第163話 涼羽が歌うのか…こりゃあ、楽しみだな

「でよ…そんな感じで手伝おうとしたら、その婆さんえれえ喜んでくれてよ」


「そうなんだ…」


「なんか、あんなん見せてもらえたら、俺としても手伝った甲斐があってよ」


「それすっごく分かる。そういうの、本当に嬉しいよね」


「だから本当に以前の俺がいかにだめだったかってのが、よく分かるんだよな」


「ふふ…それはもういいじゃない。志郎はちゃんといいことしようと、前に向いていってるんだから」




それぞれの自己紹介も終わり、ついにスタートした合コン。


女性らしい慎ましやかさに欠けるものの、容姿は整っている女子グループの面々。


むしろ、今時のギャルとしては、流行にのっているといえる彼女達。




そんな彼女達の気を惹こうと、やる気に満ち溢れている男子グループの面々。


せっかくここまで来たんだから、せめて連絡先だけでも交換しておきたい。


そんな願望を内に秘め、それぞれがアピールを開始し始める。




今回はカラオケボックスで行なうため、男子グループの全員が、この日のために、今時の女子高生に好まれるヒット曲などをリサーチし、しっかり一人カラオケで練習までして、ちゃんと歌えるように仕上げてくるという…


彼女が欲しい、という真っ直ぐな思いから、懸命な努力をしていたのだ。




もちろんそれだけではなく、ファッションに関しても女子受けのいいものをしっかりとリサーチし、今流行りのコーディネイトをしてくるなど、とにかく余念のない準備をしていた。




その努力を勉強とか部活の練習とかに向ければいいのに、と、涼羽が聞けば天然でそう思ってしまうことだろう。


そんな涼羽自身が世間知らずなところが多く、他の男子達と比べてもかなりずれていると言わざるを得ないところは多々あるのだが。




とにかく、そんな彼らの努力の結晶を今この時、意中の相手を求めるために、披露していくこととなる。




すでにこの日のために仕上げてきた、彼女達に捧ぐための歌を、意気揚々に歌い始めている男子達。


日々、女の子受けを狙っているため、全員がカラオケを十八番としているというのもあり、本当にうまいと思えるレベルで、彼女達の受けを狙うための歌を歌い上げていく。




そのうまさに、さすがに彼女達もおお、と、感心するようなリアクションを見せ、ちょっとテンションが上がっていく。




熱唱している間にも、そういった彼女達のリアクションをしっかりとチェックし、自分にその視線が向いていることに気をよくして、さらに熱唱していく男子達。




そんな感じで、一人ひとり、順番にこの日のために新たに追加し、練習に練習を重ねてきた歌を熱唱していく男子達。


そんな彼らに、少々まちまちではあるものの、それなりに好印象な雰囲気を見せる女子達。




そんな風に合コンをしっかりと楽しんでいる十四人とは対照的に…


いつの間にか歌や女子グループのことなどそっちのけで、二人だけの世界を作り上げているかのような雰囲気で、楽しそうに会話をしている二人がいる。




涼羽と志郎の二人である。




今回の参加メンバーでは、女子グループの共通認識としてトップクラスのイケメンとされている志郎は、そんな目で自分を見ている女子達にまるで目もくれず、ただただ、自分の隣にいる親友、涼羽といろいろ会話をして、楽しんでいる。




そんな志郎のいつもながらの聞いてて楽しめる話に、涼羽もその頬を緩めて、楽しんでいる。




特に、志郎がお年寄りを手伝っていた話、それで相手のお年寄りが本当に喜んでくれていたこと、そんなお年寄りを見て、志郎自身が本当に満たされたということ…


それが本当に嬉しかったのか、花が咲き開かんばかりのにこにこ笑顔を志郎に向けて、じっと話を聞いている。




やはり、涼羽の容姿が本物の女子でもそうはいないと言えるほどの美少女なものであることもあり、本当に仲良しカップルがいちゃついているようにしか見えないというのは、当事者である涼羽と志郎は全く自覚がない状態となっているのだが。




「涼羽の方なんか、そんなこと日常茶飯事なんじゃねえのか?」


「え?」


「だって、俺から見てたら、お前って本当にその辺歩いてるだけで周囲の人間を幸せにしてるような感じだしな」


「!な、何言ってるの?志郎?」


「いや、だってよ。こないだも、若い美人のお姉さんに声かけられたと思ったら、いきなりべったり抱きつかれて、めっちゃ可愛がられてたしよ」


「!え…そ、それっていつの…」


「確かあの人、秋月保育園に子供預けてる人だろ?」


「!も、もしかして唐沢さん…」


「まあ、お前みたいな保育士さんとか、誰が見たってあんな風に可愛がりたくなるだろうな~、とは思いながら見てたけど」


「も、もう言わないで…」


「たまに保護者が園児を迎えに来る時間帯とかち合うことがあるんだけど…お前、男の保護者に毎回あんな感じでナンパまがいのこと、されてんのか?」


「!そ、それは…」


「…まあ、無理もないか。俺が見ててもとびっきりの美少女保母さんにしか見えねえもんな」


「そ、そんなことないってば…」


「いやいや、あるからあんな感じでずっと男の保護者達に言い寄られてたんだろが」


「ち、違うよ…」


「あん時は次から次へと、って感じだったから、市川先生とかまでお前を男の保護者達から引き離そうとしてたもんな」


「も、もう言わないでってば…」




そんな、志郎にとっても涼羽にとっても嬉しくなってくる話の後に、志郎がふとした感じで、自分が見かけた時の涼羽のことを話し始める。




その話を聞いて、途端に涼羽の顔が真っ赤に染まって、恥じらいに思わず俯いてしまう。




「(…なんなの、あれ…)」


「(…なんか、あそこだけカップル成立しちゃってるみたいな感じじゃん…)」


「(…なんか、めっちゃ楽しそう…)」


「(…本当に男同士なの?あれ?どう見てもイケメンと美少女のカップルにしか見えないんだけど?)」




さすがにすぐそばでそんなやりとりをされていたら、嫌でも目に付いてしまうのは当然のこと。




そんな涼羽と志郎のやりとりをじっと見つめている女子達。


一応、志郎から説明されて涼羽が男だという認識を、渋々ではあるものの、受け入れたのだが…


それでも、その直後にこんなやりとりを見せられたら、やっぱり本当は女の子なんじゃないの、という疑問がわいてきてしまう。




まるで、自分達の中で誰よりも先にカップルが成立した、みたいな感じになってしまうため、本当の意味で志郎狙いである彼女達からすれば、面白くないことこの上なくなってしまう。




本当なら、企画倒れで終わらせるつもりだったこの合コン。


それを、たまたま平身低頭に今回の合コンをお願いしてきた男子の高校に、あの最強の不良と名高い鷺宮 志郎がいるということで、その志郎を連れて来ることを絶対条件として、今回の合コンに参加するという形をとったのだ。




この日来ている他の男子達も、決して容姿は悪くなく、それなりにいいものを持っている者ばかり、というのは確かにある。


だが、結局自分達の認識からすれば、せいぜいキープ止まりと言えるところ。




他に本命らしい本命がいなかったのなら、彼らにも十分勝機はあったのだが、今この場には、彼女達の本命中の本命である、鷺宮 志郎が来ている状態。




目を合わせただけで、その身体がまるで動くことを忘れてしまったかのように固まってしまう、とまで言われているほどの不良なのだから、さぞかし凶悪な感じなのだろうとは思っていた。


しかし、それでもその最強の強さというものに憧れる女子は意外にも多く、それほどの強さを持っている男子を、自分の彼氏にできたとしたら、それは結構なステータスになるだろうとまで、思っていたほど。




ところが、いざ蓋を開けてみると、その凶悪で最強の不良とまで呼ばれていた人物は、そんな噂とはまるで程遠いと言える、正統派の長身爽やかなイケメンだったのだ。


本当にあの噂の人物と同一人物なのかと、自己紹介をされた時には我が目、我が耳を疑ってしまうほどだったのだが、実際にこんなにもとっつきやすそうで、爽やかなイケメンだと思うと、むしろよりその気になってしまう。




そんなわけで、他の男子達にもそれらしい反応を見せながら、あくまで本命は志郎一人だという、女子グループの水面下での激しい攻防が行われていたのだが…


そこに、実際には女子ですらない、でも本当に男子なのか疑わしい、とまで思える存在である涼羽が、ちゃっかり志郎の隣を陣取って、まるで見せ付けるかのように仲良くおしゃべりする姿を見せてしまっている。




もちろん、涼羽にそんな認識も自覚もあるはずはなく、そんなことをしているつもりもかけらもない。




でも、女子達から見れば、本当にそんな感じになってしまっている。


そうなってしまっているからこそ、女子達は当然ながら面白くなくなってしまうことになり、その悪感情が自然と涼羽の方へと、向いてしまう。




男同士で、しかも親友なんだから話しやすいのは当然であり、そんな近すぎる距離感もある意味男同士だからこそできるというのもあるのだが、涼羽のことを自身の潜在的な防衛意識もあって、女子として認識してしまっているからこそ、こんな悪感情が生まれてしまう。




「(…なんか、鷺宮君とおしゃべりしてる、高宮君?すっごく可愛い…)」


「(…あの子、見てたらぎゅってしたくなっちゃうくらい可愛い…)」




ただし、一部の女子は涼羽のことを本当に可愛らしいと思ってしまっており、ついつい、自分がぎゅうってして、可愛がってあげたくなったりしてしまっているのだが。




実際には志郎を本命として来ていたはずなのに、どちらかと言えば可愛いもの好きな彼女達は、自然と志郎から涼羽の方へと、本命が変わりつつある。


あんな可愛い男の子が彼氏だったら、と、妙な妄想まで始めてしまっている。




見てすぐ分かるくらいの人見知りで恥ずかしがりやな涼羽に、女の子の服を着せて恥ずかしがらせてみたい、という欲求まで膨れ上がってきてしまい、そんな妄想にまで発展してしまっている。




結局、全員の視線が涼羽と志郎の方に向いてしまうこととなり、とうとう誰も歌の方は聞いていない、という状況にまでなってしまっている。




「(高宮…めっちゃ可愛いよな…)」


「(いつも思うけど、なんであれで男なんだよ…)」


「(鷺宮と楽しそうにおしゃべりしてる様子なんか、本当に鷺宮の彼女みたいにしか見えねえもんな)」


「(ぶっちゃけ、女子達には悪いけど、まじ高宮が一番可愛いもんな)」




男子達の方も、自然と涼羽の方に視線がいってしまっており…


今日この場に来ている女子達と比べても、やはり涼羽の方が可愛いという結論にまで、至ってしまっている。




「お~い、高宮」


「?なあに?」


「せっかくここまで来たんだし、お前も歌ってみるか?」




ここで、涼羽のクラスメイトとなる一人の男子が、涼羽の方へと声をかけたかと思うと…


わざわざ涼羽のそばまでマイクを持ってきて、涼羽に歌ってみないか、と誘いかける。




「!え…」


「お前のことだから、こんな機会、滅多にないだろ?」


「そ、そうだけど…」


「多分、カラオケなんてのも初めてなんだろ?」


「う、うん…」


「ならせっかくなんだし、ちょっと歌ってみようぜ?」




その男子からすれば、ちょっと気を利かせて、というつもりなんだろうが…


実際にはカラオケなんて来た事がなかった涼羽からすれば、一体何をどうしていいのか分からないばかりなのである。




一応、プログラミングなどの作業の時には、自分が聞いて気に入った曲をPCにダウンロードして、それをエンドレスリピートでずっと聞き流したりしているので、それなりに知っている曲はある涼羽。




風呂に入っている時や、料理をしている時などに、それを楽しそうに口ずさんだりすることはあったのだが、こんな人の目がある場で歌うことなど、まるでなかった。




人前で歌うこと自体が初めてということもあり、正直言うと断っておきたいという思いの方が強い涼羽。




しかし、わざわざこうして自分に歌うことを促してくれているのに、それをむげにするのも、と思ってしまう。


それに、ここまで来た以上、楽しんで帰る、と心に決めていることもあり、おずおずと、その男子が渡してくれるマイクに手を伸ばす涼羽。


そして、その小さく柔らかな手で、マイクを握る。




「う、うん…せっかくだから、歌ってみるね?」




恥ずかしそうにしながらも、はにかむような笑顔を浮かべながら、自分が歌える曲を探し始める涼羽。




「(うわ~…あいつの手、ちっちゃくて、やわらけ~)」




マイクを渡す時に、自分の手が涼羽の手に触れた時の感触を思い出して、本当に驚きの思いに満ち溢れてしまう男子。


どう考えても、自分達と同じ、今年十八歳の男子の手とは思えない涼羽の手の感触に心底驚きながらも、その感触を反芻したりしてしまっている。




そして、そんな男子を尻目に、涼羽の方は選曲が終わったのか、しっかりとマイクのスイッチを入れて自分の唇に近づけて、歌う準備は万全となっている。




涼羽が選曲したのは、最近メジャーデビューしたばかりのガールズバンドが歌う、スピード感のあるポップソング。


バンドの彼女達の実体験かどうかは分からないが、愛しい恋人に会いたくても会うことができず、それでも会いたくて行動を起こしてみるものの、タイミングが合わなくてすれ違ってしまう、という、お互いに会いたいのに会えない、というもどかしさを歌にしたラブソング。




そういうもどかしさに共感する女子、女性達が多かったのか、若い世代の女性から非常に評価を受けることとなり、曲の売上げもランキングで上位に位置することができたのだ。




ただ、実際にカラオケで歌ってみると分かるのだが、結構アップテンポでメロディも難しげなところが多く、採点をしてみても高得点の出にくいタイプの曲となってしまっている。


おまけに声のキーも高く、声量が必要なところも多いため、カラオケ初心者には難しいとされる曲なのである。




「(へ~…高宮のやつ、あんな歌、歌うんだ…)」


「(声もまるで女子みたいな高宮なら、いけそうだとは思うけど…)」




男子達は、涼羽の選曲にちょっと意外な印象を覚えながらも、涼羽ならいけるのではないか、という妙な期待感が芽生えてきている。


それに、あの声なら違和感なく歌えるだろう、という思いもあるため、実際に涼羽がどんな風に歌うのか楽しみにさえなってきている。




ちなみに涼羽は何気なしにこの曲をたまたま出かけた先のコンビニで聞いて、すぐにお気に入りとなり、帰ってからすぐに検索して見つけ、すぐにダウンロードした。


そして、何かPCに向かって作業する時には必ず、この曲を含めて作業用BGMを繰り返し聞き流すようにしている。




もちろん、そんな感じで涼羽の作業用BGMは少しずつではあるが増えており…


そろそろ、曲数も三桁に届きそうなくらいには、なってきている。




「(へえ~…涼羽が歌うのか…こりゃあ、楽しみだな)」




自分の親友の新たな姿を見られることもあり、隣で座っている志郎は、わくわくとしながら、涼羽が歌い始めるのを今か今かと楽しみに、見ているのであった。

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