第164話 志郎も、歌ってみたら?

「…おお…」


「おいおい…マジかこれ…」


「…すっげー…」




休日となる土曜日、高校生の男女が集まって行われている合コンの最中。


開催場所がカラオケボックスとなっているので、当然ながらみんなで歌うということになっている。


そして、歌いたいという素振りを見せるどころか、本当にカラオケというものが初めてだった涼羽に、そのマイクが渡ることとなり、せっかくだから歌ってみようと、にっこりと二つ返事で了承する涼羽。




そして、現在、涼羽の人生初のカラオケ体験が始まり、自身を含めて十六人もいる大所帯の中、今お気に入りのナンバーとしている曲を歌っているところである。




「…うそ…」


「…な、なんなの?これ?…」


「…本当にあの子、今日がカラオケ初めてなの?…」




涼羽が歌っている曲は、現在流行りのガールズバンドの曲であり、アップテンポでクセのあるリズムということもあって、初心者、ましてやカラオケ自体初めてという人間には難しいとされる曲となっている。


しかも、女性特有のキーの高さもあって、女子でもそう綺麗に歌える者はおらず、ましてや男子には非常に厳しいとされているナンバーなのである。




にも関わらず、涼羽が歌い上げるその曲は、リズムのズレらしいズレもなく、しかも高音の箇所も綺麗に声が出ており、しかもそれが非常に耳あたりのいいものとなっている。


加えて、涼羽本人はあまり人前で見せることはないのだが、その感受性の強さから来るものなのか…


実際にその曲をオリジナルとして歌っているガールズバンドの、その曲に込めた思いなどをも、まるでそのまま再現しているかのような表現力を見せている。




そんな、今日が初めてとは思えないほどの涼羽の歌いっぷりに、マイクをすすめた男子達も驚きの表情を隠せないでいる。


そして、普段からこのナンバーをよく歌うものの、いまいちな感じでしか歌いきれないここにいる女子達は、そんな男子達以上に驚いている。


この日カラオケが初めてという涼羽が、初心者には難しいとされるこの曲をここまで歌い上げることができることに。




自分達でも歌ってみたことがあるからこそ、その難しさをよく知っているがゆえに、余計に驚きを隠せないのだろう。




「…あ~…めっちゃいいな~…」


「なんか、ずっと聴いていたい、って感じ、するよな…」


「あの一生懸命歌ってる感じが、またいいよな…」




そして、涼羽のそんな綺麗な歌声と、その歌詞に込められた思いが伝わってくるかのような表現力に満ち溢れた歌いっぷりに、ずっと聴いていたいとさえ思えてくる男子達。




その歌う姿も一生懸命で、それでいて楽しそうで、それがまた可愛らしく思えてしまう。


そんな涼羽の姿に、思わず顔が緩んでしまう男子達。




「…いい!すっごく綺麗!」


「本当に、本物が歌ってるみたい!」


「あんなに可愛くて、こんなに歌が上手なんて、反則すぎ!」




一方の女子達の方も、涼羽がその曲をまるでオリジナルであるガールズバンドのように歌い上げていくその姿、そしてその歌声に、そんな涼羽の姿をもっと見たい、そんな涼羽の歌声をもっと聴いていたい、とまで思うようになっている。




本物の女子である自分達よりも、この曲を本当に綺麗で、表現力に満ち溢れた歌声で歌ってくれる涼羽のことが、じょじょにお気に召していっているようだ。




「…マジか…めっちゃ上手いじゃねえか…」




そんな涼羽の歌声をすぐ隣で聴いている志郎も、さすがに驚きの表情を隠せないでいる人間の一人である。


しかも、志郎はこのナンバーのオリジナルを聴いた事がなく、この日涼羽が歌うことで、初めて聴くこととなっている。




しかし、オリジナルを聴いたことがなく、比較ができない状態であるにも関わらず、まるで違和感らしい違和感を感じることなく、涼羽の歌声を聴くことができている。




つまり、それだけ涼羽がオリジナルのリズム、テンポ、キー、表現など、全ての要素で瓜二つと言っても過言ではないほどに正確に歌えている、ということなのである。




志郎は涼羽の家庭環境、そして現在の状況をここにいる人間の中では最もよく知っているだけに、カラオケに行くことなど、今日が初めてだということも十分に理解している。


だからこそ、そんな涼羽がここまで歌が上手いということに、余計に驚きを隠せないでいるようだ。




「…こいつ、本当にアイドルとかやっていけんじゃねえのか?」




この誰からも認められる可愛らしい容姿、誰からも愛される人柄、そしてこの日初めて目の当たりにすることとなった、この歌唱力。




可愛らしくその小さな両手でマイクを持ちながら、一生懸命に、それでいて楽しそうに歌い続ける親友を見て、思わずそんなことをつぶやいてしまう志郎。




現に、自分も含めて今ここにいる人間は、すっかり涼羽の歌声に夢中になってしまっている。


まるで、本当のコンサート会場に来ているかのような、そんな気分にさえなれてしまう。




「…俺の親友は、どこまで俺に凄いって思わせる気なんだよ…全く…」




思わず、そんなことを、ついつい吐き捨てるかのような言い回しで声に出してしまう志郎。


しかし、その表情はそんな口調とはまるで違う…


本当に涼羽と親友であるということを、改めて嬉しく思えている、そんな表情が、その精悍な顔に浮かんでいる。




そんな風に周囲に見られていることなどまるで気づくことなどなく、人生で初めての、歌うということを、心の底から楽しんでいる涼羽なので、あった。








――――








「…ふう…」




繊細な思いがその歌詞に綴られていながらも、疾走感のあるアップテンポなリズムのその曲を歌い終え、本当にやり切った、という感じで一息つく涼羽。


そうして、手に持っていたマイクをテーブルの上に置いたところで、今ここにいる人間全ての視線が、自分に集中していることに気づき、思わずびくりとしてしまう。




それも、全員が全員、まるでコンサート会場で自身のヒットナンバーを歌い上げた直後のアイドルを見ているかのような、憧れの視線となっている。




すぐ隣の志郎も、それに近い視線となっているため、注目を浴びることが非常に苦手な涼羽としては思わず居心地の悪さを感じてしまい、ついつい全員の視線から逃げるかのようにふいとその顔を逸らしてしまう。




「…あ、あの…何か、おかしかった?」




自分が歌っていたあの曲、聴いていて直感的に、すぐにお気に入りになったあの曲。


その曲をこうして歌ってみることができて、自分としてはすごく楽しかった。


だが、何を言ってもカラオケ自体、そして歌ってみること自体が初めてなため、いろいろとおかしいところでもあったのかと、ついつい思ってしまう。




そんな思いが、涼羽にそんな台詞を吐かせてしまう。




だが、そんな涼羽の思いとは裏腹に、涼羽のそんな声を皮切りに、テーブルの対面に座っていた女子達が、思わず見ている者が引いてしまうほどの勢いで、涼羽の元へと歩み寄ってくる。




「ねえねえ!ほんとにカラオケ初めてなの!?」


「すごかった~!!まるで本物が歌ってるみたいだった~!!」


「アタシ達もこの曲、よく歌うんだけど、この曲すっごい難しくてさ!!」


「だから全然うまく歌えないんだけど、キミが歌ってるの、すっごく上手かったよ!!」


「もうほんとに『アンコール!!』って、言いたくなっちゃうくらいだもん!!」


「こ~んなに可愛くて、歌も上手いなんて、本当に反則すぎよ!キミ!」


「ねえ、もっと歌ってよ!」


「次、アタシと一緒に歌って!」




先程までの、涼羽に対する嫌悪感の表れがまるでウソのように、涼羽のことを褒め称えてくる女子達。


自分達がお気に入りとしているナンバーを、本当に驚かされるほどの歌唱力で、本物そっくりに歌い上げてくれた涼羽のことを、本当に気に入ってしまったようだ。




それも、女子達全員が。




それでも、その女子達がまるで同性を相手にするかのような感覚で涼羽に接していることに、すぐ隣で見ている志郎は、さすがに苦笑を禁じえないのだが。




「いや~、高宮マジすげえよ!」


「本当に今日初めてだったのか?カラオケ!」


「この曲、俺もよく聞くんだけど、マジ本物かと思っちまった!」


「本当に高宮、なんでもできんだな!マジすげえ!」


「ほらほら!遠慮せずにもっと歌おうぜ!」


「高宮の歌、俺らももっと聞きたいって思ったからさ!」




そして、今度は男子達も涼羽の元へと歩み寄り、全員が涼羽のことを褒め称えてくる。


この日の仕込みのためにしっかり練習してきた自分達と違い、涼羽はカラオケに行く時間すら作れないほど、毎日が忙しい状態。


自分のお気に入りの曲を聴くくらいはしていたのかも知れないが、それでもただ聴いているだけでここまで歌いこなせるなんて、まさに驚愕と賞賛以外何も出てこない、としか言いようがない。




そして、同じ学校、特に同じクラスにいる男子達は、涼羽が科目ごとのバラツキもなく、本当に満遍なく成績優秀で、運動神経もよく、さらにはアルバイトで保育士までこなしていることを知っている。


だからこそ、余計にすごいという思いが出てきてしまう。




その可愛らしい容姿に、そのそばにいる人間を本当に癒してくれるかのような性格に自分達も本当に癒されており、さらにはその能力には本当に尊敬の念以外出てくるものがない、と言えるほど。




加えて、涼羽自身がそんな能力をひけらかしたり、ましてや自慢するなどということなど決してなく…


むしろそんな自分を覆い隠すかのようにしており、それでいていざと言うときに、本当に誰かのためにだけ、その能力を使うという姿勢であるため、周囲から妬みが出るどころか、本当に尊敬の念しか出てこない状態となっている。




「あ、あの…」




自分にこんなに注目が行っていることに居心地の悪さを感じてしまい、さらにはじっと見られることが恥ずかしくなってしまう涼羽。


先程までの、本当に堂々として、それでいて楽しそうな歌いっぷりがまるでウソのようにおどおどとしてしまう。


ましてや、この日初めて会った女子達にそんな風に見られては、余計にそうなってしまう涼羽。


この人見知りは、そうそう変わることのないものなのだろう。




「あ~!可愛い~!」


「このおどおどしてるとこ、なんか小動物みたいな感じする~!」


「なんか、見てたらぎゅってしたくなっちゃう!」


「可愛い!ほんと可愛い!」




しかし、女子達はそんな涼羽がますます可愛らしく見えてしまうのか…


もっと涼羽のことを食い入るように見つめてしまう。




そして、そんな涼羽の可愛らしさに癒されるかのように、頬を緩めて笑顔になってしまう。


先程までの、建前だけで楽しいふりをしていたかのような様子がまるでなく、本当の意味で心の底から楽しんでいる、そんな様子が一目見て分かると言えるほどになっている。




もうすっかり、ここにいる女子達にとって、涼羽はまるでマスコットであり、アイドルのような存在となってしまっていた。




「ね~!歌って~!」


「アタシと歌って~!」


「あ~!ずる~い!この子と歌うのアタシよ~!」


「だめ~!アタシなの~!」




そして、そんな涼羽にまるでコンサート会場でアンコールをするファンのように、歌うことを要求してくる女子達。


それどころか、自分と一緒に歌って欲しいとさえ言ってくる状態になっている。




「(…はは。やっぱ涼羽は本当に愛される存在なんだな)」




そんな涼羽と女子達のやりとりを横で見ていて、本当に穏やかな微笑みを浮かべながら、改めて涼羽が根っからの愛されキャラだということを実感する志郎。




「そ、そういえば志郎ってまだ歌ってなかったよね?」




女子達に迫られて、言い寄られて、どうすることもできなくなってしまっていた涼羽が、ふと思い出したかのように隣の志郎に、そんなことを聞いてくる。




確かに、今この面子でまだ歌っていないのは志郎だけとなってしまっていたため、涼羽はそこが気になってしまったようだ。




「あ?あ~、そういえばそうだな…」




そんな声をいきなりかけられた志郎も、自分はまだ歌ってなかったということを肯定する声を、涼羽に返す。




「な、なら志郎も歌ったら?」


「あ?俺?」


「うん」


「俺、今日初めて歌ってみたけど、なんかすっごく楽しかったよ?」


「あ~…それは分かるな」


「そうでしょ?」


「歌ってるお前が、本当に楽しそうな顔してたからな」


「!お、俺、そんな顔してた?」


「ああ、してたぜ。あんな顔、誰が見てもそう思っちまうぜ」


「も、もう…」




涼羽が歌っている間、本当に楽しそうな顔をしていたことを、含みのある笑いを見せながら声にする志郎。


それを聞いて、思わず顔を赤らめてしまう涼羽。




少々意地の悪さを見せる志郎の声に、ついついツンツンとした反応を見せてしまう涼羽。


当然、そんな涼羽の反応が周囲の人間の頬を緩めてしまうことなど、気づくはずもない。




そして、志郎自身、以前の本当に喧嘩に明け暮れていた頃はまるで音楽などとは無縁だったのだが、最近は涼羽と同じように、ちょっとした作業の最中や、ちょっとした移動の合間などにお気に入りの曲を聴いていたりする。




涼羽と違ってコンピュータ関連に明るくないため、志郎の場合はスマホが音源となっているのだが。




志郎はもともと直感的に物事を決めてしまう傾向があり、町を歩いている時などにふと耳にした曲などで、気に入ったものがあればすぐにスマホで検索して、それをダウンロードしたりしている。


そして、それをちょっとした合間に、繰り返し聴いているのだ。




ただ、志郎の場合はそこまで音楽に関してアンテナが広くないのか、ここまでで自分のスマホにダウンロードした曲の数は、まだ十に届くかどうか、といった程度となっている。




しかも、ジャンル問わずで割と満遍なく気に入った曲を聴く涼羽と違い、志郎の場合は明らかに疾走感のあるアップテンポな曲ばかりを選んで聴いている。


特に、自分の心を熱くさせるような歌詞のロックは、本当に好んで聴いている。




しかし、それは以前の氷のような、人間らしさのかけらもない自分と決別する決意表明、とも取れる傾向であるため、むしろそれもいい方向に向かっているのかも知れない。




思春期のほぼ全てを喧嘩に捧げた志郎であるがゆえに、そういった面でも全うな人格形成ができていることに、孤児院の院長も、秋月保育園の秋月 祥吾園長も、日々の志郎の成長を本当に喜んで見ている状態となっている。




「…そうだな、せっかくだし、俺も歌ってみるか」


「!うん、そうだよ。志郎もせっかく来たんだから、楽しんでいこうよ」


「でも俺、お前みてえに歌える自信なんかねえぜ?なんだよあの初心者詐欺を地で行くかのような歌いっぷりは」


「!い、いや…本当に初めてだってば…」


「そのくれえ、本当にびっくりするくれえにお前が歌が上手かったってことだよ」


「あ、あはは…」


「まあ俺もカラオケなんてもん、初めてだしな。せっかくだし、楽しんでみるとするか」


「ふふ、そうだよ。一緒に楽しもうよ」




涼羽とやりとりしていて、その気になったのか、涼羽がテーブルに置いたマイクを手に取り、選曲を始める志郎。


その間にも、涼羽に対して、涼羽がどれほど初心者とはいえないほどの歌いっぷりであったかを、改めていたずら坊主のようなちょっとした意地の悪さを含んだ笑顔で言ってみる。




案の定、本当に初めてだとしか言いようがなくなってしまう涼羽に対し、今度は本当に賞賛の声を贈る志郎。


そんな志郎の賞賛に、思わず苦笑が漏れてしまう涼羽。




そんなやりとりをしている間に、歌う曲が決まったのか、リモコン端末を使って、曲のナンバーを受信部に送信する志郎。




涼羽同様、人生で初となるカラオケを楽しもうとする志郎の顔には、いいようのないワクワク感に満ち溢れた笑顔が、浮かんでいた。

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