第219話 私達…結構似たもの同士なのかも知れませんね
「ぐ…ぐひー…ぐひー…」
「だ、大丈夫ですか?…」
そろそろお昼時になりそうな、快晴の空の下。
場所は先ほどまでの駅前から大きく変わって、涼羽が普段、その自然の多さと閑静さがお気に入りでよく散歩のルートとしている、駅前からは対角線となる町の外れにある公園。
その緑多き公園の中心にあるベンチに、文字通り身を預けるように座っているストーカー男。
普通に歩けば一時間半はかかってしまうであろう距離を、圧倒的に運動不足で、しかもどこからどう見てもあからさまな肥満な身体で休むことなく走りぬいてきたのだから、もう今はベンチから身体を起こすどころか、動くことすらできなくなっている状態だ。
そのストーカー男に、傍から見れば誘拐されるかのようにここまで連れてこられた涼羽と羽月。
羽月は、ずっと涼羽にべったりと抱きついてかかえられてきたため、疲れらしい疲れは全くと言っていいほどない。
今も、見知らぬ醜い男が目の前にいるため、最も頼りになる兄、涼羽にべったりと抱きついて、その胸に顔を埋めている。
涼羽は、このストーカー男に手を引かれて、しかも羽月を右腕一本でかかえたまま、駅前からこの公園まで走ってきているにも関わらず、まるで疲れた様子もなく、それどころか息一つ乱していない。
自分と羽月をここまで連れてきた男が、このベンチのところまでたどり着いたその瞬間、まさにフルマラソンを全力で完走しきったランナーのように、もう限界と言わんばかりに倒れてしまったのを、慌ててそのベンチに座らせたのだが、その時も、自分の倍以上はある体格の男を、まるで重さを感じさせないかのように軽々を持ち上げ、しかもふわりと優しくベンチに腰掛けさせたのだ。
見た目はまさに深窓の令嬢と言えるほどに儚げで、まさに美少女なのだが、そんな容姿に不釣合いな、本職のアスリートでもそうはいないであろう体力と力強さを持ち合わせているのだから…
半ば飛びかけている意識の中、そんな涼羽の姿を見せられたストーカー男の豆腐メンタルに割と結構なダメージが入ってしまったのは、言うまでもない。
豚の鳴き声のような、乱れた呼吸音が周囲に響く中、その音の発生源となっているストーカー男に、このベンチから少し離れたところにある自動販売機で買ってきたスポーツドリンクを差し出す涼羽。
もともとが容姿などにとらわれず、誰にでも優しくなれる涼羽であるがゆえに、こうした行為も当然のように行なえてしまう。
「ぐ…ひー……んぐ、んぐ…」
「慌てないで、落ち着いて飲んでくださいね」
ストーカー男にとっては、天から自分のところに舞い降りてきてくれた天使のような存在が差し出してくれたスポーツドリンク。
そんなありがたいものを拒む理由など、微塵もなく、むしろ何が何でも欲しいと言わんばかりに、差し出されたそれを受け取り、乱れた呼吸を整えながら、ゆっくりと飲んでいく。
少し呼吸が落ち着いてきているストーカー男を見て、心配そうだった涼羽の顔にも、安堵の笑みが浮かんでくる。
その間も、羽月は大好きで大好きでたまらないお兄ちゃんである涼羽の懐にべったりと抱きついたまま、ストーカー男の方にはまるで視線を向けようともしない。
自分のことを心底心配してくれる表情、そして、自分が少し楽になってくると、そのことに安堵してくれる表情…
そんな表情を、他でもない自分に向けてくれる涼羽のことが、ますます女神のように思えて、ストーカー男は、自身の暗く、病んだ心が、心の汚れが洗い流されていくかのように思えてしまう。
「…ふー……」
「よかった…楽になったみたいですね」
「!…あ…の…その…あ…ありがとう…ございます…」
「ふふ、どういたしまして」
ベンチにその重い身体を預けたままのストーカー男の顔色を覗き込むように、自分の顔を近づけてくる涼羽に、心臓の鼓動が急に跳ね上がるように激しくなってしまうストーカー男。
その誰が見ても文句なしと言えるほどの、童顔な美少女顔を間近で見ることとなってしまい、激しい鼓動が収まらない。
そんな状態でありながらも、こんな自分のことを心配して、懸命に介抱してくれていた涼羽に、ストーカー男はたどたどしくもお礼の言葉を、口にすることができた。
そんなストーカー男のお礼の言葉が嬉しかったのか、穏やかで優しげで、まさに女神を思わせるようなとびっきりの笑顔をその顔に浮かべながら、ストーカー男の右隣にちょこんと座る涼羽。
ストーカー男からは、涼羽の露になっている顔の左半分が間近で見えるため、ますますその動悸が激しくなっていく。
傍から見ればまさに美女と野獣、と言える組み合わせの二人。
今は二人のいるベンチの周辺に誰もいないものの、この光景を誰かが見ていたのなら、ストーカー男の方は下手すれば通報されていたかもしれない。
「(う、うわ…目はくりくりして大きくて…鼻はちょこんとしてて可愛くて…唇なんかぷるっぷるのつやつや…髪はさらりとしてて綺麗だし…肌はきらめくように白くてすべすべで…すっごくいい匂いまで…)」
どうしようもないほどに激しい鼓動に戸惑いながらも、涼羽の顔をじっくりと、間近で見ることとなったストーカー男。
そのパーツ一つ一つがあまりにも美しく、可愛らしく、さらには芳しい匂いまでしてくるので、遠目で見ている時よりもさらに、涼羽の容姿のよさを実感することとなっている。
加えて、その容姿に相応しい性格までしており、ますますストーカー男は、涼羽のことを護ってあげなくてはと、思ってしまう。
「…そういえば、どうして私達をあの場所からここまで連れて来てくれたんですか?」
あきらかに挙動不審で、まともに顔を合わせようとすることもできずにいるもののその目だけはしっかりと涼羽の方に向いているストーカー男に、涼羽はふと思いついた疑問を声にして問いかけてみる。
その際のきょとんとした顔が、またしてもストーカー男の鼓動を激しくすることとなってしまっているのに、涼羽本人はまるで気づくことなどないのだが。
「!……あ…の…そ…の…」
「?…」
「…き…きみ…達…が……」
「?私達が?…」
「……あ…あの……」
「?……」
「…………あ…な…なんか……変な…男達に……声……かけられて……困ってた……から……」
「!…そうなんですか…」
これまで、人とまともに会話などしたことがなかったため、こうして一対一で向き合って、家族以外の人間と会話することなど、一体いつ以来なのだろうと思ってしまうほど。
そんなストーカー男は案の定、涼羽の顔もまともに見ることなどできずに、ただただ、どもってまともに声を出すこともできなくなってしまっている。
それでも、その自分の中にある言葉の一文字一文字を少しずつでも、確かな声として涼羽になんとか届けようと、必死にその口を動かそうとしている。
そんなストーカー男を見て、涼羽はイラつくことも、あきれることもなく、それどころか、慈愛と母性に満ち溢れた優しげな表情を浮かべながら、ただじっとストーカー男が少しずつ自分に届けてくれる声に、じっと耳を傾けている。
時間にして約二分ほど、それだけの時間をかけてようやく搾り出すことの出来たストーカー男の言葉に、涼羽は少し驚きの表情を浮かべるも、それもほんの一瞬で、すぐに優しげな笑顔が浮かんでくる。
「(わあ…なんて優しくて、可愛らしい笑顔…こんな天使のような子が、今…僕のそばにいてくれて…こうやって会話まで…)」
「ふふ…ありがとうございます」
「!…え?…」
「私…あんな風に声かけられたのって初めてだったんで…だから…どうしていいのか分からなくて…」
「!…そ、そんな……こ……こんな…にも……か……可愛い……のに……」
「!そ、そんなこと……ないです……」
「!(う、うわ~…恥ずかしがってる顔…めちゃくちゃ可愛い…僕の…僕だけの姫…)」
涼羽の穏やかでふんわりとした雰囲気が、ストーカー男の心に落ち着きを与えてくれているのか、どもりっぱなしの口調も、いくらかまともになってきている。
そして、そのおかげでより涼羽のことをしっかりと見つめることができはじめている。
まさに、その対人恐怖症を克服するためのトレーニングをしてもらっているかのような、そんな感覚さえ芽生えてくる。
そして、こんなにも可愛らしい涼羽が、あんな風にナンパされたのが初めてだと聞かされて、ストーカー男の顔に驚きの表情が浮かんでくる。
全てが今までにない、初めてばかり。
涼羽とのやりとりは、ストーカー男にとって新鮮で、心地よくて、いつまでもこうしていたいとさえ思えてしまう、そんな素敵で楽しいものとなっている。
「人とお話するのって、苦手ですか?」
「!…は…はい…」
「私も…人とお話するの、実は苦手だから…お気持ち、分かっちゃいます」
「!…そ…そう…なんで…すか?…」
「はい…本当は、あんな感じで人の多い駅前とかよりも、この公園みたいに静かで自然の多い、人のいないところの方が好きなんです」
「!……ぼ…僕も…人のいるところは……」
「ですよね?だから、自然にここに走ってこられたのかな、って…なんだか、そんな気がしたので…」
「!…そ…そうかも…知れません……」
「ふふ…でしたら、私達…結構似たもの同士なのかも知れませんね」
「!!……」
その話し方、口調、どもり具合を見て、目の前の見知らぬ肥満体系の男が人との会話が苦手だと思い、涼羽はそのことを優しく問いかけてみる。
問いかけられたストーカー男は、半ば脊髄反射で、肯定の意を言葉にして返す。
そして、その次に涼羽の口から放たれた、人との会話が苦手だという言葉。
それを聞いたストーカー男は、こんな自分みたいな得体の知れない男にこんなに優しくおしゃべりしてくれる少女がまさか、と言わんばかりの表情を浮かべてしまう。
しかも、涼羽がこの公園のような、静かで人のいないところが好きだということまでおっとりと話してきて、それに便乗するように自分もそうだと、肯定の意を言葉にするストーカー男。
それを聞いて、涼羽はふわりとした微笑を浮かべながら、自分達は似たもの同士なのかもという言葉を声にして響かせる。
そんな涼羽の言葉を聞いたストーカー男は、まさに天にも昇らんかのような、幸せに満ち溢れた気持ちになってしまう。
こんな自分に対しても、まるで嫌悪する様子も見せず、こんなにも優しく、穏やかに接してくれる涼羽のことが、もっともっと好きになってしまう。
「……ほ……本当に……」
「?……」
「……可愛くて……優しくて……」
「!そ、そんな………」
「……ま、まるで……この世に……舞い降りてきてくれた……天使の……よう……です……」
「そ…そんなことないです……私……うう……」
「……あ…あなたの……ような……美少女と……こ…こんなにも……楽しく……お…おしゃべり……できて……ほ…本当に……う…うれ…しい……です……」
「そ、そんなこと言われたら…は、恥ずかしいです……ううう……」
このろくでもない人生の中で、ここまで人を好きになれたのは、初めてのことだと思えるストーカー男。
その対象となっている涼羽に対して、たどたどしくも飾らない、本当に素直な気持ちをそのまま、言葉にしていく。
人の目をまともに見ることすらできないでいたはずのストーカー男が、涼羽の顔を覗き込むような勢いでじっと見つめている。
何をどう見ても目の保養にしかならないほどの美少女が、肩と肩がふれあうくらいの距離で、こんな自分とこんなにも楽しそうにおしゃべりをしてくれている。
ましてや、その美少女が自分が初めて会った時からずっと想い続けている相手であるならば、幸せという気持ちが、まさに自分の身体から溢れかえってしまいそうなほどになってしまう。
しかも、自分の言葉で涼羽がこんなにも恥ずかしがって、その顔をふいと逸らしてしまうところも、あまりにも可愛すぎて、そんな涼羽をもっと見たくなってしまう。
まさに、ずっと憧れていた、しかし自分にはまるで縁がないだろうとさえ思っていた青春を、今この歳になって手に入れられているかのような、そんな気持ちにもなれてしまう。
そんな、ストーカー男にとって失った青春を取り戻しているかのような、幸福と楽しみに満ち溢れた時間を過ごしている、まさにその時だった。
「おお?なんかすっげー美少女がいるぜ?」
「しかも、なんかブヒブヒ鳴く家畜みてーなオッサンと一緒だぜ?」
あきらかにガラが悪いと言わざるを得ない、自分の本能に忠実なチンピラ二人が、そこで穏やかな時間を過ごしていた涼羽とストーカー男のところに姿を現したのは。
その二人は、かつて美鈴と愛理をナンパしようとして、志郎に身の毛もよだつほどの恐怖を味わわされたナンパ男達。
結局、生きているのがありがたいと思えるほどに、志郎に散々死ぬかもしれないほどの恐怖を味わわされたにも関わらず、時が過ぎればまた同じことを繰り返している、そんな二人なのである。
相も変わらず、自分好みの女子や女性を見つけては手篭めにし、自らの欲望を発散する、などということを繰り返している。
むしろ、以前以上に自分達が手篭めにしている女子や女性が怯えたり、苦痛を味わう姿を見ては快感を覚えるという、どうしようもないところまで来てしまっている。
そんな二人が、この日目をつけたのは、女装している涼羽。
そして、その涼羽が幼子を懐に抱く母親のように包み込んで抱きしめている羽月。
その二人に、この男達は目をつけたのだ。
そこに、醜い容姿の三十路男が一緒にいるのを見て、隠そうという素振りすら見せずに、わざとストーカー男に聞こえるように失笑と侮蔑の言葉を発してしまうチンピラ達。
「!…うう…」
あきらかに体格のいいチンピラ達を見て、思わず怖気づいてしまうストーカー男。
せっかくの幸せな気分も、それを感じられる時間もこの無粋な男達に壊されてしまい、それに憤りを感じるのだが、それ以上に暴力を振るわれてしまうことへの恐怖が勝ってしまい、その身を震わせて、チンピラ達から目を逸らしてしまう。
「やっべ、マジで美女と野獣じゃねーかこれ」
「マジでマジで。何こんなとびっきりの美少女といちゃついてんだこのブタ」
「ブタのくせに人間とお話すること自体、勘違いもはなはだしいなこれ」
「クセの悪い家畜にゃ、お仕置きが必要、だよな?」
「ああ、だよな?」
弱いものいじめをすることでしか、その欲望を満たすことの出来ないチンピラ達が、まずはストーカー男を自分達のストレス解消のはけ口にサンドバッグにしようと目論む。
そして、叩きのめすだけ叩きのめして、その後に涼羽と羽月を手篭めにしようという、どこまでも外道な考えにまで至ってしまう。
自分と穏やかに、それでいて楽しそうにおしゃべりをしてくれていたストーカー男に対し、無闇やたらに罵詈雑言を浴びせるその姿に、涼羽の顔に嫌悪感が浮かび、その心に静かに怒りの火がともっていることなど、チンピラ達は気づくことなどなく、ただただこの後、その涼羽と羽月の二人をどう手篭めにしてやろうかなどと考え、その顔が崩れるほどに鼻の下を伸ばすのであった。
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