第206話 違わないよね?『SUZUHA』ちゃん?

「涼羽ちゃん♪どうぞ♪」


「う、うん」




昼食の後リビングで寛ぎながら、ひたすら涼羽のことを愛して、可愛がり続けていた美鈴。


それがとても楽しくて、幸せで、本当に艶々とした笑顔を浮かべている。


逆に、ずっと美鈴の愛情攻撃で攻められ続けていた涼羽の方は、まるで自分が溶けてしまいそうなほどの恥ずかしさにずっと襲われることとなり、嫌々をしながらも結局は拒めずに、ひたすら美鈴に愛され続けることとなってしまった。


その恥ずかしさにずっと耐え続けていたおかげで、どことなくぐったりとした様子になってしまっている。




美鈴の父である正志、母である美里が微笑ましく思いながらも、ついつい顔を赤らめてしまうほどのいちゃらぶっぷりを余すことなく披露し、美鈴の気が済んだかと思えば、今度は美鈴が涼羽を自分の部屋に連れて行こうとする。


早く早くと、急かしながら涼羽の手をとって引いてくる美鈴に素直に従いながら、涼羽も美鈴の後をついていく。




リビングを出て、玄関から見える階段を一段一段、踏みしめながら上がっていくと、人二人は通れるであろう廊下が一直線に突き当たりまでつながっており、その廊下を挟むように、適度な間隔で木目調のドアが設置されている。


階段から向かって左手側の、一番手前のドアのノブに美鈴が手をかけ、閉じられているドアを開く。




そこが、美鈴の部屋となっており、美鈴はそこに涼羽を迎え入れようとする。


無論、異性が苦手な傾向のある美鈴であるため、この部屋に同性の友達を招いたことは何度かはあるのだが、異性の友達を招くのは、涼羽が初めてである。




そして、涼羽自身も同年代の異性の部屋に入るのは、この日が初めてであり、美鈴に促されてはいるものの、男である自分が気安く女子の部屋に入っていいのだろうかと、戸惑いを見せている。




「もお~、何してるの?涼羽ちゃん。早く入ってきて!」


「!わ、わっ!」




戸惑いながら、なかなか自分の部屋に入ろうとしてくれない涼羽にしびれを切らした美鈴が、その手を強引に引いて、涼羽を無理やり自分の部屋に入れさせてしまう。




そもそもが広い家であるだけに、私室としてあてられている美鈴の部屋も結構な広さがある。


高宮家にある、涼羽の私室よりも明らかに広さがあり、白を基調とした空間が穏やかさと綺麗さを感じさせている。


長年使っている生活空間であるにも関わらず、汚れがまるでないと言えるほどに綺麗なのは、やはりこの部屋の主である美鈴が、普段から部屋を綺麗にすることを心がけているからなのだろう。


まあ、それも涼羽の家に初めて行った時に、普段から涼羽が掃除をしているおかげで非常に綺麗なことを見せ付けられたからこそなのだが。




物が少なく、殺風景な印象のある涼羽の部屋とは違い、そこまで多くはないものの、それなりに美鈴の私物などで埋められている。


それも、部屋そのものが広いおかげで、圧迫感を感じずにすんでいるのだが。


漫画や小説などを好んで読むため、壁の一面を埋めるくらいに大きい本棚が、この部屋に入った時に一番に目に入ってしまうくらいに目立っている。


その対面にクローゼット兼収納スペースがあり、そこも十分すぎるほどの容量を持っている。


結構なおしゃれさんで、季節ごとの新作もよく買い漁ったりするため、収納スペースは普段から衣類で埋められており、下着に関しても気に入って買ったものや新作として買ったものなどが多く、それらは所狭しと、収納スペースに収められているチェストの中に入っている。


扉がある方の面の壁には、いつの間にか撮られていた、満面の笑顔を浮かべる涼羽の写真がポスターとして貼られており、しかもその隣には、涼羽のもう一つの顔である『SUZUHA』のポスターが貼られている。


同じ壁のところに置かれているベッドの邪魔にならないように綺麗に並べて貼られており、美鈴がベッドの上でこのポスター達を眺めながら幸せそうな笑顔をしているのが、容易に想像できてしまいそうだ。


ドア側からの対面となる面には窓があり、その面に学習机が置かれている。


文系で機械が苦手な美鈴はパソコンを持っておらず、もっぱらスマホ一つでいろいろしている派となっている。




この部屋に入って、いつ撮られたかも分からない自分の写真が、まさかポスターとして使われていたことにも驚いた涼羽なのだが、それ以上に驚いたのが、『SUZUHA』のポスターが、普段の自分の写真に並べて貼られていたことだった。




『高宮 涼羽』と『SUZUHA』の二人が同一人物であることを知っているのは、あの時の撮影に関わった人間だけであるし、それ以外にはその情報そのものを完全にシャットアウトしている。


が、いかに髪型やメイクで普段と違う印象をかもし出しているとはいえ、こうやって『高宮 涼羽』と『SUZUHA』の顔を並べて見比べられたら、普段から涼羽と交流を深めている人間は気づいてしまうかも知れない。


特に美鈴は、もはや家族ぐるみでと言えるほどに涼羽と深く関わっており、しかもいつも至近距離で涼羽の顔を眺めているのだから。




そんな驚きと不安から、思わず並べて貼られている、一見まるで違うようで、実際にはどちらも自分の顔を映されているポスターを、じっと見つめてしまうこととなる涼羽。




そんな涼羽を見て、美鈴が涼羽を部屋に招きいれた後にドアを閉じて鍵をかけると、心底嬉しそうな顔をして涼羽のところに歩み寄っていく。




「えへへ…いいでしょ?これ?」


「み、美鈴ちゃん…これって…」


「涼羽ちゃんが、私の前ですっごく嬉しそうに羽月ちゃんを可愛がってた時の顔なの。ほったらかしにされたみたいで悔しいから、思わず撮っちゃったの」


「!ぜ、全然気づかなかった…」


「だって涼羽ちゃん、羽月ちゃん甘えさせてる時ってい~っつも周りが見えてないような感じなんだもん。だから、つい撮っちゃった♪」


「つ、ついって…そんな…」


「えへ、それに…この『SUZUHA』ちゃん、す~っごく綺麗で可愛くて、ほんとに理想的なお嫁さんだよね~」


「!う、うん…そう…だね…」


「そうなの、だから、わざわざこのブライダルキャンペーンしてる会社のところまで行って、ポスターもらってきちゃった♪」


「そ、そうなんだ…」




嬉しそうな顔をして、まるで逃がさないとでも言わんばかりに自分のことをぎゅうっと抱きしめてくる美鈴が、涼羽は怖くて怖くてたまらない。


自分が妹を可愛がっていた時の顔を撮られてしまっていたことに関しては、正直思うところがなくもないが、まあいいとして。


ただ、問題はその写真の構図が、すぐ隣に並べて貼られている『SUZUHA』の、幸せ一杯のお嫁さんな笑顔の構図と、そっくりそのままとなっているから。




ただでさえ、同一人物ということでいつ誰かに気づかれてもおかしくない、この件に関する最重要機密なのだが、こうして自分の顔を普段から、当たり前のようにじっと見つめている美鈴に、まさに見比べるかのように『SUZUHA』の顔までじっくりと見られていた、なんて思うと、まるで『SUZUHA』の時の自分をじっくりと見られているかのようで、顔から火が出るほどの恥ずかしさを覚えてしまう。


加えて、これだけそっくりな構図で揃っていては、いくらメイクと髪型で印象操作をしていると言っても、この美鈴なら気づいてしまうかも知れない。








――――高宮 涼羽が、『SUZUHA』であるということに――――








今こうして、部屋のドアの鍵をかけて密室にしたのも、まさに二人っきりのこの状況で、自分からその事実を聞きだしたかったからではないのだろうか。


涼羽はもう、そんなことまで考え出してしまう。




実際の女装した涼羽の姿を見たことのある美鈴なら、涼羽がこんな風にお嫁さんの格好をしていても何の違和感もなく、むしろそれが当然であると言わんばかりに受け入れられる。


胸なんか、パットでも入れればごまかせるし、そもそもの顔立ちは、いくら印象操作をしていてもごまかせないものがある。


何より、この幸せそうな笑顔と雰囲気が、いつも誰かのためを思って何かをしている時の涼羽の笑顔と雰囲気にそっくりだからこそ、美鈴は気づいているのかも知れない。




「もお、ほんとにそっくり」


「え?…な、何が?…」


「涼羽ちゃんと、この『SUZUHA』ちゃん」


「!!そ、そっかな?……そんなに似てないと思うけど…」


「だって、こんなにも、見てるだけで幸せになれちゃいそうな素敵な笑顔できるのって、私涼羽ちゃんだけだと思ってたのに…この構図なんか、ほんとに瓜二つっていっていいくらいそっくりなんだもん」


「き、気のせいじゃ…ないかなあ?…髪型も違うし…」


「ん~、でも、涼羽ちゃんがその可愛い顔ぜ~んぶ見えるようにしたら、こんな感じになると思うの」


「…か、顔立ちも…違うと思うけどなあ…」


「でもこれ、ナチュラルな感じだけど、ちゃんとメイクしてるでしょ?涼羽ちゃんの顔にメイクしたら、こんな感じにできるのかな、って思うの」


「…で、でも俺…こんな胸なんかないよ?…」


「そんなの、今時いくらでも本物そっくりなパットくらいあるんだから~、どうにでもなるんじゃないかな~って」




一つ一つを、本当に楽しそうに、嬉しそうに声にして響かせる、美鈴の一言一言。


こんな美少女と、こんなやりとりを二人っきりできるのなら、世の男子達はまさに幸せの絶頂に舞い上がってしまうのではないだろうか。


そんな風に思えるほどの美鈴の声も、一言一言も、その笑顔も、今この場においては、涼羽にとってはまるで尋問を受けているかのような、気が気でならない心境に陥ってしまっている。




ましてや、その真面目で誠実で、不器用な性格である涼羽であるがゆえに、嘘がつけないということもあり、美鈴の一言一言に返す言葉も、明らかに何かを隠していることを強調するものと、なってしまっている。




さらには、涼羽が懸命に、その事実から美鈴の目も意識も逸らそうとする言葉に、美鈴はいくらでも返しの言葉を用意していると言わんばかりに返してくる。


しかも、その一言一言があまりにも的を得ているため、涼羽も二の口を告げられなくなってしまう。




美鈴は、本当に気づいているのではないだろうか。


自分が、このポスターの中で花嫁として映っている『SUZUHA』という、今まさに時の人となっている美少女モデルであると言う事に。


しかも、このやりとりを見ている限り、ほぼ確信を持っているのではないだろうか。




そこまで考えて、ますますその思考を混乱の渦に落とされてしまう涼羽。




どうしよう。


どうしよう。


どうしよう。




その事実は、決して誰にも知られてはいけないことなのに。


どうしよう。


どうすればいい。




答えの出ない堂々巡りの思考に陥っているため、もはや言葉も発することすらできなくなっている涼羽。


もはや今出来るせめてもの抵抗が、まさに逃がさないと言わんばかりに自分のことを抱きしめてくる美鈴からその顔を逸らすことくらい。




そんな涼羽を見て、美鈴はにやにやと意地の悪い笑顔を浮かべると、自分から顔を逸らして何も言わなくなってしまった涼羽の身体をぐいぐいと引っ張っていくと、そのまま自分が普段から使っているベッドの上に、涼羽を仰向けに寝かせてしまう。




不意にそんなことをされてしまって、驚きの顔を隠せない涼羽の上に、すかさず美鈴は自分の身体を多いかぶせるかのようにのっかかってくる。


自分にベッドの上に押し倒されて、驚きの表情のまま固まってしまっている涼羽の顔を、美鈴は至福の表情でじっくりと上から見つめている。




「…み、美鈴ちゃん…」


「なあに?」


「…そ…そんなにじっと見られたら…恥ずかしい…」


「そうなんだ~。じゃあ、こうしたらもっと恥ずかしい?」


「え?…」




自分の顔を覗き込むかのように、上から覆いかぶさった状態で見つめてくる美鈴に、顔から火が出てしまいそうなほどの恥ずかしさを感じてしまう涼羽。


そのあまりの恥ずかしさにどうにか耐えながら、懸命に儚げな抵抗の言葉を声として響かせる。




そんな涼羽があまりにも可愛らしくて、ゆるゆるに緩ませただらしない笑顔を浮かべたままの美鈴は、涼羽の前髪を、カーテンを開くかのようにたくし上げ、涼羽の恥ずかしさに満ち溢れているその顔を全て、自分の目に映るようにさらけ出させてしまう。




「!み、美鈴ちゃん…何を…」


「えへへ、涼羽ちゃんって、いっつも顔の右半分隠した状態だから、全部見えるようにしたらどんなのかな~って思って」


「や…やめて…恥ずかしいよ…」


「だあめ、こんなに可愛い顔なんだから、もっと見たいもん。ほら、この眼鏡もとっちゃうね」


「!あ!…」




美鈴に押し倒された状態で、その顔を全て露にされてしまい、恥ずかしさのあまり身動きが取れなくなってしまっている涼羽を、美鈴は上から覗き込むように見つめて、嬉しそうな笑顔を浮かべている。


さらには、最近視力の矯正のためにかけ始めた眼鏡も取り去って、本当に素のままの涼羽の顔を本当の意味で全てさらけ出してしまう。




「わあ~、もう溜息出ちゃうくらい可愛い~♪」


「や、やめて…もう…離して…」


「だあめ、私にもっとその顔ちゃんと見せて♪――――」








「――――『SUZUHA』ちゃん♪」








美鈴の弾むような声が、その一つの名前を響かせた時、涼羽は瞬間、何を言われたのかが分からなかった。


どうして、今ここでその名前が、自分に向けて呼ばれているのか。


どうして、美鈴が自分に対して、その名前で呼びかけてくるのか。




あまりにも唐突すぎて、まるで魂を抜かれてしまったかのように固まってしまう涼羽。


ここで、全力でとぼけるようにしてしまえば、まだごまかしようもあったのかも知れないが…


声は出なくても、涼羽の今の表情がすでに『な、なんでそれを…』と言ってしまっているようなものと、なっている。




元々が嘘をつけない性格であるがゆえに、こんな不意を突かれたシチュエーションに弱いのだろう。


ゆえに、今となっては涼羽の性格をよく知っている美鈴に対して、この反応はあまりにも正直すぎた。




「…やっぱり♪『SUZUHA』ちゃんって、涼羽ちゃんだったんだね♪」


「…………!え、いや…ち、違う…………」


「涼羽ちゃんって、ほんとに嘘つけない性格なんだから♪分かりやす~い」


「ち、違う…違うもん…」


「違わないよね?『SUZUHA』ちゃん?」


「!うう……違う……」




どうやら美鈴も、涼羽に対して『SUZUHA』と呼びかけた時点では、その考えに確信が持てていなかったようで、涼羽の反応を見て、その考えが正しかったことを確信したようだ。




しかし、それでも他でもない涼羽自身が、こんな自白に等しい反応を見せてしまっている以上、これ以上美鈴には隠しようがない状況となってしまっている。




決して自分とあの時の関係者以外には知られてはいけないその事実を、美鈴に知られることとなってしまった涼羽。


どうやってこの状況を、と必死に混乱の渦に巻き込まれている思考をフル回転させている涼羽の顔を見て、美鈴はここからどうやって可愛い涼羽を引き出していこうか、などと意地の悪いことを考え始めるので、あった。

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