第135話 この一家、マジで詐欺じゃん!

「さあ、涼羽君に羽月ちゃん…せっかく来てくれたんだ」


「目一杯食べて、楽しんでいきなさい」




非常に可愛らしく、素直で天使のような涼羽と羽月の兄妹に…


もう、完全に頬が緩みっぱなしの専務と常務。




涼羽の頭を優しく撫でる手はそのままに…


いつの間にか、届いていた宴会用の料理を、空いているデスクの上に乗せて開いていき…


実の孫にそうするかのように、優しくおもてなしをしていく。




「はい!ありがとうございます」


「…ありがとう…ございます…」




自分の父がお世話になっているのと、自分に対しても非常に優しく接してもらっているということで…


その可愛らしい笑顔を惜しげもなく晒し、二人の役員にお礼をいう涼羽。


そんな兄、涼羽に対し、どうしても人見知りの方が勝っているのか…


おどおどと、涼羽にべったりと抱きついたままで、ぎこちなくもどうにかお礼をいう羽月。




「いやいや、本当に高宮君は子供に恵まれているね」


「うちの子も孫も、こんなにも素直で可愛らしいことはなかったよ」




自分の子供や孫と比べても、非常に素直で可愛らしい涼羽と羽月の兄妹に…


ますます頬を緩めて、優しい眼差しで見つめる二人の役員。




そして、こんなにもできた子供達がいる翔羽のことを、羨ましく思ってしまう。




「涼羽!羽月!」


「!わ!…」


「!むぎゅ…」




そこに、先ほどまで自分の部下達に絶対零度の視線を向け…


普段ならばありえないであろう、職権乱用とも言える言動で脅しをかけていた、二人の父、翔羽が…


先ほどまでの表情が嘘のような、デレデレとしただらしない笑顔を浮かべながら…


最愛の子供達をぎゅうっと抱きしめる。




「あ~…いつもお前達は可愛いなあ~…」




目に入れても痛くないと豪語できるほどに愛情を向けている子供達。


その子供達を、自分の腕の中に包み込むことができて、まるでこの日の疲れが癒されていくかのような感覚が満ちていく翔羽。




息子である涼羽の頭に、すりすりと頬ずりしながら、その芳しい匂いも堪能し…


さらには、娘である羽月にも、涼羽と同じように、すりすりと頭に頬ずりをし、その芳しい匂いを堪能していく。




「うわ…マジか…」


「あの部長が…あんなにもデレデレと…」


「マジであれ、あの仕事の鬼で有名な部長なのか?」


「いつも淡々と、能面みたいな顔しながらとんでもない早さで仕事してる部長と同一人物だなんて…思えね~」




普段の淡々と、能面のような無表情で、業務を恐るべき早さでこなしていく…


あの高宮 翔羽とは思えないほどの、デレデレとした笑顔。




最愛の子供達に向ける、その過ぎたほどの愛情表現。


他人である自分達の目から見ても、可愛すぎるほどに可愛らしい子供達との触れ合いをしている時の、非常に幸せそうな笑顔。




そんな翔羽の姿が、普段の業務中の翔羽とはまるで別人と言えるほどにギャップを感じてしまい…


部下達は、驚きを隠せないでいる。




「お…お父さん…他の人、見てるよ…」




他の人の目に触れない、自宅の中でさえ、こういった触れ合いに顔を赤らめてしまうのに…


こんな、人目に触れるところでこんなことをされると、余計に恥ずかしさが勝ってしまう涼羽。




それでも、抵抗らしい抵抗をしないあたり…


父のこういった愛情表現を、なんだかんだで受け入れているということなのだろう。




「えへへ~♪」




妹の羽月の方は、そんな父の愛情表現が大好きで…


その幼さの色濃い美少女顔に、天真爛漫な笑顔を浮かべて、素直に喜んでいる。




最愛の兄、涼羽に抱きしめられた状態で、その兄もろとも父に抱きしめられているこの状態…


この状態が、羽月にとっては非常に幸せを感じることとなっている。




それでも、一番は、兄、涼羽にべったりと抱きついて…


その兄に思う存分甘やかしてもらうことなのだが。




「…いや~…あの涼羽ちゃん、だっけ?」


「今年で十八歳の高校生男子って聞いたけど、全然そう見えね~よな」


「傍から見てても、めちゃくちゃ可愛いよな」


「それに、妹の羽月ちゃん、だったか?」


「あの子はあの子で、くっそ可愛いんだけど」


「二人共可愛すぎて、見てるだけで癒されてくるよな~」


「見てたら、マジ部長が羨ましくなってくるよな」


「俺も、あんな風にあの二人を可愛がってあげたくなるよ」


「いいなあ~…部長…」




もう幸せいっぱい、と言えるほどの笑顔に満ち溢れた触れ合いを展開している高宮親子を見て…


羨ましさすら感じてしまう部下の社員達。




今年十八歳の男子とは思えない、どう見ても絶品の美少女としか思えない容姿の涼羽が…


その頬を赤らめながらも、父親に抱きしめられながら、めちゃくちゃに愛されるその姿が…


あまりにも可愛すぎて、自分もあんな風に可愛がってあげたいと、思ってしまっている。




さらには、その涼羽にべったりと抱きついたまま、嬉しそうにしている…


幼さが色濃いものの、非常に整っていて、可愛らしい容姿の羽月のことも…


涼羽と一緒に可愛がってあげたいと、思ってしまっている。




「さあ~、涼羽、羽月…今日はたまの外食なんだから、目一杯おいしいものを食べてくれよ!」




そんな周囲の視線など、まるで気にも留めることなく…


翔羽は、最愛の子供達に目一杯食事を楽しむように、促す。




「…うん」


「わかった!」




そんな父の言葉に、涼羽はほんのりと笑顔を浮かべて答える。


羽月は、目一杯の嬉しそうな表情と声で、答える。




「お兄ちゃん、一緒にいこ!」


「うん、いこ」




そして、いつの間にかデスクの上に用意された食事を頂こうと、一旦父、翔羽から離れたその瞬間…




「いや~!めっちゃ可愛いね~!君達!」


「俺達、君達のお父さんにはいつもいつもお世話になってるから!」


「俺達とも、仲良くしてね!」




もう涼羽と羽月に絡みたくてウズウズしていた社員達が…


我先に、と言わんばかりに、二人のそばへと、寄っていく。




先ほど、自分達の上司であり、二人の父である翔羽に…


背筋が凍る、と思わせるほどの脅し文句を突きつけられたのだが…




そんなことなど、まるでなかったかのように…


その顔をデレデレと緩めながら、可愛いの化身と言っても過言ではないと言える、涼羽と羽月の兄妹とお近づきになろうと、そばに寄って、積極的に話しかけていく。




「あ…こちらこそ、父がいつもお世話になってます」


「………」




いくらか改善されてきたとはいえ、本質的には人見知りな涼羽は、少しぎこちなさが残るものの、しっかりと自分達に話しかけてくる社員達に、挨拶を返す。




今となっては、涼羽よりも人見知りの傾向が強くなっている羽月は…


自分に無遠慮に視線を向けてくる大人の男達に、怯えてしまったのか…


兄である涼羽の胸にべったりと抱きついて、顔を埋めて…


もう周囲を見ようともしない状態となってしまっている。




「ねえ、涼羽ちゃんだっけ?」


「は、はい…」


「君、本当に男の子?」


「そ、そうです…」


「うわ~マジか~…」


「それ、絶対言われなかったらわかんないって」


「今見てても、俺、中学生くらいのめっちゃ可愛い女の子にしか見えね~もん」


「そ、そんなこと…」


「いやいや、マジでマジで」


「ぶっちゃけ、TVに出てるアイドルより可愛いって」




今年十八歳の男子だと、他ならぬ本人である涼羽からの自己申告があるにも関わらず…


その涼羽の扱いそのものは、まさに普段、画面の中でしか見られない美少女アイドルを…


今この目で見られたかのように喜びに満ち溢れたものとなっている。




「で、今涼羽ちゃんにべったりと抱きついてる子は、妹ちゃんだっけ?」


「は、はい…そうです」


「羽月ちゃん、でよかったかな?」


「そうです…」


「羽月ちゃんって、めっちゃ人見知り?」


「さっきから、こっちをまるで見てくれないんだけど…」


「は、はい…人見知りというのもあるんですけど…」


「?けど?」


「他にもなんかあるの?」


「は、はい…妹は、男性が苦手な傾向があるので…」


「え?そうなんだ?」


「はい…」




まるで自分達の方を見てくれない羽月のことが気になったのか…


そのことについて、涼羽に聞いていく社員達。




羽月は、幼い顔立ちと、中学生としてはかなり小柄な体格があるため…


周囲からは、本当にマスコット的な存在として…


また、アイドル的な存在として、非常に可愛がられている。




反面、その幼さの色濃い容姿からはギャップを感じさせる、女性として美しく成長しているスタイル。


それが、同じ学校の男子生徒の、思春期特有の欲のこもった視線を呼び込むこととなってしまう。




その視線が、羽月にとっては非常にねっとりとした…


まるで、首筋を舐められるかのような不快感と、獰猛に獲物を狙う肉食獣のような恐ろしさを、感じることとなってしまっている。




学校では、常に同性の友達と交流していることもあり…


その周囲の友達が、可愛い羽月にそんな異性達の視線がいかないようにブロックをしてしまっている。




そのため、羽月自身が、異性に対する恐れのような感覚を克服する機会そのものが得られない状態となってしまっている。




ましてや、家族として普段から接している兄、涼羽は容姿からしてまるで異性というものを感じさせず…


加えて、兄というよりは母として接しているため、より羽月の異性に対する苦手意識が増長してしまっている傾向にある。




このことは、兄である涼羽も、つい最近、妹の友人である佐倉姉妹に聞いて、ようやくそれを知ることとなったのだが…


現状、どうやって妹のそれを克服させるべきなのか…


考えてはみるものの、解決に結びつくようなことが何も思い浮かばない状態となっている。




「へえ〜…まだちっちゃいからかな〜」


「小学生くらいだから、まだ仕方ないところもあるのかな?」


「見ろよ、もうお兄ちゃんにべったりで…」


「全然離れようとしねえもんな」




羽月が男嫌いという、涼羽の話を聞いて…


それぞれが、思い思いの感想を声にする社員達。




見るからに幼い容姿の羽月であるため…


小学生くらいの女の子だと思って、微笑ましそうに、兄にべったりと抱きついて離れない羽月のことを見つめている。




「あ、あの…」


「?ん?」


「?どうしたの?涼羽ちゃん?」


「…羽月、来年で高校生になるんですけど…」




そんなところに、涼羽が爆弾を投下するかのような…


そんな、周囲にとっては驚愕となる発言を、声にしてしまう。




そんな涼羽の声を聞いた社員達の顔が、瞬間、呆気にとられてしまい…




十秒…


二十秒…


三十秒…




そして、一分は過ぎたと思われる頃合いで、ようやく固まっていた動きが、再開することとなる。




「…マ、マジで!!?」


「…こ、こんなにちっちゃくて可愛いのに!!?」


「…ウソだろ!!?」


「…どう見ても、小学生くらいにしか見えないって!!」




まさか、可愛い盛りの小学生くらいだと思っていた羽月が、来年で高校生になるとは、微塵も思わなかった社員達、




それぞれが、驚きの声しかあげられずにいる。




「涼羽ちゃんにしたって、この見た目で今年十八歳の男子って…詐欺じゃん!」


「さらには、妹の羽月ちゃんまで、この見た目で来年高校生とか!」


「そういえば、部長もあの見た目で四十三歳とか!」


「え!?なんなのこれ!?」


「部長の一家って…マジ天然アンチエイジング一家じゃん!」




どこからどう見ても年齢不相応な容姿の高宮家の三人に対し、もはや驚きしか出てこない様子の社員達。




今の世の中、アンチエイジングが流行っているとはいえ…


いくらなんでも、天然でこれは詐欺過ぎる、と…




しかも、涼羽に至っては性別まで詐欺と言えるほどの容姿であり…


もう本当に、驚きの声しか出てこない状態と、なってしまっている。




「涼羽ちゃん!」


「!は、はい!?」


「この世に生まれてきてくれてありがとう!」


「は、はい?」


「俺の前に現れてくれて、ありがとう!」


「?…?」


「俺、こんなにも現実に希望を持てたの、初めてだよ!」


「えっと…あの?」


「ありがとう!ありがとう!」




そんな中、突然一人の男性社員が、大げさなほどのアクションで、涼羽へと声をかけてくる。




そのあまりの勢いに、思わずびくりとしてしまい、ぎこちない反応となってしまう。




そして、しきりに自分に礼を言ってくる目の前の男性社員に対し、どう返していいのかすら、分からなくなってしまう。




まあ、生粋の二次元オタクで…


生粋の男の娘好きな彼からすれば…


まさに、画面の中から出てきたかのような、本物の男の娘である涼羽は、文字通り理想そのものと言える存在であるだけに…


言葉通りの、生きる希望となりうるのであると言える。




そんな、自分にとって至高の存在である涼羽を前にして…


ついには感無量の涙すら、溢れ出てきてしまう始末。




「?え?え?」




もちろん、涼羽がそんな彼の事情など知る由もなく…


ただただ、戸惑うばかりの状態となってしまっている。




「あ〜…気にしなくていいよ、涼羽ちゃん」


「?え?」


「そいつ、現実に希望が持てなくて、オタクになっちゃったやつでさ」


「なんでも、女の子のように可愛い男の子が好きで好きでたまらないやつなのよ」


「え?」


「そうそう、もうマジで涼羽ちゃんみたいな子が、こいつにとっての理想だから」


「まあ、面倒かもしんないけど、テキトーに相手してやってよ」




彼の男の娘好きは、周囲の同僚達も知っていたようで…


その同僚達が、フォローをするかのように、まるで事情を把握できない涼羽に対して説明をしていく。




言ってる内容は、とても彼をフォローしているとは思えないものだが。




「………」


「ありがとう〜…ありがとう〜」




未だに、自分の手を握りながら…


さらには、涙を流しながら自分に礼を言い続けるオタク社員をじっと見つめる涼羽。




そして、何か思いついたのか…


そんな彼に対して、言葉を紡ぎ始める。




「あ、あの…」


「!?な、なにかな!?」


「理由はよく分かりませんが…」


「?」


「僕が、あなたにとって何かいいことにつながっているのでしたら、嬉しいです…」


「!!」


「現実に希望が持てないっておっしゃってましたけど…僕みたいな若輩者がこんなこと言うのもどうかと思うんですけど…」


「…………」


「少しずつでも、真面目に頑張ってれば…絶対に良いことあると思いますから…」


「…………」


「ですから…頑張ってくださいね」




つたなくはあるものの…


現実に希望が持てない、という彼の言葉に対して、自分なりの励ましの言葉を贈る涼羽。




こんな自分が、この彼にとっての希望につながっていることが、嬉しくもあったから。




その理由が明確になんなのか…


それは、よく分かってはいないのだが。




でも、せっかくなら、現実に希望を持って生きて欲しい…


そんな純粋な思いから、贈られた涼羽の言葉。




その言葉を音にした時の、涼羽の本当にはにかんだかのような笑顔。




それら全てが、二次元にしか希望が持てないでいた彼の心に、大きく響くこととなった。




「……涼羽ちゃん!」


「!は、はい!?」


「ありがとう!君は本当に、俺の理想以上の…まさに天使のような存在だ!」


「い、いえ…そんな…」


「俺、頑張るよ!現実に希望を持って、生きていくよ!」


「!その方が、絶対にいいと思うし、僕も嬉しいです」


「!うわ~…俺、今最高に嬉しい!」




自分にとっては、まさに理想の存在であった涼羽から、懸命に励ましてもらえたことで…


現実に対して、もっとポジティブに生きようという意識が目覚めてきた。




そして、そうしてくれることが嬉しい、とまで言ってくれる涼羽が本当に可愛らしくて…


まさに、天使のようで…


画面の中にいた、理想のキャラ達よりも遥かに理想的な存在となっている。




「(俺…めっちゃいい男になるように頑張って…そうなったら、涼羽ちゃんを…)」




ただ、その原動力となる目的が、非常に危険な方向に向かってしまっているのだが。




「ふふ…(こんな風に、前向きになってもらえると、なんだか嬉しいな…)」




そんな、彼の思いになど、まるで気づくことなどなく…


ただただ、目の前の彼が現実に前向きになってくれたことを嬉しく思っている涼羽。




これをきっかけに、いまいち業務の面で伸び悩んでいた彼が、まるで別人と思えるかのように…


懸命に、ただただ純粋に業務に励み…


ただただ、自分自身を磨いていくようになっていくのだが…




それは、また別のお話。

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