第162話 こいつ、見た目こんな感じだけど、男だぞ?

「…高宮 涼羽です…」


「鷺宮 志郎だ。まあ今日は数合わせで来ただけなんで、適当にさせてもらうわ」




先に集まる形となった涼羽と志郎のすぐ後に、ぞろぞろとこの日の合コンのメンバーが集まり、がやがやとしながら、集合場所となったカラオケボックスの中に入っていく。




男子陣は、涼羽のクラスから、涼羽を含めた男子が三人、志郎のクラスから、志郎を含めた男子が三人の、合計八人。


女子陣は、涼羽と志郎が通う高校からは別の町内にある、男子禁制の女子高から八人。




休日と言うことで、当然制服を着ているということなどなく、ここに来ている十六人全員がそれぞれのセンスをもって見立てた私服で来ている。


やはり、この機会を逃すことなく、好みの異性とお近づきになろうという思惑が見て取れる。


あくまで、涼羽と志郎を除いて、の話だが。




他の十四人が、人に見られることを意識した、それぞれがそれぞれのセンスをもって格好いい、もしくは可愛らしい、綺麗に見えると思える、いわば勝負服で来ている。


だが、涼羽はいつも通りのゆったりとした黒のトレーナーにジーンズという、本当に地味な印象の服装。


志郎も、その細身ながらも鍛え抜かれた肉体美を覆い隠してしまうかのような濃いグレーのパーカーに、紺色のどこでも買えるような、安物のジーンズと、これまた地味な印象の服装となっている。




志郎はあくまで、このイベントが企画倒れになってしまったら、自分を誘ってきた連中の楽しみを奪ってしまうという思いで、数合わせとして来ているだけ。


涼羽はあくまで、本当にただただ、自分に息抜きの場を提供してくれたクラスメイトの誘いが嬉しくて、遊びに来ているだけ。




そのため、他の男子達のように異性とのやりとりに餓えているはずもなく、ただただ、本当にその場に来ただけ、という意識なのである。




そんな涼羽と志郎が、順番に自己紹介をしていく。




志郎は、ぶっきらぼうにしながらも、決してとっつきづらさのない、あくまで当たり障りのない自己紹介となっている。


涼羽の方は、やはり生来の人見知りが勝ってしまっているのか、恥ずかしそうに俯きながらの自己紹介となってしまっている。




ちなみに、涼羽と志郎が並んで座っていて、しかも大人数な場所を好まない涼羽が、自ずと端っこの方に座ってしまっているため、必然的に涼羽と志郎から、自己紹介が始まることとなった。




ただ、涼羽のそんな様子をじっと眺めながら、思わず頬を緩めてしまっている男子達。


自分達と同じ性を持つ男子相手にそんな顔を見せてしまっているのも、やはり可愛いは正義、と言うことなのだろうか。




涼羽と志郎の自己紹介が終わり、続いて他の男子達が自己紹介を始めようとしたところで、疑問符混じりの声が、その場に響き渡る。




「あの~、ちょっといい?」




声の主は、長いテーブルを挟んで男子グループの対面にいる、女子グループの一人。


ちょうど、涼羽の対面にいる女子だ。




顔立ちは整っていて、十分に美少女と呼ばれる部類に入るのだが…


いかんせん、高校生にしてはキツめのメイクをしていて、少し怖そうな印象がある。


肩の下辺りまである、ふんわりとウェーブがかった髪は、はっきりと明るい金色に染められており、いかにも、今時の派手な女子高生という印象を受ける。




ただ、キツめのメイクに、どちらかと言えば美人顔であるため、よく言えば大人びている感じ、悪く言えば少し老けて見える感じになってしまっている。




「え?ど、どうしたの?」




そんな彼女の問いかけの声に、まさに今から自己紹介をしようとしていた男子が、戸惑いながらも声を返す。


まさに出鼻を挫かれたといった感じになってしまっていたこともあり、どうしても戸惑いを隠せない状態になってしまっている。




大人びて年上に見え、キツい印象を受ける彼女にじっと見られていることが、さらにこの男子の居心地を悪くさせてしまっているのも、あるのだが。




「あのさ、その一番端っこの子って、なんでそっち側で座ってんの?」


「え?」


「その子、どう見ても女の子じゃん」


「あ、あ~…」


「今日さ、男子八人、女子八人って聞いてたんだけど?なんで女子九人もいるの?」




そんな男子にお構いなしに、自分の聞きたいことをずけずけと言ってくる彼女。


彼女の疑問は、どうしてどこからどう見ても女子にしか見えない涼羽が、男子側の席に座っているのか、ということ。




しかも、事前の連絡では男子八人、女子八人と聞いていたのに、実際には男子七人、女子九人という状態になってしまっているのが、おかしいとしか思えない、という言い分。




「そうそう、それアタシも思ってた」


「おかしいじゃん、女子八人って聞いてたのに」


「しかもアタシらの学校からしか女子来てないはずなのに、なんでそっちから女子来てんの?っていう話」




そんな彼女の声に便乗するかのように、他の女子達も非難めいた声を発し始める。


しかも、非難の声をあげている全員が、あからさまに失礼と言われても仕方がないような仕草で涼羽を指差している。




周辺ではそれなりに評判の女子高であり、そこに通っている生徒も美人が多いとされているため、今ここに来ている女子達も、容姿は整っている者が多い。




だが、教師含む職員も含めて校内の関係者全員が女性ということで、異性の目が全くと言っていいほどなく、実際にはかなり女子としてズボラな部分が多い。


異性の目を気にしなくていいという環境であるため、胸元を無駄に大きく開けていたり、スカートの中も見られて構わない、という仕草になってしまっている。




その中でも、本当に異性の目から見て魅力的に映っているのは一部の女子生徒達。


その女子生徒達は、そんな環境においてもそういったはしたない印象の仕草をせず、おっとりとしていて、恥じらいというものをしっかりと持っており、異性であろうと同性であろうと自分のはしたない姿を見られることにしっかりと抵抗感がある。




そして、そういった生徒達ほど、やはり女性として美しく見られるのか…


やはりそんな大和撫子と呼ばれるようなタイプは、こういった合コンと言うイベントに参加しなくても、普通に異性から告白されることも多く、実際にそれで意中の男子とうまく交際につながっている生徒が多い。




ゆえに、今ここに来ている女子達は、容姿こそはいいと言える部類に入るものの、そういった羞恥心にかけたところが多く、そのためにいまいち異性から魅力的と見られることのない、残念系の美人に分類される者ばかり。




自分達のそんな欠点に気づけるような環境でなく、無論そういったことを指摘してくれる存在に恵まれているはずもなく、どうして自分達はいいと思える異性と巡り会えないのか、という疑問を悶々と抱きながら、こういった場に積極的に参加して、少しでも好みの異性と彼氏彼女の関係になれるようにと、その確立を上げるために行動をしている状況なのである。




現に、今の彼女達のファッションも、胸元を無駄に大きく開けたり、スカートも普通に中が見えてもおかしくないような短いものであったりと、むしろ自分達の武器である容姿を最大限に活かして、異性の目を惹こうという発想になっている。


だが、少しケバい感じが否めない彼女達がそんなことをすると、どう見ても狙っているようにしか思われないため、そこが逆に異性の気を一歩引かせている要因となっている。




無論、彼女達のそんなアピールに食いついてくる異性もいるのだが、不思議とそういう男性に限って、彼女達の好みの異性ではなく、むしろ変に欲望に忠実ながっついたタイプであるのだ。


彼女達にしても、やはり女の子である自分を優しく包み込んでくれる人が望ましいらしく、必然的に欲望丸出しのがっついたタイプはお断りという感じになってしまっている。




むしろ自分達のファッションが欲求不満をアピールしている状態になっていることに気づくことなど、あるはずもなく、だからといってただただ欲望丸出しで寄ってくる男にやすやすと気を許すことなどできず、結局は好みの異性と巡り会うことなどできず、悶々とした日々を送っているのが、彼女達なのである。




今こうして、涼羽につっかかるように非難の声を上げているのも、涼羽の容姿、そして雰囲気が自分達の学校でも異性に人気のある、本当に健気でおしとやかで、護ってあげたくなる雰囲気に満ち溢れている、そんなタイプだからというのがある。




現に、涼羽の自己紹介の時に、志郎を除く他の男子達の顔が緩んでしまっていたのを、しっかりと見てしまっているのもあるから、余計にそんな悪感情の方が大きくなってしまう。




「おい、ちょっと待ってくれ」




そんな非難めいた女子達の声に反論せんと言わんばかりの声が、その場に響く。


声の主は、今そんな女子達の非難の対象となっている涼羽の隣に座っている志郎。




志郎は、今この場にいる男子グループの中では、彼女達から見て最も容姿が整っていて、それでいてがっついた様子もなく、本当に好みのタイプだと言える男子に見られている。




そんな志郎から上がった声に対し、まるでこれまでの非難めいた感じがウソのように、少しでも気に入られようと取り繕うかのような笑顔と、媚びた声に変わってしまう。




「え~?なあに~?」


「アタシ達、何かおかしいことでも言ったっけ~?」




これだけを見ても、あからさまに志郎に気がある、というのが見え見えであり、他の男子達もそんな彼女達の手のひら返しに、思わず『うわあ…』と言わんばかりの表情を、隠せないでいる。




「あんたらの言う女子ってのは、こいつのことか?」




そんな周囲の雰囲気や様子など、気にも留めることなどなく、志郎は思ったことを率直にそのまま声としてあげていく。


そして、自身の右隣に座っている涼羽の左肩にぽんと自分の手を置きながら、彼女達に問いかけていく。




「そうそう~。その子その子~」


「ね~、おかしいよね~?」


「なんでアタシ達以外に女子が来てて、しかもそっち側にいるなんて~」




そんな志郎の問いかけに、またしても媚びるかのような甘い口調と声で答える女子達。


この中でもダントツで好みのタイプと言える志郎の言葉が、自分達に同調してくれていると思えたのか、よりご機嫌な雰囲気になっていく。




少しでも志郎に気に入られようとしているのが丸分かりで、とにかく志郎の気を引こうと、懸命に可愛い子を演じようとしている。




そんな女子達の媚びた感じの口調や声など、まるで気にも留めず、さらには、なぜ自分の隣に座っている親友がそんな扱いをされているのか、さっぱり分からないといった感じになっている志郎。




そして、そんな彼女達の誤解を解こうと、淡々と事実を述べようとして、言葉を紡いでいく。




「あのさ、何を勘違いしてんのか知らねえけど…」


「え?なになに~?」


「勘違いって、何が~?」








「――――こいつは見た目こんな感じだけど、男だからな」








何を当然のことを、とでも言わんばかりに、さらりと涼羽が男であることを告げる志郎の言葉。




もともと涼羽のことは校内ではちょっとしたアイドル扱いとなっているため、同じ高校から来ている男子グループの面子は全員、そのことは周知の事実となっている。


事実、志郎のそんな言葉に、他の男子達はうんうん、と納得するかのように頷いてしまっている。




しかし、そんなことを知る由もない女子グループの面子は、そうはいかない。




一瞬、何を言われたのかがまるで理解できず、身体がその機能を忘れてしまったかのように固まってしまう。




そして、固まって、言葉も発せなくなってしまうことしばらく。




「(…え?え?今あのイケメン、なんて言ってた?)」


「(…あの、ウチの学校でもそう見ないくらいの美少女が、男っつってた?)」


「(…マジ?どっからどう見てもアタシ達より可愛い女子にしか見えないんだけど?)」


「(…声だって、めっちゃ可愛くて…恥らう感じの仕草とかも、めっちゃ可愛いんだけど?)」




本当の女子である自分達から見ても、普通に可愛らしい美少女だと思えてしまう涼羽が、男子だなんて一体なんの冗談なんだと…


思考も混乱の渦に落とされ、身体の動きもまるでなく、固まったまま、志郎から言われた、衝撃の事実とも言える言葉を、理解しようとはするものの、どうしても理解が追いつかない、という状態になってしまっている。




そして、理解するよりも先に驚愕の方が大きくなってしまい…


とうとう、その身体が再起動を果たすこととなる。




「…ちょ、ちょっと待ってよ!」


「…マジ?マジでこの子、男の子なの?」


「…いやいや!どっからどう見ても、すっげ可愛い女の子にしか見えないんだけど!?」


「…じょ、冗談よね!?アタシ達を笑わせようと思って、冗談言ってるだけだよね!?」




その動揺ぶりを、誰が見ても分かるような彼女達の驚き。


一体、何の冗談なんだと言わざるを得ず…


加えて、どう見ても自分達よりも可愛くて女の子らしいのに…


なのに、自分達がそう思えてしまう人物が、実際には男だなどと、言われたところで信じられずはずもなく、ただただ、驚きを隠せずにいる。




「(…あ~、まあそうなるよな)」


「(…俺らも、高宮があんな風に顔を露にして登校してきた時は、マジ驚いたしな)」


「(…正直、胸が残念なだけで、どっからどう見てもとびっきりの美少女にしか見えないもんな)」


「(…それに、本当に健気でおしとやかで、それでいて本当に優しいから、何度高宮が本当の女子だったら…とか思っちまったことか…)」




そんな驚きっぱなし、動揺しっぱなしの女子グループを見ていて、これまたうんうんと言った感じで納得の仕草を見せてしまう男子達。




自分達も、かつて涼羽が初めてその顔を露にして教室に入ってきた時は、一体誰なのか分からなかったほどなのだから。


そして、それから涼羽がどれほど自分達の理想の女子像をリアルに描いているか、どれほどに自分達にも優しく接してくれているのかを、嫌と言うほどに見てきている。


だからこそ、涼羽が本当の女子だったらと思うことも、一度や二度ではなかったと言い切れるほど。


だからこそ、涼羽に対しては、自分達でも気づかないうちに本当に紳士的に対応しようとしてしまっているほど。




「ね、ねえ!ウ、ウソでしょ!?ウソよね!?」


「そうそう!まさか、あんたみたいな子が男だなんて!」


「ね!ウソだよね!?」


「お願い!ウソって言って!」




同じ女子だったとしても、自分達が女子としての自信を失ってしまうほどの美少女である涼羽なのに…


それがまさか、異性となる男子だなんて、それこそ笑えない冗談となってしまう。




どうしてもそんな現実を受け入れられず、認めたくないのか、必死な様子で涼羽本人に真偽を確かめようと、涼羽の目の前まで来て、詰め寄るように問いかける。




「…ほ、本当です…俺…男です…」




しかし、当の本人から搾り出すように響かされたその言葉は、彼女達のそんな懇願じみた否定を打ち砕くものと、なってしまった。




この日会うのが初めて、ということもあり、どうしても人見知りな面が勝ってしまい、おどおどとしてしまっているそんな様子も本当に可愛らしく、思わず抱きしめたくなるほどになっているのも、彼女達の懇願をさらに打ち砕いてしまうものとなっている。




「(…マ、マジなの?)」


「(…この可愛らしさで、男?)」


「(…か、勝てる気しない…)」


「(…てか、これはこれでいいかも…)」




結局、涼羽が男だという現実を突きつけられて、半ば絶望じみた感覚に陥ってしまう女子達。


しかし、そんな中にも、可愛いは正義、と言い切れる女子がいたようで、涼羽のことをいいとさえ思えてきている。




スタートの時点でなかなかに荒れた様子のある、この合コン。


一体ここからどうなるのか、今の時点では誰も分からない、そんな状況と、なってしまっている。

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