第45話 涼羽の手料理、美味いなあ!!

「♪~」


休日となる土曜の正午過ぎ。

ちょうど、昼食の時間帯となる頃合。


この高宮家のキッチンで、長男である涼羽が、鼻歌交じりにいそいそと昼食の準備をしている。


ちなみに、結局今も着替えさせてはもらえず…

妹である羽月の学校の女子生徒の制服に身を包んだままの…

要するに、女装したままの状態であるが。


ただし、料理にかかるということで、あの暗い緑のブレザーは脱いでおり…

そこに、いつも使用している黒色の無地のエプロンをつけた格好となっている。


そのため、涼羽の細い腰が、その形、ラインをそのまま浮かび上がらせている。


まさに、誰が見ても甲斐甲斐しく料理に勤しんでいる家庭的な女子学生にしか見えない。

それも、異性同性問わず、誰の目をも惹いてしまう美少女な。


「ふふ…」


つい先程、転勤による単身赴任でずっと不在だった父、翔羽が帰ってきたのだ。

それにより、兄妹二人で暮らしていたこの家も、ようやく親子三人暮らしに戻ることができるようになった。


その秘めた母性が目覚めてから、妹、羽月のために料理する、ということにいいようのない喜びと楽しさを覚えていた涼羽。

今この時からは妹の羽月だけでなく、父である翔羽も、その対象となるのだ。


お父さんは、どんな味が好みなんだろう。

お父さんは、どうしたら、『美味しい』っていってくれるのかな。

お父さんは、自分が作った料理で喜んでくれるかな。


いつもは羽月のためを想ってしていたこと。

それに、父、翔羽が加わって、よりあれやこれやと考えながら料理に取り組むようになっている。


それにより、いつもの笑顔が三割…

いや、五割増しくらいで輝いており…

本当の意味で、心底嬉しそうに料理に取り組んでいる。


それにより、いつもながらの見事な手際でテキパキと料理に取り組みつつも…

どこか軽やかで、それでいてご機嫌で嬉しそうな足取りとなっている。


本当に甲斐甲斐しくて、可愛らしく…

その後姿は、もう見てるだけで思わず抱きしめたくなってしまうものとなっている。


そんな涼羽の姿を、キッチンの出入り口の影から覗き見る二つの視線。


「へへへ。ああ…涼羽…」

「えへへ。お兄ちゃん…」


涼羽が、その料理に乗せている想いの対象となる二人の人物。


一人は、兄妹二人でずっと暮らしてきており、ずっとこの兄の美味しい料理を食してきている妹、羽月。

一人は、単身赴任を終え、ようやく念願の家族三人暮らしが叶った父、翔羽。


二人とも、そんな甲斐甲斐しくも可愛らしい涼羽の姿に、もうデレデレの状態。

特に父、翔羽は、今は亡き最愛の妻である水月と瓜二つな息子のそんな姿に、正直他の人には見せられないようなだらしない顔になってしまっている。


加えて、翔羽は自らの家に帰ってくることのできたこの日、初めて涼羽の料理を食べることになる。

正直な話、得意などとは絶対に言えないものではあったが、転勤先では必要最低限の自炊はしていた翔羽。

そんな翔羽の目から見れば、息子の涼羽の料理の腕がどれほどのものか。

その手際を見ただけでも、十分に料理上手だと思わせてくれるものとなっているのだ。


だからこそ、嫌でも期待が大きくなる。


最愛の息子が、自分のために作ってくれる料理への期待が。


「なあ、羽月…涼羽の料理、おいしそうだな」

「うん♪お兄ちゃんのお料理、いつもすっごく美味しいの♪」

「そうかそうか。そんなに美味しいのか?」

「だって、お兄ちゃんのお料理が美味しいから、正直お外で食べたいなんて思わなくなっちゃうもん」

「おお…」


最愛の娘である羽月に、何気なく涼羽の料理のことを聞いてみる翔羽。

その翔羽の問いかけに、嬉々として答える羽月。


最初に対面した時は羽月の男嫌いの点もあった為、どこかぎこちないやりとりになってしまっていたが…

そこは、やはり血のつながった父と娘。


加えて、最愛の妻である水月の面影を遺した娘がこの父、翔羽にとって可愛くないはずもなく…

もう溺愛のレベルで、羽月にデレデレとした感じで接している。


自分を下心のある目で見ることもなく…

目いっぱい可愛がってくれる存在である、と。


そう羽月に認識させるには十分すぎるほどの溺愛っぷりな父、翔羽。


そのおかげで、実に初対面といってもいいくらいの希薄な関係性だったのが、割とあっさり打ち解けることができてしまっている。


ちなみに、翔羽はここに帰ってきた時のスーツ姿ではなく、部屋着としている薄手の水色のトレーナーにスウエットに着替えている。

また、羽月も学校の制服ではなく、部屋着としている半袖の純白のカットソーに、紺色のオーバーオール姿となっている。


「ああ…涼羽…涼羽の手料理…」


もう一日千秋の思いといった感じで、涼羽の手料理を待ってしまっている翔羽。


加えて、その甲斐甲斐しい新妻のような雰囲気と可愛らしさ。

それが、翔羽の涼羽に対する愛情を際限なく膨れ上がらせている。


正直、娘といってもおかしくない…

正直、本当に生き返ってきてくれたのではないか、と…


そう思ってしまうほどに、妻、水月に生き写しと言える涼羽の容姿。


そんな涼羽も、この父、翔羽からすれば溺愛すべき存在。


正直、今すぐ後ろからぎゅうっと抱きしめてしまいたいほどに。


息子というよりは、妻という目で涼羽を見てしまう傾向にある翔羽。


そりゃあ、これだけそっくりなら、仕方がない。


翔羽がそう開き直れてしまうくらいに、涼羽は翔羽にとって愛情を注ぐべき存在となってしまっている。


無論、溺愛すべき存在としては羽月も同じなのだが…


羽月と涼羽で、その愛情のベクトルが少し違ってきていること。

そのことに、翔羽自身が無自覚なのだ。


「涼羽…」


思わず恋わずらい、といった感じの溜息までついてしまう翔羽。

その視線の先にいるのは、彼にとっての実の息子である涼羽。


それだけ、翔羽が妻、水月を愛していた…もとい、愛しているということになるのだが…


父、翔羽のそんな危ない兆候のことなど知る由もなく…

涼羽はいそいそと、鼻歌交じりでご機嫌に料理に取り組み続けていた。




――――




「お父さん、羽月。できたよ~」

「!おお!」

「!は~い!」


キッチンから響く、涼羽の優しげな声。


それが、料理の完成の合図となる。

そして、その合図に応える声が二つ。


昼食のメニューは、羽月に宣言していた通り、パスタ。

適度にいろいろな具材、それとケチャップなどを混ぜて炒めた、ナポリタン。


すでに三人分、皿に取り分けて用意してある涼羽。

それらを持って、リビングへと足を運ぶ。


「お待たせ」


リビングの中に入ってきた涼羽の表情。

まさに、作った料理を大切な家族に食べてもらえることが嬉しい…

それをそのまま表したような、優しい笑顔。


そんな笑顔に、羽月、翔羽の二人も思わず笑顔となってしまう。


「ああ~、涼羽…」

「えへへ。お兄ちゃん」


リビングのテーブルの上に、静かに料理を乗せた皿を置いていく涼羽。

ほんわかとした湯気がたっていることからも、まさにできたてといえる状態。


テーブルに並べられていく料理を見て、思わず翔羽が声をあげる。


「おお!これは美味しそうだな!」


正直、自身が最低限で作っていたものとは比べ物にならないほどの出来栄え。


見てるだけでも美味しそうに感じてしまう息子の料理。

それに対して、思わず絶賛の声があがってしまう。


「そう?でも、食べてみないと分からないと思うよ?」


そんな翔羽の声に対し、控えめに謙遜する涼羽。

少し困ったような笑顔をその美少女顔に浮かべながら。


そんな息子に対し、翔羽はまた声をあげる。


「いいや!俺の可愛い息子のお前が作ってくれたんだ!美味くないはずがない!」

「もう…お父さんったら…」


親バカ上等といわんばかりの言い切りっぷりな翔羽。

それに対し、さらに苦笑いが浮かんでくる涼羽。


ちなみに、今日の夜のメニューとしているカレーは、すでに調理を終えて後はひたすら煮込むだけとなっている。

今すでに弱火でじっくりことことと煮込まれている状態だ。

昼食を作っている間に、さらに夕食の準備までしており、それでいてキッチンはきっちりと片付けられている状態。


相変わらずの、見事と言える手際な涼羽であった。


あと、冷蔵庫においてある麦茶と、三人分のグラスをキッチンから持ってくる涼羽。

それらをきっちりと配膳し、これで、昼食の準備は完了。


「えへへ♪お兄ちゃんのご飯♪」

「ああ~、美味そうだなあ」

「お待たせ、二人とも。じゃあ…」


「「「いただきます」」」


その合図とともに、翔羽と羽月の手がすぐさまに動く。

楽しみに待っていたこともあり、すぐにでも食べたくてたまらなかったようだ。


特に翔羽はこの日初めて涼羽の手料理を食べる、ということもあり、余計に待ち遠しかったのだ。


そんな二人を見て、クスリと笑ってしまう涼羽。

それでいて、落ち着いた様子で右手に持ったフォークを動かす。


「!」


一口目を口に含み、咀嚼した翔羽。

その翔羽の第一声が…


「美味い!!」


…ストレートで、まさに男らしい一言。


「いや~美味い美味い!これならいくらでもいけそうだ!」


最愛の息子の手料理に舌鼓をうちながら、次々と食べていく翔羽。

自分のために作ってくれた料理、ということも、翔羽にとっての調味料となっている様子だ。


「ほんと?それならよかった」


心底美味しそうに自分が作った料理を食べてくれている父を見て、ほっとしたように一言の涼羽。

やはり、父、翔羽に食べさせるのはこれが初めてということもあり、若干緊張していたようだ。


「美味し~♪お兄ちゃん、美味しい!」


そんな父に負けじとばかりに、羽月もその小さな身体に似合わない食べっぷり。

利き手である、その小さな左手に持ったフォークを目いっぱい動かしながら、もりもりと食べていく。


「そう?よかった」


そんな羽月の姿が微笑ましいのか、慈愛に満ちた笑顔を可愛い妹に向ける涼羽。

この辺のやりとりは、もういつも通りとなってはいるものの…

だからといって飽きた、なんてことはなく、むしろいつでも当たり前のようなやりとりとなっている。


そんな涼羽を見て、翔羽からの突拍子もない要求が飛び出す。


「な、なあ…涼羽」

「?なあに?お父さん」

「俺のこと、『翔羽さん』って、呼んでくれないか?」


その妻そっくりの容姿でそんな笑顔を見せられて、正直たまらなかったのだろう。

思わず、といった感じの、翔羽からの要求。


よほど、実の息子を妻と重ねてしまっているのかも知れない。


「え?なんで?」

「い、いいから!お父さんのちょっとしたお願いだ!」

「??まあ、いいけど…」


しかし、涼羽の方は父の意図にまったく気づいていない様子。

少し疑問は持ったものの、ちょっとしたお願いとされて、まあいいか、という感じになってしまったようだ。

こういったところでも、その天然っぷりを発揮している涼羽。

いろいろな意味で、今後が心配かも知れない。


「…しょ…翔羽…さん…」

「!」


少し上目使いで…

どことなく恥ずかしげな雰囲気で…

父である自分の名を呼んだ息子、涼羽の姿。


それを見た翔羽は、まさにこう思ってしまった。




――――水月が、水月がここに帰ってきた――――




と。


心底そう思ってしまえるほどに、今の涼羽は水月そっくりだったのだ。


そんな息子を見て、またこれでもかというほどの愛情が膨れ上がってくるのを、翔羽は自覚した。


「?お父さん、これでいいの?」


少し固まったまま、声を発しなくなった父を見て、不安げに声をかける涼羽。

その姿もまた、儚げでおしとやかさに満ち溢れた、まさに清楚な美少女といえるものとなっている。


そんな息子の姿がまた可愛くて可愛くて…


「涼羽お~!!」


思わず食事の手も止めて、その最愛の息子を抱きしめにいってしまったのだ。


「ああ~もう!!可愛いなあ!!お前は!!」


その可愛すぎる息子、涼羽をその胸の中に抱きしめ、よしよしと頭を撫で始める翔羽。

もうまさにその愛情が暴発してしまっている状態だ。


「!むぎゅ…お、お父さん!!今は食事中だから!!」


いきなり抱きしめられて、思わず抗議の声をあげてしまう涼羽。

しかし、そんな抗議の声など気にもせず、翔羽はひたすらに息子を抱きしめて離さない。


「涼羽…俺の可愛い息子の涼羽…」


今年十八歳の息子にするようなことではないのだが…

これもまた、翔羽の愛情表現なのだろう。


「お父さんばっかりずる~い!!わたしも~!!」


そして、そんな父と兄の様子を見て、ついに羽月まで食事の手を止めて涼羽にべったりと抱きついてくる始末。


「!は、羽月まで…」

「えへへ♪お兄ちゃんお兄ちゃん♪」

「涼羽…可愛い涼羽…」


父と妹にべったりと抱きつかれて、食事どころではなくなってしまった涼羽。


父の息子に対する溺愛っぷり…

妹の兄に対する溺愛っぷり…


それらを思う存分披露しながら、涼羽にべったりと抱きつく二人であった。

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