第161話 俺…いっつもお前に助けられてばかりだからさ…

「あれ?志郎?」


「お?涼羽?」




涼羽にとっては、初めて男のクラスメイトに誘われたと言える遊びのイベント。


そのイベントである合コンの当日である土曜日の昼下がり。




参加者全員が高校生と言うこともあり、昼下がりから夕方過ぎまでというスケジュール。


事前に聞かされていた待ち合わせ場所に、ちゃんと十五分前には到着していた涼羽。




その涼羽が、自分のすぐ後に来た人物を見て、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。




なぜなら、涼羽にとっては今のところ唯一と言える、親友と呼べる存在。


鷺宮 志郎その人が、その場に姿を現したから。




てっきり誘われたのは自分だけだと思っていた涼羽にとっては、まさか志郎も誘われていた、などと思うはずもなく、涼羽のクラスの男子達と、志郎のクラスの男子達がそれぞれ別行動で二人に誘いをかけていたということで、志郎をこの場で見かけること自体が驚き以外の何物でもなかった。




そして、それは志郎も同じであり、まさかこんなイベントに涼羽が参加するなどとは、露ほども思ってはおらず、まさに青天の霹靂と言えるべき状況に、出くわすこととなってしまっている。




「え?志郎も、この合コンっていうのに誘われたの?」


「お?あ、ああ…って、もしかしなくても、涼羽もか?」


「うん、俺はクラスの男子達から」


「俺も俺のクラスの男子達から、今日の誘いを受けたんだ」


「あ、そうなんだ」


「へえ~…まさか涼羽も参加するとは、思ってなかったな」


「俺もだよ。まさか志郎が参加するなんて、思ってなかった」


「ところで、涼羽は合コンってのがなんなのか、知ってるのか?」


「なんか…俺を誘ってくれた男子が言うには、初めて会う女の子と男の子が、同じ人数で遊んだりすることだって」


「ああ、俺が聞いたのもそんな感じ」


「?志郎も、知らなかったの?」


「ん?ああ、そんな言葉、初めて聞いたっつったら、すっげー変な顔されたけどな」


「そうなんだ…俺も知らないって言ったら、なんか『高宮はそれでいいんだよ』って言われたけど」


「…あ~、なんとなくだけど、そいつの気持ち、分かるな」


「そ、そお?」


「なんとなく、だけどな」




お互いが顔を見合わせながら、お互いに今日、ここに来ることとなった経緯を話し始める涼羽と志郎。


気の知れた親友と顔を合わせることができたことで、涼羽の顔にも、志郎の顔にも穏やかな笑顔が浮かび始めている。




しかし、いつもの少しゆったりとした、黒のトレーナーとジーンズに身を包んでいるが、その顔はいつものヘアピンで左側の長い前髪が開かれていて、その可愛らしさに満ち溢れた造詣が露になっている。


そのため、胸の残念な可愛らしい美少女にしか見えない状態となっている涼羽。




そんな涼羽と、一見すれば爽やかな正統派イケメンに見える志郎がお互い嬉しそうに話し合っているため、ぱっと見では、本当に美男美女のカップルがいちゃついているようにしか見えない光景と、なってしまっている。




「(あそこの男子、長身でスタイルもよくて…すっごく優しそうなイケメン!!)」


「(本当!!すっごく爽やかで、一緒にいたらすっごく楽しそうな感じ!!)」


「(でも…隣にいる娘、すっごく可愛い…彼女かな?)」


「(あんなイケメンだったら、あんな可愛い彼女いても、仕方ないわよね~)」




指定の待ち合わせ場所となっている、自動車が頻繁に通る大通りに面した、フランチャイズのカラオケボックス。


その前に並んでたたずんで、お互いに楽しそうに話し合っている涼羽と志郎の二人を見て、通りすがりの女性達は、志郎の精悍で整った容姿に目を惹かれながらも、すぐそばにいる涼羽を見て、彼女持ちだと勘違いして、残念に思ってしまっている。




「(おお、あの娘めっちゃ可愛いな)」


「(あの娘、最近この町でやたら評判の美少女じゃねーか)」


「(一緒にいるイケメン、彼氏か?)」


「(マジか…あの娘、彼氏いたのか…)」




そして、通りすがりの男性達の視線は、当然ながら涼羽の方へと向けられており、涼羽の天然の可愛らしさをしっかりと堪能しながらも、すぐそばにいる志郎を見て、彼氏持ちだと思い込み、勝手に絶望してしまっている。




特に、最近涼羽のことはこの町では評判の美少女として、かなり知れ渡っており、その涼羽に彼氏がいたということは、すぐにこの町のネットワークによって知らされることと、なってしまう。




そして、精悍なイケメンである志郎と自分を比べてしまい、これでは勝てっこないと諦める者もいれば、どうやって志郎から涼羽を奪ってやろうか、などと、無駄な画策を始めたりする者までいたりする。




ちなみに、志郎のこともこの町では本物のヤクザですら思わず道を譲ってしまう、と言われているほどの最強の不良として知名度はかなり高いのだが、以前の喧嘩に明け暮れていた頃の志郎と、本当に誰かのために、自身を向上させようと取り組み始めた今の志郎はまさに別人と言えるほど表情が違っていることもあり、今目の前にいるのがあの最強の不良だということに、今この場を通りすがっている誰もが気づくことがない状態と、なっている。




「でも、珍しいよね」


「ん?何がだ?」


「志郎って、今すっごく頑張ってて、いつも自分のやることこなそうとしてるから…」


「…あ~、お前ほど忙しいわけじゃねえけどな」


「もう…そんなことないってば…だから、いくら誘われたからって、こういうことに参加するのって、今の志郎には珍しいかな、って思っちゃって」


「そんなこと言ったら、お前もじゃねえか」


「え?」


「だって、お前だって、いつもアルバイトに家事に自己啓発に勉強にって、一日二十四時間じゃぜってえたりねえって、他のやつだったら間違いなく言っちまうくらいの毎日送ってるじゃねえか」


「そ、そんなことない、と思うけど…」


「あるっての…で、そんなお前がこーゆーところに来るなんて、今日大雨か大雪でも降るんじゃねえか、って思っちまうくらい珍しいな、って俺、思ってるんだぜ?」


「は、はは…」




そして、お互いに話し合っているうちに、涼羽も志郎も、お互いがいくら誘われたからと言って、そうほいほいと来れるかと言えばそうでない状況であることを理解しているため…


どうして今、ここにいるのか、ということに疑問を、そして興味を持ったようだ。




涼羽に関しては、普段から放課後はアルバイトに励み、アルバイトが終わったら家の家事を全て一人でこなして、そこから自己啓発として趣味としているコンピュータでいろいろなことを試しながら技術を楽しんで学んでいったり、など、本当に一介の高校生とは思えないほど密度の高い毎日を送っている。




そして、志郎の方も、日々学校から帰って、自身の家となっている孤児院にいる子供達のいい兄として面倒を見たり、孤児院の経営について現在の院長にはもちろん、必要があれば秋月保育園の園長である秋月 祥吾のところに足を運んでは、いろいろ相談したり、質問をしたりして、とにかく自分に足りないところをひたすら埋めようと励んでいる。


それに加えて、以前からの日課としているトレーニングも、一切手を抜くことなどなく取り組み続けている。




そんな二人が、まるで聞いたこともなかったはずのこんなイベントに、いくら誘われたからと言っても、素直に参加することには、本当に違和感を感じさせてしまうこととなってしまったようだ。




「ほら、なんでだ?お前普段だったら土曜日も家族のために家事に励んで、勤務があるときはバイトも行ってるしさ」


「いや、そんな大した理由はないんだけど…」


「けど?」


「なんか、俺を誘ってくれたクラスメイト達が、本当に俺のために息抜きでって、楽しんでもらおうと思って、って言ってくれたから…」


「!!…」


「そんな風に言ってくれてるから、本当に楽しくしてくれそうだし…それに、普段あまり会話することもない俺のために、そんな風に誘ってくれるんだから、行かないと、って思って」


「…そうか、お前らしいな」




いたずら坊主のような含み笑いを浮かべながら、興味津々と言った様子で聞いてくる志郎に対し、本当に思って、感じたとおりのことをそのまま伝える涼羽。




こんな自分を誘ってくれて、しかも自分のことを気にして、息抜きとして楽しんでもらう、とまで言ってもらえて、実際は涼羽自身、嬉しかった様子。


そのため、断るなどという選択肢などあるはずもなく、素直に二つ返事で、この誘いを受けることになった、という経緯。




それを聞いて、志郎は本当に自分の親友ができた人間であり、そして、本当に誇るべき親友である、ということを実感させられ、そのことが嬉しくて、思わず爽快な笑顔を浮かべてしまう。




「志郎は?」


「あ?」


「志郎は、どうして今日、ここに来たのかな、って思って…」


「ああ、そうか」


「何か、理由でもあったの?」


「あ~…なんか今日の合コンって、俺をこの場に連れて来る、ってのが条件だったらしくてな」


「え?そうなの?」


「ああ、で、今日のこの合コンとかいうのを本当に楽しみにしてたからな、俺のクラスの連中」


「そうなんだ…」


「でさ、そんなの聞かされたら、なんか俺が行かねえっていったら、あいつらのせっかくの楽しみ奪っちまうみたいな気がしてな」


「……」


「本当は合コンってやつには興味はないんだけど、まあ、あいつらのためってことで、一応その場にはいてやろうと思って、今日ここに来た…それだけだよ」


「志郎…」




自分が聞かれたお返しと言わんばかりに、今度は志郎に対して、今日合コンに参加する理由を聞き出そうと、問いかける涼羽。




そして、志郎がぶっきらぼうに、ざっくばらんに話す理由を聞いて、涼羽の顔に優しげで嬉しそうな笑顔が浮かんでくる。




以前は本当に氷のように冷たくて、誰にも関心を抱かなかった志郎が、まさか自分が行きたいわけでもないイベントに、自分がいないと他が困るから、という理由で参加した、などということを聞かされて、そんな志郎の驚くほどの変化が、本当に嬉しいと思えてしまう涼羽。




「志郎…本当に変わったね」


「え?涼羽?」


「志郎が、そんな風に誰かのために何かが出来るって、なんだかすっごく嬉しい」


「!涼羽…」


「志郎、本当に凄いね」


「な、何言ってんだよ、涼羽…お前の方がよっぽど…」


「でも志郎は、以前は本当に誰も寄せ付けないくらい、冷たい雰囲気しかなかったじゃない」


「!!……」


「そんな志郎が、こんなにも優しく、人当たりがよくなって、本当に嬉しい」


「涼羽……」


「本当に凄いって思えるんだもの、志郎。だって俺、こんな短い間に、そこまで変われたりするのって、本気で、必死で自分を変えようとしていないと、絶対にできないことだって、思えるから」


「………」


「俺、要領悪くて不器用だから、本当にちょっとずつしか変わっていかないけど、志郎はほんの少しの間に、もうこんなに変われてるんだもの。俺、嬉しいのと同時に、なんだか羨ましくなっちゃう」


「!お前が、俺を?…」


「本当だよ?だって、本当に志郎は凄いって、俺、本当に思ってるんだから」


「…マジか…」




以前はどうしようもなかった、と言えるほどに凍てついた志郎が、ここまで人間としていい方向に変われていることを、心の底から喜び、嬉しく思えている涼羽。




自分も以前はまるで人を寄せ付けなかったため、余計に嬉しく思えると同時に、自分よりも遥かに早く人との融和ができている志郎を、本当に羨ましく思えてしまう。




なぜなら、涼羽は本質が人見知りであり、今ではそれなりに人当たりがよくなっては来たものの、やはり人付き合いそのものは下手だという自覚があるからだ。




一向にそれが変わらない自分と、この少しの間にまるで別人だと思えるほどの変化を見せている志郎。


それを比べると、本当に嬉しく思える反面、やはり羨ましくなってしまう。




その思いを、本当に隠すことも取り繕うこともせず、ありのままの気持ちで、素直にぽつぽつと伝えてくる涼羽の言葉に、志郎は戸惑いを隠せない反面、親友のそんな言葉があまりにも嬉しくて、喜びが自分の心から溢れかえってくるかのような感覚を、自覚してしまっている。




今の自分では、逆立ちしたって勝てないとさえ思っている人達。


一人は、秋月保育園の園長であり、今自分の大切な居場所である孤児院を救ってくれた存在である秋月 祥吾。


もう一人は、その祥吾に孤児院の経営を託され、その熱い志をそのまま受け継ぎ、親のいない子供達にとってよりよき環境となるよう、日夜頑張って、邁進している現在の院長。


そして、もう一人は今、目の前にいる、まさに破滅の道を歩んでいた自分を救ってくれた存在であり、かけがえのない親友である、高宮 涼羽。




その涼羽に、まさか自分が本当に凄くて、羨ましいとまで言ってもらえていること。




それが嬉しくてたまらず、思わず涼羽の小柄で華奢な身体を自分の身体で包み込むかのようにぎゅうっと抱きしめてしまう。




「!?し、志郎!?」


「…涼羽」


「?な、何?」


「…俺、今、本当に嬉しくて嬉しくてたまんねえんだよ」


「え?」


「俺にとって、お前は間違いなく最強で、間違いなく俺なんかよりも遥かに全うに、人のために生きてる…俺にとって本当に尊敬する、目標になってる存在なんだよ」


「!そ、そんな…」


「そんなお前に、そんな風に認めてもらえて…俺…俺…もう本当にどう言っていいのか分からないくらいに嬉しいんだよ」


「志郎…」


「ありがとう、涼羽…俺のこと、そんな風に思ってくれて…認めてくれて…」


「………」


「…俺、お前のためだったら、なんだってできるし、なんだってしてやるぜ」


「!し、志郎…そんな…」


「だから…お前が辛くて、どうしようもなくなったら…こんな俺でよかったら、頼ってくれよ」


「!志郎…」


「…俺、いっつもお前に助けられてばっかりだからさ…」


「………」


「…やべ…嬉しすぎてたまんねえ…」




これまで、自分の腕っ節を利用することしか考えていない連中…


はたまた、無差別に自分の力を試すかのように喧嘩に明け暮れていた自分を倒そうとすることしか考えていない連中…


育ての父を失ってからは、本当に人間としての感情も何もかもを失ってしまって、誰からも必要とされなくなってしまっていたかつての自分。




そんな自分を救ってくれたばかりでなく、今こうして、自分が本当にいい方向に変われていることを、まるで自分のことのように喜んでくれて、しかも、それを羨ましい、と言えるほどに認めてくれている涼羽。




気を抜いたら、その感情が形となって溢れかえってしまうほどになってしまっている。


それを懸命にこらえながら、本当に大切な宝物と言える涼羽のことを、その自分の腕で護ろうとせんがごとくに抱きしめている。




そんな志郎の背中をあやすかのように、涼羽の手がぽんぽんと志郎の背中を優しく叩いてくれる。




「?…涼羽?…」


「志郎…ありがとう…」


「涼羽…」


「でも、志郎はいつも俺のこと楽しませてくれてるじゃない」


「!!……」


「俺に、いつも面白くて、本当に俺にとってはためになる話を聞かせてくれてるじゃない」


「涼羽…」


「俺だって、いっつも志郎にいろいろなものをもらってるんだから」


「!……」


「だから、俺だけじゃないから、ね?」




どこまでも優しく、どこまでも自分のことを思ってくれる親友の言葉。


そんな親友の言葉がまた嬉しくて、本当に決壊してしまいそうなほどになっている感情の出所を、必死に抑え込むことに全力を注ぐこととなってしまっている、志郎なので、あった。

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