第160話 …羽月は、男の子と遊んだりしないの?

「お兄ちゃん♪」




夕食も後片付けも終わり、風呂に入って一日の疲れ、汚れも落とし、ゆっくりできる時間帯。


そんな時間帯の高宮家では、羽月がその可愛らしい美少女顔に満面の笑みを浮かべながら、いつものように嬉しそうに兄、涼羽にべったりと抱きついて甘えている姿が、見られる。




「ふふ…いつも甘えん坊さんだね、羽月は」




一見すると小学生くらいにしか見えないほどに幼げな妹が、自分の胸の中にべったりと抱きついて甘えている姿を見て、涼羽の方にも優しげで嬉しそうな表情が浮かんでいる。


その秘められた母性が、妹を本当に優しく包み込むことを喜んで涼羽にさせてしまう。


決して、可愛い妹を邪険にすることなどなく、むしろいつだって優しく包み込んで甘えさせてしまう。




それが、妹、羽月をより子供っぽくさせてしまっていることに、肝心の涼羽が気づくことはないのだが。




「お兄ちゃん、だあい好き!」




羽月は本当にそんな兄、涼羽のことが大好きで大好きでたまらない。


もう年頃の女の子であるにも関わらず、兄のことが本当に大好きで大好きで、いつもこうして兄にべったりと抱きついては、甘えている。




小柄な兄の、ぺったんこだが柔らかで優しい胸の中に顔を埋めて、べったりと抱きついては甘えること。


それが、羽月にとってはこの世界の中で最もと言えるほどの幸せなのである。




兄に優しく包み込んでもらうこと。


兄の手で優しく自分の頭をなでてもらうこと。




その一つ一つがとても幸せで幸せでたまらない。


嬉しくて嬉しくてたまらない。


それらは、日々同じことを繰り返しているにも関わらず、決して飽きが来る、なんてことなどなく…


むしろ、日々兄に対する愛情を積み重ねていっている状態なのだ。




もはや、下手な恋人や夫婦よりも愛情いっぱいで仲睦まじい兄妹のやりとり。


兄の方は今年十八歳の高校三年生。


妹の方は今年十五歳の中学三年生。


この年頃の兄妹なら、それなりにお互いが自立してあまり干渉しなくなってくるのが普通なのだが…


この高宮兄妹は、そんな普通の兄妹とは一線を画すかのような、仲のよさが目立つ。




「お兄ちゃん、ぜえ~ったいにわたしのこと、置いていかないでね?」


「え?」


「お兄ちゃんは、ずう~っとわたしと一緒にいなきゃ、だめなんだよ?」


「は、羽月?」


「わたしが大好きで大好きでたまらないお兄ちゃんは、わたしのそばにいてくれるのが当たり前なの!」


「…羽月…」




特に妹、羽月の兄、涼羽に対する愛情は本当に天井知らずに膨れ上がっていっている状態となっている。


もうとにかく、涼羽のことを独り占めしたくてしたくてたまらず、家にいるときは必ずと言っていいほどに涼羽のべったりと抱きついては、この可愛い兄は自分だけのものだとアピールするかのごとく、独り占めしている。




まるで、兄、涼羽が自分にとっての生涯の伴侶でもあると、言わんばかりに。




もともとが男嫌いの気もあることもあり、外では異性との関わりを断絶してしまっているのが、この異常ともいえるほどの兄への依存心に拍車をかけてしまっている、とも言える。


また、兄、涼羽がそう言われたとしても疑問を抱いてしまうほどに童顔な美少女然とした容姿をしており、その容姿に非常にマッチングした、健気でおっとりとした優しい性格なのも、羽月の兄依存にさらに拍車をかけてしまっている。




涼羽としても、もういい年頃の女の子なのだから、いい加減に自分以外の異性との交流も持って欲しいと、密かに思ってはいる。


こんなにも嬉しそうに幸せそうに自分に甘えてくれる妹が可愛いことは間違いない。


ないのだが、だからといって、いつまでもこんなに依存されたままでいいわけがない、とも思っている。




だからこそ、どこかで羽月がちゃんと自分と歳の近い男子と問題なく交流できるようにしないと…


そう思ってはいるものの、当の男子である涼羽に友達と言える存在が、あの鷺宮 志郎のみという状況であり、その志郎も今はこれからに向けて本当に頑張っていっているため、非常に多忙となっている。


そのため、気軽にこういうことを頼めない状況であるため、どうしようか、どうしようか、と思い悩んではいるものの、行動に移すことができないでいる。




しかも、以前一緒に買い物に出かけた時も、たまたま涼羽がクラスの男子に話しかけられた時があり、その時もまるで怯えているかのような仕草を見せて、ひたすら兄の胸に顔を埋めて、抱きついて離そうとしなかった、という出来事まであったほどなのだ。




このままでは、羽月の将来が本当に心配で心配で、どうにかならないかと、常にそのことで思考をぐるぐるさせていることが多い最近の涼羽。




自分にここまでの依存を見せていることは、すぐにどうにかなるものではないというのも、これまでの羽月の態度と姿で嫌と言うほどに思い知らされている。


これに関しては、時間をかけて少しずつ兄離れさせていくしかない、とは思ってはいる。




それよりも、自分と父以外の異性とまるで交流ができない、ということの方が優先すべき問題であり、可及的速やかにどうにかするべきことであると、涼羽は思っている。




しかし、そう思っていても、結局は自分にべったりと甘えてくる羽月のことを突き放すことができず、今まで通りにうんと優しく甘えさせてしまうため、羽月が兄離れするどころか、ますますその筋金入りのブラコンが悪化してしまっていっている。




「は、羽月…」


「?なあに?お兄ちゃん?」


「羽月は、男の子と遊んだりしないの?」


「!!絶対にや!!だって、お兄ちゃん以外の男なんて、嫌い!!」




こうして、兄である涼羽がちょっと別の異性との交流を話題に出すだけで、何が何でも、というくらいの抵抗の意思を見せてしまっている状態なのだ。


もうこれでは、ちょっと異性が苦手、というレベルではなく、完全に男嫌いのレベルまで来てしまっている。


これをさらに拗らせてしまうと、本当に男性恐怖症の域にまで達しかねない状態なのだ。




もちろん、可愛い妹が変な男と交流を持って、それで一生、心に傷を負ってしまうような事態になることなど、涼羽はかけらも望んでいるはずはない。




しかし、だからといってこのままでは、ただ安全が保証されている箱の中にいるだけ。


いざと言うときに、羽月が自分自身でどうにかするための術を身につけることができないままになってしまう。




「あ~…俺の子供達は本当に可愛いなあ~…」




仕事では、社にその人あり、と言われるほどの有能な人物である父、翔羽も…


いざこういうことに関しては本当に親馬鹿すぎて、まるで今、羽月が抱えている問題に対しても役に立てるようには見えない。


それどころか、羽月がこうして涼羽にべったりとしていることを、本当に望んでいる節すらある。




翔羽の場合は、涼羽が三つの時、そして羽月が生まれた直後からずっと二人と離れて暮らしていたこともあり、年齢的に成長しているといっても、やはりその時の幼いままの感覚が抜けないのだ。


だから、二人がこれほどに仲睦まじいことを、むしろ喜んでしまっている。




この二人がこんなにも仲良くしてくれて、こんなにも可愛らしい姿を自分に見せてくれていること。


そのことが、翔羽にとっては本当に幸せなことで、本当に望んでいることなのだから。




だからこそ、この問題に関しては翔羽はまるで無力だと言ってもいい。




そんな父を横目に見ながら、涼羽は内心で大きく溜息をついてしまう。


この可愛い妹を、どうやって自立させていこう…


この可愛い妹を、どうやって普通に異性と交流できるようにしていこう…




まるで本当の母親のような心配事を抱えてしまっており、歳の近い兄であるにも関わらず、目線としては子供に接する親のような心境になってしまっている。




でも、可愛いことに変わりはないからこそ、どうしても目一杯の愛情で包み込んで、うんと甘えさせてしまうのも、涼羽なのである。


それゆえに、羽月は涼羽から離れるなんてことを、微塵も考えることなどなく、死ぬまで一緒なのだと、本気で思ってしまっている。


それも、絶対に自分だけの兄なのだと、本気で思ってしまっている。




だからこそ、兄が他の異性と仲良くしているとか、ましてや他の女の子を自分と同じように甘えさせて、包み込んでいるなどと聞かされると、もうとにかくヤキモチを焼いてしまい、何が何でも兄を自分だけのものにしようと、無理やり唇を奪ったり、無理やりその胸に吸い付いてしまったりなど、癇癪を起こして涼羽が恥ずかしがってしまうことをしてしまう。




恋人というには何か違うし、かと言って普通の兄妹でいたいかといえば、そうでもない。


ただただ、この最愛の兄にそばにいて欲しい。


ただただ、この可愛すぎる兄を誰にも渡したくない。


羽月は、ただ純粋にそう思っており、そのために行動しているだけなのだ。




ましてや、自分のことをまるで舌なめずりするかのような不快な視線で見つめてくる異性など、絶対に関わりたくなどない。


自分の身体を、まるで欲に飢えた獣のようにじろじろと見つめてくる異性など、絶対に近寄りたくなどない。




自分のことをそんな風に見てくるどころか、まるで本当に母親のように包み込んで、本当に優しく扱ってくれる兄、涼羽が世界で一番、自分にとって愛するべき存在なのだと。


兄、涼羽こそが自分にとって唯一の存在なんだと。


羽月は、涼羽に対してそこまで思っている節がある。




だからこそ、涼羽が最近、ちょくちょくと異性との交流についての話題を出してくると、途端に不機嫌になってしまう。


そうしてへそを曲げてしまうと、すぐに涼羽によりべったりと甘えてしまい、もうどうしようもない状態となってしまう。




「…なんで、そんなに他の男の子は嫌なの?」


「だって、わたしのことなんだかいやらしい目で見てくるし!!」


「…そうなんだ…」


「それに、近寄ったら何されるかわかんないんだもん!!」


「…………」




羽月は幼い容姿でありながらも、そのスタイルは母親譲りなのか、中学生としてはかなり美しく成長していると言えるものとなっている。


それゆえに、異性から欲の対象として見られることも多い。


ましてや、思春期真っ只中の年頃の男子から見れば、本当に目を惹いてしまうものであるがゆえに、どうしてもそういう視線は避けられない。


だが、羽月は自分に対するそんな視線が、本当に汚らしく、非常に不快なものと思えてしまう。


ゆえに、どうしても男子達のそういった視線を許容することができない。




涼羽にしても、そんな男子としての衝動からはかけ離れてしまっている存在であり、そんな目で異性を見ることなどまるでないため、羽月の言う男子のいやらしい視線というものに、理解を持つことができずにいた。


だからこそ、男なんてそんな生き物だ、とか、そう見られているってことは、それだけその男子達が羽月のことを魅力的だと思っているんだよ、とか言ったことが言えない。




同じ男子でありながら、そういう男子の気持ちが分からないのが、高宮 涼羽という人物なのだから。




ゆえに、妹のことを心配して、どうにかしようと試行錯誤はしているものの、自分自身が一般的な男子からかけ離れてしまっており、どうしてもいいアドバイスもできず、かといってどう動いていいのか分からない状態が続いてしまっている。




「なに!?俺の可愛い可愛い羽月のことを、そんな風に見てるやつがいるのか!!」




そして、この父、翔羽も息子、娘共に可愛すぎて自分の元から離したくないとまで思っている親馬鹿であるため、娘のそんな発言に、こんな反応を示してしまう。




父として、自分の娘がそんな見られ方をされているなどと聞けば、そんな風に憤ってしまうのかも知れないのだが…


そんな父の反応もまた、羽月の男嫌いを増長させる要因と、なってしまっている。




「そうなの!お父さん!わたし、男って怖くてたまんないの!」


「そうだろうそうだろう!全く、なんてやつらだ!俺の可愛い娘をなんて目で見てるんだ、全く!」


「でしょ!?だから、わたしはお兄ちゃんがそばにいてくれないと、やなの!」


「だよな!羽月は本当にお兄ちゃん大好きだもんな!」


「そうなの!お兄ちゃんはわたしのこと、そんな目で見ないし、本当にわたしのこと大切にしてくれるから、だあい好きだもん!」


「そうかそうか!羽月はお兄ちゃんがそばにいてくれたら、本当に幸せなんだな!」




この問題を解決に導くべき父、翔羽がこの状態では、本当に羽月の男嫌いは治せないかも知れない。


それどころか、本当にずっと兄、涼羽のそばにくっついて離れないであろうことが容易に想像できる。




これが、羽月の男嫌いとブラコンを異常に増長させてしまう要因となり、しかもそれが日常的に行なわれていて、しかもそれを父、翔羽も妹、羽月もまるで疑問に思わない状態。




「お兄ちゃんは、わたしだけのお兄ちゃんなの!」


「羽月…」


「だから、ぜえ~ったいにお兄ちゃんのこと、離さないんだからね!」




涼羽に関しても、世間一般の兄妹像というものをよく知らないため、普段のやりとりが当たり前と思ったりしてしまうのだが、それでも、羽月のこの男嫌いに関しては異常ではないか、と思ってしまう。


ましてや、それが要因で兄である自分への依存が強いとなると、さすがにこれはどうにかすべきだと、思うようにはなってしまう。




とはいえ、涼羽にとっても羽月は可愛い妹であるため、気がつけばいつものように可愛がって、甘えさせてを繰り返してしまっている状態と、なってしまっている。




「お兄ちゃん、だあい好き♪」


「羽月…」


「お兄ちゃん、もっとぎゅうってして♪なでなでして♪」


「…もう…」




ひとしきり、言いたいことを父、翔羽に言って落ち着いたのか…


羽月がまた、涼羽の胸の中でうんと甘えてくる。


そして、いつものようにおねだりをしてくる。




そんな妹を見て、本当に母性的で優しい性格の涼羽が抗えるはずもなく、結局はいつものように羽月のことを甘えさせてしまう。


妹が望むがままに、その小柄な身体を優しく抱きしめ、その頭を優しく撫でてしまう。




それだけで、妹、羽月の顔が本当に幸福感と喜びに満ち溢れているかのような笑顔になってしまう。




「…羽月は、本当に可愛いね」


「!えへへ~♪嬉しい!」


「羽月が可愛いから、い~っぱいぎゅっとなでなで、してあげるね?」


「!わ~い!お兄ちゃん、だあ~~~~~~い好き~~~~~~!」




自分のしていることで、こんなにも幸せそうに嬉しそうになってくれる妹、羽月が本当に可愛くて可愛くてたまらず、妹の望むままにうんと甘えさせて、可愛がってしまう涼羽。




こうなってしまうと、もう先ほどまで考えていた問題など、すっかり頭の中から抜け落ちてしまっている涼羽。


そして、まるでそれが兄としての勤めだと言わんばかりに妹、羽月のことを可愛がり、甘えさせて、本当に幸せそうに嬉しそうに頬を緩めていく羽月を見て、自分も同じように幸せそうに嬉しそうに頬を緩めていく涼羽なので、あった。

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