第119話 付き合ってください!

「…さあ、なぜ俺達が今日、ここにいるのか…」


「…それはみんな、分かってるな?」




とあるファミレスの中の、テーブルスペースの一角。


その一角を、まるで予約をしていた団体客のように…


十数人ほどの男子高校生達が、陣取っているという光景。




それも、全員が神妙な顔をしてお互いを見合わせあっているという…


とても異様な光景。




休日の土曜の昼下がりであるため、男子高校生達が友達同士でこういったところに来る、ということ自体は珍しくないのだが…


その人数、その異様な雰囲気…


それを前にして、他の客は何事か、と…


ちらちらと視線を送りながらも、直視をすることができない状態であり…


その団体を迎え入れた店員も、これから何が始まるのか、と…


興味本位の視線を送らずには、いられない状態となってしまっている。




今ここにいるのは、全員が涼羽と同じ高校の生徒であり…


さらには、同じクラスの男子生徒達。




普段、こんな休日にもお互いがお互いを誘い合って、遊びにいくことが多い彼ら。


だが、それでも、クラスの男子全員で集まって…


こんな風にファミレスのスペースの一角を全て陣取った状態で向き合うなど、まずない。




そんな、普段はあるはずもない光景が、なぜ展開されているのか…


それは、彼らが悶々と抱えている、ある問題…




その問題を議題とした、会議のようなものが行なわれることとなっていたから。




そして、それは、同じクラスの中の男子である高宮 涼羽を除いた全員に共通する議題であり…


その高宮 涼羽こそが、その議題のテーマそのものとなるもの。




ゆえに、涼羽を除いたクラスの男子生徒全員が…


日に日にどうしようもなくなっていくその問題と向き合おうと…


せっかくの休日にこうして、顔を突き合わせる形となったのである。




「さて、今日ここにいるみんなで話し合う内容についてだが…」




テーブルの両サイドを挟むように座っている男子達に語りかけるように…


テーブルの中心に座る一人の代表格の男子が、静かに語りを始める。




それを見て、全員が確認するかのように頷き合う。




「俺達のクラスにいる、高宮 涼羽についてだ」




その一言に、全員がまた、お互いを見合わせながら、頷き合う。


そんなメンバーの様子に、代表格の男子がうんうんと、首を縦に振る。




「…みんな、あの高宮 涼羽について、どう思っている?」




そして、本題に入り始めるこの会議。


議題の中心となる人物の名前が出てきたことで、まず一人の男子が声を出し始める。




「あいつ、なんであんなに可愛いんだよ」




普段から思っていて、しかし声に出すことのできないことを吐き出すかのような訴え。


それを今、ここで吐き出せたことで…


それがきっかけとなって、他の男子からも続々と声があがってくる。




「マジであれ、男とは思えね~」


「どっからどう見ても美少女じゃね~かよ」


「なんだあの可愛さ…おかしいだろ!」




次々と上がってくる、男子達の切実な声。


もう、そんな風に口に出さないとどうすることもできないような…


本当に、切実な叫び。




そう、ここでこの男子達が集まったのは他でもない。




その童顔美少女な容姿が発覚し…


そこから、日に日に可愛らしくなっていく涼羽に対して…


もう、同じ性別を持つ男子として見ることができなくなり始めていること…




このままでは、本当に道を踏み外してしまうかも知れない。




そんな、大多数の男子達が感じている危機感から開催された、この集まり。


涼羽のことを、同じ男子として見られなくなり始めていることに対する、緊急会議。




可及的速やかにどうにかしなければならない、この状況。


クラスの男子達が抱えている問題に対して向き合うためにと、ついに開かれることとなったのだ。




一度、全員が抱えているその問題と向き合い、全員の意識をすりあわせるために。




最初の段階で、もうどうすることもできないと言わんばかりの切実な思いが飛び出してくる。


それも、かなりの人数が。




しかし、そこで留まっている男子達はまだいい。




真の問題は、それ以外の男子達にある。




「え?何が問題なんだ?」


「あんなに可愛いんだから、もう何でもいいじゃね~か」


「そうそう、可愛いは正義なんだからよ」




こんな風に、もう涼羽を完全に女子として見てしまっている男子が、出てきてしまっている。


それも、結構な人数が。




彼らに関して言えば、日ごろから涼羽を見ているだけで、幸せそうに緩んだ顔をしてしまっている。




それはもう、以前校内でもトップクラスの美少女と言える存在である…


あの柊 美鈴に対して向けられていた視線と、同じもの。




そんな熱のこもった視線を、こともあろうに…


自分達と同じ男子である涼羽に向けてしまっていること。




そのことに、もはや問題意識がまるでない、ということ。




そんな男子達が出てきてしまっていることに、他の…


同じようにその可愛らしさにころっといってしまいそうなのを、ギリギリのところで踏み止まっている男子達が、非常に危機感を覚えてしまっている。




あいつは男、あいつは男、あいつは男…




常に脳内で、自身に洗脳をかけるかのようにつぶやき続けているその言葉。


もう、そうでもしていないと本当にころっと落ちてしまいそうで…


もう、本当に道を踏み外してしまいそうで…




とにかく、涼羽を男だという認識が自分の中で崩れないようにと…


必死になって、自分達に言い聞かせている状態だ。




「いやいや、問題だらけだろうがよ!」


「分かってんのか?あいつは俺らと同じ、男なんだぜ!?」


「どんなに可愛らしい美少女な見た目でも、あいつ男なんだからよ!」




そんな風に、日々崩壊しそうな理性で、膨れ上がっていく煩悩を抑え込んでいる男子達からの、講義の声があがる。




もうすでに、他のクラスでも、涼羽に対する認識がどんどん変わってきており…


涼羽のことを、非常に熱を帯びた目で見つめる男子が、じょじょに増えてきている状態なのだ。




もはや女子達に女子として可愛がられている涼羽のその姿…


女子達に可愛がられて、恥ずかしがる涼羽の可愛らしさ…




それらに、ころっとやられてしまう男子は、決して少なくない。




そして、その傾向は同学年の男子だけに留まらず…


下の学年である、後輩の男子達にまで及び始めている。




普段から、涼羽を護るかのように囲んで、ひたすらに可愛がり続けているクラスの女子達…


その防護壁があるからこそ、踏み込むことができずに、悶々とした日々を過ごしている男子が、急増していっている。




後輩達の中では、涼羽のことを『可愛くて優しそうなお姉さん』とまで認識してしまっている生徒までおり…


どこでお近づきになろうかと、虎視眈々とチャンスを狙っている状態だ。




「あのな、もう男とか女とか、どうでもいいじゃね~かよ」


「そうそう、高宮は可愛い、まじでどうにかしたくなる」


「それだけでいいじゃね~か」




さらには、こんな風に、男でも女でも、どっちでもいい…


そんなことまで言い出してしまう男子がいる状態。




必死になけなしの理性を振り絞って、それはおかしいと声をあげる男子達の割合が、日に日に少なくなってきており…


そのことに、非常に危機感を覚えているからこそ…


今回のこの集まりが、企画されたわけなのだが。




「いやいや、だからそれがやばいんだって!」


「柊さんとか、うちのクラスはまじで美少女多いんだからよ!」


「みんな、もっとそっちの方に目を向けろよ!」




そう、涼羽のクラスは美鈴を始め、美少女と呼ばれる女子の比率が多いクラスである。


にも関わらず、現状ではクラスの男子の大半が涼羽の方へと、その熱い視線を向けてしまっている状態。




確かに、そんな美少女達が、あんなにも可愛らしい涼羽のことを可愛がっている光景は、非常に目の保養と言えるものなのだが…


それでも、同じ男である涼羽に対し、まるで異性を見るような目を向けることには、非常に抵抗感を覚えてしまっている正常派の男子達。




「確かに柊さんとか、可愛い女の子はうちのクラス多いんだけどさ」


「!なら、そっちの方に目を向けるのが当然だろ?」


「でも、それとこれとは話別だろ?」


「!な、なんでだよ?」


「そんだけ、高宮の可愛らしさがやばすぎる、ってことだよ」


「そうそう」


「あの可愛さはまじやばい」


「他の女子達がかすむくらい、やばい」




すでに涼羽のことを男として見られなくなっている男子達の口から、他の女子達が美少女が多いことには肯定の意を表すものの…


それでも、涼羽の可愛らしさが図抜けていて…


そっちに目を向けざるを得ない、と主張してくる。




本物の女子と比べても、その可愛らしさが飛びぬけてしまっている、なんて台詞が飛び出してくることに…


さすがに正常派の男子達も、二の口を告げられなくなってしまう。




そして、その隙を突くかのように、他の煩悩派の男子達が、次々と自分の主張を声に出してくる。




「な、あんな可愛い顔して、俺ら男子の中で普通に着替えるんだぜ?」


「そうそう」


「しかも、なんだあの綺麗な肌」


「おまけに、腰もめっちゃ細いし」


「脚なんか、びっくりするくらい綺麗だろ」


「胸ぺったんこなのが残念だけど」


「むしろ、それがいい!って思っちまうよな」


「ああ、それ分かる」


「俺も」


「だろ?」


「おお」


「うん」




女子の更衣室はあれど、男子の更衣室はないため…


体育の時は、常に、どっからどう見ても美少女にしか見えない涼羽と一緒に着替えることとなる。




その時に見られる、涼羽の本当に綺麗な肌…


無理のないくびれで、綺麗なラインの細い腰…


ほっそりとしながらも、適度な肉付きでやわらかそうな、綺麗な脚…




肝心の涼羽本人に、自分の容姿に対する自覚が全くないのも手伝って…


今では、常に着替えの時には開き直って涼羽のことをガン見してしまう、煩悩派の男子達。




女性らしさのかけらもない、平坦な胸に対しても、それすらもいいとさえ言ってしまうその様子に…




正常派の男子達はもう、言葉も出すことができないほどに押されてしまっている。




「…だめだこいつら、早くなんとかしないと」


「なんとかって…いったいどうすんだよこれ」


「もう手遅れ、って感じじゃねーかこれ」




どうにかして、彼らの目を覚まそうとその思考をフル回転させるものの…


現実問題、煩悩派の男子達の数がもう、クラスの半数を占めてしまっていることもあり…


そのうえ、彼らの主張に押されっぱなしな正常派の男子達。




彼ら正常派も、本心では涼羽のことが可愛すぎて、どうにかしたいという思いが出てきてしまっている。




なんで、あの可愛らしさで男なんだよ。




彼らがそれを、一体何度心の中で思ってしまったことか。




しかし、それでは本当に道を踏み外してしまう、と。


必死に自分達に言い聞かせて、ここまで理性を保つことができている彼ら。




どうしても、そこから外れるわけにはいかない。




その思いも、ほんのちょっとしたことで崩れてしまいそうで…


そのことに、本当に危機感に満ち溢れている、今日この頃なのである。




「なんか最近、高宮のこと狙っているやつが増えてきてるらしいぜ」


「マジ?それ?」


「よそのクラスの男子とか、下の学年の男子とか…高宮に対して、熱っぽい視線向けてるの、最近よく見るからな」


「なんてこった…俺らの高宮に対して」


「高宮は俺らだけのもんなのによ」


「それでも、普段からクラスの女子達が高宮のこと囲んでるから、さすがに手出すまではいってないみたいだけどよ」


「あの可愛い高宮を見ることが、今の俺の生きがいなのに」


「これ以上、高宮に変な虫がつかないように、俺らが護ってやんねーとな」


「そうだな」


「他のクラスのやつら、警戒しとかねーとな」


「おお」




いつからあいつがお前らのもんになったんだ。




そう心に思いながらも、正常派の誰一人それを声に出すこともできず…


加えて、あの可愛らしさにやられている男子が、他のクラスや学年にまでいる、などということを聞いてしまい…




本心から、『だめだこいつら、早くなんとかしないと』と…




思わざるを得ない、正常派の男子達なので、あった。








――――








「くそ…もうクラスの半数も、あいつの可愛さにやられてんじゃねーか」


「どうすんだよ…これ…」


「まじやべーって、これ」


「このままじゃ、いつか高宮が誰かに手出されちまうぞ」




結局、ファミレスでクラスの男子全員が集まって緊急会議を行なってはみたものの…


もう、クラスの半数にまで増えてきている煩悩派の男子達に対し、どうすることもできなかった正常派の男子達。




それどころか、途中からは完全に煩悩派の、『高宮 涼羽をいかにして護っていくか』とか…


『高宮 涼羽の可愛らしさをどう共有していくのか』とか…




完全に、涼羽の可愛らしさに対する問題を提起し、それに関する対策を立てる会議であったはずなのに…


途中からは、涼羽のことをいかにして護り、その可愛らしさを共有していくのか…


それを話し合う会議と、なってしまっていた。




これでは、いつ涼羽が本当に男子に言い寄られてもおかしくない…


そんな危機感に、また頭を悩ませてしまう、正常派の男子達。




もう完全に趣旨が変わってしまっている会議を強制的に終え…


そのまま解散して、とぼとぼと、帰り道を歩いている男子達。




もはや自分達だけでは、どうすることもできない問題を抱えながら。




「…ん?」




そんな時だった。




商店街の中で、美人の店主が評判の若江精肉店の前を通りかかると…


店が開いているにも関わらず、肝心の店主の姿が見えず…




中から、妙にきゃいきゃいと、楽しそうな声が聞こえてくる。


そのきゃいきゃいとした声の中に、あきらかに困らされている、といった感じの声も混じって、聞こえてくる。




「?ここって、あの美人のお姉さんがやってる肉屋さんだよな?」


「店開いてんのに、なんで誰もいないんだ?」


「それに、中から聞こえてくるこの声…なんか妙に聞き覚えがあるような…」




そんな異様な光景…


そして、そんな声に、ついつい足を止めてしまう男子達。




すると、妙に聞き覚えのある方の声が、だんだん自分達の方に近づいてくるのを感じる。




「だ、だからもうやめてください!」




その声がはっきりと聞こえてくるところに、声の主の姿が、男子達の目の前に現れる。


そして、その声の主の姿に、男子達は思わず、目を奪われてしまう。




「!え…」


「!ちょ…」


「!おま…」




いきなり自分達の前に姿を現してきたのは、腰まである長い黒髪を、可愛らしい藍色のリボンでツインテールにした、童顔な美少女。


そのすらりとした、スレンダーなラインの肢体を、見覚えのある高校の女子の制服に包んでいる、十人いれば十人全てが振り返るであろう、美少女の姿。




しかし、その美少女の顔に、彼らは見覚えがあったのだが。




「!み、みんな…」




店の奥から飛び出してきたのは、自分達と同じクラスの男子であり…


今まさに、頭を抱えるほどの問題の要因となっている、高宮 涼羽その人だったのである。




しかし、今の涼羽は、自分達の学校の女子制服にその身を包んでおり…


どこからどう見ても、女子にしか見えないという…


まさに、そんな姿であった。




そして、クラスの男子である彼らに、今まさに女装している姿を見られてしまい…


みるみるうちに、その可愛らしい顔が、羞恥に染まっていく。




「み、見ないで…」




ふいっとクラスの男子達から視線を逸らし…


儚げな抵抗とも言える、か細い声…




そんなあざとすぎるほどの…


それでいて自然なその仕草…


しかも、膝より上の丈のスカートから覗く、どう見ても男子のそれには見えない、綺麗な脚…




「えへへ~♪お兄ちゃん、可愛い~♪」


「もお~♪涼羽ちゃんったら、本当に可愛いんだから~♪」




そんな涼羽の後を追うように店の奥から飛び出してきたのは、涼羽の妹の羽月と、この店の店主である、若江 京子。


見事なまでに美少女女子高生と化している涼羽のことを、本当に満面の笑みで見つめながら…


二人して、両サイドからサンドイッチにするかのように…


ぎゅうっと、抱きしめてしまう。




「………………」


「………………」


「………………」


「………………」




どこからどう見ても、美人美少女達のゆりゆりしい戯れにしか見えない、そのやりとり。


いきなり、女子高生の装いで現れたクラスメイトの男子に対し…


もはや、言葉もない正常派の男子達。




しかし、そのうちの一人がすぐさま再起動し…


そそくさと涼羽のそばへと駆け寄ったかと思えば…








「生まれる前から好きでした。付き合ってください」








これ以上ない、と言えるほどにキリリとした、真剣な表情で…


同じ性別を持っているはずの、目の前のクラスメイトに…


真面目すぎるほどに真面目な告白をしてしまう。




「………え?」




一瞬、何を言われているのか分からなかった涼羽。




「……そ、それって…俺に、言ってるの?」




その事実を確認するために、おそるおそる、目の前のクラスメイトの男子に聞き返す涼羽。


まさか、そんなことはない、と思いながら。




「もちろん」




しかし、無駄に男らしい声で、きっぱりと答える男子生徒に…


涼羽の顔に、ますます困惑の表情が浮かんでしまう。




涼羽のことをぎゅうっと抱きしめている羽月と京子の二人も…


いきなりな展開に、唖然としてしまっている。




「!わ、悪い!こいつちょっと疲れててさ!」


「!そ、そうそう!だから変なこと言い出してさ!」


「!と、とりあえずお取り込み中みたいだから、失礼します!」




とんでもない展開に、大慌てでそれ以上はさせんと…


他の男子達が、涼羽に告白してきた男子を無理やり抑え込んで全員で抱え込むと…




「す、すんませんっした~~!!!!」




まさに脱兎のごとく、といった感じで、その場を走り去っていった。




「………な、なんだったんだろ………」


「………お、お兄ちゃん………」


「………りょ、涼羽ちゃん………」




取り残された三人は、呆然とした状態で、しばらく固まることとなってしまう。




後日、この出来事をきっかけに、ますます煩悩派の男子が増えることとなってしまい…


ただでさえその立場を脅かされている正常派の男子達は、ますます肩身の狭い思いをすることとなってしまうのだった。

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