第218話 またそれ着て、一緒にお出かけしようね♪

「涼羽ちゃん、羽月ちゃん、また来てね~!」


「私達、次に会えるの今から楽しみ~!」


「可愛い涼羽ちゃんと羽月ちゃんのファッションショー、すっごく楽しかった~!」


「涼羽ちゃんと羽月ちゃんなら、いくらでもサービスしちゃうから!だから、絶対に来てね~!」




非常に艶々とした、満ち足りた表情をそれぞれが浮かべながら、店舗での買い物も済ませて、そこから出て行こうとする涼羽と羽月の二人を見送る店員と、その時たまたまそこにいた女性客達。




結局、涼羽が嫌がって儚げな抵抗を見せているにも関わらず、それがまた彼女達の心をくすぐったのか、涼羽だけでなく、妹の羽月まで加わって、即席のファッションショーにまでなってしまっていた。




どこからどう見ても美少女姉妹にしか見えない兄妹のお揃いファッションで、彼女達は終始黄色い声をあげては喜んで、楽しんでいた。


ボーイッシュなもの、ちょっと背伸びした大人っぽいもの、まるで御伽噺のような、メルヘンチックなものなど、そこにいた涼羽以外の全員があれもいい、これもいいなどとはしゃぎながら次々と着せ替えていったのだ。


そして、最後まで涼羽は自身が男だといっているにも関わらず、女の子の衣類しか着せられなかったのである。




結局、一番最初に着せられたオーソドックスなあまかわコーデのものを、涼羽と羽月がお揃いで着て、そのままお会計を済ませることとなった。


当然、そんな展開を涼羽が嫌がらないはずもなく、儚げになりながらも懸命に抵抗したのだが、涼羽の弱点を知り尽くしていると言える羽月が、兄のそんな抵抗を許すはずもなく、二人だけでフィッティングルームに入り、誰からも見られないようにすると、兄のその唇を奪い、貪るかのように攻め立てたのだ。


もうそれだけで、その身を溶かされそうな羞恥が芽生えてきてしまい、どうすることもできない状態にさせられ、そのあげくに『言うこと聞いてくれないと、あのお姉さん達の前でこうしちゃうよ?』などと、羽月がその鈴のなるような可愛い声で言ってきた。


その声だけなら、誰が聞いてもその可愛らしさに頬を緩めてしまいそうなものなのだが、言っている内容が涼羽にとってはまさに死刑宣告と言えるものであったのだ。




ただでさえ恥ずかしがりやで、見られることが苦手な涼羽が、こんな恥ずかしくなってしまうことを誰かの前でされてしまう、などと思っただけで白旗を上げざるを得なくなってしまった。




そして、涼羽が着ることとなったコーデの代金は、これまでの小遣いの余りの貯金を持ってきていた羽月が出すこととなり、それに関しては涼羽は素直な気持ちで『ありがとう』と言うことが出来た。


そして、その他にも何着か、涼羽も羽月も買うことにしたのだが、それも羽月が全部支払ってくれたのだから、余計に涼羽がそんな妹に、心底嬉しそうな表情を浮かべてしまうのも無理はないこと。


もちろん、兄、涼羽のそんな顔を見て、羽月が天使のような笑顔で心底喜んでいたのは言うまでもない。


そんなあまりにも可愛い兄妹のやりとりに、その場にいた店員と女性客達がまたしても心を奪われてしまっていたのも、言うまでもない。




また、それだけ買っても、羽月が持ってきた貯金だけでお釣りが来るほどだったので、いかにこの店舗の安さが際立っているかがよく分かると言える。




「えへへ♪お姉ちゃんとお揃い♪」


「あ、あの…羽月…」


「なあに?」


「お、俺のために…」


「だあめ、『俺』なんて。今は『お姉ちゃん』なんだから、『私』って言わないと、だめ」


「!うう…」


「はい、やりなおして」


「わ…私のために買ってくれたのは、すごく嬉しいんだけど…やっぱり…恥ずかしい…」


「え~、いつもわたしのためにいろんなことしてくれるお姉ちゃんのために買ってあげたのに~」


「で、でも…」


「お姉ちゃん、せっかくわたしが買ってあげたんだから、またそれ着て、一緒にお出かけしようね♪」


「!う…うう…」




兄、涼羽がどこから見ても美少女にしか見えない女装姿になっていることもあり、羽月は普段の呼称ではなく、『お姉ちゃん』と呼ぶように切り替えている。


妹である自分から見ても、とびっきりに可愛いお姉ちゃんとなっている涼羽にべったりと寄り添ったまま、お揃いのコーデであることを心底喜んでいる。




そんな羽月に対し、女の子の格好をしていることに非常に抵抗感と恥じらいを感じてしまっている涼羽が、おどおどとしながら、健気で無駄な抵抗の声をあげてくる。


が、いつも通りの『俺』という一人称を涼羽が使っていることに、羽月は即指摘してくる。


まさにぴしゃり、という感じの羽月の指摘に涼羽は二の口を告げられなくなってしまい、さらにリテイクを要求してくる妹の声に逆らえず、言われるがままに『俺』から『私』に切り替えて、先ほど止められてしまった言葉の続きを声にして響かせる。




ひたすらに恥ずかしがる涼羽の姿に頬を緩めながら、せっかく涼羽のために買ってあげたのに、とまで言い出してしまう羽月。


しかも、せっかく買ってあげたんだから、またそれを来て一緒にお出かけしようとまで言い出してくる妹に、抵抗らしい抵抗もできずに、ただただ困り顔を浮かべるだけの状態になってしまっている涼羽。


こんな風に言われてしまっては、涼羽が断ることなどできないのを承知の上で羽月は言っており、その言葉通りにまたお揃いのファッションで涼羽とお出かけしたいと思っている。




それもこれも、美鈴が涼羽とお揃いのファッションでこれでもかと言うほどに涼羽のことを可愛がっていた、と言うことを他でもない涼羽の口から聞いてしまったから。


涼羽とお揃いのファッションは、羽月もそれなりにしてきてはいるのだが、自分の知らないところで美鈴が涼羽にそんなことまで求めていた、ということが、羽月のヤキモチを増長させることとなってしまい、この日半ば無理やり、脅迫に近い形で兄とお揃いのファッションで出歩くところまで持ち込んだのだ。




兄とお揃いのファッションに身を包むことが出来て、非常にご満悦の羽月。


特に、涼羽があまりにも可愛らしい恥じらいの姿を見せていることもあって、なおのことご機嫌になっていっている。




「ああ…可愛い…可愛すぎる…僕だけの姫…」




そんなやりとりをしながら、寄り添いあってこの若者のメッカとなる駅前のストリートを歩いていく涼羽と羽月の二人を、少し間隔をあけながらつけまわすのは、すでにその醜悪な笑顔を隠しもせずに幸福感に浸っているストーカー男。




非常にガーリッシュで、しかもあまかわなファッションに身を包み、恥らいながら妹と歩いていく涼羽の姿を見るだけで、幸せな気持ちが溢れてきてしまう。


そのあまりの可愛らしさに、その脂でてかった、お世辞にも整っているとは言えない顔がにやけてしまうのを抑えられない状態になってしまっている。




もちろん、今この瞬間も、涼羽のそんな一コマ一コマを切り取るかのように、手に持ったスマホで動画として撮影し続けている。




「ねえねえ、君達めっちゃ可愛いね!」


「どお?お兄さん達と、遊びにでも行かない?」




そんな矢先に、その美少女っぷりと可愛らしさを惜しげもなく披露し続ける涼羽と羽月のところに、長身でスラリとした、モデルばりのスタイルの、さわやか系なイケメン達が寄ってくる。


そして、明らかに下心満載の様子で、その甘いマスクを二人に近づけ、デートのお誘いの声をかけてくる。




いきなり知らない男達に囲まれるように声をかけられて、羽月はびくりとしてそそくさと涼羽にべったりと抱きついて、男達の顔も見ないようにしてしまう。


そんな妹を優しく抱きしめながら、涼羽はきょとんとした表情を浮かべてしまう。




なぜ、この男の人たちは自分に声をかけてきているのだろう。


もしかして、羽月に声をかけているのだろうか。




そんな疑問をそのまま顔に書いてしまっているかのような、そんな表情を。




「あれあれ?妹ちゃんかな?お姉ちゃんにべったり抱きついてこっち見てくれないな~」


「そんな可愛い妹ちゃんぎゅってしてるお姉ちゃん!ちょっと俺らと遊びにいかない?」




自分が声をかけられていることなど、露ほども思っていない涼羽に対して、モーションをかけてくる男達。


羽月がまるで自分達の方を見てくれないことなど、気にもとめず。




容姿はもちろん、雰囲気からしてザ・美少女と言える涼羽の方に、二人の男達の関心が行ってしまっている状態。


羽月も非常に可愛らしいのだが、少し幼すぎる印象ゆえに食指が動かないのか、男達のターゲットは完全に涼羽になってしまっているようだ。




「あ…あの…」


「ん?なんだい?」


「うっわ、めちゃ可愛い声!」


「…もしかして…お…私に声をかけてるんでしょうか?…」


「ああ、もちろん!」


「君みたいな子、TVに出てくるアイドルだって言われても全然不思議じゃないからね!」




おずおずとしながら、儚げに出された涼羽の声を聞いて、声まで美少女だと内心昂りながら反応してしまう男達。


そして、自分に声をかけているのか、という涼羽の問いかけに、まさにその通りと言わんばかりに鼻息を荒くして、男達は答える。




TVでも紹介されているような、流行もののコーデに身を包んでおり、その容姿に自信があるのか、男達はおくびもすることなく、涼羽に声をかけてくる。




「…うう…僕の姫が…あんな男達に…」




されて当然、と言わんばかりにナンパをされている涼羽を見てはいるものの、結局そこに割り込むこともできずに、ストーカー男はただただ、涼羽をナンパしている男達に悪態をつくことしかできないでいる。


お世辞にも整っているとはいえない、その醜い容姿のことを自分でも嫌と言うほど自覚しており、そのおかげで余計に、涼羽をナンパしている、容姿の整った男達に対してコンプレックスを感じてしまっている。


さらに、自分が護ろうと、日々ストーキングを続けているにも関わらず、いざこういう場面が来てしまうと結局何も出来なくなってしまう自分にどこまでも苛立ちと嫌悪感を感じてしまう。




「あ…あの…今妹と一緒に出かけてるので…私のことは気にせずに…」


「いやいや!その可愛い妹ちゃんと一緒に来てくれたらいいって!」


「そうそう!君みたいなコが一緒に来てくれたら、めっちゃ楽しくなっちゃうからさ!」




憤りを感じながらも結局動けないままでいるストーカーを置き去りに、涼羽をナンパする男達のテンションは留まることを知らない状態となっている。


こんな極上の美少女に声をかけないなんて、その方が失礼だろと言わんばかりに、涼羽をナンパしようとする男達の意気込みが際限なく増していく。




「ちょっと!どういうことよこれ!?」


「アタシらにモーションかけてきてたのに、いきなりいなくなったと思ったら、別の子に声かけてるなんて!」




そんなナンパな男達に、怒り心頭であることがそのまま表情に出ている、セクシー路線まっしぐらな美女二人がその心境をそのまま表す声をぶつけてくる。




そう、この男達は最初この二人にナンパしていたにも関わらず、そのすぐ横をより自分達の好みで、しかも本当に大人しそうな涼羽の方に視線も心も向いてしまい、それまでその二人しかいないみたいなモーションをかけていたにも関わらず、何もなかったかのように涼羽の方にナンパに来てしまったのだ。




そんな変わり身の早い男達に置き去りにされ、彼女達は一瞬呆けてしまったものの、すぐに瞬間湯沸かし器のように怒りが沸騰してきてしまい、思いっきり文句を言ってやろうとわざわざ男達のことを追いかけてきたのだ。




「なんだ…君達か」


「いやいや、さっきのはちょっとした気の迷いってことで…勘弁してね」




しかし、ものすごい剣幕で先ほどモーションをかけていた女性達に詰め寄られているにも関わらず、悪びれもしない様子であっちへいけと言わんばかりのジェスチャーまでしてしまう男達。


まるで自分達が選ばれた者であるかのようなその振る舞いに、先ほどナンパされたにも関わらず、思いっきり袖にされてしまった女性達の怒りの火に油を注ぐこととなってしまう。




「な、なんですって~~!!!!」


「ちょっと顔がいいからって、調子乗ってんじゃないわよ!!!!」




その激しく燃え滾る怒りに身をまかせながら、女性達は男達に罵声の声を浴びせ始める。


そして、男達の自慢の顔を殴りつけてやろうとするほどの勢いで、男達に掴みかかってくる。




「お、おいおい、乱暴はやめてくれよ」


「ちゃんと謝ったんだしさ」


「はあ!?それで謝ったつもり!?」


「思いあがってんじゃないわよ!?」




女性達に掴みかかられた男達は、さすがに驚きを隠せない様子を見せながらも、それでも落ち着いてしたり顔で女性達の追求から逃れようとする。


だが、そんな男達をやすやすと逃がすつもりなどない女性達は、ますますヒートアップしながらさらにその追及の手を強めていく。




「あ…あの…」




まさに一触即発の状態となっているところに、争いごとを好まない涼羽が仲裁の手を伸ばそうとするも、おどおどとかけられた声も今の男達と女性達には届かず、人目も気にすることなく盛大な言い争いにまで発展してしまっている。




「ど、どうし……!!え……」




もうどうすることもできず、おたおたとするだけの涼羽の手を、涼羽の背後から飛び出してきた何者かの手が掴み、そのままその場から立ち去ろうと、羽月を抱えたままの涼羽の手を引いて走っていく。




「…は、早く…こっちに…」




涼羽の手を引いてその場から走り去っていくのは、先ほどまで涼羽をストーキングしていたストーカー男。


涼羽をナンパしていた男達が、男達を追いかけてその場に現れた女性達と言い争いになっているのを見て、チャンスだと思い、なけなしの勇気を振り絞って、涼羽を護ろうとその場に勢いのまま飛び出し、そのまま涼羽を連れ去っていこうとしている。




ろくに運動もせず、醜く肥えた身体がとうに悲鳴をあげているのだが、自分が恋焦がれてやまない姫である涼羽が今、自分のそばにいるという現実が、そんな悲鳴など無視させてしまう。




「え?…え?…」




女装して駅前のストリートに出た途端にナンパされていたところに、その男達を追いかけてきた女性達が男達と言い争いを始め、それを止めようとしたところに、よく分からない太ったおじさんにその手を引かれてどこかに連れて行かれるという事態に、涼羽の意識は混乱の渦に落とされ、ろくに考えることもできずにただただ、その手を引かれたまま、走るしかない状態となってしまっている。




「(…ああ…今まで遠くで見ることしかできなかった姫が、僕のすぐそばに…この手、前につまづいて転んだところを起こしてもらった時と同じで…すべすべして小さくて、可愛らしいな…)」




その涼羽を連れて、その重い身体をどすどすと響かせながら走っているストーカー男は、再び触れることのできた涼羽の手の感触にますます幸福感を感じてしまう。


そして、ずっと恋焦がれてストーキングまでしてしまっていた相手である涼羽が自分のすぐそばにいることを感じながら、すでに悲鳴をあげている膝に鞭をうちながら、その人目から抜け出すように、駅前を走り去っていくので、あった。

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