第217話 こんなにも可愛いんだから!男の子も女の子も関係ないの!

「うわ~、可愛い~♪」


「えへへ~♪お兄ちゃんほんとに可愛い~♪」


「あ、あんまり見ないで…恥ずかしいよ…」


「何言ってるの!こんなに可愛いんだから、もっと自信持って!妹ちゃんの見立ても最高!」


「ね?店員さん、お兄ちゃんこういう格好似合うでしょ?」


「ええ!でも、次はこういうのとか…どお?」


「あ!これもいい!店員さんさすが!」


「でしょ~?」




日曜も早朝と言える時間帯から、そろそろ昼に差し掛かってくる時間帯になってきている。


涼羽と羽月の仲良し兄妹によるほのぼのデートは、周囲の人間に幸せのおすそ分けをしながら非常に仲睦まじく展開されている。




多くの男達の視線を集めながら。


多くの可愛いもの好きの女性達の視線を集めながら。


その中に、男しての欲望に満ち溢れた視線を含みながら。




しかし、そんな確かに自分達に向けられている視線を、涼羽は無意識に、羽月は意識的に見られているという感覚そのものを切り離して、仲良しデートを繰り広げている。




そうして来たのは、駅ビルの中にある全国的に有名な衣類専門店の店舗の中。


もう見ているだけでおなかいっぱいになりそうなほどの仲睦まじさを見せ付けながら入店してきた涼羽と羽月の二人を見た店員達が我先に歩み寄り、その中で最も早かった、女性としては長身でモデルのような美貌とスタイルの店員が若干鼻息を荒くしながら二人に話しかけることとなった。




そして、素材が極上であるにも関わらず、そのファッションがあまりにも残念すぎる涼羽を見て、衣類専門店の店員としての、自分自身を着飾らせて美しく見せる、ということに非常に強い楽しみと使命感を抱いている女性店員の、この近辺で意外と有名なファッションリーダーとしての心に火がついてしまった。




何よりも、自分が着飾ることもそうだが、それ以上に人を着飾らせることが楽しくて楽しくてたまらない彼女の、その欲望を存分に満たせるであろう標的(ターゲット)として、涼羽はロックオンされることとなってしまった。




そして、その妹である羽月と女性店員による、涼羽の着せ替えタイムが始まることとなってしまったのだ。




当然ながら、涼羽のことを見たままの美少女だと思っていた女性店員は、羽月の口から『お兄ちゃん』という呼び名が出てきたことにぽかんとした表情を浮かべてしまい、さらにはその羽月の口から涼羽が男であることを聞かされて、盛大に驚いてしまったのだが、それもほんの少しだけの間の話で、男でも女でも極上の素材であることに変わりはないという思いと、その極上素材を自分の手で思う存分に着飾らせてあげたいという欲望がマグマのように彼女の心に溢れてきてしまい、すぐに普段の営業スマイルでもそこまでにはならないだろうというほどのとびっきりの笑顔を浮かべて、涼羽の着せ替えに取り掛かることとなったのだが。




そして、涼羽自身も自分は男だという自己申告を出しているにも関わらず、女性店員は見たままの美少女として着せ替えを始めるという事態になってしまい、それに妹である羽月も便乗することとなり、今フィッティングルームから姿を現して、一時期流行った某芸人のようにその身を隠して、ひょっこりと飛び出すのではなく、とにかく恥ずかしくて隠れようとしている涼羽は、完全に女の子としての装いになってしまっている。




黒に近い深い紺のふわふわ長袖ニットに、膝より上の丈のベージュのフレアスカートという、あまかわ系ファッションにその身を包んでいる涼羽は、もともとの本当に美少女な容姿を、さらにガーリッシュに可愛らしくされてしまっている。




おまけに、胸の方も詰め物がされていて、妹の羽月と同じくらいの自己主張をしたものが、涼羽の胸に盛り上がっている。


ミニ丈のフレアスカートから伸びた脚も、女性店員が思わず驚いてしまうほどの美脚であり、これだけで街中を歩く男性諸君の目を惹いてしまうものとなっている。


飾り気のないヘアゴムで無造作に一つにしていた長い髪も、そのヘアゴムをとかれてさらりと真っ直ぐに重力に従って腰の辺りまで垂れ下がっている。




そんな自分を見られたくなくて、某芸人ならとっくにひょっこり出てきているはずなのに、いつまで経ってもそのフィッティングルームの中から出てこられない状態になってしまい、これが生放送なら確実に放送事故になってしまっている状況を作り出してしまっている。




「ほら!こんなにも可愛いんだから!男の子も女の子も関係ないの!あなたは本当に着せ替え甲斐のあるお客様だわ~!ほんと!」


「えへへ~♪お兄ちゃんがすっごく可愛くなって、もっともっと大好きになっちゃう~♪」




もう恥ずかしくて恥ずかしくてどうしようもなくなっている涼羽をそろそろひょっこりさせようと、女性店員と羽月の二人が半ば無理やりに、自分達が着せたあまかわ系ファッションの涼羽をフィッティングルームから引きずり出してしまう。




女性店員は自分の見立てが確かなものであったことに満足感を、そして目の前の極上素材と言える美少女――――な容姿をした少年を着せ替えていくことにこれ以上ないほどの楽しさを覚えてしまっている。




羽月の方も、いきなり兄がこの女性店員にまるで誘拐されるかのように店内奥のフィッティングルームに連れ去られてしまったことに驚きを隠せなかったが、すぐにその店員のコーディネイトを見て、一緒に楽しみ、喜んでしまっている。




「は…恥ずかしい…うう…俺…男なのに…」




もうどこからどう見ても極上の美少女にしか見えない姿にされてしまっている涼羽は、男である自分が女の子の装い、それもガーリッシュであまかわなコーデにされてしまっていることに恥ずかしさを隠せず、自分の身を覆い隠すかのように両腕で抱きしめながら、その顔を床の方に向けて、少しでも見られないようにと、健気な努力をしている。




もともとが透き通るかのような白く美しい肌をしているため、恥ずかしさで耳まで真っ赤になっているのがすぐに分かってしまう。




「わ~…何あの子~…めっちゃくちゃ可愛い~…」


「ほんと~…今日芸能人とか来る日だったっけ~?」


「TVでも見たことない子だけど…下手なアイドルなんか比べ物にならないくらい可愛い~…」




女性向けのコーデをされているということで、当然その空間も女性御用達のものになっている。


そのため、自分の好みのファッションを探し出そうと、この店舗まで足を伸ばしてきた女性客達が、思わずと言った感じでその足を止めて、涼羽の方へと視線を奪われてしまっている。




店舗自体が美人スタッフも多く、常に最先端のコーデなどを積極的に取り入れていることもあり、ちょくちょくとTVで紹介されるほどの店舗となっているため、たまに芸能人がリポーターとして来る事も多い。


そのことをここの常連も知っているため、TVの撮影があるのかと思ってみたものの、実際には撮影のスタッフらしき人間も機材もなく、この日はそんな日ではない、ということが分かってしまう。


にも関わらず、普通にTVに出ていてもおかしくないほどの、一度でも見ていたなら絶対に忘れないと断言できるほどの美少女が、あまかわなコーデに身を包んで、俯いて恥らっているその姿から目を離すことができない。




ついには我慢ができなくなってしまったのか、この店の中でも上位の美人であり、ファッションリーダーとして指名も多い店員と、その恥らう少女とそっくりな顔をした少女に、その美少女が非常に可愛がられているところへ足を運び、そばにまで来てしまう。




「ねえねえ、あなたすっごく可愛いわね!」


「ほんとほんと!私、TVに出てるアイドルかと思っちゃった!」


「割とオーソドックスなコーデなのに、こんなにも可愛らしく着こなして…その脚もすっごく綺麗で、すごいわ~!」




そのおどおどと恥らう様子が、どこか小動物のような印象をもたらしており、とにかく可愛くてたまらないのか、女性客達がこぞって未だに上を向くことの出来ない涼羽に話しかけてきてしまう。




「!……あ、の…その……」




見られているだけでも身動きが取れないほどの恥ずかしさが湧き上がってきているのに、そんなところに話しかけられてしまい、涼羽はもうどうしようもないほどにテンパってしまっており、さらには男である自分が女性の衣類に身を包んでいることがバレたら、と思うとなおのごとく、地蔵のように下を向いたまま固まってしまうこととなった。




「きゃあ~!何この子、声もすっごく可愛い~!」


「ほんとに恥ずかしがりやさんなのね~!でも、恥ずかしがってるところすっごく可愛い~!」


「ねえ!お姉さん達にもっとあなたの可愛いところ見せて~!」




だが、そんな涼羽がまた可愛らしいなどと言うことは、これまでもさんざん証明されてきたことなので、当然ながら、涼羽見たさにここまで寄って来た女性客達はますますその顔をデレデレと緩ませてしまうこととなる。




「えへへ、お兄ちゃんアイドルみたいに可愛いって♪よかったね♪」


「うう…よくないよ…俺、男なのに…」


「ううん!いいことなの!あなたはほんとに可愛さで天下取れちゃう子なんだから!」




その可愛らしさを絶賛されている涼羽が本当に誇らしくなってしまったのか、妹である羽月は涼羽にべったりと抱きついて、可愛い女の子として絶賛されている兄に嬉しそうに言葉を贈る。




そんな妹、羽月の言葉に、よくなんかないと、案の定な反応を返してしまう涼羽。


それも、盛大に精神的ダメージを受けた、と言わんばかりの表情を浮かべながら。




そんな涼羽に追い討ちをかけるかのように女性店員が、これでもかと言わんばかりに絶賛の言葉を贈ってしまう。


自分がコーディネイトした子が、これほどの絶賛を浴びていることも誇らしく、またその可愛らしさを惜しみなく発揮していることで、ますますその頬が緩んでしまっている。




「え!?今この子、『お兄ちゃん』って言ってなかった?」


「え?え?もしかして、この子男の子なの?」


「ね、ねえねえ!あなたもしかして、男の子なの?」




羽月の涼羽を呼ぶ『お兄ちゃん』と言う声がその耳に届いてしまったのか、女性客達は騒然としてしまう。


まさか、本当の女性である自分達から見ても羨ましくなってしまうほどの美少女が、実は男であるなどと、何を冗談を、という思いと、まさか本当に、という思いが交錯してしまい、いいようのないワクワクとドキドキに襲われながら、自分達が向けた問いへの返答を待っている。




「…うう…男…です…」


「そうですよ~、お兄ちゃんはれっきとした男の子ですよ~」




そんな女性客達に対し、涼羽と羽月は、ただただ事実のみを返答として返す。




涼羽は、女の子としての装いをされていることに非常に恥じらいを覚えながら。


羽月は、そんな可愛い兄のことを誇らしげに、嬉しそうに。




「ははは…私も最初聞いた時は何の冗談だと思ったんですけどね~、でも、これだけ可愛かったら、男の子でも女の子でも、どっちでもいいかな~、なんて思って…ついついこの子めっちゃ可愛くしようと思ってコーデしちゃいました」




そして、涼羽をコーデした女性店員も、最初は驚いたということ、でもすぐに思いなおして、コーデを楽しんでいたことをさらっと話してしまう。




そんな、視界に映っている情報と、実際に耳で聞いた情報がまるで一致しないことに意識が混乱してしまったのか、女性客は何も言葉を発せなくなってしまっている。




が、それもほんの少しの間のことだった。




「…ええ~~!!女の子でもこんなに可愛い子ってそうそういないのに、男の子なの~!?」


「…うっそ~~~!!こんな可愛い男の子って、ほんとにいるんだ~!!」


「…マジマジ!?わ~、君みたいな男の子だったら、お姉さんむしろ大歓迎よ~!!」




もはや涼羽が男であると言うことなど、何の問題もないといわんばかりの勢いでさらに絶賛の声が上がってくる。


むしろ、これだけ可愛くて男の子、ということがさらに彼女達の心をくすぐってしまっているようだ。




「うっわ~…顔小さくて、ほんとに可愛い!!それに、お肌超きれい!!」


「それに、ふんわりした服なのに、腰めっちゃ細いの分かるし!!」


「なになに!?このスカートから伸びてる綺麗すぎる脚!!腰の位置も高くて羨ましい~!!」


「や…やめて…ください…見ないで…」




もう涼羽に首っ丈の状態になってしまっている女性客達。


一人は涼羽の俯いたままの顔を持ち上げて、その造詣のよさをじっくりと堪能するかのように見つめてくる。


一人は涼羽の華奢なボディライン、特にゆったりサイズの服を着ているにも関わらずはっきりと分かる腰の細さに驚きの声をあげている。


一人は涼羽のスカートから伸びている脚の綺麗さ、腰の位置の高さに羨望の眼差しを送り続けている。




女装した状態をじろじろと無遠慮に、しかも複数の女性に見つめられて、涼羽は恥ずかしさで自分がなくなってしまいそうな感覚を覚えながらも、懸命に健気な抵抗をしてしまう。




もっとも、そんな抵抗も彼女達の興奮と言える興味をそそるものでしかなく、ますます涼羽は彼女達のおもちゃのように、もみくちゃにされてしまうので、あった。








――――








「ああ…着飾った姫…なんていう可愛らしさなんだ…」




そして、当然と言わんばかりに涼羽のストーキングを続けているストーカー男。


涼羽をストーキングすることで身に付いた空間把握能力を駆使して、絶妙のポジションで涼羽を隠し撮りしている。




普段から、男子であるがゆえ、そしてファッションに無頓着なこともあり、野暮ったい男子のスタイルばかりだった涼羽が、その容姿を引き立たせるかのようなあまかわコーデに身を包んでいるその姿を見て、恍惚の表情を浮かべている。


もちろん、その顔は周囲が見れば即通報されるような、ひどいものとなってしまっているのだが。




「…ああ…早く…早く姫を僕と二人っきりになれるところに、連れてってあげたい…」




女装して、ますますその可愛らしさと美少女っぷりに磨きがかかってしまっている涼羽を見て、ストーカー男の暗い欲望はもはや止めようがないほどに膨れ上がってしまっている。


もう涼羽を自分と二人きりになれるところに連れて行って、これでもかというほどに独り占めにして、愛してあげることしか考えていない状態に、なってしまっている。




「…待っててね…僕の…僕だけの姫…必ず君を…僕がうんと愛してあげるからね…」




距離がそれなりにあるため、涼羽が男の子であるという会話までは聞こえていないストーカー男。


だが、涼羽の女装姿もそのスマホに動画として記録することができて、非常に幸せな思いに浸ることができている。




しかし、もはやそれだけでは済ませられないほどに、彼の欲望はその暗さと深さを増していっている状態。


涼羽のことを見る彼の目が、まさにそれを物語っている。




彼は、本当に涼羽のことを自らの領域(テリトリー)に閉じ込めてしまうのだろうか。


それがただ、口先だけで終わらないということを、彼の醜く歪んだ表情が物語っているので、あった。

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