのか、ついついその顔を恥じらいに染めてしまうものの、自分の手料理でこんなにも子供のように喜んでくれるのが嬉しいのか、涼羽は優しい笑顔を崩すことはなかった。


「そうじゃ!この世にはこんなにも美味しい料理があるということを、世の中の人達に知ってもらいたい!のう!幸介!」

「うむ!これを知っているのが私達だけ、というのはもったいない!誠一!」

「うむ!涼羽君を厨房の主とした食事処を作ってみたいのう!」

「ああ!店の内装は…『仕事で疲れてから、家に帰ってきた時の落ち着く雰囲気』をテーマにして…」

「それはいい!そこで、涼羽君のような可愛らしい子に出迎えてもらえて、ご飯まで作ってもらえる空間…」

「いいなそれ!それだけでもう、大繁盛する未来しか見えないじゃないか!」

「今わしらがこうして、涼羽君におもてなしをしてもらっているように、可愛い涼羽君におもてなしをしてもらえる食事処…」

「私なら、毎日でも通う未来しか見えない!…」

「そうじゃろうそうじゃろう!わしだって、毎日でも通ってしまうと断言できるわい!」

「誠一、お前恐ろしいことを考えるな!」

「がはは!これは間違いなく大繁盛するのう!」

「だが、涼羽君一人ではあまりにも負担が大きすぎるから…」

「そこは奇麗どころの多い、わしの会社のスタッフに応援を頼むのもありじゃな!」

「なるほど!ならば私はSNSを利用した広報の支援をうちの社員に頼んでみるとしよう!」

「いいのう!宣材に涼羽君のビジュアルと手料理を使えば、それだけで…」

「ああ!バズること間違いなし!」


涼羽の手料理を食べているうちに、経営者としての性分が疼いてしまったのか…

涼羽の手料理を世に広める、などという企画を言葉に出して、勝手に盛り上がっていく幸介と誠一。

さすがはやり手の経営者である二人なだけあって、次から次へと案が浮かび、ただの思い付きが具体性を持っていく。


「せ、専務!丹波社長!」

「?おお?どうしたのかね?高宮君?」

「?ん?どうしたのじゃ?高宮君?」

「その企画はとても素晴らしいと思うのですが…私は父親としてこの可愛い涼羽に余計な虫がつくようなことは、避けたいのです!」

「!む!…」

「!た、確かに!…こんなにも可愛い涼羽君なら、ヘンな虫が湧いてしまうだろう!…」

「ですので、あのキャンペーンで『SUZUHA』という架空のモデルを出した時のように…涼羽のことを秘匿する形にして、涼羽にはその手料理を作ってもらう方に専念してもらって…」

「!なるほど!それなら…」

「涼羽君に余計な虫がつく可能性は、極力下げられるな…」

「ホールと厨房を完全に隔離した状態で、ホールの方のスタッフにおもてなしを頑張ってもらう方向で…」

「!つまり、表向きはホールスタッフが厨房も担当する形で…」

「!涼羽君を表に出さないように護る、ということだね?高宮君?」

「そうです!それならば、涼羽が好奇の目に晒されることなく、涼羽の手料理の素晴らしさを世に普及することができるかと…」

「むう…しかしそれでは、涼羽君自身が評価されることはないのでは、ないか?」

「そうじゃな…この案では別人が作ったことにするからのう…」

「!そ、そうでした…むう…」


そして、この経営者二人の話に、涼羽の父である翔羽まで加わり…

涼羽にヘンな虫がついてしまうことを恐れて、自分なりを案を出していくものの…

最終的にその案では涼羽自身が評価されることがないというその一点で、勢いが萎んでしまう。


しかし、幸介と誠一はもちろんのこと、翔羽もこういったことは何気に好きなようで、そこからも積極的に案を出しては、経営者の二人にぶつけていく。

そんな翔羽と意見交換するのを幸介と誠一の二人も、非常に楽しみながら、話し合いは進んでいく。


肝心の涼羽本人の意思をまるで無視して、大人三人が非常に楽しそうに繰り広げていくブレインストーミング。


「お兄ちゃんのお料理が美味しいのは、わたしだけが知ってたらいいの!」

「…もう、羽月ったら…」


もはや面白いことを見つけた子供のように夢中になってブレインストーミングを繰り広げていく三人を見て、妹の羽月は兄、涼羽を独り占めするかのようにべったりと抱き着いて、涼羽のいいところは自分だけが知っていたらいい、とその可愛い声を響かせ…

話題の中心となってしまっている当の涼羽は、三人の話題に困った表情を見せながら、自分を独り占めしようとしてくる羽月にややあきれ気味の声を漏らしつつも、その頭を優しく撫でて可愛がるので、あった。

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