第120話 お兄ちゃん♪はい、あ~ん♪

「おはよ~、お兄ちゃ~ん…えへへ♪」




珍しく休日出勤の父に弁当を届け、その際に父の会社の女性にもみくちゃにされ…


食堂でアルバイトをしている現役声優の菫と連絡先交換をすることになり…


さらには、帰りに寄った若江精肉店では、店主の京子と妹の羽月に無理やり女装させられて可愛がられ…


そこをクラスメイトの男子達に見られたと思ったら、そのうちの一人に告白される、などという…




とても濃い内容の一日だった昨日。


そんな土曜日が明けての、日曜日。




いつも通り、高宮家の住人の中で誰よりも早く起きて…


自分と家族の分の朝食の準備をしていると…




妹の羽月が心底嬉しそうな顔で寄ってきて、食事の準備をしている兄、涼羽にべったりと抱きついてくる。


これも、休日の高宮家の、ごくごく当たり前の光景となっている。




お兄ちゃんが大好きで大好きでたまらない羽月にとって、この休日となる土曜、日曜は…


涼羽と思いっきり、思う存分に触れ合える、本当に大好きな曜日。




少しでも、兄、涼羽に長くべったりと抱きついて、甘えたい。


思う存分に、兄、涼羽のことを独り占めしたい。




だからこそ、涼羽が秋月保育園でアルバイトを始めてからは、食事の準備を終えて涼羽が起こしに来るよりも早く自分で起きて…


食事の準備をしている兄に朝の挨拶をしてから、べったりと抱きついてくるという…


そんなルーチンが、できあがりつつある。




「おはよう、羽月」




そんな妹、羽月に対し、母親が幼い子供に向けるかのような、母性と慈愛に満ち溢れた笑顔を向けて、朝の挨拶を返す涼羽。




そんな兄の笑顔がまた嬉しくて、もっと、もっとと言わんばかりにぎゅうっと抱きついてくる羽月。




「お兄ちゃん♪お兄ちゃん♪」


「どうしたの?羽月?ご機嫌さんだね」


「だって、お兄ちゃんにべったりできてるから、嬉しいんだもん♪」


「…ふふ」




最近、休日は自分が起こしに行かなくても勝手に起きてくるようになった妹に対し…


ちょっとは兄離れできてきてるのかな、と思っている涼羽。




それが嬉しいのか、ついつい、いつも以上に優しい笑顔で、妹のことを優しく受け入れてしまう。




実際には、兄離れしているどころか、もっともっと兄への依存度が高くなっていっていることになど…


全くもって気づくことのない涼羽。




実際、こんな風にべったりと兄に甘えてくる妹など、よそのご家庭ではまず見かけることなどできない。


まして、兄は来年で大学生もしくは社会人…


妹は来年高校生という、本当に年頃な年代なのだから…


なおさら、これほどまでに仲のいい兄妹など、いるはずもないのだから。




ただ、他の兄弟姉妹の実情など知る由もなく…


基本的に自分の家庭が基準値となってしまっているこの高宮家では…


まるで恋人のようなこんなやりとりが異常であるということに、全く気づくことなどない状態だ。




だから、いい加減兄離れして欲しいとは思いながらも…


それでも、こんな風に甘えてきてくれる妹が可愛く思えてしまい…


結果的に、優しく甘えさせてしまう涼羽。




そんな涼羽だからこそ、もっともっと甘えたくなって…


もっともっと離れたくなくなってしまって…


結果的には、兄、涼羽のことが天井知らずに大好きになっていく羽月。




羽月のブラコンっぷりは、もうどこまでも突き抜けていってしまっており…


それは、上がっていくことはあっても、下がっていくことは決してないと、言える状態となってしまっている。




「お兄ちゃん♪」


「なあに?」


「だあ~い好き♪」


「…ふふ、ありがとう」




こんな台詞も、もう当たり前のように妹の口から飛び出してしまう始末。


二人とも、年齢よりも幼さの色濃い容姿であるため…


傍から見ると、非常に可愛らしく思えてしまうのだが…


それでも、年頃の兄妹のやりとりというには、そのよすぎるほどの仲のよさに、ちょっとした異常性を感じずにはいられないものとなっている。




「羽月、もう少しで朝ごはんできるから…」


「え~…このままぎゅうってしてたいよ~」




その華奢で小さな背中にべったりと抱きついてくる妹に、優しく離れて欲しいと促す涼羽だが…


こんな感じで、少しでも長くべったりとしていたい羽月は、毎回のように駄々をこねてしまう。




そんな妹に、困ったような笑顔を浮かべながらも…


決して無理に振り払うことのない涼羽。




自分の背中に、すりすりと頬ずりしながら顔を埋めているのが、感触で分かる。


後ろを見なくても、妹が本当に嬉しそうに、幸せそうにしているのが分かってしまう。




妹、羽月が嬉しくてたまらないと…


本当に幸せだと感じ…


それを全力で堪能している状態なだけに…


可愛い妹には甘い兄である涼羽は、それを無闇に壊してしまうなどということができない。




なので、結局は、こんな妹の駄々に、兄である涼羽が先に折れてしまうこととなるのだ。




「…じゃあ、ご飯できたら、一緒に運ぶの手伝って、ね?」


「!それしたら、わたしのことぎゅうってして、なでなでしてくれる?」


「ふふ、はいはい…い~っぱいしてあげるから」


「!えへへ~♪じゃあ、い~っぱいお手伝いするね!」


「うん、ありがとう」




こんな、お母さんと幼い娘のような、微笑ましいやりとりが常に行なわれ…


ますます、羽月が涼羽のことを好きになってしまっていくのだ。




涼羽の方も、羽月がこんなにも可愛らしく喜んでくれると…


ついつい、もっと甘やかしてしまいたくなってしまうのだから…




一番問題があるのは、妹の羽月ではなく、兄である涼羽の方だ、と言えるのではないだろうか。




「はい、じゃあ、お皿にセットしていくから、できたら持っていってね」


「は~い♪」




本当に、突き抜けている、と言えるほどに仲のいい兄妹である涼羽と羽月の二人。


お手伝いが終わったら、大好きな兄に目一杯可愛がってもらえる…


目一杯、ぎゅうってして、なでなでしてもらえる…


そう思うだけで、またその可愛らしい美少女顔に、幸せそうな…


それでいて、少しだらしなく緩んだ笑顔が、浮かんでくる。




そんな妹と見て、涼羽の方も…


その男とは思えないほどの童顔な美少女顔に、目一杯の母性と慈愛がこもっている…


そんな笑顔を浮かべ、可愛い妹がぱたぱたと足音を立てながら…


せっせと、朝食の準備のお手伝いをしてくれる様子を、そのまま見守っている。




そして、自身もその足を動かして…


できあがった朝食を、リビングの方へと、運び始めるのであった。








――――








「うん、じゃあ食べよっか」


「うん!」




食事の準備も整い、お互いに造りのよく似た顔に笑顔を浮かべながら…


お互いの顔を見合わせ、着座する二人。




「…羽月、なんで俺にべったりとくっついてくるの?」


「え?だってお兄ちゃんと一緒に食べたいから」


「…でも、食べにくくない?」


「なんで?そんなことないよ?」




最近では、当たり前のように涼羽にべったりとその身を寄せて、食事を摂ろうとしてくる羽月。


今日のこの朝も、それが当然と言わんばかりに、兄である涼羽の左隣を陣取って…


べったりとくっついてくる。




そんな妹に苦笑しか浮かんでこない兄、涼羽。


一応、抗議とは言えないであろう、優しい声で妹に問いかけるものの…


当の妹は、それが当然と言わんばかりに、兄のそばから離れようとしない。




むしろ、なんでそんなこと聞くの?


そう言いたげな、きょとんとした表情で、じっと兄の顔を覗き込むかのように見つめてくる。




「…そっか。羽月がいいなら、それでいいけど」


「?へんなお兄ちゃん」




自分達にとっては、これが当然という認識しかないのか…


そんな問いかけをしてくる兄を、逆に疑問符まじりの表情で見つめる妹、羽月。




本来なら、こんなことを当たり前といってはばからず…


当たり前のようにしてくる妹の方がおかしいと言えばおかしいのだが…




あいにく、この高宮家には、そんな指摘をしてくれる存在などいるはずもなく…




それをしてくれるであろう存在だるはずの、父、翔羽に至っては…


目に入れても痛くないと豪語できるほどに可愛い我が子達が、こんなにも仲良しでいてくれることを、当たり前のように受け入れて、当たり前のように喜んでいる。




ゆえに、自分達の日常が、周囲から見れば異常である、ということに…


一家三人、誰も気づいていない状況なのだ。




ちなみに、父である翔羽は、普段滅多にしないはずの休日出勤に加え…


最愛の息子と娘が、自分の会社にまで顔を出して、自分の昼食を持ってきてくれたことに非常に感動し…


そのおかげで変にスイッチが入ってしまい…


無駄にペースを上げて、その時見えている仕事という仕事を全て片付けてしまう、などという…


とんでもなくネジが外れたことをしてしまい…




おかげで、次の週はやることを探すところから始める必要のある状態にしてしまい…


加えて、無駄にハイペースで仕事をこなしていったため…




その反動でガタがきたのか、この日はいつもならとっくに起きているはずなのだが…


一向に、降りてくる気配がない。




無駄にハイペースで仕事をこなし続けた反動で疲れが一気に溜まってしまった、ということを涼羽も一目で判断し…


この日は、ゆっくりと眠っていてもらおうと、起こすことをあえてしなかった。




食事は、父が起きてきた時にまた、改めて出そうと…


そう思い、あえて父を起こさなかった。




そのため、この日の朝は自分と妹の羽月との二人だけの朝食となっている。




「じゃあ、いただきます」


「いただきます♪」




兄妹仲良く、食事の合図となる声をあげる二人。


仲がいい、を通り越して、仲睦まじい、と言える感じではあるのだが。




「お兄ちゃん、あ~んして♪」


「…もう、羽月ったら、いくつになったの?」


「いくつになってもいいの♪お兄ちゃんにあ~んしてほしいの♪」


「…本当、羽月は甘えん坊さんなんだから…」




これも、最近になって当たり前のようにおねだりしてくるようになった羽月。


とにかく、兄に食べさせて欲しいと、せがんでくるようになったのだ。




涼羽の方も、そんな甘えん坊の妹に言い聞かせるような言葉を声にしたりはするものの…


結局、どこか甘えてくれるのが本当に嬉しそうな笑顔を浮かべていては…


まるで言葉に説得力も何もないのだが。




「じゃあ、はい…あ~ん」




右手に持った箸を使い、おかずを少しつまんで取ると…


それをそのまま、妹の可愛らしい口元へと、持っていく。




そんな兄に、目一杯の笑顔を向けながら、その口を開けていく。




「あ~ん…」




兄が取ってくれたおかずをそのまま、ぱくりと口に含み、しっかりと噛んで味わう羽月。


その一挙手一投足が本当に幸せなのか…


もう、少しだらしないと言えるほどに緩んでいる笑顔が、本当に可愛らしく見えてくる。




「どお?おいしい?」


「うん!おいしい!」




無邪気で天真爛漫な笑顔を兄に向けて、本当に幸せそうにしている妹、羽月。


そんな妹に、涼羽も思わず頬が緩んで、ますます可愛らしい笑顔になってしまう。




こんなにも可愛い妹に、こんな風に喜んでもらえて、なんだかすごく嬉しい。


こんなにも可愛い妹に、こんな風に甘えてもらえて、なんだかすごく嬉しい。




こんな風に、誰かに何かをして、喜んでもらえることが、本当に嬉しいと感じる涼羽。


そんな、自分よりも人のために動ける性質、優しさ…


それが、日に日に表に表れていっているからこそ…


学校でも、誰もが愛せずにはいられなくなるほどの人気者となっていっているのだから。




特に、女子達の涼羽に対する接し方は、まさに可愛がるの一言。


もうとにかく、天然で優しく、恥ずかしがりやで可愛らしい涼羽のことが好きで好きで…


可愛くて可愛くてたまらない状態なのだ。




休憩時間となると、我先にと言わんばかりに…


クラスの女子全員が、涼羽の元へと寄ってくる始末。




もうとにかく、涼羽のことを可愛がりたくてたまらない、といった様子なのだ。




それがあるからこそ、涼羽のことを同じ男子として見られなくなってしまっている…


煩悩派の男子達から、涼羽のことを護れている状態なのだが。




「はい、お兄ちゃん」


「?」


「あ~ん♪」




いきなり呼ばれて、きょとんとした表情になってしまう涼羽。


そんな表情の兄も可愛くて可愛くてたまらない、と思いながら…


今度は、自分が兄にあ~んしてあげたいと、先程兄にしてもらったことをそのまま、兄にする羽月。




兄、涼羽とは逆となる、利き手である左手に持った箸を使って…


先程、兄にしてもらったことをそのまま同じように兄にしてあげる妹、羽月。




「え?羽月?」


「だって、お兄ちゃんにい~っつもあ~んってしてもらってるから、わたしもお兄ちゃんにあ~んって、してあげたいの♪」


「…羽月…」


「だから、はい♪あ~ん♪」


「…ふふ」




天使のような可愛らしい笑顔で、そんな風に言われて…


さらにはそんなことをしてもらっては…


いきなりのことにきょとんとしていた表情も…


すぐに、嬉しそうな笑顔になってしまう。




「はい♪お兄ちゃん♪」


「じゃあ…あ~ん…」




可愛い妹が差し出してくれた箸の先にあるおかずを、そのままその可愛らしい口に含む涼羽。


そして、ゆっくりとその味をかみ締めるかのように、口の中で咀嚼していく。




「おいしい?お兄ちゃん?」


「うん、おいしい」


「えへへ♪うれしい♪」




お互いに目一杯の笑顔を向け合いながら…


見てる方が思わず恥ずかしくなってしまうかのようなやりとりを、当たり前のようにしていく二人。




こんな風に、自分のしたことで兄に喜んでもらえる…


それが、羽月にとって本当に嬉しく、幸せなことだと感じており…


最近は、ついついこんなこともしてしまうのだ。




もう本当にいちゃいちゃと、くっつき始めのバカップルのようなやりとりを…


息をするかのように当たり前に行なう兄と妹。




もっとも、兄の方はどう見てもハイレベルな美少女にしか見えないこともあり…


まるで、姉と妹の禁断のゆりゆりとしたいちゃつきに見えてしまう。




「お兄ちゃん♪はい、あ~ん♪」


「…ありがとう、羽月。じゃあ、あ~ん…」


「えへへ♪おいしい?」


「うん、おいしい」


「うれしい♪」




自分にあ~んしてもらって、一口一口と食べていく兄の姿が本当に可愛らしくて…


ますます、嬉しそうになっていく羽月の笑顔。




涼羽の方も、そんな羽月が本当に可愛くて…


ついつい、空いている左手の方で優しく妹の頭をなで始めてしまう。




「えへへ♪お兄ちゃんのなでなで、だあ~い好き♪」


「羽月は、本当に可愛いね」


「!うれしい!だあ~い好き!お兄ちゃん!」




大好きな兄に、頭をなでてもらえるのが本当に嬉しくて…


兄の身体にべったりと抱きついてくる羽月。




そんなほのぼのと、いちゃいちゃとしたやりとりを繰り広げながら…


兄妹の、甘くも優しい触れ合いが、続いていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る