第195話 りょうせんせーは、ぼくだけのおねえたんじゃないと、や~
「あら~、涼羽ちゃんこんにちは」
「まあまあ、涼羽ちゃんいつ見ても可愛いわね~」
「涼羽ちゃん、いつもうちの子がお世話になってて…ほんとにありがとうね~」
学校も終わり、いつも通りとてとてとアルバイト先である秋月保育園に向かっている涼羽。
そんな涼羽を見かけた数人の、二十台後半から三十代前半くらいの女性達が、まるで滅多に会えない孫に会えたおじいちゃんやおばあちゃんのようにゆるゆるとした笑顔を浮かべながら、涼羽のそばへと近寄っていく。
そして、それぞれが涼羽を見ているだけで本当に嬉しそうな表情を浮かべながら、嬉しそうに声をかけていく。
彼女達は、秋月保育園に幼い盛りの自分の子供を預けている保護者達であり、その秋月保育園で、まるで本当の母親であるかのように、どの園児に対しても分け隔てなく接して、そこにいる全ての園児達の幸せそうで、嬉しそうな笑顔を引き出してくれている涼羽のことが一目で気に入ってしまって、まるでアイドルの追っかけをするかのように、涼羽のことが大好きなのである。
「あ、こんにちは。こちらこそ、いつも私のことよくしてくださって、ありがとうございます」
そんな彼女達に、涼羽はいつもの裏も何もない、本当に素直で純粋な思いからの笑顔と、感謝の言葉を返す。
彼女達と会う時は、常に秋月保育園でいる時と同じようにする、という自分の中でのルールがあるため、口調や一人称も全て、秋月保育園でいる時の、いわばアルバイトモードへとスイッチしている。
ちなみに、彼女達もたまに涼羽の制服姿を道端で見かけたりすることがあるのだが、もはや何をしても、何を着ていても可愛い涼羽であるがゆえに、彩のように、なぜ男子の制服を着ているのか、などとは微塵も思うことなどなく、ただただ、この天使のような存在である涼羽を見ることができて、この日も本当に幸せだという思いでいっぱいになってしまう。
それゆえに、今も男子の制服を着ている状態であるにも関わらず、彼女達は涼羽のことを見たままのとても可愛らしい女の子だと、かけらも疑うことなく信じきっている。
もともと、秋月保育園で涼羽がアルバイトとして入り、園児達のお世話をするようになってから、その園児達の保護者が口をそろえて、秋月保育園に預けている自分の子供が本当にいい子に育っている、と、まるで自慢をするかのように井戸端会議の時などにおしゃべりしてしまっていたのが、事の発端。
そこから、じわじわと口コミで秋月保育園のいい評判がこの町全体に浸透していき、今となっては秋月保育園に自分の子供を預けたい、と願う親が増える一方となっている。
彼女達も、そんな秋月保育園の評判を聞きつけて、ここ最近から自分の子供を預けるようになった保護者なのだ。
自分の子供を秋月保育園に預け、お迎えに行って、わが子と一緒に家に帰るという日常のルーチンが出来上がってから、そう時間が経たないうちに自分の子供に、明らかにと言えるほどにいい変化が見えるようになった。
まず、人見知りで外に出る度におどおどとしていた子供は、それが嘘のように秋月保育園にいることを、そしてそこにいる間にあったことを本当に嬉しそうに、幼い子供らしく身振り手振りを交えて親にお話をしてくれるようになった。
元気いっぱいだが、わがままなところが手におえないという子供は、秋月保育園に行くようになってからは、元気であることは変わらないものの、以前と比べてそのわがままさがなりを潜めていっているのを、日に日に感じるようになった。
彼女達もそうだが、共働きでどうしても育児に時間をさけないでいる親はどうしても保育園という施設に頼りがちになってしまい、その育児という面でも、自分達がうまくできないという思いでいっぱいになってしまう。
だから、自分の子供に、悪影響が出てきたらどうしようと、不安になってしまう心もあり、最初は秋月保育園に預けることになってからも、心配で心配でどうしようもない時が続いたのだ。
だが、そんな押しつぶされてしまいそうな不安も、本当にすぐに解消され、むしろ本当に自分の子供をいい方向へと導いてくれていることが、すぐに結果で証明されることとなり、今となっては彼女達は、自分達と同じように育児の面で不安や悩みを抱えている仲間に、すぐに秋月保育園のことを話すようになったのだ。
何より、自分達にとってはもう、TVに出てくるようなアイドルと言っても過言ではない、まさに天使のような存在とも言えてしまう、涼羽と言う存在がいるため、それだけでも単純に秋月保育園にお迎えに行く時間が本当に楽しみで楽しみでたまらない。
とある家庭では、涼羽目当てに秋月保育園にお迎えに行くのを、自分が行くと言って夫と妻の間で喧嘩までしてしまう、などということもあるほどに、なっている。
「もお~!涼羽ちゃんったら、ほんとにいい子で可愛いわ~!」
「こんなにもいい子な涼羽ちゃんがうちの子の面倒見てくれてるから、本当に安心できるし、うちの子にも本当にいい影響しかなくて、本当に助かってるのよ~!」
「そうなの!だから本当に、いつもありがとうね~!涼羽ちゃん!」
そんな涼羽が、本当に控えめに感謝の言葉を自分達に向けてくれるのを見て、ますます保護者の女性達の顔が緩んでしまう。
そして、もうその母性をくすぐられるような思いを抑えきれないのか、全員で涼羽のことをぎゅうっと抱きしめ、優しくその頭をなで始める。
「!あ、あの……私…そんな小さな子供じゃ、ありませんので…」
これももはや毎度のことではあるのだが、それでもいきなりこんな風に抱きしめられることにいつまで経っても慣れないでいる涼羽。
だから、こんな風にされるとすぐにその顔を赤らめて、自分はそんな小さな子供じゃないと、儚い抵抗の声をあげてしまう。
なにより、彼女達は涼羽のことを見たままの可愛らしい女の子だと信じて疑っていないため、こうやって身体を密着させられることで、自分の本当の性別がバレてしまうのではないか、という不安が大きくなってしまうからだ。
以前、彩に本当の性別がバレてしまった時は、涼羽自身本当に申し訳ないと思って、必死に保育園を護ろうとひたすら自分が悪いと主張して、それでようやく許してもらえたと、涼羽は思っている。
しかし、だからと言って、もしまた彩との時のような状況に遭遇してしまった時、同じように許してもらえるという保証などないと思っているため、とにかくこういった、相手が気軽に望むスキンシップに関しては、思わずその身を縮こまらせてしまう。
ただ、当の彩本人は、全然騙されたとも思っておらず、そもそも怒るどころか、ますます涼羽のことが可愛らしく思えてしまっており、いつもいつも自分がべったりと抱きついて可愛がると、すぐにその顔を赤らめては、自分は男だから、とかなんとか言って無駄で儚い抵抗を繰り返す涼羽のことが可愛くて可愛くてたまらず、むしろもっとこんな風に可愛がりたくなってしまう、という状態なのだが。
「うふふ、涼羽ちゃんったら…いつだってめちゃくちゃ可愛いわ~」
「ほ~んと…それに、私達の方がお姉さんなんだから、涼羽ちゃんは私達から見たら子供みたいなものよ?」
「そうそう、子供はね、大人に可愛がられないといけないの。そうやって、わたし達の心を癒してくれないと、困るのよ?」
「だから…ね?涼羽ちゃん?私達のこと、癒して欲しいから、このまま私達に可愛がられて…ね?」
もはや自分達の子供と同じくらいと言えるほどに、涼羽のことが可愛くて可愛くて、大好きで大好きでたまらない彼女達。
こうやって、涼羽のことを可愛ってあげられる時間は、本当に彼女達にとっては至福のひと時と言えるほどに重要で大切な時間なのだ。
そうやって可愛がってあげることで、恥じらいにその頬を染めてどうすることもできなくなってしまう涼羽がますます可愛らしくなって、ますます涼羽のことを可愛がってあげたくなってしまう。
そんな彼女達に抵抗らしい抵抗もできず、結局、涼羽は秋月保育園に到着するまでの間、ずっと彼女達に幼い子供のように可愛がられ続けることと、なったのである。
――――
「ねー、りょうせんせー」
「?なあに?」
「いつになったら、ぼくだけのおねえたんになってくえるの~?」
「!も、もお…先生は、みんなの先生だから…」
「や~。りょうせんせーは、ぼくだけのおねえたんじゃないと、や~」
道中、ずっと保護者の女性達に可愛がられながら秋月保育園に到着することのできた涼羽。
一緒に来た保護者達は、その足でそのままわが子のところへと向かい、そこで園児達の面倒を見ている珠江に挨拶をしてから少し他愛もないおしゃべりをして、何もかもがスッキリしたかのような艶々とした顔で、ようやくわが子と共に、自宅の方へと帰っていくのだった。
その間に、涼羽はここでの作業着に着替えることとなるのだが、最近はその日その日で、珠江とここの職員達が見繕った、涼羽に着せたいものを事前に涼羽のロッカーに入れておくというやり方になっており、もちろんそれ以外のものは一切、涼羽のロッカーに入れることなどなく、絶対に自分達がチョイスしたものを着てきて欲しい、という意思表示をしてしまっている。
当然、最初は涼羽も儚い抵抗をするのだが、そうすると珠江達が無理やり涼羽のことを着替えさせようと、嫌がる涼羽の服を脱がせにかかってくる、という暴挙に出られてしまったことがある。
それ以降、下手に抵抗すると幼い子供みたいに着せ替えをされてしまうという恐怖感が涼羽の中にすりこまれてしまい、もはや抵抗らしい抵抗もできず、渋々ながら、珠江達が選んだ服を着るしかない状態に、なってしまっている。
しかも、最近はそこに女性の保護者達の要望も加わってきているようで、半ばコスプレじみた衣装も増えてきており、それがますます涼羽の羞恥を刺激するようになっている。
今日の衣装は、そんな保護者のリクエストもあったのか、黒に近い紺色のツーピースで、くるぶしまでの丈のロングスカートという、シックなデザインのエプロンドレスに身を包むこととなってしまっている。
さらには、可愛らしさを強調するようなフリフリいっぱいの、その清楚さを強調するかのような純白のカチューシャとエプロン、真っ直ぐに重力に従ってさらりと腰の下まで伸びている艶のいい黒髪は、普段無造作に一つにまとめているヘアゴムを取り払われて、美しいロングヘアそのままの状態となっている。
俗に言う、メイドさんの姿で、この日はアルバイトをすることと、なってしまったのだ。
「らめなの~!りょうてんてーは、ぼくのおよめさんになるの~!」
「ちがうの~!りょうちぇんちぇーは、ぼくのおねえたんになるの~!」
「あ、あの…先生は、みんなの先生だから、ね?…」
そうやって日ごとに可愛らしさ満点の姿を見せているせいなのか、最近園児の男の子達はひっきりなしに涼羽のことを自分だけのお姉さんだと主張したり、自分だけのお嫁さんだと主張したり、とにかく涼羽のことを独り占めしようと可愛らしい自己主張をしてしまっている。
ここに来る男児達は、まさにその人生の初恋というものを、この高宮 涼羽というとても優しくて母性的で、非常に可愛らしい美少女――――な容姿をした美少年に奪われてしまっていっている。
もし、そんな天真爛漫で可愛らしい、無邪気な初恋を同性である男にしている、などということを知ってしまったら、一体その子にとってどんな影響を及ぼしてしまうのか、皆目見当もつかない。
とはいえ、涼羽はどこからどう見ても男に見えない、本当に誰の目をも惹いてしまう美少女な容姿をしているうえに、ここで働いている間は珠江や他の職員達、そして涼羽のファンとも言える女性の保護者達の思惑もあって、今となっては常に女装させられているため、よほどのことがない限り、まず気づかれることはない状態となっている。
「ちがうもん~!りょうせんせーは、わたちのおねえたんになるんだもん~!」
「ちあうの~!りょうちぇんちぇーは、あたちのおねえたんになるの~!」
「らあめ~!りょうてんてーは、あ~たんのおねえたんになりゅの~!」
そして、男児達がこぞって、涼羽のことを自分だけのものにしようとしているのを見て、女児達も涼羽は自分だけのお姉ちゃんになるんだと、可愛らしい自己主張をしてくる。
そして、もはやどこに出しても恥ずかしくない、それどころかどこに出しても人気ナンバーワンになること間違いなしのメイドさんの格好をしている涼羽に、べったりと抱きついてくる。
「だ、だから先生は、みんなの先生なの…」
そうして、きゃいきゃいとさわがしく、涼羽は自分にべったりと抱きついたまま、自分のことを独り占めにしようとする園児達に、非常に困った表情を浮かべながら、あくまで自分はみんなの先生だから、と言い聞かせようとする。
とはいえ、ここまで園児達が自分のことを大好きで大好きでたまらないという、本当に天真爛漫で無邪気で、可愛らしい姿を見せられて、思わず心がほっこりとしてしまう。
「…いいなあ、あのちびちゃん達、涼羽ちゃんにあんな風にべったりとできて」
「…俺も、あの子達くらい小さかったら、あんな風に涼羽ちゃんに優しくぎゅうってしてもらえてたんだろうなあ…」
「…今日の涼羽ちゃん、メイドさんかあ…あ~、まじ可愛すぎて…お持ち帰りしたくなっちまうぜ」
「…それはいつものことだろ?ちなみに俺もだけどな」
そんな涼羽と園児達の、ほっこりとした可愛らしいやりとりを、自分の子供を迎えに来た男性の保護者達が、中に入ろうともせずに扉の外からじっと見ている。
非常勤で、まるでアイドルのように可愛い、清楚で可憐な女子高生の保母さんがいるという噂を聞いて、ここにわが子を預けるようになり、実際の涼羽を見てすっかりファンになってしまっている彼ら。
最近の涼羽の仕事着が、やけにコスプレ色が強くなってきていることも手伝って、ますます涼羽のことが可愛くて魅力的な異性に見えてしまっている。
ちなみに、こうして扉の外から中を覗き込むように眺めているのは、ここにわが子を預けるようになってからすぐであり、こうして園児達と触れ合う、まるで天使のような涼羽のことを少しでも長く見ていたいという思いから、ついついこんな感じになってしまっている。
そして、そんな光景を見る度に、自分もあんな風に涼羽に優しくなでなでしてほしい、とか、自分もあんな風に涼羽にぎゅうっと抱きしめて欲しい、とか、まるでここに預けているわが子がしてもらっているように、自分も涼羽に甘えたいなどと思い、日々悶々としている。
現在、この秋月保育園にわが子を預けている保護者の中で、涼羽の本当の性別を知っているのは唐沢 彩ただ一人だけであり、他の保護者達は誰もが、涼羽のことを見たとおりの美少女だと信じて疑う素振りすら見せることがない。
それだけに、彼らの目には、本当に理想的で可愛いの化身とも言えるであろう涼羽が、実は高校生の男子だと知ったら、一体どんなことになってしまうのか、もはや想像も付かないであろう状態になってしまっている。
「りょうせんせー、だあ~~~いすき!」
「りょうてんてー、らあ~~~いしゅき!」
「りょうちぇんちぇー、らあ~~~いちゅき!」
いつもいつも、自分達のことを本当に優しく、大切にしてくれる涼羽のことが、とにかく大好きで大好きでたまらない園児達。
もうどの子も、涼羽のことをまるで本当のお姉ちゃん、もしくは本当のお母さんみたいに思っているのか、べったりと抱きついて、うんと甘えてくる。
「…ふふ…ありがとう、みんな。先生も、みんなのこと、大好きだよ」
我も我も、と言った感じで、自分にうんと甘えてきて、自分のことを本当に大好きだと、その無邪気な言葉で伝えてくる園児達が本当に可愛くて、母性と慈愛に満ち溢れたその笑顔と声を、園児達に向ける涼羽。
そして、園児達一人一人の頭を順番に優しくなでて、本当に一人一人を包み込もうとする。
「ああ~…本当に涼羽ちゃんは可愛くて可愛くてたまんないねえ~~~…」
園児達と本当に心温まる触れあいをしている涼羽があまりにも可愛らしくて、珠江の顔はもうゆるゆるに緩んでいる。
この日の仕事着となっているメイド服も、清楚で可憐な涼羽に本当に似合っていて、もう今すぐにでもめちゃくちゃに可愛がってあげたくなってしまっている。
もちろん、あえて中に入らずに扉の外から覗いている男性の保護者達も、そんな涼羽の可愛らしさにメロメロの状態となっており、しばらくの間、わが子を迎えに来たことも忘れて、その扉の前に立ち尽くしたまま、自分達にとってはもはやアイドルとなっている涼羽のことを、その脳裏に焼き付けておくかのようにじろじろと見ているのであった。
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