第121話 今週の土曜日、うちに来てくれる?

「あ~、いたいた~」


「?」




これから、また週の始まりとなる月曜日。


以前と比べ、明らかに周囲の視線を集めるようになったことに自覚を持たずに…


まだ登校してくる生徒がまばらな、早い時間帯に余裕をもってその校内に入り…


そして、校内指定の上履きに履き替えて、自身の教室へと進もうとしていた涼羽。




その涼羽を呼び止める、一人の人物の声。




月曜日の朝という、本当にかったるい感じとなってしまう時間帯。


その時間帯にも関わらず、非常に嬉しそうな弾んだ声。




今となっては、周囲の人間にとって本当に癒しとなる存在である、涼羽を見かけたことによる嬉しさが、そのにこにこ笑顔にこめられている、と言えるその表情。


元が人の目を引く、整った造りの、優しげな美人顔なだけに…


そんな笑顔に思わず目を奪われてしまう異性は、数多くに昇ってしまうだろう。




「おはよう、涼羽ちゃん」




そして、これまた嬉しそうに、ぱたぱたと涼羽の元へと近寄りながら…


まるで、最愛の恋人に会えたかのような弾んだ声での、朝の挨拶。




この学校でも評判の美人教師で、涼羽のクラスの音楽担当の教師である、四之宮 水蓮。




その水蓮が、嬉しそうな、それでいて優しげな表情で涼羽のことを見つめながら…


朝の挨拶を、涼羽に向けて言葉として送る。




「おはようございます、四之宮先生」




涼羽の方も、そんな風に朝の挨拶をされて、気分がよくなったのか…


水蓮に負けないほどの嬉しそうな、可愛らしさに満ち溢れた笑顔で…


それでいて丁寧に、朝の挨拶を返す。




「~~~~~~もお~…本当に涼羽ちゃんったら、可愛い!」




そんな涼羽を見て、我慢ができなくなってしまったのか…


その小柄で華奢な身体をぐいっと引き寄せ…


自分の身体を押し付けるかのように、ぎゅうっと抱きしめてしまう。




この水蓮も、涼羽の可愛らしさを知ってしまってからは常に涼羽のことを気にかけるようになり…


今となっては、こんな風に自分の娘のように可愛がってしまうようになったのだ。




「わっ!…し、四之宮先生、僕、男なんですから…」




今となっては、美少女揃いと言われる、美鈴をはじめとするクラスメイトの女子達に…


これでもかと言うほどにスキンシップとしてぎゅうっと抱きしめられたりするのが日常茶飯事となってしまっているのだが…


いつまで経ってもそのことに慣れない涼羽。




当然、自分よりも大人で、しかも誰もが認める美人である水蓮にこんな風に抱きしめられたりなんかすれば…


すぐにその可愛らしさに満ち溢れた顔を赤らめてしまい…


ついつい、儚げな抵抗を見せてしまう。




「ええ、涼羽ちゃんは男の娘よね?でも、それが?」




涼羽のことを日ごろから可愛がっているクラスメイトの女子達はもちろんのこと…


水蓮も、涼羽のこんな反応がまた可愛らしくてたまらず…


ついつい、もっと意地悪したくなって…


より涼羽のことをいじめて、困らせたくなってしまうのだ。




「そ、それがって…」


「ねえ、それが何?」


「…し、四之宮先生みたいな…」


「うんうん、あたしみたいな?」


「…その…美人な先生が…」


「!まあ、嬉しい!涼羽ちゃんにそんな風に言ってもらえるなんて♪」


「ちゃ、茶化さないでください!…せ、先生みたいな美人な人が…僕みたいな男に、気安く抱きついたりするのって、周りに変に思われちゃうから…だめだと思うんです…」


「え~?なんで、変に思われちゃうの?」


「…ぼ、僕、男ですし…」


「え~?こ~んなに美少女で、こ~んなに可愛いんだから、別にいいじゃない。絶対、周りは女の子同士でじゃれあってるくらいにしか思わないわよ♪」


「!よ、よくありません!」


「だあめ。あたしが涼羽ちゃんのこと、こんな風に可愛がってあげたいの」


「!そ、そんな…」


「涼羽ちゃんにこうしてあげられるのって、あたしにとってすごく楽しみだし、すごく癒されるから、ずっとしてたいくらいなのに…涼羽ちゃんはそれもさせてくれないの?」


「!う、うう…」


「涼羽ちゃんは、あたしのこと嫌い?こんな風に、ぎゅうってされるのもだめ?」


「!そ、そんなことは…」


「♪じゃあ、別にいいよね?涼羽ちゃん?」


「!~~~~~~~し、知りません!」




まだHRも始まっていない朝っぱらから、歳の離れた姉が妹にべったりとして…


素直になれない反抗期な妹を、その反抗的な部分すら包み込んで可愛がっているかのような…


そんな、ゆりゆりとした雰囲気すら感じさせる、涼羽と水蓮のやりとり。




見ている方が思わず顔を赤らめてしまうかのような、そんないちゃいちゃっぷり。




一時期からは、水蓮もとことん涼羽のことを可愛がって…


とことんべったりとしてしまうようになり…


涼羽としては、決して嫌な感じなどはしていないものの…


ただでさえ、異性に触れられることに抵抗感が強いため…


どうしても、恥ずかしさが先に出てしまうのだ。




特に、こんな風に裏表なく、純粋に自分のことを可愛がってくれる異性には特に抵抗らしい抵抗ができず…


ひたすら困り果てて、恥ずかしがることしかできなくなってしまうのだ。




そんな自分の反応や仕草が、相手からすればこれまた可愛がってしまいたくなるような可愛らしさに満ち溢れてしまっていることなど…


当の涼羽にそんな自覚があるはずもなく…




結局、涼羽が嫌がれば嫌がるほど…


恥ずかしがれば恥ずかしがるほど、可愛がられてしまうこととなる。




「そ、それと…僕、男なんですから…」


「?なあに?」


「い、いい加減…ちゃん付けは…やめて、ください…」




以前は、『高宮君』と呼んでいた水蓮だったのだが…


涼羽が例の公園で、水蓮の母である永蓮と、娘である香奈と出会い…


そこで、ひたすらに可愛がられたあの日以降から…


この水蓮まで、『涼羽ちゃん』と呼ぶようになってしまったのだ。




それを、ずっと気にしている涼羽は、水蓮に会ってそう呼ばれる度に…


無駄な抵抗であることに気づかないまま、ひたすら可愛らしい抵抗を繰り返してしまう。




無論、そんな抵抗も水蓮の好感度を際限なく高めてしまうこととなり…


より、可愛がられることとなってしまうのだ。




「え~、だって涼羽ちゃん可愛いから、この呼び方の方がしっくりくるのよね」


「!そ、そんな…」


「涼羽ちゃんって、本当に自分のこと分かってないわね」


「!そ、そんなことは…」


「でも、それも涼羽ちゃんの可愛くていいとこなんだけど、ね」




ひたすらに無駄な抵抗を繰り返す涼羽が本当に可愛すぎるのか…


ついつい、そのさわり心地のいい髪を撫でるように、その髪に包まれた頭を撫でてしまう。




それもまた、水蓮にとっては…


この、目の前の可愛すぎる男の娘を可愛がることで…


本当に心が満たされていくような感覚に、なっていくのだ。




「~~~~~~~~~も、もう…」




もう恥ずかしさに耐え切れなくなってしまい…


ふいと、水蓮からその顔を逸らしてしまう涼羽。




ただし、その長い前髪に覆われた右側ではなく…


美鈴からもらったヘアピンでそのカーテンを開いている左側を水蓮の方に向けてしまっているのだが。




そのおかげで、結局涼羽の表情は丸見えとなってしまい…


そんな儚い抵抗に加え、恥じらいに頬を染めた、困った表情を見せられて…




もうとっくに振り切れているはずの涼羽への好感度をさらにくすぐられることとなってしまい…


とうとう、涼羽の上質の絹のような左頬に、頬ずりまでしてしまう。




「もお!本当に可愛すぎ!どんだけ可愛かったら気が済むのよ!涼羽ちゃんったら!」


「!ひゃ、ひゃっ!…せ、先生…やめて…」


「いや!やめてあげない!涼羽ちゃんが可愛すぎるのが、いけないのよ!」




涼羽の肌の感触を堪能しながら、ひたすらにぎゅうっと抱きしめ…


思う存分に可愛がり続ける水蓮。




常に学校で会うことができるので、毎日涼羽との触れ合いを楽しむことができる水蓮。


そのことを、母である永蓮、娘である香奈に常に羨ましがられており…


しかも、涼羽がたまにあの公園で散歩していることも知ることができたため…


休日となると、ちょくちょくとあの公園を散歩するようになってしまっている。




今のところは、涼羽と公園で遭遇することはできてはいないのだが。




もう、四之宮の女性陣が揃って、涼羽のことを心底気にいっている状態であるため…


永蓮も、香奈もいつでも涼羽に会いたくて会いたくてたまらない。




一人、涼羽の通う学校で勤務している、というアドバンテージを得ている水蓮は…


そのアドバンテージを最大限に活かし、思う存分に涼羽とこうして触れあっている。




「あ、そうそう」




ここで、何かを思い出したかのように声をあげ、動きが止まる水蓮。


一度、名残惜しそうにしながらも、涼羽の左頬から自身の顔を離すと…


じっと、涼羽のことを見つめてくる。




とはいえ、身体はがっしりとその両腕で抱え込んで…


離さない、と言わんばかりにぎゅうっと抱きしめているのだが。




「?…な、なんですか?…」




ひたすらに可愛がられて、どうすることもできずに困り果てていた涼羽から、おどおどとした反応。




それがまた可愛らしくて、もっとべったりと可愛がってしまいそうになるのだが…


涼羽に伝えるべき用件を思い出し、どうにか踏み止まる。




「えっとね、涼羽ちゃん」


「は、はい」


「涼羽ちゃんって、今週の土曜日って、空いてるかしら?」


「?今週の、土曜日ですか?」


「ええ」


「え~と…アルバイトさえなければ、特に用事はありませんけど…」




不意に、今週の土曜日が空いてないか、と問われ…


少し考え込んだものの、あっさりと答えてしまう涼羽。




今は、土曜に保育をお願いしてくるところがほとんどない状態のため…


秋月保育園のアルバイトも、土曜日はない状態が続いている。




もちろん、ここは流動的となるため…


最初に、そこを強調はしておくのだが。




そもそも、仮にアルバイトの勤務がある状況であったとしても…


基本的には午前中で終わってしまうので…


実際には午後からはフリーの状態となるのだが。




「!じゃあ、アルバイトがあった場合は?」


「え、え~と…基本的に午前中で終わりますから、午後からは何もないですけど…」


「!じゃあね、涼羽ちゃん」


「?何ですか?」


「実はね、うちの母さんが、土曜日うちの家に来るのよ」


「!あ、あのおばあちゃんが、ですか?」


「そうなの。で、涼羽ちゃん、うちの母さんにお料理教えて欲しいって、言ってたでしょ?」


「!は、はい…おばあちゃんなら、今の僕よりもっと料理詳しいと思って…」


「でね、もし涼羽ちゃんがよければ、今週の土曜に来て欲しいって、母さん言ってるのよね」


「!そ、そうなんですか?」


「そうなの。母さんも涼羽ちゃんにお料理いっぱい教えてあげたいって言ってたわ」


「…そうですか…」


「そう…だから、来てくれる?」




ひとしきり伝えるべきことを伝えると、じっと涼羽を見つめながら、反応を待つ水蓮。


実際、涼羽が自分の家に来てくれるとなると…


水蓮としても、内心大喜びで踊りまわってしまうこととなる。




四之宮の女性陣全員で、涼羽のことを目一杯可愛がってあげられるし…


涼羽と香奈の、本当に見ているだけで頬が緩んでしまうほどのやりとりを見ることもできるし…


何より、自分が高校生時代に来ていた制服を涼羽に着せて、可愛がることもできるし…




もうすでに、やりたいことで頭がいっぱいの状態となっている。




『来てくれる?』という問いかけの言葉ではあるものの…


実際には、『来て欲しい』というお願いのニュアンスであるこの言葉。




加えて、美鈴が涼羽に甘える時にするような…


ちょっと上目使いの、甘えた感じの表情で、涼羽をじっと見つめる水蓮。




大人びた美人である水蓮のそんな仕草は、普段の仕事できる雰囲気の彼女と比べても…


かなりのギャップがあり、それがまた妙な可愛らしさを生んでいる。




自宅の家事のこともあり、少し考え込んでいた涼羽ではあるものの…


自分が永蓮に料理を教わることで、もっと美味しいものを家族である翔羽と羽月に食べさせてあげることができる…


そう思うと、今回のこれはチャンスだと思い始めてしまう。




加えて、水蓮のような美人から、そんな風に見つめられて…


妙な可愛らしさを感じて、ついつい言うことを聞きたくなってしまって…




「…分かりました」


「!じゃ、じゃあ…」


「今週の土曜、そちらにお邪魔しても、いいですか?」




こんな風に、水蓮のお願いに肯定の意を表す返事を、することとなるのだ。




そんな涼羽が本当に可愛すぎて…


今現在、涼羽の身体をぎゅうっと抱きしめている両腕にさらに力を込めながら…




「ええ!絶対よ!絶対に来てね!」




嬉しさのあまり、その声も甲高いものとなってしまう。




「えっと…じゃあ当日はどういう流れでいけばよろしいでしょうか?」


「え?えっと、そうね…涼羽ちゃん午前中は、アルバイトが入るかも知れないんでしょ?」


「はい、そうですけど…」


「じゃあ、時間は午後の十二時前提にして…後は涼羽ちゃんの状況次第ってことにしましょ!」


「は、はい…それでいいのでしたら…」


「で、涼羽ちゃんあたしの家、知らないでしょ?」


「はい、知らないですけど…」


「だから、涼羽ちゃんが動けるタイミングになったら、あたしに連絡ちょうだい!」


「え?」


「涼羽ちゃんが連絡くれたら、あたしがお迎えにいってあげるから!」


「え?いいんですか?」


「ええ!だってうちに来てもらうんだから、そのくらいのことはさせて、ね?」


「…じゃあ、お言葉に甘えて、そうさせてもらいます」


「!じゃあ、はい!」


「?」




当日の流れをどんどん決めていき…


お互いに連絡を取り合って、それで当日は動いていく、という形で決まっていく。




そして、水蓮がここで自身のスマホを取り出し…


涼羽の方へと、それを向ける。




そんな水蓮の行為に、いまいちピンと来ない涼羽。


思わず、疑問符を浮かべた、きょとんとした表情になってしまう。




「当日はお互いに連絡取り合わなきゃ、なんだから、連絡先交換、しましょ?」


「あ、ああ…そうですね」




実際にその意図を言葉にされて、ようやく水蓮の意図に気づく涼羽。


そこでようやく、自分のスマホを、制服のポケットから取り出し始める。




「じゃあ、僕の方で登録しますね」


「ええ!その後にコールしてくれたら、その番号、登録しちゃうね?」


「はい、それでお願いします」




そして、水蓮がスマホを操作して、自身の電話番号を表示させ…


それを、涼羽の方へと見せる。




そして、見せられた番号を涼羽が馴れた手つきで自分のスマホを操作し…


さらっと、水蓮の電話番号を登録し終える。




そして、その場で一度、登録した番号に発信する涼羽。




すぐに、水蓮のスマホに反応があり…


ディスプレイには、まだ登録のない状態の、ただの数字の羅列が表示される。




「これが、涼羽ちゃんの電話番号ね」


「はい、それで登録、お願いします」


「ええ!ありがとう!涼羽ちゃん!」




すでにクラスメイトの女子達とは全員、仲良くなっているものの…


実は、スマホに登録されている連絡先は思いのほか少ない涼羽。




涼羽のスマホに登録されている連絡先は…


まず最初に家族である父、翔羽。


そして妹である羽月。


クラスで一番最初に打ち解けることとなった美鈴。


以前のちょっとした一件がきっかけで友達となった志郎、そして愛理。


秋月保育園の園長である祥吾と、その従業員である珠江。


そして、最近ひょんなことでやりとりをするようになった菫。




と、この八人くらいである。




そこに、今回で水蓮が加わり、ようやく九人という状態。


いかに涼羽が、そういった交流を広げることに興味がないのかが、よく分かる。




ゆえに、涼羽の連絡先というのは、クラスメイトの女子達はもちろんのこと…


涼羽に興味、もしくは好意を抱いている人間からすれば、非常に欲しくなってしまうものとなっている。




また、水蓮の連絡先も、この校内の男子生徒、男性職員からすれば非常に欲しくなるもの。




お互いが、そんな風に自らの連絡先に、周囲から見ればそんな価値があるなどとは…


微塵も思うこともない状態である。




そんな、周囲からすれば非常に欲しくなる、と思わせるであろうその連絡先を交換し…


水蓮の方は大はしゃぎで喜んでおり…


涼羽の方は、自分の連絡先でそんな風に喜んでる水蓮が、何だか可愛らしく見えてしまう。




何はともあれ、あのおばあちゃんに料理を教わる機会を得ることのできた涼羽。


今週の土曜日のことを思うと…


一体、どんなことを教えてもらえるのか、楽しみになってきている。




そして、水蓮の方は…


これで、涼羽と普段からやりとりができるということに対して純粋に喜んでおり…


一体、どんなことでやりとりしようか、今から楽しく悩み続けることと、なるのであった。

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